25回より、上映会場となった映画館シネポリスの会場マップ。20スクリーン中、8スクリーンで映画祭上映。
12月10日より公開となるアルゼンチン映画『瞳は静かに』。これまで『永遠のハバナ』 『低開発の記憶ーメモリアス』『今夜、列車は走る』といった作品を配給してきたAction Inc.の比嘉世津子さんは、良質なラテンアメリカの作品を日本の映画ファンに紹介すべく、たえず各国の映画祭を飛び回っている。前回のキューバは新ラテンアメリカ国際映画祭に続いて、今回は来年で27回目となるメキシコのアダラハラ国際映画祭の模様をレポート。出張中のブエノスアイレスから、注目のメキシコ映画やラテンアメリカ映画をいち早くチェックすることのできるこの映画祭に赴いた際の現場の盛り上がりを寄稿してもらった。
はじめてマーケットを導入したラテンアメリカの映画祭
ブエノスアイレスにいながら、メキシコの話を書くのもシュールなのだが、今回は、毎年、3月に行われるグアダラハラ国際映画祭について。
1995年から始まり、今年で26回を迎えたこの国際映画祭は、文化都市グアダラハラの名にふさわしく、グアダラハラ自治大学を中心に運営され、ラテンアメリカの映画祭で初めてフィルム・マーケットを導入した映画祭でもある。
ラテンアメリカの映画祭は、主に映画そのものをじっくり観て、評価する機会として捉えられていること、監督や脚本など、制作者に焦点をあて、新たな才能を見いだす場であると共に、配給やプロデューサーは、必要な相手を調べて勝手にコンタクトをとる、というラテンな感覚から、マーケットの必要性は余り重視されていなかった。
26回より、EPOセンター正面
24回より、ホテル入り口
ところが、グアダラハラ映画祭が先手をきって、2002年にカンヌ映画祭のマルシェ(マーケット)と提携し、小さいながらもマーケットを開始した。当初ブースを出していたのは、各国の映画協会が主だったが、米国からバイヤーたちが訪れ始めると、資金のない配給やセラーのために、商談テーブルが設置され、ブースに出展しなくても参加できるようになった(今では60ものテーブルが並ぶ!)。
私が初めて参加したのは、2004年。フィエスタ・アメリカーナという高級ホテルの会場にできたマーケットは、宴会場1つ分ぐらいの大きさで、会議場3カ所でマーケットのスクリーニングを行い、コンペ作品はシネコンでの上映だった。
24回より、マーケット入口
24回より、マーケットの様子
それが、今年から巨大な展示場に場所を移し、Expotecと呼ばれるデジタル撮影機材や照明機材からソフトウエア、ポストプロダクション会社の最新テクノロジーの展示や商談、また、映画保険会社(天候不良でロケが長引いた場合や、スタッフのケガなどの労災用保険)から各国のフィルムコミッション(ロケ地の誘致)までがブースを出し、映画制作のために必要な情報が一挙に集結する場となった。仮説のシアターが2カ所に作られ、シンポジウムや上映も行われる。
なぜかジャック・ダニエルやコロナビールがスポンサーについて、会場やテラスでタダ酒(!)が楽しめるようになったのも大きな変化だ。
映画祭の規模が分かるものとして、2011年のデータを少し紹介すると、上映本数は45カ国から出品された306本。上映場所は市内シネコン30スクリーン。一般来場者は10万人突破。制作、配給、バイヤーやセラーの登録者は、3,372人で、そのほか、メディア235社、記者853人、賞金総額は、375,000USD(1ドル=80円計算で3,000万円!)。
26回より、テラスレストラン
26回より、マーケット入り口
先輩監督たちが後進を育てようという熱気がある
コンペの内容は、イベロアメリカ(編集部注:スペイン、ポルトガルの植民地だった国々)とメキシコ(ま、主催国だから)に分かれていて、長編・短編フィクション、長編・短編ドキュメンタリーとアニメーション部門がある。短編は24本、長編は14本が上映される。
その他、毎年、注目を呼ぶのは特集上映で、2011年はヴェルナー・ヘルツォークの50作品を一挙上映。ヘルツォークとウイリアム・デフォーの講演とトークに加えて、『世界最古の洞窟壁画3D 忘れられた夢の記憶』(原題“Cave of Forgotten Dreams”)のプレミア上映も行われた。
また、ベルリン国際映画祭のベルリナーレ・タレントキャンパスと在メキシコのゲーテ協会との協同企画で、監督、脚本家、撮影、編集、俳優から評論家を対象にした“グアダラハラ・タレントキャンパス”、資金が不足している企画のために、各国のプロデューサーとの出会いの場をつくる“エンクエントロ・イベロアメリカノ”やドキュメンタリー作品に焦点をあてて、ポストプロダクションから配給、宣伝までの協力を提供する“DocuLab”など、企画が良いのに資金がない若手監督たちのやる気を刺激する場が満載だ。
25回より、会場となった映画館シネポリスの全景
26回より、最終日閉会直前のマーケット内部
何と言ってもメキシコを初めとしてラテンアメリカに顕著なことは、先輩監督たちが後進を育てようという熱気があるところ。メキシコから出て、米国に製作会社「チャチャチャ」を設立し、ハリウッドメジャーと組んで作品を制作している監督トリオ、ギジェルモ・デル・トロ、アルフォンソ・クアロン、アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ(名前はすべてスペイン語発音通り)は、プロデューサーとして若手監督たちの製作に関わっている。また、グアダラハラ映画祭常連の俳優ガエル・ガルシア・ベルナルとディエゴ・ルナ、プロデューサーのパブロ・クルスがメキシコ・シティに設立したカナナ・フィルムズは、若手監督作品の配給・宣伝を行っているほか、“アンブランテ”というドキュメンタリー映画祭も行っている。
カナナ・フィルムズは、あくまでメキシコを拠点としてラテンアメリカ映画を振興する、という目的を掲げているが、そんな30代がいるからこそ、このグアダラハラ映画祭も盛り上がるのかもしれない。
メキシコは、実は、ハリウッドメジャーの素材を一手に引き受ける大手ラボが存在するので、3Dまでテクノロジー的には、米国にまったくひけをとらない。
オープニング式典に登場したガルシア=マルケス(2009)
私も毎回、Expotecに顔を出して、どのぐらいの予算でどんなことができるのか話を聞いたり、日本語字幕をつける方法なんぞを一緒に試してみたりしている。低予算でも撮ろうとする監督や配給をバックアップするのを使命としているので、持っている知識を惜しげなく分かち合ってくれる。
ここに来ると、誰もが「ひとりじゃない、仲間がいる」と感じられる。出来上がった作品を評価するだけではなく、映画制作を考えるシンポジウム、はたまた、海外に売り込むマーケットまでを一貫して行おうという高い志を持ち、進化しつづけているのが、グアダラハラ国際映画祭なのだ。
(文、写真:比嘉世津子[Action Inc.])
【関連記事】
キューバの熱を知る新ラテンアメリカ映画祭(2011-11-28)
http://www.webdice.jp/dice/detail/3324/
映画『瞳は静かに』
2011年12月10日(土)より、新宿K's Cinema、渋谷UPLINKにてロードショー(全国順次公開)
1977年、軍事政権時代のアルゼンチン北東部の州都サンタフェ。やんちゃでイタズラ好きな男の子アンドレス(8歳)は、母の突然の死で、兄のアルマンドと共に、祖母オルガと父ラウルが住む家で暮らし始める。なぜか母の持ち物を焼き、家まで売ろうとするオルガとラウル、親しげに近づいて来る謎の男セバスチャン。好奇心旺盛なアンドレスは、大人たちを観察し、会話を盗み聞きながら、何が起こっているのかを探ろうとする。そして、ある夜、部屋の窓から恐ろしい光景を目にするのだが……。
監督・脚本:ダニエル・ブスタマンテ
撮影:セバスチャン・ガジョ
音楽:フェデリコ・サルセード
出演:ノルマ・アレアンドロ(1985年カンヌ国際映画祭主演女優賞)、コンラッド・バレンスエラ、ファビオ・アステ、セリーナ・フォントほか
製作:カロリーナ・アルバレス
原題:El Ansia Producciones
2009年/アルゼンチン/HDCAM/カラー/108分/Dolby Digital SRD
日本語字幕:比嘉世津子
後援:駐日アルゼンチン共和国大使館 協力:スペイン国立セルバンテス文化センター東京ほか
公式HP
▼『瞳は静かに』予告編