骰子の眼

cinema

東京都 渋谷区

2011-12-03 20:50


女性の更年期と生命力を描く井上都紀監督

『不惑のアダージョ』公開に併せ、08年ゆうばり国際グランプリながら未公開だった『大地を叩く女』が上映
女性の更年期と生命力を描く井上都紀監督
『大地を叩く女』より (C) 2008 The Woman who is beating the Earth Film Committee

主人公は、40歳になった修道女の真梨子。人より早く訪れた更年期障害に心が揺れ、『自分が選んだ生き方』を、もう一度、ゆっくりと見つめ直す。母親にはならず、家族すら持たない生き方を選んだことに、間違いはなかったのだろうか。“閉経”という、女性なら誰もが通過する人生のターニングポイントをテーマに、「身体」と「心」の声の不協和音を繊細な映像美と品あるユーモアで綴り、各国で話題を呼んだ『不惑のアダージョ』が、とうとう日本でも封切られた。

そして、井上監督の名前を知らしめた前作『大地を叩く女』も一般劇場では未公開の作品だったが、渋谷ユーロスペースで19時の回のみ、併映されている。女性ドラマーのGRACEを主演に迎え、肉屋のパートで働く主人公が精肉作業のリズムに乗って、心の奥底に眠る“怒り”の蓋を開き、その感情をひとつの音楽へと紡ぎだしていく。それぞれ異なる2作品から、井上都紀監督作品の魅力を探るべく、インタビューを行った。

一番難しい「許す」という感情

──『大地を叩く女』から『不惑のアダージョ』を撮るまでについて教えてください。

短編作品『大地を叩く女』が、ゆうばり国際ファンタスティック映画祭でグランプリを頂き、その副賞の制作支援金で、次回作を撮る機会をいただきました。ですが、受賞し(映画監督としての)道が開けたのと同時に、34歳の女性としての不安というものも出てきたんですね。映画制作は時間がかかるもので、あっという間に1年が過ぎていくんですね。「このままこの生活をずっと続けていたら、この先どうなるんだろう?」と、そのうち歳をとり、ある日女性としての機能を失った時、ものすごくショックを受けるだろうと思ったんです。(自分が)自由に選んだ人生なのに、矛盾を感じてしまうのかと。もしかしたらこれは、誰しもが立ち止まり、振り返る時期なのかもしれない、なおかつ(結婚しなければ)そのターニングポイントを一人で迎えるのかと(苦笑)。
でも、家庭を持つ既婚者の方でも、多分更年期は周りからも理解されづらく、ほぼ一人で迎えるのに等しいのではないかしれないと気づいたのです。初潮を迎える時は、家族に囲まれお祝いされるのに、終わりを迎える時は一人なんだと。はじまりと同じように、終わりも大切にしたい、それがこの映画の始まりでした。このような題材を描いている作品は今までなかったので、どうしても描いておきたいと思いました。

井上監督4
『大地を叩く女』『不惑のアダージョ』の井上都紀監督

──いずれの作品も、主人公がはじめ受け入れ難かった問題やもう一人の自分と向き合って受け入れていく姿に共感しました。相容れないもう一人の自分や、周囲の人を許す、受容することで何か大きなものを乗り越えて行くという流れが丁寧に描かれていて。

そうですね。「許す」という行為で、人が変わっていくということはあると思います。

──井上監督にとって「許す」とは、どういう感情ですか?

「許す」という感情は、一番難しい感情ではないかと思うことはあります。自分の中でその出来事を循環し消化して、最終的にはポジティブに受け入れるという、時間のかかる作業ですよね。ただ、ときに「許す」ということをしていかないと日々の生活が進んでいかないということもありますよね。次に進みたいから、許す。私にとっても、なかなかそれは難しいと感じることは多いです、いかんせん記憶がよすぎるもので。

──それぞれ咀嚼の方法が違っても、次に進むための、大事な消化作業ということなのですね。いずれの作品も、その過程で主人公が音楽や舞踏で心を解き放つシーンが印象的です。井上監督にとって、音楽や舞踏とはどういうものなのでしょうか。

私にはかつてバレリーナを目指していた経緯があり、子どもの頃から踊っていると、日常のことが忘れられ、なんて自由なんだろうといつも感じていました。歌や踊りのような原始的なものは、本能的に人間を解放させる力はあるとは思います。

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──『大地を叩く女』主演のGRACEさん、そして『不惑のアダージョ』主演の柴草玲さんという2人のミュージシャンとの出会いについて教えてください。

GRACEさんは10年前、彼女のライブを拝見したのがきっかけです。女性でドラマーというのが、当時のわたしには衝撃的で、その迫力に圧倒されました。大地を叩くマザーみたいだなと、彼女を題材にパワフルなものを描いてみたいと、ずっと考えていました。柴草玲さんは、GRACEさんからご紹介を受けました。やはり彼女の佇まいに惹きつけられ、触発されるものがありました。

──『大地を叩く女』は、どこかノスタルジックな色調や、きらびやかなライブシーン、そして『不惑のアダージョ』では、日本の紅葉という色鮮やかなランドスケープが、主演2人の魅力と心情を際立たせていました。

「色」には、かなりこだわりを持っています。映画そのものの印象や、主人公の心情を表現するうえでも重要な要素ですし。ドラマの内容を見せると同時に、やはり色鮮やかに映像を楽しみたいですよね。映画をつくるうえで、一番楽しんでいるのは美術だったりもします。

すべてを受け入れて生きていくことは、
とても普遍的なもの

──女性が避けられない更年期障害という問題をリアルに描いた『不惑のアダージョ』ですが、撮影にあたって、同年代の女性に取材をされたのでしょうか?

私自身が日々感じていることですし、同年代の人ともよく話すことでもあるので、取材はしていません。特に、(同年代の)独身で働いている友人たちと話すと、自分含め、どこかしら実生活では不器用な印象を感じてしまいます。修道女じゃなくても、自らの規律をつくり、何かにがんじがらめになっている。ものすごく古風だったりとか、家庭と仕事を両立できないと思っていたり、単純に自信がないだとか、無意識に何かに縛られているんじゃないかなと思ったんです。

──わかる気がします。どこかで前の時代の価値観に縛られているところもあるのかもしれません。

皆、その現実を普段見ないように生きているじゃないですか。でも確実に(年齢の)リミットは来る訳で。それでも、何かを変える努力も、忙しさにかまけてできずにいる。でも、そういう自分を肯定できない。私自身も含め、その矛盾が、ある種、女性の甘さであったりもしますよね。
最終的には、受け止めて生きていかなければならないという、同じ女性であるうえでも、優しさと厳しさを持ってこの作品を描きました。

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『不惑のアダージョ』より (C) 2009 Autumn Adagio Film Committee

──『最終的に、すべてを受け止めて生きていく』という女性の覚悟やしなやかでポジティヴな強さを、いずれの作品からも感じました。今回同時上映されている2作品は、作品をつくる上で、共通のテーマなりインスピレーションはあったのでしょうか。

“静”と“動”と、異なるアプローチでふたりの女性を描きながらも、テーマが似ているように感じられるとしたら、それは偶然だと思います。テーマとか着想という当初の始まりや技術的な考え方や分析よりも、ご出演頂いている彼女たちを、どう映像で活かしていくか、それしか考えていなかったです。
まず人間が魅力的に描かれていないと、映画としては成立しないとさえ思うので、実在する人間在りきで映画がはじまっていることが、この2本の共通点です。すべてを受け入れて生きていくというのは、私たちが生きる日常でとても普遍的なものでもあるので、特別それをテーマとも思っていません。歳をとるということ、とも言えるのではないでしょうか。

── 一方、2本観た後に考えたことは、女性の本質的な悩みや寂しさは、男性とは、例えパートナーであったとしても、やはりそこは共有し難い別のものなのだろうかということです。

共有できる瞬間はありますよね。映画の中でもその瞬間を描きました。異なるから向き合っていくんだと思います。女性として感じるさみしさって、肉体的な苦悩を、どう伝えても伝わらないっていう孤独ですよね。例えば、(女性が)「結婚したい、子どもがほしい」と言うと、男性からしたら「子どもがほしいから結婚したいの?」と、ある種、打算的にも感じる訳じゃないですか。この(女性の)体の声を、どう説明しても、(男性には)やはり説明は、つかないですよね。男性側からしたらこれは厄介ですよ。ただ、男性には、脳だけで成長していかなければいけない大変さもありますからね。

──『不惑のアダージョ』は、更年期障害と女性の性というテーマですが、あまり生々しく描いていないというか、俯瞰した視線やユーモアがありますね。男性も観やすいのではないかと思います。

制作する時は、自分の性を忘れて、どこにも偏らず、平坦に俯瞰して描いているところはありますね。この映画の見せたいものは映像であって映像でないという、大事なのは更年期という大きなテーマなので、きっと映画の中盤から観客の皆さんは自分を投影して観ていくと思います。あと、ユーモアは大事ですよね。私の日常にはお笑いは必然です。切なくてユーモアのある表裏一体のものが好きです。

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『大地を叩く女』より (C) 2008 The Woman who is beating the Earth Film Committee

──ユーモアに加え、一枚一枚丁寧に描かれた絵画を観ているような映像美も効果的だったと思います。また言葉のない台詞の多い映画だと。体の声を雄弁に語っていたと思います。

単純に今回の作品に関しては、音楽やダンスが登場人物の声でもあるので、なるべく台詞劇ではなく、一枚の画で感じさせるようにということは、念頭に置きました。ただ、映画の質によって表現の手法は変わっていくので、今後会話劇を撮る場合は、(その手法は)また変わるでしょうね。毎回、違うことに挑戦したいですし。

──ところで井上監督ご自身は『不惑のアダージョ』を撮って、“不惑”の境地に達しましたか?

全然ですよ(苦笑)。きっと迷いが消えることはないですし、迷ってる自分というのも割と好きですよ。迷いを打破するために、さらに考えますし、可能性と闘っている時間でもあります。

──なんだか、それを聞いてほっとした自分がいます(笑)それにしても、海外に行くと「日本は女性監督が少ない」と言われますよね。

海外は女性監督が多いですよね。ロッテルダム映画祭でタイガーアワードに選ばれた半数は、女性監督の作品でした。それでもまだ女性の方が少ないですよね。その背景には、出産や子育てなど家庭に入るという流れがあるからではないでしょうか。それでも映画を撮っていくという選択は、よほど度量がある人じゃないとできないですよね。でも、家庭を持つと、視野が広がり、人間的に豊かになると思います。男性も変わりますよね。父性でも、映画って変わるんだなと最近気づきました。特に子どもを描く時は、画に出ますよ。

──井上監督ご自身は、結婚や家庭を持つことは考えていらっしゃいますか?

考えているからこそ、『不惑のアダージョ』という映画を作ったんですよ。自分へのリミットの戒めとして。結婚はしたいですよね、自分とずっと向き合っていくのは、しんどいですから。

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『不惑のアダージョ』より (C) 2009 Autumn Adagio Film Committee

──おっしゃっている意味、わかる気がします。最後にちょっとネタばれになってしまいますが、お赤飯の意味、海外の観客には伝わりましたか?海外の国際映画祭での反応はどんなものだったのでしょうか。

伝わっていましたね。わからないという人、一人もいなかったです。逆にこちらから説明したくらいで。どの国でも、たぶん言葉や文化が違うぶん、ものすごく想像力を働かせて観て頂いているというのは、ひしひしと感じました。
海外の映画祭に行くと、ティーチインでは作品より私自身のことをよく聞かれましたね。結婚しているのか、子どもはいるのかとか。「結婚したいけど、なかなか難しい」と言うと、どこの国でも、「監督がんばれ!」だとか「まだあきらめるなよ」と拍手をもらってしまうんですね。「うちに嫁に来ませんか」というオファーまで(笑)。
また、年配の方がしきりに、「ありがとう」と握手を求めにきてくださるんですね。これはどういう意味なんだろう、と。映画祭で海外をまわり、いろんな方の反応を目の当たりにする中で、「もしかしたら、作った本人ですら、年齢を重ねないと、わからないものが(この作品には)あるのかもしれない」と思うようになって。それが、一般公開しようと決意した大きなきっかけです。

──私も作品を観た人と語り合いたくて、そういう意味で一般公開が楽しみです。今日はありがとうございました。

最後は同世代の悩み相談のようになってしまった今回のインタビュー取材。井上監督のひとつひとつ丁寧に選んで発する言葉には、その作品と同じように、鋭さとユーモアが同居していた。次回作は、さらに高齢の女性を描いた作品になるという。「家庭を持つことで映画は変わる」と言っていた井上監督。10年後、20年後の作品がどう変化していくのか、興味がつきない。

(インタビュー・写真・文:鈴木沓子)



井上都紀 プロフィール

1974年、京都生まれ。武蔵野美術大学油絵科卒業。ニューシネマワークショップで映画制作を学ぶ。前作、短編『大地を叩く女』が、ゆうばり国際ファンタスティック映画祭2008オフシアター部門でグランプリ受賞。その後もドバイ国際映画祭、ロッテルダム国際映画祭ほか国内外多くの映画祭で上映、好評を博す。現在、派遣で仕事をしながら、映像制作を続け、次回作を準備中。




『不惑のアダージョ』

ユーロスペースにて公開中、ほか全国順次公開

監督・脚本・編集:井上都紀
撮影:大森洋介
出演:柴草玲、千葉ペイトン、渋谷拓生、橘るみ、西島千博
2009年/日本/カラー/70分
http://www.gocinema.jp/autumnadagio/

『大地を叩く女』

ユーロスペースにて『不惑のアダージョ』と併映(19:00の回)

監督・脚本・編集:井上都紀
出演:GRACE、和田聰宏、長見順、かわいしのぶ、柴草玲、平沢里菜子
配給:ゴー・シネマ
2007年/日本/カラー/21分
http://www.rainbowgrace.net/daichi/




イベント情報

『オールモスト・フェイマス-未配給映画探訪』連動企画
山川公平特集

ロッテルダム国際映画祭2010でプレミア上映された後、第32回ぴあフィルムフェスティバルでグランプリを受賞、国内外で話題を呼んだ代表作『あんたの家』から、時代劇『田村どの、佐久間どの』(水戸短編映画祭セレクション企画)最新作『路上』やCMまで、山川監督の過去作品を一挙上映。当日はスペシャルゲストを招いてのトークイベントも(ゲストは決定次第、お知らせします)。

日時:2011年12月19日(月)18:30開場/19:00開演
会場:渋谷アップリンク・ファクトリー

(〒150-0042 東京都渋谷区宇田川町37-18 トツネビル1F tel.03-6825-5502)[地図を表示]
料金:予約/当日¥1,500
上映作品:『あんたの家』『路上』『田村どの佐久間どの』
ゲスト:山川公平監督
ご予約は下記より
http://www.uplink.co.jp/factory/log/004226.php


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