骰子の眼

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2011-06-26 19:32


「ストリートアートとは20世紀最後のアメリカのカルチュラルな発明品かつ輸出品ではないか」バンクシー参加の大展覧会「ART IN THE STREET」

初監督作『イグジット・スルー・ザ・ギフトショップ』が間もなく日本公開のバンクシー他、グラフィティ・アーティストが大挙参加したエキシビションを荏開津広氏がレポート
「ストリートアートとは20世紀最後のアメリカのカルチュラルな発明品かつ輸出品ではないか」バンクシー参加の大展覧会「ART IN THE STREET」
Banksy "Stained Window" ©Ethan Scott

グラフィティ/ストリート・アートにどこまでつっこむのか

ストリート・アートに関しての意見は様々に分かれますが、ひとつに当事者以外の人間から、グラフィティ/ストリート・アートについての意見はまだ出始めたばかりであるから、ということが言えると思います。つまり、ある程度の批評基準が決まっており、それに従っての分類、区分け、鑑賞の手引き、といったものが定まっていないし、あまりまとめられていない、ということなんですね。こういうことを書くと、たぶん当事者の方々(ライター、と呼ばれる描く人々)からはそんなものは必要ない、ということが叫ばれるかもしれないし、また200冊以上も出ているグラフィティ/ストリート・アートの写真集や書籍の著者の方々からは、「バカなことを言うな、自分がどのようにグラフィティ/ストリート・アートについて考えているかは、はっきりと本に記している」と言われる(はず)。つまり、僕がこんなことを書いてもまったく得しないんですが、たまには書くべきことを書かなきゃいけないときもある。

というのは、グラフィティ/ストリート・アートに関しては、つっこみところが満載なわけですが、どこまでつっこむのか、という問題がある。グラフィティの違法性に関して、意見を持つ人がいる。つまり、グラフィティは違法な行為なので、(例えば、そうした違法行為が)アートと呼ばれるのはどうなのか、といった問題の設定です。こうした問題の設定は正面からぶつかっているように思えるし、誰もが素朴に思う疑問かも知れない。しかし、この答えから次の有効な議論へと結びつくような答えを出すのは難しい。つまり、そもそもアートとは何か?みたいな質問に答えるのは難しいわけでして、それをストリート・アートに応用しても、難しい事態は別に変わらないのです。それから、違法/合法、ということをストリート・アートについて考えるときに無視できないように思えますし、実際には(最終的には無視できないかもしれないが)、そこからストリート・アートやグラフィティをアートの定義へ持っていって、適切な議論を開始するのは難しい。

ストリート・アートはまぎれもなく幅広い世代をターゲットとした、アメリカのカルチャーとして扱われている

ストリート・アートの数というのは膨大になるわけで、現在名前が知られているアーティストとしてのはメディアの上で知られているのにすぎない。つまり、実際の作品をその場で目撃したのではなく(そのことについて論じた『目撃の美学』という大山エンリコイサム氏の文章がありますが)、メディア(たぶんにネット)を通じて作品に出会った人が圧倒的に多い。これも当たり前なようだが、ストリート・アートというものの性格を考えるとそう簡単に、はい、この時代なんですから当たり前、ですますわけにはいかない。にもかかわらず、いや、だからこそ、200冊以上出ているストリート・アートの本の多数が丹念なフィールド・ワークの結果としての写真集だったりする。そして、長いイントロにおつきあいいただき、ありがたいのですが、LAのMOCA(現代美術館)で行なわれている「ART IN THE STREET」という展覧会は、そういった議論やら違法性やら、選ばれたアーティストの話題性(例えば、バンクシーの映画も含め)やら、ことの複雑さをすっかり承知のうえで、ストリート・アートの展覧会なるものをLAの現代美術館という場所で大規模にやろう、という経済効果も含めての大英断なわけです。
私がLAについたのはプレス・プレヴューの日ですが、まぁそのお祭り騒ぎは、美術館にしては類を見なかったのではないでしょうか。いや、書き方を変えましょう。この展覧会のキュレターのジェフリー・ダイチは1980年代からグラフィティを現代美術界でプロモートしてきた人物なのですが、ちょっと待ってください、1980年代からグラフィティがアメリカ以外でも知られるようになってきたとして、どうでしょう?そのターゲットの広さは?たぶん、上は60代のカウンター・カルチャー世代から、下は10代までの観客の動員が見込めるわけです。とすると、同時に遅まきながら気がつくことがある。LAのMOCAでそこに集められた作品を見ると、ストリート・アートがまぎれもなく幅広い世代をターゲットとした、アメリカのカルチャーとして扱われている、つまり、ストリート・アートとは、アメリカの土壌からでてきたものであり、結果的に世界に広まったとしても、たぶん、20世紀に生まれたものでは世界中に広まった最後のアメリカのカルチュラルな発明品かつ輸出品ではないか?ということをこの展覧会は言っているように思えてくる。

この見方は、例えば、1990年代にヨーロッパがある程度牽引してきたストリート・アート・シーンの現実と歴史を無視しているかも知れない。しかし、プレスの晩に祝祭のムードを味わいながら、尊敬のまなざしを彼にむけている僕に対して手を振りかえしてくるフィラデルフィアの最初の(グラフィティ)ライター、この種のグラフィティの最初のライターとされているコーンブレッドさんなんかの嬉しそうな顔を見ていると、それだけで、このムーヴメントが何を言われようと、いろいろな紆余曲折があろうと、それは彼らの文化であり、そこから始まったことを忘れてはならない、日本人として、つまり、世界でもグラフィティが街にはびこってないほうの都市に数えられるだろう有数の管理社会『東京』という街の出身の人間として、そのところは無視出来ないと痛感する。それは、会場の裏手の大きな壁をしめているリー・キノネスが総指揮をとって描かれた壁画を例にとっても同じで、隣がメキシコのLAでこれを見ると、どんな人でもアメリカの壁画の伝統を思い起こすでしょう。

この展覧会は、力技であり、本気で仕掛けている

このように少しずつ、当然だが、この展覧会に行くと、ストリート・アートを『アメリカの文化』として、(合法/非合法に関わらず)その存在を認めざるえないような仕掛けが会場にはしてある。ストリート・アートを認めない人にとっては、コーンブレッドも昔落書きをしたおじさんじゃないか?何が一体アートなんだ?で終わるかもしれない。しかし、むろん、大掛かりなこの会場全体の展示が問いかけているのは、そういうアート観に対してのアップデートの圧力に他ならず、また、ポピュリズムの力を最大限に利用した、宣言なわけです。これに、外部からふにゃふにゃ本質的でない議論をしても、まぁ夕刊紙の紙面レベルでの議論を超えないでしょう。この展覧会は、力技であり、本気で仕掛けているわけです。本気で仕掛けているものに、本気じゃない人が、なんとなく言葉を組み合わせて批判しても積極的な意味を持たない。

例えば、この展覧会に対抗して、MOCAの近所の別の場所でもストリート・アートのショウが行なわれましたが、真剣にストリート・アートを捉えている人間はコミットメントを求められる。また、噂レベルで聞きましたが、このショウには参加していないアーティストは有名な人も含めていっぱいいるわけで、その中ではもちろん、MOCAのような場所でストリート・アートがある種まとめられるのに、異議を唱えている人はいる。事実、リーというオールド・スクールなライターが指揮をとった壁には、その前にMOCAが頼んでブルーというアーティストに壁画を描いてもらったのに、それが政治的すぎてMOCA自らが消した、なんて経緯もある。

brooklyn-street-art-Brian-Forrest-MOCA-BLU-Culture-Monster-12-101
(※編集部注:『MOCAとジェフリー・ダイチがブルーの政治的な壁画を検閲』【Brooklyn Street Art】 “Censorship! MOCA Has A BLU Tiger By The Tail”

自分たちで頼んで描いてもらったのに、消した、なんてことはMOCAとしてもさすがに恥ずかしい。この壁画はしかたがないのかカタログには載っていますが、この出来事も、ストリート・アートを、『自分たちの誇れる文化』としてプレゼンテーションしよう、という意図ゆえに起きた事故といってもいい。そのなかでバンクシーは『アメリカの文化』を『巧みにイギリス化して世界中に知らしめた』アーティストの代表株、として見事にコンテクストに収まっている。WEB DICEでもニュースにしたように、バンクシーは例によって気のきいたコメントとともに、この展覧会を月曜日無料で見れるようにしたが、こうしたことは歓迎すべきこととして、しかしながら、言うまでもなく、それだけではストリート・アートと美術館の複雑な関係を修復するわけでもない──こうした問いかけは一般の観客でなく、ストリート・アートに普通以上に関心を抱いている人に残されているわけです。そして、コー・キュレターのアーロン・ローズとジェフリー・ダイチの人脈やらメディア・フレンドリーなパワーをはっきりと示す、にぎやかなオープニングと、その後のこの展覧会の入場者数を考えれば、このショウは明らかに一般的に成功です。批評家が何を言おうと、一般の観客を集めるのには成功したわけです。来年にはブルックリン・ミュージアムにもツアーをするこのショウ、やはりストリート・アートに関心のある人には、見ておくべき、とお決まり文句をここに書くしかない。お勧めします。見ると、そこから、また何かが始まるかもしれない。

(文:荏開津広)
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Todd James, Barry McGee and Steve Powers "Street Market" ©Ethan Scott
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Fun Gallery ©Ethan Scott
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Henly Chalfant ©Ethan Scott
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Geoff Mcfetridge And Lance Mountain ©Ethan Scott
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Hugh Holland ©Ethan Scott



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『イグジット・スルー・ザ・ギフトショップ』
7月16日(土)より、シネマライズほか全国順次公開

監督:バンクシー
出演:ティエリー・グエッタ、スペース・インベーダー、シェパード・フェアリー、バンクシー、ほか
ナレーション:リス・エヴァンス
音楽:ジェフ・バーロウ(Portishead)、ロニ・サイズ
2010年/アメリカ、イギリス/87分/英語
提供:パルコ
配給:パルコ、アップリンク
特別協賛:SOPH.Co.,Ltd.
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◆開催期間:2011年6月24日(金)~7月8日(金)
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▼『イグジット・スルー・ザ・ギフトショップ』予告編



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