ボーカロイド人気の引き金となった初音ミクを2007年発表時より積極的に用い、ニコニコ動画上で楽曲を発表してきたアーティストOSTERが満を持して全国流通となるアルバムをレーベルBALLOOMから発表。OSTER "BIGBAND" project名義でリリースの『GOSSIP CATS』は、ボーカリストやビッグバンドなど総勢22名のミュージシャンとコラボレーションにより制作された、ノスタルジックなムードに満ちたポップソングを全11曲収録。バンドの躍動感を活かしたアレンジメントに加え、同じ楽曲を生のボーカルとボカロの2バーション収録するといった試みもなされている。今回のインタビューでは彼女のポップセンスのルーツについてを中心に話を聞いた。
アーティストはどういう曲を出してくるんだろうというワクワク感を与えられるように
──ニコ動ではこれまで様々なテイストの楽曲を発表してきましたが、今回のアルバムはとりわけジャジーなアレンジでまとめられていますね。
もともとジャズ寄りな曲が好きで、いろんなテイストの曲を作っていてもジャズ的な要素が入ってくる。根底にあるのがそうした音楽なんですよ。
──初音ミクを使ったナンバーを発表していく時はどんな気持ちだったんですか?
ボーカロイドというツールを手に入れたことによって、どんなことができるんだろう、どういう音楽ができるだろうということを追求して作ってます。ボカロは発音がなかなかうまくいなかいことが多いので、調整は大変なんですけれど、人間同士のゴタゴタがない(笑)。がんばった分だけ応えてくれる存在だと思います。
──ボカロで作った曲をアップしはじめたときは、ミュージシャンとしての展望は見えていたんですか?
ボーカロイドを買う前から音楽で将来やっていきたいということは思っていて、インストの曲を発表して活動していたんですけど、その一貫としておもしろかなと思って始めたので、それが商業的に繋がるとはぜんぜん考えていなくて。始めたころは初音ミク自体がいまと違って有名じゃなかったですし。今でもあまりほかの人の曲を聴いて参考にしたりはしないんですけれど、ボーカロイドをやっているというよりは、それまでと同じようにただ音楽を作っている意識のほうが強いんです。
──ニコ動で発表するようになって、音の好みは変わってきました?
昔からメロディアスな歌ものが好きだったので、それができるようになったということはあります。年齢とともに変わっていったことはあるかもしれないですね。
──ニコ動はファンのリアクションも目に見えるかたちでありますが、そうした声はどんな気持ちで受け止めていましたか?
自分の音楽を聴いていろんなことを思ってくれる人がいるんだというのはすごく励みになるし、反響が大きければ、次はどういう曲を作って驚かせてやろうとか、このアーティストはどういう曲を出してくるんだろうというワクワク感を与えられるようにがんばろうと思っています。
ビッグバンドの縛りの中でできるだけ幅広く飽きのこないサウンドにしたかった
──新しいレーベルからCDを出すということで、どんな構想があったんですか。
ビッグバンドで出したいということを私が最初にしたら「CDにしましょうか」ということを言っていただいて、実現しました。ビッグバンドに限らず、生演奏ですべて録音をやってみたいというのはずっと前から思っていたんです。ニコ動の楽曲でも自分でリコーダーは吹いたりしていたんですけれど、全部生というのはなくて。普段はひとりでマウスで打ち込んでいるだけで、自分の楽団がほしい、とずっと思っていたので、願いが叶いました(笑)。
──新しいアルバムはニコ動で発表してきた曲と新曲で構成されていますが、新曲はビッグバンドで録音することを想定して書いたんですか?
そうですね、ビッグバンドでレコーディングするとなったときに、どういう曲を揃えたら楽しいかということを考えて、ホーンの良さを出せる曲をいちから考えて作りました。ビッグバンドといってもいろんなジャンルのサウンドが入っていると思うんですけれど、編成があらかじめ決められているので、その縛りの中でできるだけ幅広く飽きのこないサウンドにしたかった。それを考えるのが大変でした。
──アレンジはジャジーですけれど、ポップでメロディアスなオスターさんの作風はこれまでのニコ動作品と続いているところはありますよね。
あまり渋くなりすぎず、メインストリームの音楽を好んで聴いている人でも入ってきやすい楽曲を心がけています。
──レコーディングはどうでしたか、曲はアレンジのアイディアなどかなり作りこんだ状態でバンドに持ち込んだんですか?
自分の曲をみんなが吹いているところは、すごいこれ!って感動しました。アレンジは私が最初にきっちりやってそれをプロデューサーに直してもらって、原曲のイメージをそのまま演奏してもらいました。一曲のなかで拍子が変わったり何回も転調する曲が多いので、楽曲自体が相当難易度が高いのが揃っていたと思います。
──それはオスターの作曲の特徴と言っていいんでしょうか。
自分の好きな音楽をそのまま作ってるのですが、曲のなかにいっぱい仕掛けを置いていったほうがパンチがある面白い曲に仕上がる。そういうスタンスで作っているので、演奏者殺しを言われます(笑)。
──詞についても、他のボカロのプロデューサーに比べるとJ-POP的なラブソングが多いですよね。
昔は夢見る乙女系だったけど、荒波に揉まれていくうちにヤサグレていったかもしれないです(笑)。今回のアルバムは歌詞がドロドロしてません?全体的に大人寄りのアルバムだと思います。それは人生経験のなかで変わってきて、別に曲と絡めてこういう詞にしようという気持ちではないんです。まず世界観のコンセプトがあって、そこから曲を構築していくので。詞の世界観を最初に考えてそこから曲を作って、メロディができてから歌詞をつけるんです。
音楽とちゃんと向き合ってディスカッションできるが楽しい
──今回のアルバムで面白いのは、生楽器の楽曲とさらにそのボカロバージョンも一緒に収録しているところだと思います。
最初は生歌だけのアルバムになる予定だったんですけど、もっとたくさん曲を聴いてもらいたかったのもあって、ボカロが入ることになったんですけれど、全部生だと初音ミクを通して私を知ってくれた人は若干聴きづらい気もするのかなというところもあったので、今までのファンも買いやすくて、ジャズやビッグバンドが好きな人も気に入ってもらえる、いいバランスのCDになったかなと思います。
──ボカロのバージョンの仕上がりには満足していますか?
大変でしたね。ものすごい完成度の歌手のトラックが最初にできあがってしまっているので、それにひけをとらないトラックを作らなきゃいけないというプレッシャーがあって、手がしびれるまでがんばりました。それでも人間のパワーに勝てたのかな?ってちょっと不安なところがあります。ボカロなりの味わいがあるといいですけどね。生のレコーディングでは、とにかくウサコさんのパワーと野村あゆみさんのエロさに押されて。全体のイメージを伝えて、あとはふたりの解釈も聞きつつ、相談しつつ行いました。やっぱり自分の思考だけに偏らずにいろんな人の考え方を取り入れていったほうがいいものができるんだなというのを実感した現場でした。もちろんそこで私は譲れないというシーンも多々ありましたし。そうやってミュージシャンやシンガーと意見を戦わせながらの作業はいい経験になりました。音楽とちゃんと向き合ってディスカッションできるというのが楽しいんです。
──その生のレコーディングの体験はまた打ち込みの音作りに戻ったときに、影響してくるものがありそうですか?
いまCDを作り終わった段階で、また打ち込みで何曲か作っているんですけれど、一度生楽器のレコーディングをしてしまうと、どれだけ綿密に打ち込みを組んでいってもどうしてもしょぼく聴こえてしまう病気にかかってしまって(笑)。生でやることを通して、あ、この楽器はこういうフレーズをこの楽器に担当させるとこういう響きになるのか、っていうのが次第に解ってきて、アレンジの勉強にもなったので、それは今後活かしていこうと思っています。次はゴスペルとか、また生で賑やかにやってみたいです。
(インタビュー・文:駒井憲嗣)
OSTER "BIGBAND" project
OSTERによるソロ・ユニット。「初音ミク」発売直後よりボーカロイド楽曲を動画投稿サイトにて発表を続けている。メロディ・歌詞・アレンジのすべてがあいまって、OSTER project自体が1ジャンルともいえる独自作品スタイルを持ち 、多くのリスナーの共感を呼んでいる。その創造範囲は、ボーカロイド楽曲だけにとどまらず、PV制作、ボーカリストへの楽曲提供、ライブ、そしてアーティストプロデュースへと広がっている。ニコニコ動画投稿33作品が10万再生以上、内2作品が100万再生を達成。総動画再生数が、1000万再生を超える人気と実力を兼ね備えたクリエーターである。
BALLOOM公式HP http://balloom.net/artist_nanou.html
OSTER”BIG BAND”project
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