『イエロー・ケーキ~クリーンなエネルギーという嘘』のヨアヒム・チルナー監督
原子力発電の燃料として使われるウランの採掘にまつわる危険を告発するドキュメンタリー『イエロー・ケーキ~クリーンなエネルギーという嘘』が1月28日(土)より渋谷アップリンクにて公開される。1月14、15日にのべ11,500人を集めた「脱原発世界会議 2012 YOKOHAMA」においても、311以後いち早く脱原発を宣言したドイツから欧州議会議員/緑の党のレベッカ・ハルムス氏や、自身も先住民アボリジニで、非核連合共同代表としてウラン輸出禁止を唱えているオーストラリアのピーター・ワッツ氏らが来日し日本へメッセージを送るなど、日本でも脱原発の意見が高まるなかで、その原料であるウラン採掘の段階で放射性物質を発生し、住民に多大な影響を与えることがあらためて取り沙汰されている。
そんななかで、今作はイエロー・ケーキ(天然のウラン鉱石を精錬して得られるウランの黄色い粉末)をとりまく問題に肉薄。かつてウランを産出していた旧東ドイツやカナダ、ナミビア、オーストラリアといった産出地域を5年にわたり取材し完成させたヨアヒム・チルナー監督に話を聞いた。
なおチルナー監督は1月25日(水)に東京ドイツ文化センターで行われる特別先行試写会でのシンポジウムに登壇する。
環境がどのように破壊されていくかを描くことに重点を置いた
──福島の原発事故が起きたことで、自然に存在しないプルトニウムやセシウムなどの放射性物質の危険性を私たちは知りましたが、自然のなかにあるウランがほんとうに危険なものなのだということを、この映画を観て初めて知りました。もちろん福島の事故の前に撮影された作品ですが、どうしてウランのことをリサーチしていたんですか。
ウランや放射線が危険であるということは前から知っていましたが、ただ危険といってもウランそのものが、例えば鉱石として、あるいは鉱山の中にただそのままあるという時点では危険ではなく、それを人間が行って採掘したり、大気中に持ってきたりという事で危険になります。しかし、いかに危険かということはすごく証明しにくいですし、放射線は医学でも使うこともあるので、そういう意味では非常に扱いにくい問題です。
──映画の中には放射線を浴びて病気になった人は具体的に出てきませんでしたが、あえてその描写を避けたんですか?それとも、そういった人たちにも取材はしていたんでしょうか?
この件に関しては、かなり最初の時期に決断したことでもあります。作品のなかに一人だけ被害を受けた労働者が出てきますが、それ以外はほとんど触れていません。それは、確かに扱いにくい問題であるということや、数字がはっきりしないということもありますが、それだけではなく、直接的な被害とそれから間接的な被害というのを二つに分けるとしたら、私は間接的な被害のほうに重点をおきたいと考えたからです。たとえば、自然を通してどういう風に被害が広がっていくか、環境がどのように破壊されていくかを描くことに映画の重点を置きました。
この映画が出来上がったとき、こんなおかしなエピソードがありました。今作に登場する旧東ドイツ南部の鉱山ヴィスムートには約50万人の人が住んでいましたが、その中で亡くなったのが7,000人くらいという説明があったときに、「50万人のうちの7,000人なんてたいしたパーセントではないではないか」という言い方をする人がいたんです。それは非常におかしな計算の仕方で、私は少ないとは決して言えないと思います。唯一登場する健康を害した労働者に関しても、私たちが撮影にあたり質問することによって、被害について思い出し、それについて考え、誰が亡くなったかということを捉え直すことで、この問題にもう一度取り組むことができた様子でした。
──医学的に証明しにくいとおっしゃいましたが、それは、今日本でも問題になっている低線量被曝によって、10年後20年後に癌になるといった因果関係の証明がはっきりできないということなんでしょうか?
こういった被曝に関しては非常に情報操作が行われていると思います。そして低線量被曝はまだ十分な研究がなされていないということが大きな問題です。チェルノブイリによって初めてそのことが問題になりましたが、それがまたしばらくすると忘れ去られ、福島の問題でまた考え直されているのです。この映画の中ではウラン採掘場で働いている労働者がでてきますが、ただ、低線量被曝は労働者だけではなく、たとえばその土地を歩いている人にも影響を与えます。ヴィスムートはいま再び耕地として利用できるように整備し、再生しようとしていますが、その作業でも被曝をするかもしれません。そうしたことがちゃんと研究されていないということが問題なのです。そして専門家も、それぞれ言うことがまったく違います。飛行機に乗ることで(宇宙からの放射能により)被曝するということもよく言われますが、それはある意味自由な空間の中でのことであって、地上でラドンガスにより粉末のようなものを浴びるのとは訳が違うのです。いずれにせよ、間違った情報が非常に多く飛び交っているのが今の現実の問題なのだと思います。
『イエロー・ケーキ~クリーンなエネルギーという嘘』より
ウラン鉱山の問題が語られてこなかった3つの理由
──原子力発電所があり、その川下には放射性廃棄物の問題がある。それについては私たちアップリンクでは『100,000年後の安全』を上映し少し勉強しましたが、この映画で原発の川上についての問題を知ることができました。福島やチェルノブイリの事故以前からこのウラン鉱山の問題はあったのに、なぜ語られてこなかったのかが非常に疑問に思ったんです。
まず三つの理由があると思います。一番大きなのは軍事的な理由です。ソ連がどこからどれくらいウランを入手するかということは秘密であり、誰に知られてもならないことだった。映画では触れていませんが、奇妙なエピソードがあります。第二次世界大戦中にアメリカ軍とソ連軍がヴィスムートのあるチューリンゲン州で遭遇したことがありました。ソ連軍はそこにウランがあることは知っていたのですが、アメリカ軍はまったく知りませんでした。それはヴィスムートのウランが絶対的秘密により、旧ソビエト連邦に輸出されていたからだったのです。それゆえ、広島に原爆が投下されたときに、アメリカの上院議員は「ロシアが原子爆弾をもつことは考えられない。なぜなら彼らはウランを持っていないから」とまで答えているのです。
それから二つ目は、何億も稼ぐことができるのですから、経済的な影響が非常に大きい。三つ目は政治的なことで、ドイツは現在はウラン採掘を廃止していますが、日本やドイツのように採掘場のない国はどこからか持ってこなければならないですし、ウラン鉱山でたくさんの被害があったということを話せば、問題になるわけです。現在ドイツは原発廃止を決定しましたが、ウラン鉱山やヴィスムートのことについては、一言も語られていないし、物理学に精通しているメルケル首相は、ヴィスムートで起こったことを知っているのにもかかわらず、一言も語ろうとしていないのです。
『イエロー・ケーキ~クリーンなエネルギーという嘘』より
──どういう経緯があってこの映画を撮るまでに至ったのですか?
この映画で初めてこのテーマを扱っていますが、というのも1990年の統一前は秘密だったので、まったくわからなかったのです。チューリンゲンというウラン鉱山があった場所ではよく映画を撮っていたので、なんとなくヴィスムートというのは知ってはいましたが、鉱山は完全に封鎖されていて不思議な場所でした。93年に犠牲になった人についての映画がテレビ用に作られましたが、2002年になってから、2007年にドイツの全国的な連邦ガーデンショー(※)がその土地で開かれるというのを聞いて、私はこれは制作してみる価値があると思いました。
──『イエロー・ケーキ』ではオーストラリアの原住民であるジェフリーさんは世界一の大金持ちになることを拒否して、土地をアルバ社に売らずに、自然を選んだ。またカナダの女の子たちは、またウラン鉱山ができてこの町にお金が生まれたいいと思って地質調査を続けている。まったく違う考えの人を対比して編集しているのが興味深かったです。日本の原発も、国や電力会社から助成金をもらって作られるので、町の自然や住民の命と引き替えに目先のお金のために受け入れられてきました。モラルとお金ということに関して、この映画を撮った後でどう考えていますか?
そのように感じていただいて本当にうれしい。私はこの映画でまさしくモラルとお金の問題について挑発したいという気持ちがありました。最初はエネルギー政策について考えたいと思っていましたが、政治の世界でお金のことを言う代わりに哲学を語ってごまかされるということがよくあるように、利潤追求のなかでモラルがまったく無視されているということがやはり一番問題だと思います。そういったことを問題にしたくても、ドイツで専門家たちがこの問題について語ると、わけのわからない専門用語ばかり使ってまったく理解できない。だから普通の人たちがこの問題を考えられるような描き方をしたかった。例えばヘリコプターで25分間ナミビアの鉱山の上を通る映像だけでも、人々はすごくショックを受けて、こんなことはやってはいけないと感じることができると思うのです。
『イエロー・ケーキ~クリーンなエネルギーという嘘』より
──オーストラリアのウラン鉱山のシーンで日本の話題が出てきてドキッとしました。日本もまだ原発は動いていて、オーストラリアからウランを買って原料にしているんだということを気付かされた。自然や環境を破壊し被曝している人たちの犠牲の上で、今この電気がついているということが、この映画を見て自分自身に問われました。
映画の中にはシュタージ(東ドイツの秘密警察)に追われながら映像を撮った人が出てきますが、彼の場合もモラルに基づいて行動しているのですが、そのままウランを採り続けるということは非常に犯罪的なことだという立場で、鉱山を追っている姿が描かれています。アレバというフランスの会社は本当にひどい会社だと思う。カナダもそこに住んでいる人たちはアレバという会社が何もしているのかまったく知らないのです。
──メルケル首相が原発を廃止する決断をしたのは、福島の事故のせいだと思いますか?それとも、それ以前からのドイツの反原発運動を受けてのことでしょうか?
もちろん福島の問題も反原発運動も、両方とも関係があると思います。個人的にはメルケルは好きではありませんが、ただ今回の決断は計算してやったことではなくて、物理学者として彼女自身が非常にショックを受けたのだと思います。とりわけそれがロシアではなく、日本で起きたということに。そして反原発の運動というのも、かつては若い人や学生が中心でしたが、今回に関しては非常な高まりを見せて、年齢が上の人たちも巻き込んだとても大規模なものになったのです。
福島の事件は世界の人々の目を開かせたとはまだいえないのではないか
──ドイツは原発廃止の政策によりイエロー・ケーキを必要としなくなりましたが、今後のイエロー・ケーキの使用に関してどう思いますか?
やはりウランの需要というのはこれからも高まると思います。聞いたところによると、日本の首相もまだ原発のことはあきらめていないと言っているそうですし、トルコではまさしく活断層が通っているところに新しい原発を作るとのことで、福島の事件は世界の人々の目を開かせたとはいえないのではないかと思います。
──ドイツでの観客の反応は?
日本の上映会と同じように、「なぜ私たちはウランの問題がこんなに近くにあったのに知らなかったのか」ということがディスカッションでできました。110の町で公開したがいつも同じ反応でした。もちろん反原発の人たちが観に来ることが多いですが、その人たちでさえそういう反応なのですから。3、4回だけ原発に賛成という立場のエンジニアの人が喧嘩するつもりでやってきたのですが、映画の後に考え込んでしまったということもありました。
『イエロー・ケーキ~クリーンなエネルギーという嘘』より
──『ホピ族の予言』というドキュメンタリー映画がありますが、その中でホピ族の長が言っています。 「母なる大地から心臓をえぐり出してはならない それは灰の詰まった瓢箪と化し やがては地球を破滅に導く」
私もネイティブ・インディアンの人にインタビューをするはずでしたが、結局許可が得られませんでした。むしろ彼らは積極的にウラン鉱山に関わっていて「自分たちの子供をヨーロッパで勉強させたい、そのためにお金がいるんだ」と非常に激しく主張していました。今作に登場するジェフリーはアボリジニですが、アボリジニは70年代と比較的後になってから初めて白人社会と接触が始まったので、歴史の長いカナダなどのネイティブ・インディアンたちとは対応の仕方がかなり違うのだと思います。
──作品に登場するカナダのウラニウム市出身の女子大生たちの、もう一度ウラン採掘で町が栄えてほしいという考え方を変えるには、どうすればいいでしょうか?
それは彼女たちの生活の現実からきているものなので、もう変えることはできないと思います。彼女たちにとっては死者が何人とか、どういう被害があったか、ということよりも、鉱山が閉山されてしまうと稼ぎがなくなってしまうということ、それこそが不幸なので、その点では、ナミビアの状況と同じなのです。
(※)連邦ガーデンショー(BUGA)は1951年から二年に一度、ドイツ国内の都市を会場に持ち回りで開かれている歴史あるガーデンショー。
(インタビュー:浅井隆 構成:駒井憲嗣)
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ヨアヒム・チルナー プロフィール
1948年に旧東ドイツのヴィッテンベルクに生まれる。大学で美学と文化理論を専攻し、1975年にDEFA(1946年~1992年。旧東ドイツにあった映画製作会社)でドキュメンタリー映画の編集者としキャリアをスタートさせ、1980年から監督としても映画製作に関わる。ベルリンの壁崩壊後、1990年から1991年の間、映画・テレビ連盟の代表を務める。1991年に、彼を含むDEFAのアーティスティック分野の職員全員が解雇されたため、自主製作プロダクションUm Welt Film Produktionを設立。
『イエロー・ケーキ~クリーンなエネルギーという嘘』
2012年1月28日(土)より渋谷アップリンクにてロードショー
監督:ヨアヒム・チルナー
撮影:ロベルト・ラーツ、ヤナ・マルジク、ラース・バルテル、フリード・ファイント、クリスチャン・マレツケ、アンドレ・グーツマン
編集:ヨアヒム・チルナー、ブルクハート・ドラクセル
ナレーション:ハンス‐エッカート・ヴェンゼル
歌:ヴェンゼル
音楽:フレッド・クリューガー
製作:Un Welt Film Produktionsgesellshaft GmbH
2010年/ドイツ/デジタル/108分
(c) 2010Un Welt Film Produktionsgesellshaft
日本版字幕:渋谷哲也
特別協力:東京ドイツ文化センター
配給:パンドラ
公式サイト:http://pandorafilms.wordpress.com/roadshow/yellow
▼『イエロー・ケーキ~クリーンなエネルギーという嘘』予告編