9月2日渋谷アップリンク・ファクトリーで行われたパフォーマンス
フランスのグラフィティ・アーティストZEVS(ゼウス)が9月2日より恵比寿のART STATEMENTS TOKYOで個展『Renaissance』を開催。初日となる2日は、渋谷アップリンク・ファクトリーにてZEVS本人によるライブ・ペインティングのパフォーマンスも行われた。現在公開中のバンクシー監督作『イグジット・スルー・ザ・ギフトショップ』、そして世界各地のストリート・アーティストに密着したドキュメンタリー『インサイド/アウトサイド』というストリート・アートの世界を描いた2本のドキュメンタリーに出演している彼に話を聞いた。
ZEVSは2009年7月、香港のART STEATEMENTSでの個展の際、香港のアルマーニのブティックにシャネルのロゴを落書きして逮捕。アルマーニから修復費用670万香港ドルを請求された。今回のインタビューではその件についても触れられている。
9月2日渋谷アップリンク・ファクトリーで行われたパフォーマンス。暗闇となったファクトリーの壁にUVライトにより浮かび上がったTEPCOのロゴを消す。
ロゴを液体化させ、デフォルメして、その形を消す
──今回ART STATEMETSで行われる展覧会のインビテーションカードにはルイ・ヴィトンのロゴが描かれています。これまでの作品にもヴィトンのロゴがたくさん用いられていますが、どうしてそんなにルイ・ヴィトンが好きなんですか?
私は従来より「ロゴ」というものが持つシンボルとしての力、視覚に訴えるその力に関心を抱いてきました。その中でもとりわけルイ・ヴィトンのロゴに惹かれたのは何故か。それはこのブランドのトレードマークであるモノグラムに描かれたあのモチーフが、世界中のどの大都市でも必ず認知されるほどの視覚的な存在感を放っているからです。
私は展覧会を行うその街、つまりその土地の文脈を意識した作品の発表を行っています。ですから東京という街でもぜひルイ・ヴィトンのロゴをモチーフにした展示をしたいと考えていました。実は2年ほど前から私はルイ・ヴィトンのロゴの誕生、あるいはその基となったデザインに関する作品を制作してまいりました。私の作品に見られるヴィトンのロゴは決して現代的でモダンな何かというよりも、あたかもバックミラー越しに何かを眺めた時のような、つまり目の前にありつつも過ぎ去った過去を見ているかのような感覚を抱かせるものだと思います。
私は今回、レオナルド・ダ・ヴィンチの有名な頭蓋骨の絵や彫刻にルイ・ヴィトンのロゴを組み合わせています。レオナルド・ダ・ヴィンチの世界とルイ・ヴィトンのロゴを並列して置いたその訳は、私の研究の結果、ヴィトンのロゴの原型はダ・ヴィンチのイニシャル・ロゴの模倣から始まったということがわかったからです。彼らは自社のロゴを生み出した際、ダ・ヴィンチのイニシャル・ロゴを構成する「LDV」から「ダ」=「D」を削除し、「LV」にすり替えてしまったのです。
ART STATEMENTSの展示より
──ルイ・ヴィトンの法務部から展示をするたびに中止するように連絡が来るそうですね。一見するとロゴを攻撃しているように見えますがお話を聞いているとルイ・ヴィトンのロゴを非常に研究してリスペクトしているように感じました。
リスペクトというと語弊があります。むしろそのロゴを液体化させ、デフォルメして、その形を消すということを行っているわけです。
レオナルド・ダ・ヴィンチは「画家にとって鏡こそが師である」、つまり鏡のように対象をそのまま映し出すことを目指すべきだ、と言っています。絵画の世界では、コピーすること、世界を再現する行為そのものが絵画の歴史を発展させてきたと言えると思うのです。私は画家として、絵画という自由であるべき地平において、自分の表現したことを表現してもよいはずです。ところがダ・ヴィンチのサインをコピーしたと思われるルイ・ヴィトンは、例えば村上隆など世界中の著名なアーティストたちを起用してロゴのイメージ作りを任せつつも、限られた一部のアーティストたちしか自分たちのイメージを扱えない状況を作っている。この世界を鏡に映し出したとき、そこにルイ・ヴィトンだけが存在しないというわけです。
ルイ・ヴィトンは、私の個展のなかでルイ・ヴィトンのロゴが含まれている作品は外せと強く言ってきます。ところが今彼らは自分たちの財団を作って、アーティストたちを育てる活動を行っている。シャネルなど他のブランドは、ロゴについて自由に使える部分があるにもかかわらず、ヴィトンは自分たちのロゴのイメージを徹底的に守るために自由に自分たちの世界をアーティストたちに開放していない。これは非常に大きなパラドックスではないでしょうか。
透明に近いものを無理やり見せる、無いものを表す表現
──ロゴを消すことに意味があるとおっしゃいましたが、〈影〉の作品にしても、ビジュアル・キッドナッピングにしても、広告やロゴといった、日常でわたしたちが気づかないくらい見えすぎていて刷り込まれているものを消すことで気付かせてくれる作用があると思います。
影のプロジェクトとビジュアル・キッドナッピング、そして今回のロゴを扱うプロジェクトはとても似ている部分が確かにありますが、必ずしも同じものではありません。〈影〉とロゴ双方のプロジェクトに共通しているのは、何かと何かを比較しコントラストを作ることです。〈影〉のプロジェクトは、もともと本質的に見えていないもの、人々が意識しないもの=〈影〉の存在を知らしめるという表現でした。路上で標識を作るのに使われる、非常に目に入りやすいペンキを使って影を型どることで、ほとんど透明に近いものを無理やり見せる、無いものを表すというプロジェクトでした。
一方、ロゴとビジュアル・キッドナッピングのプロジェクトは、むしろ見えるものを消すという作業なのです。今回の個展は『Renaissance』というタイトルですが、ルイ・ヴィトンを消してダ・ヴィンチを再生させるということもそうですし、ビジュアル・キッドナッピングでラバッツァの巨大広告を切り取るといったプロジェクト、そして今回のロゴを消すことによってより絵画的、感覚的な部分で見る人たちの心を動かすことができたらと思ったのです。ロゴや広告の第一目的は商品に対する人間の購買欲を高めることですが、普段見慣れていたものが失われることで、人々はそれを探そうとする。その感覚を喚起させることを目的にこのプロジェクトを行いました。
──最近は誘拐してるんですか?
ベルリンで行ったような、身代金を要求する形でのキッドナッピングはもうやっていません。しかし、全ての作品を通じて私が伝えたいことは変わっていません。キッドナッピング、つまり何かを奪い取る行為、鏡に映し出す作業(コピーすることで対象を奪う)など、形を変えてむしろどんどん展開させていっているつもりです。
私はストリートを忘れていない
──地下鉄でグラフィティを描いていたところからスタートして、現在は法律的にも問題ない美術館やギャラリーで展覧会をしていますね。ストリート出身のアーティストとして、アート業界で活動までやるようになって、最初の頃と何か変わってきたことはありますか?
美術館やギャラリーという守られた場所で自分の作品を発表できるようになったことは、経験値を上げるという意味でも自身の表現の世界を確実に豊かなものにしてくれました。時代を越えて様々なアーティストとの交流ができるのが美術館の持っている特性だと思います。コペンハーゲンのニュー・カールスベア美術館での展示(2008年)では、ニューヨークにある公共の信号やバスの停留所など街の建造物の影から輪郭を縁取るという作品を行いました。なかでも夜のニューヨークのとある信号は、毎晩ひとりのホームレスの男性が自分の荷物をショッピングカートに載せて寝床にしている場所だったので、そのショッピングカートとホームレスの影も型どることを行いました。その作品を制作する様子をビデオで記録し作品として発表したのです。私の作品が展示されている隣にはマネの『アプサントを飲む男』(1959年)という有名な油絵がありました(編集部注:『アプサントを飲む男』で描かれているのは安価な酒アプサントを飲む路上生活者)。美術館という場所で自分の作品が展示されない限りこういったことはありえなかった。ちなみに、ニュー・カールスベア美術館にとっては私が存命中に作品を展示した世界で初めてのアーティストになるそうです。
ではストリートを忘れたのかというと決してそういうわけではありません。私はストリートの昼の顔と夜の顔、街が生きている様子をいまだに忘れることができませんし、とても愛しています。しかし、香港の中心街にあるアルマーニの店舗の壁にシャネルのロゴを描いたときに投獄される恐れまでいってしまったことがあり、今後はそこまで身の危険を冒すことはないと思います。
──サンフランシスコのMOCAで『ART IN THE STREETS』が開催されましたが、出品されたんですか?
写真家のマーサ・クーパーが、「自分の街を汚してはいけません」というメッセージを清掃車で壁の汚れを水圧で消すかたちで描くというドイツでの1週間にわたるプロジェクトの様子を撮影して、展示しました。
──『イグジット・スルー・ザ・ギフトショップ』はどんな感想を持ちましたか?
この作品の一部として登場できたことを非常に幸せに思いますし、作品そのものも公開されて嬉しいですし、とても気に入っています。実はミスター・ブレインウォッシュが個展を行っていたときに私もロスにいてその様子を実際に見ていたので、映画ではどのように描かれているかとても気になっていました。冒頭のスペース・インベーダーとアンドレと一緒に映っている映像は、いい思い出です。あれはミスター・ブレインウォッシュがずいぶん前に撮った映像なんです。映画で描かれているように彼はほんとに自分の眼に映るもの全てを記録していましたね。
──ティエリー・グエッタは評価されるべきアーティストだと思いますか?
私は十年前から彼と知り合いで、非常に表現したい強い欲求を持っていて、それを実際に形にするという意味ではアーティストだと言えると思います。『イグジット~』が彼に火をつけたということは確実で、この映画をきっかけにしてまるでポラロイド写真が現像されるかのようにものすごいスピードでひとりのアーティストになったのです。彼はクリエイティブということは確かです。ただ、彼が優れたアーティストか否かということについては、私は評論家ではないので、言葉を控えさせてください。数年後どうなるかというのはきちんと見ていきたいと考えています。
──バンクシーとは普段から交流があるんですか?
バンクシーとは『イグジット~』以外にも、彼がイギリスで主催したグループ展のときに参加をしました。そこで対面して夕食をともにする機会もありました。
──あなたはバンクシーのように100%顔を隠しているんですか、それともメディアには時々正体を表しているんですか?
現在はまったく顔を隠して活動しているわけではないのですが、それは香港での事件がきっかけになりました。逮捕されて裁判沙汰となり、私の素顔がマスコミに流れ、ネットでも流出し、実質的に私の顔が世の中に知られてしまいました。しかし、その後の活動では、覆面はしなくていい場合でも、黄色いコスチュームを着て活動をしています。もちろん誰も見ていないところでシャドーのプロジェクトで地面に白い線を描いているときなどでもマスクをしているわけではありませんが、ただパフォーマンスとして映像や写真に残す作品のときには必ずマスクをしています。
私がヒョウ柄の覆面や黄色い衣装を着ているのは、そもそも何かから隠れたり自分を匿名にすることが目的ではないんです。工事現場で使うテープで自分の作品制作の周りを囲んだり、特殊な格好をすることで、現実との距離をあえて積極的に生み出すためのものなのです。工事現場という特殊な場所を区切るためのテープ、あるいは事件の現場に張られるテープで、そうした空間を作ることが私にとっては重要でした。
実は私はもともと演劇の出身なんです。ところがどうしても集団でなにかを作り上げていくことが向いていないと感じて辞めてしまったのですが、ひとつのキャラクターを作ってアクション(演技)をすることは演劇畑の出身だということがひとつの理由かもしれません。ただ、いま行っているアクションは架空ではなく、現実世界でのアクションなのです。
(インタビュー:浅井隆 通訳:今城大輔 構成:駒井憲嗣)
Renaissance by ZEVS
会場:ART STATEMENTS TOKYO
東京都渋谷区恵比寿南3-2-12 [地図を表示]
会期:2011年9月2日(金)~9月23日(金)
12:00~19:00(木~日)
【関連記事】
・「ストリートアートとは20世紀最後のアメリカのカルチュラルな発明品かつ輸出品ではないか」バンクシー参加の大展覧会「ART IN THE STREET」(2011-06-26)
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『イグジット・スルー・ザ・ギフトショップ』
渋谷シネマライズ、渋谷アップリンク、下北沢トリウッド、立川シネマシティ、池袋シネ・リーブルにて公開中
9月4日(日)より横浜シネマ・ジャック&ベティにて公開
監督:バンクシー
出演:ティエリー・グエッタ、スペース・インベーダー、シェパード・フェアリー、バンクシー、ほか
ナレーション:リス・エヴァンス
音楽:ジェフ・バーロウ(Portishead)、ロニ・サイズ
2010年/アメリカ、イギリス/87分/英語
提供:パルコ
配給:パルコ、アップリンク
特別協賛:SOPH.Co.,Ltd.
公式HP
映画公式twitter
関連イベント
映画で知るストリートアートの現在 ─
『イグジット・スルー・ザ・ギフトショップ』+『インサイド/アウトサイド』二本立て上映(+ゲストトーク:鈴木沓子)
日時:2011年9月24日(土)19:00開場/19:30上映(上映終了後にトークショー)
料金:予約¥2,300 当日¥2,500(共に1ドリンク付)
上映作品:『イグジット・スルー・ザ・ギフトショップ』(2010年/アメリカ、イギリス/87分)
『インサイド/アウトサイド』(2005年/デンマーク/57分)
トークゲスト:鈴木沓子(ライター)
ご予約方法、詳細は下記まで
http://www.uplink.co.jp/factory/log/004106.php
『イグジット・スルー・ザ・ギフトショップ』トーク付き上映会
(大山エンリコイサム×南後由和)
日時:2011年9月26日(月)19:00開場/19:30上映(上映終了後にトークショー)
料金:一律¥1,800
トークゲスト:大山エンリコイサム(美術家)、南後由和(社会学者)
ご予約方法、詳細は下記まで
hhttp://www.uplink.co.jp/factory/log/004117.php
▼『イグジット・スルー・ザ・ギフトショップ』予告編
『インサイド/アウトサイド』
監督:アンドレアス・ジョンセン、ニス・ボイ・モラー・ラスムッセン
出演:ゼウス、スウーン、オス・ジェメオス、他
音楽:Shing02、THA BLUE HERB、他
2005年/本編57分+特典
ULD-398
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