アタカマ砂漠に建設中のアルマ望遠鏡と天の川(日本アンテナ組立エリア)。(画像提供:国立天文台)
2011年10月6日~10月13日に開催される山形国際ドキュメンタリー映画祭のインターナショナル・コンペティション招待作品『光、ノスタルジア』(パトリシオ・グスマン監督)は、南米チリ共和国にあるアタカマ砂漠が舞台だ。世界一乾燥した土地といわれるこの砂漠は、大気の揺らぎや湿気を嫌う天文観測に極めて適しているため、世界中から天文学者が集ってくる。一方で、灼熱の太陽が照りつけるアタカマ砂漠は、古代人のミイラや、遭難した探検者、銅や硝石の採掘鉱夫たちの亡骸が、手つかずに残っている場所でもある。そしてまた、ピノチェト大統領(在任1974年~1990年)による独裁政権下で政治犯として捕らわれた人々の遺体もここに埋まっている。生命の起源を求めて、天文学者たちが遠い銀河を探索するかたわらで、行方不明になった肉親の遺骨を捜して砂漠を掘り返す女性たちを、壮大な宇宙の映像とともに描いたこの映画は、来春、アップリンク配給でロードショー公開の予定。そこで、遠い地球の裏側にあって、われわれにはなじみの薄いアタカマ砂漠で進められている天文プロジェクトについて、天文学者であり国立天文台ALMA推進室の平松正顕氏がレポートする新連載がスタート! 第一回は、現在ちょうどアタカマ砂漠に出張中の平松さんが、砂漠の過酷な環境での仕事の様子などついて伝えてくれる。
天文学者の夢の土地・アタカマ砂漠
チリ北部、アタカマ砂漠。この乾燥した大地にやってくるのももう8回目になる。いつ来てもほとんど変わらない、青い空と赤茶けた大地。NASAが火星探査車の試験地としてこの地を選んだというのもうなずける。
アタカマが世界有数の乾燥地になっているのは、その東西にそびえる海岸山脈とアンデス山脈が湿った空気の流入を阻んでいるからである。そんな安定した好天に恵まれるこの地を研究に活用しているのは、NASAだけではない。世界中の天文研究機関が1960年代あたりから続々と天文台を設置している。ヨーロッパから、アメリカから、そして日本から。私も、ここアタカマに作られた望遠鏡で空を観測する天文学者の一人である。
スペースシャトルから見たチリ北部。画面中央のアタカマ地方には雲がかかっていない。(c)ESO – ESA – Claude Nicollier
私は、太陽のような星が生まれる過程を研究している。もちろんタイムマシンに乗って太陽が生まれた46億年前に戻ることはできないので、夜空に潜んでいる「今まさに生まれようとする星たち」を望遠鏡で観測し、その様子を紐解いていくことになる。太陽のような星は、宇宙にぼんやりと雲のように広がっているガスや塵粒が集まることで作られる。このような雲は、人間の目で見える光では観測することができないが、微弱な電波を出していることが知られている。この電波を巨大なパラボラアンテナ(電波望遠鏡)を使って集め、分析することによって星が形作られていく様子を調べるのだ。一般的な天体写真のようにきれいな画像が撮れるわけではないが、彼方で時にしずしずと、時に暴力的なまでに激しく動く雲の様子が手に取るようにわかるというのは、ワクワクするものである。
研究者とは別の顔として、私は現在アタカマに建設が進む望遠鏡の、日本における広報担当でもある。その望遠鏡の名前は『アルマ』。『アタカマ大型ミリ波サブミリ波干渉計(Atacama Large Millimeter/submillimeter Array)』という舌を噛みそうな正式名称の電波望遠鏡の略称だ。この望遠鏡は、日本だけではなく欧米も含めた20の国と地域が協力で建設と運用を行う国際天文台である。既存の望遠鏡に比べて桁違いの性能を持つアルマ望遠鏡により、宇宙の様々が謎を解明されることが期待されている。このアルマ望遠鏡についての詳しい話は次回以降に譲り、ここでは望遠鏡建設地であるアタカマの風景やアルマ望遠鏡に関わる人たちの仕事ぶりを紹介したい。
アルマ望遠鏡完成予想図。一般的な望遠鏡と違って宇宙から届く微弱な電波を観測するため、巨大なパラボラアンテナを並べた形をしている。(c)ALMA(ESO/NAOJ/NRAO)
平地の半分しかない酸素、強い日差し、そして乾燥
アタカマは乾燥ゆえに天文台のメッカとなっているわけだが、標高が高いこともあって常時生活するには厳しい環境である。日本に住む私のように必要に応じてチリに出張する者もいるが、アルマ望遠鏡の現場で働くスタッフの多くはチリの首都・サンティアゴに居を構えている。彼らはシフトを組んで、交代でアタカマに通勤するのだ。通勤といっても、サンティアゴからアルマ望遠鏡最寄りの都市・カラマまでは飛行機で2時間。今回私が乗った便には、20人近いアルマ関係者がいただろうか。数百人が働く職場なので、知った顔も知らない顔もある。若い望遠鏡オペレータたちが搭乗ゲート前で談笑しているかと思えば、ベテラン技術者は一人静かにコーヒーを楽しんでいたりする。同じ飛行機にはヘルメットを手にした乗客も見受けられる。カラマは世界一の露天掘り銅鉱山・チュキカマタのおひざ元なので、彼らはきっと鉱山労働者なのだろう。カラマ空港に到着したら、アルマのスタッフはターミナルビルの前の専用バス停に横付けされた専用シャトルバスに乗り込み、今度は2時間ほど砂漠の中を走る。こうしてようやくたどり着くのが彼らの職場、アルマ望遠鏡山麓施設である。
日本からチリへの直行便は無く、通常、北米を経由して首都サンティアゴまで約30時間。飛行機を乗り継ぎカラマまで約2時間。さらにカラマからサンペドロ・デ・アタカマ(約100km)までバスで約2時間。(画像提供:国立天文台)
アルマ望遠鏡自体はアンデス山中標高5000mの高地に建設されているが、酸素が平地の半分しかないこの地で仕事をするのは危険が伴う。そのため、標高2900m地点に望遠鏡の建設やメンテナンスをするエリア、望遠鏡のコントロールルーム、事務所や食堂、宿舎がそろった山麓施設が作られている。スタッフは、1週間程度のシフトの間ここで寝泊まりし、食事し、仕事をする。酸素は平地の7割程度、極度に乾燥したこの場所での仕事はかなり体力を消耗する。傾斜のある敷地に建てられた山麓施設の階段を上り下りするだけでも最初は息が上がるし、初めてこの山麓施設で寝泊まりしながら仕事をしたときには、最初の晩は酸素不足でよく寝られず、頭痛がつらかったことを覚えている。とはいえ人間の適応能力はすばらしく、その次の晩以降は徐々にしっかりと眠れるようになっていった。
この山麓施設のまわりには、日本では見られない風景が広がっている。山麓施設から西側見下ろすと、白っぽい大地が目に入る。世界第2の広さを持つ塩湖、アタカマ塩湖だ。「湖」と言っても水があるところはわずかで、ほとんどは結晶化した塩と砂が混じった塩原ともいうべき場所だ。アンデスの山々に降った雪が融けて地下水となり、ふもとに湧き出す。湧水は川となり湖にそそぐが、乾燥のために蒸発が激しく流れ出す川はない。こうしてミネラル分が凝集してできた塩湖には特有の生態系があり、特にこのあたりはフラミンゴの保護区となっている。
アタカマ塩湖とフラミンゴ
また、西側が開けた山麓施設からの夕日の美しさは素晴らしい。40km彼方の山脈に日が沈むころには、塩湖の水をたたえた領域が太陽光を反射し赤く輝く。空を朱に染める太陽が沈んでしばらくすると、薄明の空に南十字星が輝き始める。この空のグラデーションが時々刻々と変化していく様子は、筆舌に尽くしがたい上に写真として記録するのも難しい。厳しい環境で働くアルマ望遠鏡スタッフだけに許された、ひと時の癒しの時間である。
アタカマ塩湖から眺める夕景
山麓施設のまわりには、わずかな水の流れが長い時間をかけて作った小さな渓谷があちらこちらにある。その間を縫って作られた道路を登っていくと、やがてサボテンの群生地が目に入ってくる。人の背丈の何倍もあろうかという巨大なサボテンは、どれくらいの時間をかけてここまで生長したのだろう。そしてこのあたりには、ロバやビクーニャといった動物もたまに出没する。人類の技術の最先端をつぎ込んだ電波望遠鏡が、サボテンや動物たちに見守られながら標高5000mまでの道を運ばれていく姿は、ミスマッチのような、でも地球に生きる人類の営みを象徴しているような、不思議な光景だ。
サボテン群生地を運ばれていく、アルマ望遠鏡のパラボラアンテナ
山麓施設から30kmほどの道のりを行くと、標高5000m地点にアルマ望遠鏡山頂施設がある。ここが、望遠鏡が実際に建設されている場所である。実際にここに立ってみるとその標高を感じさせないほど平坦な土地が広がっていて、大陸のスケールの大きさを実感する。まわりにある山々は標高5600mを超えるが、5000mの大地から見上げるとそれほどの高さは感じない。ただ、息苦しさだけが標高を教えてくれる。
標高5000mの平原が広がるアルマ望遠鏡建設地
平地の半分しかない酸素、ときおり吹く秒速20mを超える風、強い日差し、そして乾燥。ここで働く人間にも、そしてここに建設されている巨大な精密機械である望遠鏡そのものにとっても厳しい環境である。なぜそこまでして望遠鏡を作りたいのか?という疑問を持つ方もいらっしゃるだろう。その答えは、「好奇心」の一言に尽きる。画家ポール・ゴーギャンが描いた『われわれはどこから来たのか われわれは何者か われわれはどこへ行くのか』という絵画と同じ問いかけに、天文学者は極限環境に望遠鏡を建設することで挑もうとしているのだ。もちろん、好奇心は学者だけの専売特許ではない。古来、人は空を眺めて様々な思いを抱いてきた。アタカマの天文台群は、その自然な延長線上にあるのだ。次回以降、このアタカマの地から切り拓かれる新しい天文学の地平について紹介したい。
(文・写真/平松正顕)
■平松正顕(ひらまつ・まさあき) プロフィール
天文学者。2008年、東京大学大学院理学系研究科天文学専攻博士課程修了。 中央研究院天文及天文物理研究所(台湾)研究員を経て、現在、国立天文台ALMA推進室助教。天文学普及プロジェクト「天プラ」管理人の一人。月刊『星ナビ』にコラム連載中。
Hiramatsu Masaaki webpage
アルマ望遠鏡ウェブサイト
アルマ望遠鏡 twitter
『光、ノスタルジア』 2012年春公開予定
世界中の天文学者が集まる、標高3,000メートルの高地のチリ・アタカマ砂漠。監督パトリシオ・グスマンは幼い頃の天文学への憧れを語りながら天文学の聖地であるアタカマを紹介、さらにここがピノチェト軍事政権下の弾圧の地であることを明らかにする。永遠とも思われるような天文学上の時間と犠牲者の遺骨を捜し求める遺族たちの止まってしまった時間。チリの歴史を描き続けるグスマンの、諦観に満ちた語り口と圧倒的な映像が際立つ。
監督:パトリシオ・グスマン
(フランス、ドイツ、チリ/2010/スペイン語/カラー、モノクロ/35mm/90分)
山形国際ドキュメンタリー映画祭2011にて、10/7(金)と10/10(月)の2日間、本作がインターナショナル・コンペティション部門で上映されます。詳しくは、山形国際ドキュメンタリー映画祭公式サイトをご覧下さい。