骰子の眼

cinema

東京都 渋谷区

2011-07-14 21:25


山本英夫『ホムンクルス』の題材となったトレパネーション、その歴史に迫る映画『ア・ホール・イン・ザ・ヘッド』

字幕監修のケロッピー前田氏が語る「トレパネーション・ムーブメントは、現在も世界規模で進行中です」。7/21、22に上映+トークイベント開催。
山本英夫『ホムンクルス』の題材となったトレパネーション、その歴史に迫る映画『ア・ホール・イン・ザ・ヘッド』

山本英夫の漫画『ホムンクルス』(小学館)で話題となったトレパネーション(頭蓋骨に穴を開ける療法)の真実に迫るDVD『ア・ホール・イン・ザ・ヘッド』が発売。リリースを記念して、字幕監修を担当したケロッピー前田氏をMCに、多彩なゲストを迎えた上映イベントが渋谷アップリンク・ファクトリーで開催される。この映画『ア・ホール・イン・ザ・ヘッド』は、1960年代から意識の覚醒のために自ら頭蓋骨に穴をあけた実践者たちの証言や、志願したジョン・レノンの顛末、さらには脳神経外科医や人類学者たちの医学的学術的分析により構成。トレパネーションどれほど広い地域の文化と歴史に関わりをもってきたのかをつぶさに知ることのできる貴重な映像とエピソードを収められており、同時にカウンターカルチャーをこれまでなかった角度から捉えたドキュメンタリーでもあると言えるだろう。ケロッピー前田氏に話を聞いた。

およそ8千年前から存在する人類最古の外科手術だった

──ケロッピー前田さんは雑誌など様々な媒体でピアッシングやタトゥーなどのカルチャーをご紹介されてきましたが、トレパネーションの存在を知ったのはいつ頃、どういった経緯でしょうか?

僕がピアスの取材を始めたのは92年、タトゥーが94年、頭蓋骨に穴を開ける行為「トレパネーション」を知ったのは97年ぐらいですね。90年代半ば、ピアスやタトゥーが世界的に大流行した時期、ちょうどインターネットが普及し始めて、より難易度の高い「身体改造(ボディ・モディフィケーション)」がいろいろ出てきていました。体に埋め込みをする「インプラント」や、小説『蛇にピアス』で取り上げられて有名になった、舌を裂いて蛇みたいにする「スプリット・タン」、傷で模様を刻む「スカリフィケーション」などが知られるようになって、身体を改造する可能性がいろいろな方向に探求されていたんです。その中でも、最も難しくて、「こんなことをやってしまって、本当に大丈夫だろうか」というレベルにあったのが、指や手足を切断する「アンピュテーション」や頭蓋骨に穴を開ける「トレパネーション」だったんです。

maeda_top
ケロッピー前田氏

──人類史上でも古くからあるとされているものがその頃に再発見されたということだったんですか?

「トレパネーション」はおよそ8千年前から存在する人類最古の外科手術といわれ、現在では病気の治療として普通に病院で行われています。ですが、今回のドキュメンタリー『ア・ホール・イン・ザ・ヘッド』で中心的な存在として登場するバート・フーゲスは、1960~1970年代に頭蓋骨に穴を開けることで“意識の覚醒”を得ると主張して、「トレパネーション」を復活させたわけです。当時は世間に理解されない部分もあって80年代には地下に潜ってしまい、90年代後半、インターネットの登場で改めて、「60~70年代に噂になったあの手術は、本当に行われたものなのか」と再発見されてたんですよ。

──今回のドキュメンタリーというのは、それまでの流れを検証するようなものと言っていいんでしょうか?

このドキュメンタリーは、2つの側面を持っています。ひとつは、60~70年代に起きたトレパネーション・ムーブメントの真相として、それを牽引したバート・フーゲスたちを記録した貴重な映像作品になっているということ。もうひとつは、この映画自体が98年に制作され、インターネットでトレパネーションが再発見されていったタイミングと合致していたことから、この映画に対する反響も大きかったですし、それがきっかけでトレパネーションの実践者たちが再び活発に動き出たこと。ITAG(アイタッグ)というトレパネーションをやってくれる病院を紹介してくれる団体が始動したり、ネット時代ならではの新たなトレパネーション・ムーブメントが起こったんです。僕も、本編を入手して観たのはもう少し後ですが、98年当時、この映画の存在は知っていました。
ちょうどその頃、漫画家の山本英夫さんがトレパネーションをテーマにした作品をやりたいという話があって、まさにこの『ア・ホール・イン・ザ・ヘッド』は、山本さんの漫画の最重要資料となるわけですよ。僕は、山本さんの情報提供者として、『殺し屋1』の途中からずっとかかわらせてもらっているんですけど、『ホムンクルス』は8年に及ぶ長期連載になって、その間、僕も資料作りのためにずっとトレパネーションの動向を追い続けてきたので、この映画の字幕監修をやらせてもらったことで、リアルなトレパネーションについても、広く紹介する役割を果たせたかなと思っています。
 実際、日本において、山本さんの『ホムンクルス』がきっかけで、トレパネーションを知った人がほとんどじゃないですか。『ホムンクルス』のお影で、トレパネーションの認知度は爆発的に上がりましたよ。08年に『ホムンクルス』の取材のためにアメリカに行って、初めて実際にトレパネーションの実践者たちと会っているんですが、そのときに、今作のケヴィン・ソリング監督とも会って、今回の上映や日本版DVD制作に繋がったわけです。

webdice_PHOTO2
『ア・ホール・イン・ザ・ヘッド』より、バート・フーゲス

ジョン・レノンがオノ・ヨーコと一緒に「トレパネーションしてくれ」と訪ねてきた

──この映画にはトレパネーションを肯定的に理解していこうという人と、懐疑的な人と両方でてきますよね?

それはやはりバランスだと思います。というのは、現在でもそうですが、トレパネーションによって“意識の覚醒”が起こるのかということについては、科学的に立証されていないので、それが本人の意志であったとしても、実際にやろうとすれば、あくまで人体実験になってしまいますから。先で話していた90年代後半のトレパネーション・ムーブメントでは、この映画にも登場するピーター・ハルヴォーソンという実践者が中心となって、ITAG(アイタッグ)というグループを作り、インターネットで世界規模でトレパネーションをやってくれる病院を探して、志願者をサポートしているんです。メキシコや南米などで、実際にプロのお医者さんにトレパネーションをしてもらうことが可能になったんです。そこでは、「トレパネーション・オン・デマンド(本人の希望によるトレパネーション)」という考え方で行われています。

──60年代にトレパネーションの最初のムーブメントが起こった理由は何でしょうか?

すごく分かりやすくいえば、カウンターカルチャーの時代、“意識の覚醒”のために、サイケデリック・ドラッグが多く用いられて、新しいアートやカルチャーが生まれ、その延長線上で「頭に穴を開けると“意識の覚醒”が起こるなら、やってみよう」という人たちも登場したんでしょう。この映画の見所のひとつに、ジョン・レノンがオノ・ヨーコと一緒にバート・フーゲスのところに「トレパネーションしてくれ」と言って訪ねてきたという話があって、実際、欧米でトレパネーションが広く知られるようになったのは、そのジョン・レノンの一件が大きいですね。実際、ケヴィン・ソリング監督がトレパネーションに出会ったのも、ジョン・レノンがきっかけで、それは彼が元々、当時の音楽やカウンターカルチャーが好きだったからですから。
日本から見ると、アメリカのカウンターカルチャーって反ベトナム戦争だったり、ウッドストックだったりとか、ある種分かりやすい。だけどヨーロッパのカウンターカルチャーってあまりはっきりしていないところがあると思うんですよ。ケヴィンに聞いたことですけど、バート・フーゲスは、60年代のオランダのカウンターカルチャーのシーンではかなり有名な人物だったそうですね。だからアムステルダムを訪れたジョン・レノンが真っ先に会いにいかなくちゃいけないような人物であったと。当時のアムステルダムでどれだけの人が本当にトレパネーションを実践したかは分からないんですが、とにかくバート・フーゲスは、人間的にも非常に魅力的な人であったようですね。彼は、トレパネーションで“意識の覚醒”が起こるメカニズムを「ブレイン・ブラッド・ボリューム(脳内血流量増大仮説)」という理論で説明するわけですけど、それが結構インテリの人たちに受け入れられて、60~70年代に実践者となった人たちの理由付けになっていたんです。

webdice_A-HOLE-IN-THE-HEAD0
『ア・ホール・イン・ザ・ヘッド』より、アマンダ・フィールディング

ドキュメンタリーを観てもればわかることですけど、バートは最初、すごく単純に「逆立ちをするともっとハイになれる」と言って、実践していたりするんです。そのうちに、逆立ちしないでもハイになるにはどうしたら良いかと考えて、すごく飛躍するんですが、「頭に穴を開けよう」ということになった。それを理論にまとめたのが、脳の血流量が上がればハッピーになれるという「ブレイン・ブラッド・ボリューム」なんです。そして、バート自身は、65年にセルフでトレパネーションの実践者となり、ドキュメンタリーに登場するジョー・メレン、アマンダ・フィールディングらが、それに続いて実践者になるわけです。特に美人でインテリのアマンダが70年にセルフでトレパネーションをしているところを映像作品として残しているんですけど、その貴重な映像も『ア・ホール・イン・ザ・ヘッド』で観れるんです。アマンダの衝撃の映像はひとつの伝説的なアイコンとなって、90年代にトレパネーションが再発見される大きな引き金にもなりましたね。

──カウンターカルチャーの中で、トレパネーションとドラッグはどのようにかかわっていたんでしょうか?

ドラッグの話をしてしまうと、すべてがドラッグの効果だけになってしまうんですよね。今作で、いわゆる専門家として医者や学者が多数協力してくれているのも、トレパネーションというテーマが、人類学、考古学、近代以前の医学や外科手術を歴史的文化的に研究しようとしたときにも興味深いものだからだと思うんです。例えば、考古学でいえば、特にペルーのインカで穴の開いた頭蓋骨がたくさん発見されていて、そのことに着目することで、インカ文明や南米文化を研究することもできる。トレパネーションをドラッグのかかわりで見るというよりは、多大に学術的な価値や側面があることを見逃さないで欲しい。確かに、バートたちがトレパネーションを実践することで“何か”を立証しようとしてきたことは、少し飛躍してしまっているかもしれませんが、バートはフロイトやパブロフなど歴史的に著名な学者たちの名前を上げて、体制的なものにカウンターとなり得る科学や学問を生み出した学者たちは、自らの感性を鋭敏にするために“何か”を用いてきたのだとも言っています。ここでは、「カウンター」ということの方が重要だと思います。「カウンター」なものを生み出すために、ドラッグもそのきっかけになるし、トレパネーションも同様にきっかけのひとつになるんじゃないかと言っているわけですから。その方が、トレパネーションというひとつのテーマから、なぜ、こんなにも広範な議論が展開してしまうのかがわかると思います。

webdice_TREPANATION
『ア・ホール・イン・ザ・ヘッド』より

トレパネーションも“変わりたい”という願望を叶える効果はあります

──山本英夫先生が『ホムンクルス』でトレパネーションを題材として漫画を描いたのは、なにか社会に投げかけたいメッセージがあったんでしょうか?

僕が以前作った本、『コンプリート・ボディ・モディフィケーション・マニュアル』(コアマガジン)という本の中で、山本さんのインタビューを掲載しているんですけど、そこでは「人間とは何かということを描くためにトレパネーションをテーマにした」と言っていました。人間がただ幻覚を見るだけだったら面白くないけれど、頭に穴を開けるというショッキングな行為が伴うと、人間が変容して見えるということがよりリアリティを持って迫ってくるということだと思います。

──人間は常に自分を変えたい、変わりたいという願望のようなものをもっているものではないかと思うんですが、古くから現在までトレパネーションはその人間の変容にどのような効果を与えていたんでしょう?

“変わりたい”ということを考えたとき、まず僕はピアスやタトゥーで物理的に“変わりたい”人たちと多く接していますから、そちらの話を先にした方がいいですね。身体を装飾することで“変わりたい”という場合には、全然別のものになりたいというよりも、どこかで「本当の自分に戻りたい」とか、「肉体の自分と精神の自分をイコールにしたい」と求めてるのをすごく感じるんですよ。人間が不幸な状態というのは、実は「肉体の自分と精神の自分がちぐはぐになっている状態」のことであって、結局は、「本当の自分になる」という感覚だと思うんですよね。
じゃあ、トレパネーションの実践者たちはどうか。このドキュメンタリーで皆が言っていることですけど、トレパネーションをして頭蓋骨に穴が開いている状態というのは、成長期の子供がまだ頭蓋骨が閉じてしまわずにいる状態と同じ、つまり、穴を開けることで、自分の子供の頃のピュアな状態に戻せると説明しているんです。
そして、もうひとつ、トレパネーションの実践者が装飾系の改造と違うのは、本来的な自分に戻るだけじゃなく、覚醒したりハイになったり悟りに近いような、今の自分よりも一段上げたいという部分があります。脳にかかわる手術なので、装飾的な改造に比べたら、もっと直接的に精神に影響が出る可能性がありますけどね。
僕が直接に、トレパネーションの実践者たちを会った感想でいうと、少なくともこの人たちは穴を開けたことで確実にハッピーになっているなとは分かるんですよ。それは、映画で観てもらってもそう感じる部分はあるかなと思うんです。
そういう意味では、トレパネーションも“変わりたい”という願望を叶える効果はありますよ。ただ、その効果が脳や精神に及ぶものであればこそ、もしかしたら、まだコントロールの仕方はわかっていないんじゃないかなと、僕が思っていますね。

webdice_PHOTO3
『ア・ホール・イン・ザ・ヘッド』より

──最後に、改めて、このドキュメンタリーの見どころをまとめて言うとすれば?

トレパネーションの実践者たちの貴重な映像が観れること。さらに、アフリカのキシイ族の呪術的な穴開けの模様やアマンダのセルフ・トレパネーション、病院での手術の様子など、実際に穴を開けるとはどういうことかわかります。そして、各ジャンルの専門家たちの話からは、トレパネーションがどれほど長い歴史と幅広い地域や文化とかかわってきたのかも知ることができます。カウンターカルチャーとともに復活したのも、歴史的に見れば、時代時代で変遷を遂げてきた過程のひとつであるとも言えますから。で、非常に重要なことですが、98年にこの映画が公開されてから活性化した90年代以降のトレパネーション・ムーブメントは、現在も世界規模で進行中であるということです。
DVDの解説には、ITAGの現在の動きであったり、ロシアにあるトレパネーションの研究所についても書いています。ロシアに取材に行ったのは、去年ですが、サンクトペテルブルクにあるトレパネーションの研究所では、「アンチ・エイジング(老化防止)」になるのではないかと、トレパネーションが真摯に研究されています。ロシアでは、オステオパシーという、整体の一種なんですが、頭皮の上から頭蓋骨の縫合部を指で触って病気の診断をしたり治療したりする療法が盛んで、その権威者であるユーリ・モスカレンコ博士がオステオパシーの効果をより増大させるために、頭蓋骨に穴を開けようと考えているわけです。これを単なるオカルトと片付けてしまうとつまらない。
21世紀という先が読めない時代だからこそ、ちょっと野心的な科学者が、とんでもない人間の能力を引き出す方法を発見してしまうかもしれないじゃないですか。トレパネーションが、人類の歴史的、非常に古くから行われてきた行為であることも、いろいろと勇気づけられる要素になっていると思います。一番古い物証が8千年前というなら、人間の始まりみたいなところまで遡ってしまうわけじゃないですか。なんでそんな原始状態の人間たちが、頭に穴を開けようとしたのだろうか、別の意味で想像力をかき立てられますよね。山本英夫さんもトレパネーションに想像力を強くかき立てられたからこそ、『ホムンクルス』という素晴らしい作品を描き上げられたんじゃないかと思うんですよ。ぜひ、漫画とも合わせて観てもらって、あなたの心の奥底にある“何か”を呼び覚まして欲しいですよね。

(インタビュー・文:駒井憲嗣)



ケロッピー前田 プロフィール

伝説の雑誌『BURST』でタトゥー、ピアス、身体改造などの最前線を海外&国内でレポート。日本のアンダーグラウンド・シーンの証人として、そのドキュメントを続ける。また、漫画家・山本英夫の『殺し屋1』『ホムンクルス』の情報提供者でもある。写真集『SCAR FACTORY』(CREATION BOOKS)、『コンプリート・ボディ・モディフィケーション・マニュアル』(コアマガジン)など、監修編著書多数。
公式ウェブサイト




『ア・ホール・イン・ザ・ヘッド』上映+トークショー
2011年7月21日(木)、22日(金)
渋谷アップリンク・ファクトリー

両日ともに18:30開場/19:00開演
料金:¥1,800
【ゲスト】
7/21(木) 山下柚実 (ノンフィクションライター)、宍戸レイ(怪談作家)、大塚一軌(作家・翻訳家)、佐藤健寿(X51.ORG主宰・フォト・ジャーナリスト)
7/22(金) 釣崎清隆(死体写真家)、ピスケン(元BURST編集長)、アイカワタケシ(イラストレーター)、エリック・ボシック(俳優・映画『鉄男 THE BULLET MAN』主演)
両日ともにMC:ケロッピー前田
上映作品:映画『ア・ホール・イン・ザ・ヘッド』
監督:ケヴィン・ソリング
1998年/アメリカ/55分
http://www.uplink.co.jp/factory/log/004023.php

■リリース情報

『ア・ホール・イン・ザ・ヘッド』
発売中

ULD-605
¥3,990(税込)
アップリンク


レビュー(0)


コメント(0)