『いのちの子ども』より
イスラエルとパレスチナの紛争を背景に、その対立の中で翻弄される、ひとつの小さな命をめぐるドキュメンタリー映画『いのちの子ども』。2010年のイスラエル・アカデミー賞で最優秀ドキュメンタリー賞を受賞し、多くの国際映画祭に出品された本作の監督シュロミー・エルダール氏は、長年パレスチナ、ガザ地区の現状をイスラエルに伝える取材を続けているイスラエル人テレビ・ジャーナリストである。撮影、出演、ナレーションも務めたエルダール氏のインタビューを掲載。(※劇場パンフレットより抜粋)
──本作の完成までの経緯を教えて下さい。
2007年にハマスがガザ地区を制圧して以来、イスラエルのガザ地区に対する統制が以前より厳しくなって簡単には入れなくなってしまい、私は撮るべきテーマを探していました。そんな時に映画で描かれているように、友人のソメフ医師から連絡が有ったのです。ムハンマド君の治療に関わることになり、最初はテレビのレポートとして撮影を始めて手術代の寄付の事で放送をしたら反響が大きくて、直感で映画にしてもっと掘り下げてみようと思いました。ただ出資者が見つからなかったので、見切り発車で撮影を続けていました。その後やっとプロデューサーが見つかったのですが、彼の出資の条件が「子どもと母と監督の話」という事だったので、私自身も画面に登場する事になったのです。内容に関して言えば、“命”をテーマにしようと考えたのは撮影が半分ほど進んだ時点でのことで、そこからかなり手応えを感じ始めました。
シュロミー・エルダール監督
──本作を作る上で一番大変だったことは何ですか?
ラーイダが「ムハンマドを殉教者にするかもしれない」と語った時は本当にショックでした。多くの人々が彼の命を救うために本当に懸命に頑張って、やっと希望が見えて来た頃だっただけに、その全てが無駄だったのか?と感じて、余計に悔しくて残念だった。そしていかにイスラエルとパレスチナとの溝が深いかを思い知らされて衝撃が強かった。極端に考えれば「我々は、後に殉教者になって我々を殺すことになるかもしれない命を救おうとしている」という事ですから。何もかもが空しくなってしまい、あの時点でもうこの作品を撮るのは止めようとまで思ったのですが、ファウジーからの電話と、私の妻から「なぜ彼女がそんな発言をしたか、その理由を探るべきでは?」と説得されて撮影を続けました。今では撮影を続けて完成出来て本当に良かったと思っています。
『いのちの子ども』より
──本作は多くの国際映画祭に招待されていますが、世界で受け入れられた理由は何だと思いますか?
本作はパレスチナ問題を背景にしていますが、政治がメインのテーマではなく、“命”と人間への“愛”についての映画です。そして登場人物は単純に善悪で分けるのではなく、ジャーナリストとして多面的にそれぞれの内面を描きました。“命の価値”は普遍的なものだから、世界のどこの国の人にも受け入れられたのだと思いますし、特に紛争などの厳しい状況にある地域では、より深く理解して頂けたのではないでしょうか。また本当に何度も偶然が重なったのですが、まるで脚本に書かれている物語のようにドラマチックな展開である上に、ドキュメンタリーならではのライブ感のあるスリリングな映像描写が、観ている人を引き付けたのではないでしょうか。
──長年にわたるガザ地区の取材と本作の制作を通じて、和平への希望はあると感じていますか?
大体20年位前までは、日常生活の中でイスラエル人とパレスチナ人の間に普通に繋がりがあったのですが、特に2000年頃にハマスがテロ攻撃を始めて以降、今はハイファという三つの宗教が比較的穏やかに共存している街を除けば、ふたつの民族にはほとんど接触が無くなってきてしまっています。さらにはお互いが相手の民族を憎んで敵視するような教育を小さい頃から行うので、映画の中でも描かれるように実際に会った事が無いにもかかわらず、そのようなメンタリティになってしまうのです。それでも私とラーイダは今では信頼関係を築けましたし、ソメフ医師のような人や、パレスチナのために病院や検問所などで働くイスラエル人のボランティアが何千人もいる事を私は知っています。今や私は政治家や指導者たちには何の期待もしていませんが、市井の人々はしっかりとした考えを持って行動していると思うので、そのような個人と個人が知り合って相手の事を少しずつでも理解していく事が、和解に向けて進んでいくきっかけになると思っています。
──最後にこの作品をどのような人に観て欲しいと思っていますか?
もちろん世界中の人々に観て欲しいですが、その中でも今も終わる事のない多くの紛争地の人々、特に実現するかどうかは分かりませんが、ガザ地区の人たちに是非観ていただきたいと思っています。そしてそれぞれ何らかの共通言語を見つけていただいて、少しずつでも和平へと進んでいけたらいいと願っています。
『いのちの子ども』より
シュロミ―・エルダール監督 プロフィール
1957年2月11日生まれ。ヘブライ大学を卒業後、ラジオ・パーソナリティとして活躍するが、その後ジャーナリストに転身。イスラエルの公共放送であるチャンネル1で、レポーターとしてのキャリアをスタートすると同時に、ガザ地区の取材を開始する。現在はイスラエルの商業テレビチャンネル・チャンネル10のレポーターとしてパレスチナ情勢を中心に取材を続けている。2006年、イスラエルのピューリツァー賞ともいわれるソクーロフ賞を受賞。2005年、イスラエルのガザ地区からの撤退後、初の著作『Eyeless in Gaza』を出版し、イスラム原理主義組織ハマスの活動への警戒を呼び掛けている。2009年、スタジオで番組生出演中、ジャバリヤの自宅がいきなり砲撃されて娘と姪を4人も殺された直後のアブル=アイシュ医師からの電話を受ける。本作の1シーンにもなっているこの時の模様は、世界中のテレビでも衝撃を持って放送され、パレスチナの一般市民が犠牲になっているのをイスラエルだけでなく世界に向けても強く訴えかけるものとなった。(※YouTube:「SHLOMI ELDAR」か「ABU AL-AISH」で検索可能)
『いのちの子ども』
渋谷アップリンクXにて、8/27(土)より上映
【ストーリー】
紛争の絶えないイスラエルとパレスチナ。余命を宣告されたパレスチナ人の赤ん坊が、封鎖されたガザ地区からイスラエルの病院に運ばれた。イスラエル人医師ソメフは、ガザ地区で20年以上取材を続けるイスラエル人テレビ記者エルダールと、民族や宗教の対立を越えて立ち上がる。その想いはただひとつ、「このちいさな命を救いたい」。しかし行く手には様々な困難と、パレスチナ人のアイデンティティと母親としての想いの間に揺れ動くラーイダの苦悩があった…。
監督・撮影・ナレーション:シュロミー・エルダール
プロデューサー:エフード・ブライベルグ、ヨアブ・ゼェビー
編集:ドロール・レシェフ
音楽:イェフダー・ポリケール
(2010年/アメリカ・イスラエル/カラー/デジタル/ドキュメンタリー/90分/原題:「尊い命」を英語、ヘブライ語、アラビア語で併記)
上映情報
会場:渋谷アップリンクファクトリー
日時:8/27(土)より、連日13:50
料金:一般¥1,800/大学・高校生¥1,500(平日学割¥1,000)/小・中学生¥1,300(平日学割¥1,000)/シニア¥1,000/UPLINK会員¥1,000