ニコニコ動画のクリエイターを中心に今年の3月に設立されたレーベルBALLOOM。wowaka、古川本舗に続く第3弾アーティストとしてナノウのアルバム『The Waltz Of Anomalies』がリリースされた。ボーカロイドを駆使し「文学少年の憂鬱」「ハロ/ハワユ」といった楽曲をニコ動上に発表、高い再生回数を記録した彼のオリジナル・アルバムは、自らの楽曲をボーカリストとしてカバーしたバージョンやニコ動で活動中のボーカリストとのデュエット、そして描き下ろした新曲で構成されている。彼が敬愛するSyrup16gのメンバーもレコーディングに参加した本作、オルタネイティブ・ロックからの影響色濃いバンドサウンドと、孤独感を表現した詞世界は、他のボカロ・プロデューサーとは一線を隠している。
遊びの延長で作った楽曲がニコ動でたくさんの人に聴いてもらえたのは複雑な心境だった
──今回のアルバム『The Waltz Of Anomalies』は、ナノウさんが続けてきた音楽活動のなかでどんな位置づけの作品なのでしょうか。
ニコ動でボーカロイドの楽曲を投稿するようになる前は、ずっとバンド活動をやっていたんです。ひとりで曲を作ってニコ動で発表するようになって、アレンジからなにからぜんぶ自分ひとりで考えるようになって、そうやって2、3年くらい前からやってきた、そうした曲作りの方法に加えて、今回は関わっていただいた人の協力もあり、ナノウとしての活動のひとつの集大成のような作品になりました。
──オルタネイティブ・ロックなサウンドを特徴としていますが、そのバンド活動が影響しているのですか?
もともとエレキギターとか音楽に興味を持ったのがバンドからだったんです。最初にギターに興味を持ったのがニルヴァーナで、その後レディオヘッドとかスマッシング・パンプキンズを聴いてきて、そこから邦楽のバンドもだんだん聴くようになって。今回のアルバムでも参加していただいたSyrup16gとか、THE BACK HORNとか、洋楽邦楽問わずバンドばかり聴いていたので、自然と自分も曲を作るときにバンドサウンドの曲になっていったというか。
──ニコ動で作品を発表するようになったきっかけは?
知り合いから教えてもらって登録して、動画を見るだけだったのですが、ボーカロイドの噂を聞いてスーパーセルとか「Packaged」(初音ミクの初期ヒット曲)とかを初めて聴いて、合成音声のボーカルソフトでここまでできるのかと素直にびっくりしました。
純粋に曲を作ることが好きだったので、バンドでは自分で歌っているけれど、これだったら女性ボーカルの曲も作れるかもしれないという思いがあったので、自分もソフトを買って実際作り始めたんです。
──曲を作っていて、自分が歌えない曲ができたり、この曲は女の子ボーカルが歌ったほうがいいんじゃないか、と思うことはなかったんですか。
バンドでやってたときは自分で歌うためだけにつくっていたので、そういうことはなかったんです。ボーカロイドを導入してそのための曲を作ってみようとしたときに、普段自分が歌うんじゃできないこと、例えば自分の声質にはちょっと合わないような歌詞とか、自分では恥ずかしくて歌えないようなことを、自分が歌うという制限をとっぱらってなんでも自由に作ってみようと思って。
──アップした曲への反応についてはどのように感じていましたか。
最初はとまどいました。ニコ動で曲を投稿しはじめてからも、自分のメインのバンド活動は続けていたんです。バンドの活動はインディーズなのですが、対バン形式のライブをガンガンやって音源を出しているなかで、遊びの延長で作った楽曲が、思いの外ものすごいたくさんの人に聴いてもらえたことが、嬉しかったと同時にちょっと複雑でしたね。自分が本気出してやっているバンドのほうはなかなかうまくいかないのに。もちろんニコ動の曲もいいかげんに作っていたわけではないですけど。
──作り手としてボーカロイドというソフトの魅力ってどんなところだと思いますか。
生身のボーカリストはその人のスタイルがあって、得意なもの不得意なものがあるので「これ以上要求しちゃうとまずいかな」という部分はどうしてもでてきてしまうんです。ボーカロイドはどんなに要求しても拒まない(笑)。そこはやりやすいところはあるんじゃないかと思います。それから、みんな同じボーカロイドを使っている以上、スタートラインは一緒で、だからこそ発音のさせ方だったりメロディに対する乗せ方だったり、そこが個人の味が如実に出てくる。
──ナノウさんのボカロ曲は、決して無機質な感じではなくて、できるだけ生の声に近い使い方がポイントですよね。これはソフトを使うなかで試行錯誤して出来上がったスタイルなのですか。
投稿した最初の曲を作っている最中に初めてボーカロイドを触りました。入力した言葉をちゃんと喋ってくれなかったり、いろんな不自由はあったんですけど、うまく喋ってくれないたどたどしさとか、ちょっと棒読みで歌っちゃうアホらしさというか、そこに人間味を感じたんです。パラメーターをめちゃめちゃいじってというよりは、入力したものに対して、人間らしく聴こえるところをそのまま活かすというか。そのうえで違和感のあるところだけをほんの少し直すというやり方で作っています。
ボーカロイドだけじゃなくて楽曲制作全体に言えるんですけれど、自分はノウハウがそれほどあるわけではないので、一から十まで自分の耳が頼りでした。ボーカロイドの声をずっと聴きながら、言葉の繋ぎ方やメロディラインの作り方で、うまく歌ってくれそうな感じはだんだん解ってきましたね。
──音としての響きと言葉の意味とどう共存させるか、というところなど、リリックの書き方についての工夫は?
ボカロは言葉の繋がりによっては、まったく喋ってくれないこともあるので、そういう場合に同じ意味で違う単語にすり替えたりとか、単語の繋がりを入れ替えたり、どうにかこうにかうまい繋がりを見つけていったり。おおもとの歌詞をバッと考えたときに、どうしても何箇所かはまっていない部分が出てきてしまうので、そこから先はパズル的な感じですね。
──曲と一緒に歌詞も浮かんでくるんですか。
だいたいトラックを作るときと歌詞とかメロディを考えるのは同時のことが多いんです。曲のアレンジに関しても、歌詞の内容が定まってこないと方向性が解らないので。ある程度まで曲のぼんやりした概要があって、そこまで決まった時点で、アレンジを考えていくんです。
楽曲のテーマは、いざ作ろうと思った瞬間に考えていることが反映されていて。時として八つ当たりのような、もう書いてないとやってられないぜ!みたいなときもあれば、すごくいいことがあって、優しい曲が作りたいと思ったり、そのときの精神状態がかなり影響されるんです。
あまりテーマとか歌詞の内容に関してそんなにシステマチックに考えることはないんです。当初は「こんな感じの歌詞になるだろう」と考えていても、最終的に曲を作っている最中に自分の心理状態によって違う方向に行ってしまったり、そういうことがあるので、最初に決めたことはあてにならなかったりします。
──ニコ動はダイレクトなリアクションも解りますよね。
バンド活動では、発表した瞬間にすぐリアクションが返ってくるということがなかったので、その意味でもニコ動ってすごく面白かった。アップをしてコメントを見てみたら「そんなところに突っ込まれるとは思わなかった」と書かれていたり。歌詞の解釈の問題についても、自分はひとつの道筋をつけて書いたつもりでも、人によってぜんぜん違う解釈をするときがあって。「サクラノ前夜」という曲では、最終的にどういう意味でどういう結末かというのがすごい議論されていて、「そんな捉え方もあったのか」とこっちが気づかされるくらいでした。
人と向き合って作業することの難しさを感じた
──今回CDを作ることは、ミュージシャンとしての新しいステップという気持ちがあったのですか。
今回のアルバムは、とくPというプロデューサーに入ってもらったり、レコーディングからミックス、マスタリングに至るまであらゆる面で人にすごく協力してもらった。その結果自分で解らなかったこととか、成し得なかったこととか、自分のなかでも新しいことに気づいて。自分自身の成長のため、ここに携わることで自分はまた新しい勉強や刺激を受けて、音楽家として成長できるという思いがあったんです。女性のボーカリストに実際にニュアンスを指示したりということは初めてだったので。自分もボーカルをやっているからすごく解るんですけれど、人の声はそのときのメンタルや状態にすごく左右されてしまう。歌ってもらうからには、その場の雰囲気とか、どれだけミーティングを重ねられたかとか、そういうことがすごく当日のレコーディングに影響する。人と向き合って作業することの難しさを感じました。
──プロデューサーとしての資質と、プレーヤーとしての資質は共存できていると感じますか。
実際にライブでステージに立つ自分と、楽曲を作ってボーカロイドや人に歌ってもらうコンポーザーとしての自分は、自分のなかでは意識はかなり分かれていて。人に歌ってもらうときには、その表現方法をすごく大事にしたいというか。一方で、自分が歌うものに関しては自分なりのこだわりが今回のアルバムにもとても入っていて。それに加えて、自分の歌に関してもエンジニアの方やプロデューサーの意見もかなり入っていて、感覚的には自分が、というよりチームで作っていたような感じがあります。
──新曲に関しては?
ニコ動では、自分の作曲能力の修行のため、1曲アップしたらじゃあ次はそれとはぜんぜん違う曲を作ろうと、いろんな方向を目指していたんです。それを繰り返してきたんですけれど、今回のアルバムではとりあえずそれをいったん止めて、まっさらな状態から曲を作っていったんです。アレンジに関して、ほんとに初期の頃はエレキギターがあってベース、ドラムがあってという、単純なバンドサウンドだったんですが、それに自分なりの方法論でいろんな楽器を付け足せるようになってきた。そんな風に使いどころが解るようになってたところを、存分に試したかった。
──アルバムタイトルの『The Waltz of Anomalies』は制作のいつ頃に浮かんだのですか。
Anomalyは変人とか異常とか例外といった意味なんですが、既存の曲のリアレンジと新曲、どれもそうなんですけれど、自分が作る歌とか歌詞はすごく基本的にダメな人の歌、あまりうまくいってない人の歌がほとんどなんです。それは自分が音楽に向きあうときの基本的な姿勢としてあって。今回の10曲は、形は違えどみんなが共通して笑えるような話題で一緒に笑えないような、取り残されているような人たちとか、何か問題があってうまくなかなか馴染めていない人とか、世の中一般から見た例外的な人たちが手を変え品を変え10個のアプローチとして出ている。そういう意味で『The Waltz of Anomalies』は自分が考えていたアルバムの全体像にすごくマッチしていていいじゃないかとアルバムタイトルに決めました。
──自身でも集団活動に馴染めない、とか孤立感を感じたりしますか?
なんでそういう曲を作るかといったら、自分がその代表選手だという意識がある。集団行動とか大の苦手で学校もあまり行ってないかったし、友達もあまりいなかった。だからこそ、そういうときに音楽で救われたことがたくさんあったので、同じように思っている人たちに対して、ここにもいるんだよ、というのは常に言いたいと思って曲は作っています。
──ニコ動上でも「共感します」という感想が多い?
「自分の歌かと思った」とよく言われるんです。むしろそう思ってもらいたくて作っているところはあるので、すごい嬉しいですね。
(インタビュー・文:駒井憲嗣)
ナノウ プロフィール
2008年11月24日に、ニコニコ動画へVOCALOIDオリジナル曲を初投稿。時に繊細で優しく、時に痛い部分へ容赦なく切り込んでゆく歌詞、「生身の人間と錯覚する」ほど感情豊かなVOCALOID調声、投稿するごとに全く違う表情を見せるバリエーション豊かな楽曲群も相まって、リスナーだけでなく、シンガー、クリエイター達からも確かな評価と支持を獲得している。2010年末に発表した自身初のオリジナルアルバムは、発売から2週間足らずで完売。また、「歌い手・ナノウ」として自作曲・他楽曲の歌唱動画も投稿しており、再生数が10万回を超えるなど、表現者として多大な注目が集まりつつある。2011年9月28日にニューアルバム『The Waltz Of Anomalies』をリリースした。
BALLOOM公式HP http://balloom.net/artist_nanou.html
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