骰子の眼

cinema

東京都 渋谷区

2011-07-20 11:40


閉鎖的美術業界の壁、警察の目と大企業広告が蔓延する都市の壁、パレスチナの壁─バンクシーが標的にしてきた「壁」とは?

『イグジット・スルー・ザ・ギフトショップ』公開中、〈アートによる社会改革〉を推し進めてきたバンクシーの変遷。
閉鎖的美術業界の壁、警察の目と大企業広告が蔓延する都市の壁、パレスチナの壁─バンクシーが標的にしてきた「壁」とは?
映画『イグジット・スルー・ザ・ギフトショップ』より (C) 2010 Paranoid Pictures Film Company All Rights Reserved.

自分の正体を明かさず、匿名のまま、世界中で有名になった稀なアーティスト、バンクシー(BANKSY)。その肩書きは、グラフィティアーティスト、覆面芸術家、アートテロリスト、そして映画監督とさまざまだ。確かに、ひとつの肩書きでは語りつくせないほど、近年、その作品の幅は広がっている。しかし、「アートと、社会を自分たちの手のもとに」という民主主義的なコンセプトのもと、“路上の「壁」にメッセージを描く”というグラフィティの手法は、今も変わっていない。そして、バンクシーの手法は、80年代ニューヨークで生まれたグラフィティを大きく刷新させた。それは「壁」を物理的、地域的な場所から、「市民の自由を奪うもの」と大きくコンセプチャルに捉え直し、社会に警鐘を鳴らす、そのスタイルによって。
「壁」には、目に見える壁もあれば、「見えない支配」による「壁」も含まれる。バンクシーは、その両方を敏感に嗅ぎつけ、洗練されたステンシルワークと少しのブラックユーモアを味付けに作品に仕上げて、その対象を問い正す。
ここでは、日本版が刊行された画集『Wall and Piece』に掲載された作品やコメントの中から、バンクシーが何を「壁」として、何を攻撃してきたのか、その軌跡を振り返りたい。

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『Wall and Piece』より、≪狩りに出かける古代人≫(2005年、大英博物館)

アートは誰のものか?

「アート業界は最大のジョークだ」と嘲笑、「僕らが見るアートは、選ばれた一握りの人々によって作られている」と言うバンクシー。映画『イクジット・スルー・ザ・ギフトショップ』の基盤ともなったのが、この美術館シリーズだ。
世界各国の主要美術館の展示会場に、白昼堂々と自分の作品を「展示」するというゲリラ的な行為は、「アートは誰のものか?」を広く問うものになった。その標的になったのは、英国のテート・ギャラリーを始め、フランスのルーブル美術館、アメリカのニューヨーク近代美術館など。中でも、大英博物館での作品が興味深い。「古代ローマの英国」の展示室の片隅に展示されたのは、“古代の壁画の欠片”を思わせる遺跡風の作品で、ショッピングカートを押す古代人の絵を描いたもの。「狩りにでかける古代人」というタイトルとニセモノの解説プレートまで添えられた。解説には、「この種のアートは、残念なことにほとんど現存されていない。壁に描かれた落書きの芸術的、そして歴史的価値を理解することができない勤勉な当局によって、その多くは破壊されてしまうからである」と書かれ、なぜ古代の壁画なら丁重に保存され展示されるのに、現代の壁画であるグラフィティアートは破壊されてしまうのかを訴えている。

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『Wall and Piece』より、≪DESIGNATED GRAFFITI AREA≫(2005年)

都市空間は誰のものか?

「国土交通省認定・グラフィティエリア」と描き、即席のリーガルウォールをでっち上げたこの作品では、それに呼応するかのように、多くのグラフィティアーティストが次々と作品をドロップした。中には、警察に捕まりそうになって「合法と書いてあったから、事前に目の前の警察署で何度も確認しました」と説明して逃げ切ったアーティストもいたようだ。
バンクシーは本来、誰の所有物でもなかったもの、例えば、自然や都市空間、アートなど、それらを囲い込んで私物化する権力や社会システムに、敏感に反応する。「グラフィティが街の景観を汚すからと言っても、街を汚しているのは、ビルやバスに巨大なスローガンを殴り書きして、僕らにそこの製品を買わせない限りはダメ人間だと思わせようとする企業の方だ」と街に氾濫する企業広告を批判する。「やつらは、ところ構わず平気で僕らにメッセージを浴びさせるくせに、僕らが反論することを許さない」「広告に落書きするのも犯罪になる。結局金持ちだけが大衆に向けてメッセージを発することができるんだ」と憤りを隠さない。
その一方、「グラフィティエリア」の下に、「ゴミは持ち帰りましょう」と細やかな配慮を呼びかける但し書きがある点も見逃せない。落書きは認めても、ゴミを散らかす行為には反対のようだ。

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『Wall and Piece』より、≪無題≫(2005年、ベツレヘム)

土地は誰のものか?

パレスチナの分離壁とは何か。バンクシーの解説文を引用しよう。


「1967年以来、パレスチナはイスラエル軍事政府によって占領されている。2002年、イスラエル政府は占領地をイスラエルから分離する壁の建設をはじめたが、そのほとんどが、国際法に違反している。壁はいくつもの検問所と監視塔によって管理され、ベルリンの壁の3倍の高さがあり、最終的には700kmの長さ――ロンドンからチューリッヒの距離――に及ぶ。現在のパレスチナは、世界最大規模の屋外収容所であり、グラフィティアーティストにとっては、最高に腕のふるいがいのあるホリデー先である」。
先行きの見えないイスラエル・パレスチナ和平問題を象徴する、この分離壁。
バンクシーは、その壁にまるで大きな風穴を開けたかのように“壁の向こう側”を描き、そこから広がる美しい風景画を見せている。政治や外交や法律が、市民の平和に対して何の効力も持てず膠着状態が続く中、アートによって、その壁を崩してみせた意味合いは大きい。バンクシーの呼びかけを受けたのか、この後、多くのグラフィティアーティストによる分離壁へのボムが始まったという。

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『Wall and Piece』より、≪Flower Chucker≫

「この革命は、見せることだけが目的なのだ」と言うバンクシー。『Wall & Piece』の表紙にもなったステンシルワーク、「花束を投げる人」のように、火炎瓶の代わりに花束を投げる男にその姿が重なって見える。これからも、資本主義社会や社会の不正に対する怒りや批判を、スタイリッシュなデザインやブラックユーモアで内包し、今後もストリートから“アートによる社会改革”を水面下で進めていくのだろう。

 
(文:鈴木沓子)
BANKSY Wall and Piece
First published by Century, one of the publishers in The Random House Group Ltd.
Japanese translation rights arranged with Century, one of the Publishers in The Random House Group Ltd.,
London through Tuttle-Mori Agency, Inc., Tokyo



『イグジット・スルー・ザ・ギフトショップ』
渋谷シネマライズテアトル梅田ほか全国順次公開

監督:バンクシー
出演:ティエリー・グエッタ、スペース・インベーダー、シェパード・フェアリー、バンクシー、ほか
ナレーション:リス・エヴァンス
音楽:ジェフ・バーロウ(Portishead)、ロニ・サイズ
2010年/アメリカ、イギリス/87分/英語
提供:パルコ
配給:パルコ、アップリンク
特別協賛:SOPH.Co.,Ltd.
公式HP
映画公式twitter

▼『イグジット・スルー・ザ・ギフトショップ』予告編


■リリース情報

『Wall and Piece』
著:Banksy 訳:廣渡太郎

発売中
¥2,940(税込)
238ページ
ISBN:4891948884
パルコ出版

ユリイカ2011年8月号
特集=バンクシーとは誰か? 路上のエピグラム

2011年7月27日発売
¥1,300(税込)
ISBN:4791702263
青土社
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『ホーム・スイート・ホーム バンクシーのブリストル(仮)』
翻訳・解説:毛利嘉孝+小倉利丸+鈴木沓子

9月上旬刊行予定
作品社


キーワード:

banksy / バンクシー / ブリストル


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