骰子の眼

cinema

東京都 渋谷区

2011-11-21 19:42


「日常に恐怖を組み込んで生きる事を決めた人々の物語」アルゼンチン映画『瞳は静かに』

公開記念短期連載第1回、70年代軍事政権下におけるアルゼンチンの家族をテーマにすることになった経緯をブスタマンテ監督が語る。
「日常に恐怖を組み込んで生きる事を決めた人々の物語」アルゼンチン映画『瞳は静かに』
『瞳は静かに』撮影風景

12月10日(土)から公開となる『瞳は静かに』は、アルゼンチンのとある町を舞台に、そこに住む8歳の少年の1年間の生活を通して、軍事政権下の市民への弾圧とそこから家族を守る人々の葛藤が描かれている。2001年の経済破綻を経て、あらためて1976年から82年にかけての軍事政権の問題が語られようとしている現在、この作品はサンタフェの町の家族の関係を通して、当時の不穏な空気がありありとかび上がってくる。今回は日本での上映にあたり、監督のダニエル・ブスタマンテにスカイプとメールで行ったインタビューを掲載。また高橋めぐみ、七里圭、アルベルト松本、星野智幸各氏によるコメントも紹介する。




この映画を初めて観たのは2009年、キューバの新ラテンアメリカ映画祭だった。満席立ち見の中で階段に座ったのだが、物語と映像にただよう緊張感とアンドレスの表情から目が離せず、ラストシーンまで一気に観た。これは軍事政権のことは知らなくても、サスペンスタッチで描かれた家族の物語として日本の人々にも伝わると思った。日常の中に潜む恐怖と不安に沈黙を選ぶことで家族を守ろうとした祖母オルガとそれ故に居場所を失ってしまうアンドレスの姿は、もはや遠い国のことではない、と配給を決めた。
──比嘉世津子(Action Inc.)


「輝くような瞳を持つ男の子を探した」
ダニエル・ブスタマンテ監督インタビュー

──平和なように見える町に軍事政権の反体制派への非合法な弾圧への恐怖が潜んでいた、というこの物語の脚本を書いたきっかけは?

数年前、あるテレビのドキュメンタリーで、軍事政権時代、私の故郷、サンタ・フェにも情報局の地下組織があったことを知った。そこに何ヶ月も監禁されていた女性は、長期にわたる監禁と拷問の結果、時間や空間の感覚を失ったが、ただ一つ、近くの学校のチャイムと校庭で遊ぶ子どもたちの声が、外の世界と彼女をつないでくれたそうだ。朝一番のチャイムがなるときに「あと1日生きる」と声高に自分に言い聞かせた、と語っていた。
その女性が、いつ、どこに監禁されたかを語ったときに、背筋が冷たくなった。近くにあった学校は、私が通っていた小学校だった。当時、私は小学4年生。彼女が聞いた子どもの声の中に、自分の声も混じっていたはずだ。そう思うと、頭から離れず、親族が集まった夕食会で、その話をした。
すると、親戚のひとりが言った。
「ああ、私たちは知っていたよ」と。
当たり前のように、サラッと言われたことに衝撃を受けた。
その時、これは物語だ、と思った。監禁された女性の物語ではなく、日々の現実の中に恐怖を組み込んで生きることを決めた人々の物語だと。それを書かずにはいられなかった。

Web
ダニエル・ブスタマンテ監督

──映画化に至るまで、どのくらいの時間を要したのですか?

脚本を書き終えてから、クランク・インするまで3年かかった。撮影までの費用は、脚本賞で得た賞金と、地元サンタ・フェからの支援、そしてプロデューサーとしての自己資金。ポスト・プロダクションは、キューバの新ラテンアメリカ映画祭で獲得した「ラテンアメリカ初号賞」(訳注:35mmフィルムの初号をつくるための制作費が支給される賞)の賞金。撮影に6週間、ポスプロに10週間かかった。

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『瞳は静かに』撮影風景

──主人公の男の子アンドレス役にコンラッド・バレンスエラを選んだ決め手は?

キャスティングのために600人の子どもに会って、輝くような瞳を持つ男の子を探した。アンドレスの変化に従って、瞳の輝きが、徐々に消えていくような、そんなイメージでコンラッドを選んだ。

──アンドレスの祖母オルガ役として、アルゼンチン初のアカデミー賞受賞作『オフィシャル・ストーリー』のノルマ・アレアンドロが出演しています。

『オフィシャル・ストーリー』以降、軍事政権がテーマの映画には、二度と出たくないと言っていたことは有名だったので、期待はしなかった。脚本の最終稿ができたときに、読むだけ読んでほしい、とノルマに手渡した。出演を承諾してくれたのは、私にとって嬉しい驚きだった。

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『瞳は静かに』撮影風景

──まだやんちゃな男の子が1年間の出来事を通して変化していくというこのストーリーに、監督の子ども時代の自伝的要素は含まれているのですか?

私はアンドレスではないが、同じように友達と空き地や道路で遊んでいたし、何かが起こっていることは感じていた。両親の重い沈黙の中に、恐怖が見えたから。子どもが好奇心を持つことは、推奨されるどころか、逆に厳しく罰せられる時代だった。

──日本での上映を楽しみにしています。

私の映画に興味を持ってくださる方々に感謝したい。私たちの長所短所も含めて、アルゼンチンの歴史や社会への関心が高まることを心から願っている。

(構成・文:比嘉世津子)

暴力的なシーンや激しい台詞はあまり出てこないのだが、漂う不安感、緊張感は半端ではない。驚愕の結末まで息をつくことが出来なかった。そして、見終わってしばらくして、突然ストンとアンドレスの気持ちを理解した
──高橋めぐみ(カリブ・中南米音楽/アオラ・コーポレーション)

この映画は、アルゼンチンの軍事独裁体制下のある家族を描いたものだが、決して遠い国の他人事ではないと思う。三月のあの日以来、日本で暮らしていて、不安と怒りを覚えない人はいないはずだ…これから底知れぬ負の遺産を押し付けられる子供たちの中にはきっと、静かにこの理不尽を見つめているアンドレス少年がいる
──七里圭(映画監督)

アンドレスが映画の中で、あのように振る舞うのも何となく大人の言動を察知しているからであり、複雑な家庭及び社会環境の中で自分の居場所を求めているだけではなく、彼なりに駆け引きをしながら最大限に生存本能を働かせているのかも知れない。なぜなら、大人も日常生活を営みながらもすぐ近くで起きていることには蓋をし、黙認し、関与しないことが「安心、安全、良い市民」だということを自分自身に言い聞かせる必要があったのである。」
──アルベルト松本(「アルゼンチンを知るための54章」著者)

これは今の日本じゃないか!今の日本のリアルな現実そのままじゃないか!見終わった直後、私は胸の内でそう叫んでいた。あまりに衝撃的な結末は、私が今生きているこの社会の光景とそっくりだったのだ…アルゼンチンの軍政の歴史を知らない人にとっては、起こっている出来事が今ひとつはっきり見えてこないかもしれない。そんな観客は幸いである。なぜなら、主人公の少年アンドレスも、何が起こっているのか、はっきり知らされないのだから。アンドレスの置かれた立場を、そのまま追体験できるだろう。
──星野智幸(作家)




映画『瞳は静かに』
2011年12月10日(土)より、新宿K's Cinema渋谷UPLINKにてロードショー(全国順次公開)

監督・脚本:ダニエル・ブスタマンテ
撮影:セバスチャン・ガジョ
音楽:フェデリコ・サルセード
出演:ノルマ・アレアンドロ(1985年カンヌ国際映画祭主演女優賞)、コンラッド・バレンスエラ、ファビオ・アステ、セリーナ・フォントほか
製作:カロリーナ・アルバレス
原題:El Ansia Producciones
2009年/アルゼンチン/HDCAM/カラー/108分/Dolby Digital SRD
日本語字幕:比嘉世津子
後援:駐日アルゼンチン共和国大使館 協力:スペイン国立セルバンテス文化センター東京ほか
公式HP

▼『瞳は静かに』予告編




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