骰子の眼

cinema

2011-11-18 19:15


「私は、プロのアウトサイダーです」フレデリック・ワイズマン監督インタビュー

『フレデリック・ワイズマン レトロスペクティブ──フレデリック・ワイズマンのすべて』全国各地で巡回開催中
「私は、プロのアウトサイダーです」フレデリック・ワイズマン監督インタビュー
フレデリック・ワイズマン監督 (撮影/荒牧耕司)

ドキュメンタリー映画の巨匠フレデリック・ワイズマン監督が、このほど13年ぶりに来日した。10月29日から東京を皮切りに神戸、金沢、京都、高知、山口などを巡回する大規模な特集上映“フレデリック・ワイズマンのすべて”が開催中であり、それに先立って東京国際映画祭2011では最新作『クレイジー・ホース』が上映された。米国ボストン出身のワイズマン監督は、刑務内の矯正院を描いた監督第一作『チチカット・フォーリーズ』を1967年に発表以後、44年間にわたりほぼ年に1本のペースで記録映画を製作しつづけている。ナレーション無し、インタビュー無し、音楽無し、出演者を説明するテロップや字幕無しという、極めて独自性の高いスタイルで知られる。今年81歳とは信じがたいほどエネルギッシュなワイズマン監督に新作を中心に話を聞いた。


──今回の特集上映で日本初公開された『ボクシング・ジム』(2010)は、『BALLET アメリカン・バレエ・シアターの世界』(1995)、『パリ・オペラ座のすべて』(2009)に続くダンス映画の位置づけになるとのことですが、ボクシングとバレエのつながりについてお聞かせ下さい。

ボクシングもバレエと同様に、鍛錬と身体のコントロールを必要とするという意味でつながっています。そして『クレイジー・ホース』(2011)は、『ボクシング・ジム』に続く4番目のダンス映画になります。

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『ボクシング・ジム』より

──これまで警察、裁判所、学校などの公共機関や、病院、百貨店、軍隊、僧院、競馬場など多種多様な主題を選ばれていますが、『ボクシング・ジム』で描かれたあのジムは、はどのような経緯で撮影対象に選ばれたのですか。

大きな理由は、自分がもともとボクシングのファンで、以前からボクシングの映画を撮りたいと思っていたことです。息子が幼かった頃、まだケーブルテレビが今ほど普及していませんでしたから、ボストン・ガーデンというスタジアムの近くの、巨大スクリーンで上映される試合を、一緒によく観に行きました。当時はフレイザーVSアリ戦や、おもしろい選手がたくさんいたし。あのジム[映画の舞台であるテキサス州オースティンのボクシング・ジム]は、友人から教えてもらって見学に行ったんですが、ジムの中に入った瞬間に、「ここだ」と感じました。まるでハリウッドで200万ドルかけて作った映画セットのようだったんです。小さなリングがあって、壁に貼られたポスターや、天井内張が剥がれ落ちてきていたりしている様子など、とにかく完璧でした。それとジムのオーナーのリチャード・ロードが好人物だったからです。指導者として優秀だし、責任感と思いやりがあって。見学したのはあのジムだけだったので他とは比べられないですが、このチャンスを逃すわけにはいかないと思ったんです。

──『クレイジー・ホース』は1951年創業のパリの老舗キャバレー“クレイジー・ホース”が舞台ですが、なぜここを選ばれたのでしょうか。

私はもともとダンスが好きで、フランスの友人に、フィリップ・ドゥクフレ[フランスを代表する演出・振付]が“クレイジー・ホース”で演出・振付をすると聞いたのがきっかけです。クレイジー・ホースには昔、一度だけ行ったことがあったのですが、その話を聞いて久しぶりにまた行ってみて、映画を作れそうなポテンシャルを感じました。それで翌日また戻って撮影させてくれないかと頼み、その場で快諾を得ました。何が商業的にエロティック・ファンタジーとして成立するのかを撮りたかったのです。

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『クレイジー・ホース』より ©2011 – IDÉALE AUDIENCE – ZIPPORAH FILMS, INC.TOUS DROITS RÉSERVÉS – ALL RIGHTS RESERVED

──撮影の依頼をするときに、必ずこれまでの作品リストを渡して、興味があるものを観てもらうようにしているそうですね。

そう、いつも相手にすべてを見せます。撮影の了解をとった後で、過去作品の一覧を渡して、観たい作品のDVDをあげるのです。たとえばクレイジー・ホースの経営スタッフもダンサーたちも、私の過去の作品を6~7本観ました。リクエストされた本数としては今ままで一番多かったです。撮影中、クレイジー・ホースの従業員たちの間で『BALLET アメリカン・バレエ・シアターの世界』と『パリ・オペラ座のすべて』が回覧されていました。『ボクシング・ジム』のリチャード・ロードも、確か『ストア』と『福祉』を観てくれました。それと、やはり撮影の了解を得た後で、手紙も必ず書いて渡します。最初に依頼するときに、私が何をしたいか話したことを要約した手紙です。すなわち、6~8週間密着したいこと、やらせはいっさいしないこと、全員撮られることに同意してくれること、予定では100~150分の長さの映画になるであろうこと、編集に1年かかること、劇場・テレビ・DVDでリリースされること、編集権は私にあること、他の監督は撮らないこと、などをまとめた内容の手紙です。法的な言語では書いてありませんが、事実上これが契約書になります。

──『クレイジーホース』も含めこれまでの作品の中には、米国以外で撮られたものが5本ほどありますが、それらには外国人としての視点が加わると感じますか。

確かに自分が生まれ育った米国文化ほどフランス文化を吸収してはいませんが、フランスにはよく行くしフランス語もある程度話すので、その質問に答えるのは難しいです。たとえ米国で撮っていても、私は常に他所者であるわけです。病院の作品を2本撮りましたが自分は医師や看護士ではない。警察の映画を撮ったときも、視聴覚障害者の映画を撮ったときも、ほぼすべての映画においてそうです。たぶんドキュメンタリー映画の監督というのは、プロのアウトサイダーといえるでしょう。

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『BALLET アメリカン・バレエ・シアターの世界』より
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『パリ・オペラ座のすべて』より

──コンスタントに年1本の映画を製作されていて、撮影と編集のサイクルの中に映画祭やレクチャーなどが入り大変お忙しそうですが、撮影をする日のスケジュールはどのようなものですか。

5時半~6時に起きて、40分ほど自転車エクササイズマシンを漕いでから、朝ご飯を食べて、荷物を準備して出かけ、10~12時間撮影して、レストランに夕飯に行き、戻ってからラッシュを観て寝ます。忙しいのが好きなのです。

──監督のことをドキュメンタリー映画にしたいというオファーはありますか。

ありますが、断っています。これからも断り続けます。

──次回作の『大学』[カリフォルニア大学バークレー校が舞台]を撮り終えて、編集に入られているとのことですが、今後、撮りたいと考えている対象はありますか。

パリで来年5月に、米国の詩人エミリー・ディキンソン[1830-1886]についての芝居を上演します。『大学』の編集の合間にその芝居のリハーサルが入ってくるため、9月までは予定が埋まっていて、まだその後の映画のことまで考えていません。

今後も年1本のペースで映画を作り続けていくと語るワイズマン監督。今年8月に刊行された『全貌フレデリック・ワイズマン』は、ワイズマンの世界への最良の入門書としてぜひお薦めしたい。

(インタビュー・文/隅井直子)

■フレデリック・ワイズマン PROFILE

1930年生まれ。イェール大学大学院卒業後、弁護士として活動を始める。
やがて軍隊に入り、除隊後、弁護士業の傍ら大学で教鞭をとるようになる。
63年にシャーリー・クラーク監督作品『クールワールド』をプロデュースしたことから映画界と関係ができ、67年、初の監督作となるドキュメンタリー『チチカット・フォーリーズ』を発表。マサチューセッツ州で公開禁止処分となるが、その後も社会的な組織の構造を見つめるドキュメンタリーを次々に制作する。
71年に現在も拠点とする自己のプロダクション、ジポラフィルムを設立。
以後、劇映画『セラフィータの日記』(82)『最後の手紙』(02)をはさみ、精力的にドキュメンタリーを作り続けている。
最新作は『Desire クレイジーホース』(2011)。
「現存の最も偉大なドキュメンタリー作家」と称される。


『フレデリック・ワイズマン レトロスペクティブ──
フレデリック・ワイズマンのすべて』
2011年10月29日~11月25日、東京・渋谷ユーロスペースにて
京都、神戸、金沢、高知、山口、川崎などで順次開催

会場 ユーロスペース(東京都渋谷区円山町1-5/TEL 03-3461-0211)[地図を表示]
日時 2011年10月29日(土)~11月25日(金)
巡回予定会場 アテネ・フランセ文化センター(東京)/せんだいメディアテーク(仙台市)/川崎市アートセンター・川崎市市民ミュージアム(川崎市)/金沢21世紀美術館(金沢市)/立命館大学(京都市)/神戸アートビレッジセンター(神戸市)/広島市映像文化ライブラリー(広島市)/山口情報芸術センター(山口市)/高知県立美術館(高知市)ほか
主催 ユーロスペース、一般社団法人コミュニティシネマセンター

※詳細は公式サイトをご覧下さい。


単行本『全貌フレデリック・ワイズマン──アメリカ合衆国を記録する』
土本典昭、鈴木 一誌 編

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ワイズマン監督ロングインタビューを収録。また、港千尋、佐々木正人、上岡伸雄、長谷正人、ピエール・ルジャンドル、エロール・モリスらがその多彩な作品世界を読み解く。全作品の解説付き。

■A5判、622ページ
■定価 6,510円(税込)
■岩波書店より2011年8月24日発売



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『フィリップ・ドゥクフレ カレイドスコープ』

演出・振付:フィリップ・ドゥクフレ
出演:クリストフ・ワクスマン、オリヴィエ・シモラ、他
2004年/フランス/117分/カラー/ステレオ/3,990円(税込)


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