今泉かおり監督『聴こえてる、ふりをしただけ』より
今年7月、東京でも上映された「CO2東京上映会2011」で、大きな話題をさらった、今泉かおり監督の『聴こえてる、ふりをしただけ』。前評判の大きさを聞いて駆けつけた上映会は連日満席で、最終回は立ち見も出たほど。私はというと、上映中、ポケットティッシュを使い果たしてもまだ足りないほど号泣させられ、鑑賞後しばらく、言葉を失くしました。それは悲しさからではなく、あたたかさから。
物語は、母を亡くした小学生のさっちゃんが、母親の死別を受け入れ、生と死を学び、友人関係を築きながら、再び新しい日常を生きていくまでの数ヶ月間を描いたもの。死別による絶対的な孤独感、気持ちの整理のつかなさ。映画は、気丈にふるまうさっちゃんの涙の表面張力を、巧みな心理描写で綴っていく。内面の気持ちを表現する術を持たない子供の感情を、映像ですくい取ることで、「作品を観た大人を一度子供に戻し、その後大人にさせる」映画なのです。
「今泉かおり監督って誰なんだろう?」と思ったら、今泉力哉監督の奥さまであることが判明。既にその但し書きは不要じゃないかと思うほどの監督としての力量に、どんな人なのだろうと思いましたが、ご本人はとても感じのいい、働くお母さんでした。
子供時代の記憶を再現
──子供同士の台詞がリアルで、子供の世界にぐっと引きこまれました。着想はどこから?
自分の子供時代の体験と記憶がもとになっています。子供って、大人に憧れることで大人になっていきますよね。でも、私は、子供時代が終わるのが嫌で嫌で仕方がなかった。
私が小学生の時に、家族が大病したことで、突然にして私の子供時代は終わってしまったんです。その時の経験がずっと心に残っていたので、自分の気持ちを再現するままに撮りました。当時一番つらかったのは、いろいろなことが起こった自分の気持ちとは裏腹に、学校では、これまでの日常生活を送らなければならないこと。そのあたりを撮りたかったので、映画を通じてみなさんに伝わったのなら、嬉しいです。子供の演出は、子役の子の勘が良くて助けられましたね。のんちゃん役の子は、自分でキャラクターを作ってきてくれたし、みんなで集まっているシーンでは、アドリブも多いんですよ。
今泉かおり監督
女性監督ならではの、生活に根差した心象表現
──ほこりの積もり具合や、椅子に掛けられたエプロンなどから、母の不在の悲しみを伝えるカットが秀逸でした。匂い立つような生活感や日常生活の細やかな表現に、魅せられました。
ありがとうございます!ほこりは、そのまま撮っても、なかなか映らなくて苦労したカットです。ただ、こういうシーンは、男性には細かすぎて、伝わらなかったみたいです。女の人には共感してもらえることが多いのですけれど……。女同士の友情の形だとかも。CO2事務局の女性スタッフからも「これは男性にはわからないかもしれませんね」なんて言われたくらいで…。でも賭けだったんです。
私は、看護師として働いているし、ちょうど長女が生まれたので、助成金と有休を手に入れられなければ、映画を撮ることはできませんでした。まとまった有休が取れる可能性は、育児休暇のみ。でも、それも子供の生後1年までがリミットなんです。CO2からの発表連絡は、子供が生後1年に達するぎりぎりの時期にいただいたので、この作品を撮ることが叶いました。
『聴こえてる、ふりをしただけ』より
なぜ作品を撮る必要があったのか
──そこまで映画を撮ろうと駆り立てられたものって、何だったのでしょう。仕事と家庭の両立だけでも大変ですよね。
ずっと映画を観ることが好きで、一度映画を撮ってみたかった。だから、26歳の時に、仕事を辞めて上京し、ENBUゼミナールに入学しました。2008年に撮った短編『この、世界』を下地に、長編を書き始めたことがきっかけですが、初校では、さっちゃんの長まわしのシーンで終わっていたんです。でも長女が生まれたことで、その後のシーンを付け足して、どうしても形にしたいと思いました。
──さっちゃんが、母親の死を乗り越えていく後半以降のシーンですね。
そうですね。子供の未来に、願いを込めたかったのかもしれません。さっちゃんの「その先」を希望を持って描いて終わりたかったんです。そういう意味では、一番こだわったのは脚本です。何度も書き直しました。
決して回り道じゃなかった、遅咲きの監督デビュー
──監督作品としては2作目。それも初めての長編です。撮影で苦労されたところは?
絵コンテを作らないで、撮影に挑んだので時間がかかってしまいました。でも撮りたい絵やイメージが自分の中で出来上がっていた分、かなり現場で粘ったし、スタッフとバトルもしました(笑)。最後の長まわしは、撮影初日でさっちゃんが泣けないまま日が暮れてしまった。横から撮ろうという案も出たけど、私は正面からのショットじゃないと意味がない、そこだけは譲れないって思って。結局、後日に持ち越して撮れたシーンです。
──岩永洋監督が撮影で参加していたり、今泉力哉監督の熟練スタッフが、脇を固めていますね。夫婦で映画を撮ることについて教えてください。
スタッフ面では、とても助かりました。夫も撮影を手伝ってくれましたし。でも夫とは、もちろん趣味も考え方が違う部分もあるので、参考になる意見が聞けるぶん、意見の相違から、夫婦げんかになってしまうこともありましたね。
──映画学校で学んでよかったことは?
映画を撮ることと、観ることは、違うということに気づいたことです。それは、自分が面白いと思ったシーンは、他人からみたらそれほどおもしろいものではないこと。それに気づいたことが、学校で学んでよかったことのひとつです。常に意識をしているのは、撮りたいシーンがあるから映画をつくるのではなく、描きたいテーマがあるから作らなければならないということです。そして撮る時に一番気をつけているのは、ひとりよがりにならないこと。出来上がった作品が、人に伝わらなくては意味がないじゃないですか。
──これから映画を撮りたいと思っている人たちに、一言アドバイスをお願いします。
私は26歳で会社を辞めて、映画学校の学生になった。遅すぎることはないと思うので、あきらめずに、まず1本撮ってみてほしい。『ゆめの楽園、嘘のくに』を、京都学生映画祭に出品した際、審査委員の方から、「監督の社会経験が、この作品に厚みを持たせている」と言ってくださって、社会経験を積んでおいてよかった、回り道じゃなかったんだと思いました。これからも子育てしながら、映画を撮っていきたいです。
『聴こえてる、ふりをしただけ』より
8月末に東中野のドーナツ屋さんで取材。インタビュー中、今泉監督の横で座る1歳半の娘さんが、しきりにドーナツをちぎっては、何度も筆者に無言で差し出してくれた。「ありがとう」と受け取ると、満足そうに、自分で自分の頭を何度も撫でている姿に、思わず顔がほころんだ。きっと、日頃から、人に親切にしなさいと、ご両親から教えてもらっているのだろう。
親は子の成長を、そしてその人生を、最期まで見届けることはできない。“いつか子が親と別れた時、子供の支えになるものを”と、母親の祈りにも似た想いが、本作を作らせたのだろう。そのまなざしは、映画の中の子供たちだけでなく、観客である私たち大人の中に住む、子供の自分にも、あたたかく降り注ぐ。
(インタビュー・文・写真:鈴木沓子)
今泉かおり プロフィール
81年生まれ、大分県出身。現在、看護師として働きながら子育てをしつつ、映画の企画を考案中。大阪で看護師として働いていたが、監督を志し、2007年に上京、ENBUゼミナールで映画製作を学ぶ。卒業制作の短編「ゆめの楽園、嘘のくに』が2008年度の京都国際学生映画祭準グランプリとなる。2010年、『聴こえてる、ふりをしただけ』の企画が、シネアスト・オーガナイゼーション大阪(CO2)の助成対象作品に選ばれた。
『聴こえてる、ふりをしただけ』
監督・脚本・編集:今泉かおり
撮影:岩永洋 撮影助手:戸羽正憲・倉本光佑 助監督:平波亘、増田和由
録音:根本飛鳥・宋晋瑞
録音助手:坂井晶子
音楽:前村晴奈
出演:野中はな、郷田芽瑠、杉木隆幸、越中亜希、矢島康美、唐戸優香里、工藤睦、木村あづき、山口しおり、芳之内優花、橋野純平、松永明日香、諸田真実
2011年/日本/99分
鈴木沓子 プロフィール
新聞社、雑誌社を経て、現在フリーで執筆、編集、翻訳業を行う。雑誌「週刊金曜日」、「ユリイカ」、オンライン「webDICE」などに掲載中。今秋、『ホーム・スイート・ホーム―バンクシーのブリストル』(共訳)を作品社より出版予定。