骰子の眼

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東京都 ------

2011-06-20 18:40


「四つ打ちハウスとか、ニコ動だからこれは受けるかな、と考えたことはないです」ボカロ作から一転、カヒミ・カリイや野宮真貴を迎えた古川本舗の新作

ニコ動の人気P(プロデューサー)として活動を続けてきた古川本舗が新たなレーベルBALLOOMからニューアルバム『Alice in wonderword』をリリースした。これまでニコ動上や同人盤ではボーカロイドを駆使してメロディアスな楽曲を発表してきた彼が、今作ではカヒミ・カリイ、野宮真貴、拝郷メイコといったJ-POPシーンの人気ボーカリストを迎え、人気楽曲を新しく生まれ変わらせている。ボーカロイドありきのクリエイターとは一線を画すプロデュースワークには、ニコ動発のクリエイターという枠を超えた活動が期待されている。今回のインタビューでは、彼の音楽遍歴からソングライティングの方法論までを語ってもらった。

ボカロをいちボーカルとして採用したような感じ

──マスタリングをテッド・ジェンセンに依頼するなど、いわゆるニコ動のPという形容から感じられる音のスタイルに対して、一石を投じる作品だと感じました。

力を入れずに、自分が好きといえるものをすっと出して、受け止められてもらえたところに落としこんでいくというのがいいなと思っていたので、アルバムを出すにあたっても、すごいことになればいいとはぼんやりと思ったりしてるんですけれど、それが至上命題になっているかというと、そうでもないかもしれないですね。

古川

──ニコ動で活動をスタートするまでの古川さん自身の音楽活動というのは?

音楽で生計をたてたいとは思っていたので、それなりに考えていたことはあったんです。なかなか知られるようにならないのは、楽曲に問題があるのかな、とか、ライブ・パフォーマンスに問題があるのかな、とか。それとは別軸に、いや俺はこれがやりたいんだからこれがいいんだ、という気持ちもあって、その葛藤はストレスになるところではありました。

ニコ動だと、受け入れられる、受け入れられないというのをぜんぜん考えないといったら嘘になりますけれど、ある程度は考えなくてもよかったりするんです。実際自分は仕事をして収入を得ていて、その基板をもとに、自分が出したいものを作る、ということができてる。でもそれが今回のようなアルバムになると、たくさんの方が関わってくれていますので、「できたから良かった」では済まないよなと(笑)。でも作っている間は楽しかったですよ。

──ニコ動という場に出会ったときに、古川さんは音楽を作っていくうえで、どんな期待をいだいていたんですか。

バンドをやっているときもあったから、バンドって何万人に聴いてもらうことってすごい大変じゃないですか。何千何万とあるなかから選りすられて出ていって、それだけでもダメで、生き残ってからじゃないと、何十万という人の前に立つことはできない。それが、インターネットを介せば、曲ができたからすぐアップして、それを何十万回聴かれる、ということがありうる。そんな風に人の目につくところに作品を置けることって面白かった。とりあえず置いておけば見てくれるかもしれないんだって。バンドのCDはただ置いておいても、聴いてくれないですからね。音が出るところまで届かない。リアルでやってるとそうなんですけれど、ネットだと変な話うっかり間違ってクリックしただけでも再生はされる。でもそれでも聴いてくれることにはなるので、可能性を感じていたかは覚えていないですけれど、「いいなぁ今の若い子はこういうのがあって」って思いましたね(笑)。

──ニコ動で作品を作ってアップしていくことでなにかを発散できたと。

そうですね、再生回数が伸びても伸びなくてもそんなに気にしなくていいというか。ほんとうに自分の責任というか、自分が気にしなければそれでいいだけの話なので。

──動画に対するコメントもすごく気になりましたか?

すごい見てます。面白いなぁと思いながら。一喜一憂はあったんですけれど、でもそれも以外と摩耗していくというか、こういう意見もあるのねという感じの受け止められかたができるなということですね。

──今作は古川さんが初音ミクを最初に使った「ムーンサイドへようこそ」をはじめとした楽曲が収録されていますが、最初に初音ミクを知ったときは、それまでの音作りやソングライティングと違う回路を使う、異質なものを感じていたんですか?

いえ、ずっとやっていたバンドがもう終わってしまうというときに、世に出していない曲とか、メンバーに聞かせていない曲がいっぱいあったんです。男性がボーカルで、女の子が歌ったらどうなんだろうというのはずっと思っていたんですけれど、身近にいないし、いきなりちょっと歌ってくれない?ってことはできないので、それができるなと、最初は昔作った曲を歌わせていたんです。だから、ボカロをいちボーカルとして採用、みたいな感じでしたね(笑)。曲の作り方は、昔とぜんぜん変わってなかったりはします。

──いまのニコ動ではソフトありきというか、初音ミクの声をどう活かすか、というタイプのクリエイターのほうが多いような気がしたのですが?

最近のバンド系の音を作ってる人は、もしかしたら僕と近いのかなと思ったりしたんですけれど、でもたぶんそういう人たちも、ボーカロイドならではの曲てあったりするんです。すごい早口だったりすごい高い音が出るとか、それはたぶんソフトウェアの可能性として面白くて使ってるんだろうなという気持ちがあります。

──古川さんとしてはニコ動でのユーザーに受ける楽曲を作ってみようという思いはあったのですか?それとも自分が作りたいタイプの楽曲が、ここではもっと自由に作れるという思いがあったのでしょうか?

他の人の曲を聴いて、たとえば四つ打ちの曲がかっこいいからやってみたいなとかは思っていたりはするんですけれど、ユーザーに対し「ニコ動だからこれは受けるかな」というのは考えたことはないですね。それはたぶん、音楽的な素養の部分で、ピアノが弾けるわけでもないし、ドレミファソラシドもあまり解っていないし、楽譜があまり書けるわけでもないので、純粋にできないんですよ。四つ打ちハウスがすごい受けているとしても、それを作るまでに相当な過程をふまないとできない。自分のなかでスムーズに出てくるものがこういう楽曲で、それを受け入れてくれる人がいたので、これはよかろうと思ってやっていた感じですね。好き勝手やって喜んでくれるなら、こんなに嬉しいことはないなと。今までやったことのない楽曲も作ってみたいんですけれど、技術的にむりじゃなない?みたいな。

──普段はどうやって曲を作るのですか?

ギターで弾き語りでメロディとコードを作って、それをもう一度リミックスするみたいな感覚でアレンジしています。バンドをやってるときってDTMの知識がまったくなかったんです。ハードディスクレコーダーの世界だったので、レコーディングとなるとほんとうにスタジオに行ってドンカマ聴きながら生演奏して、ということしか考えていなかったし、お金のかかるものだったので簡単にできるものではなかった。けれどここ最近はDTMソフトもすごい安くなって、手に入りやすいものだったので、せっかくMIDIとか発達しているなら、使ってみようかということではじめました。

──音のタッチという点では、打ち込み的なクールな音色にしてみようとか、空間的なプロダクションにしてみようといった考えは、古川さんのその時期の音の嗜好も影響していると思うのですが、楽曲との相性を第一にしているのでしょうか。

なんとなくなんですけれど、楽曲ごとに歌詞がストーリーとしてあって、そのサウンドトラックとしての音楽だと思っているので、ある程度楽曲とリンクした要素は入れたいんです。例えば歌詞の世界観が映像化をされたときに、その後ろで鳴っているBGMってどういうのがいいのだろうという感覚でトラックを作っています。

──では歌詞については、曲の最後に付け加えるだけのような存在ではない?

そうです、弾き語りの段階で、適当に歌っていると日本語にも歌詞にもなってないようなものだとしても、引っかかる単語がぜったい出てくるんです。それが曲といちばん合致するキーワードなんだなというところから膨らませて。歌詞とメロディとコードで、弾き語りの楽曲として完成するまではアレンジを進めないことにしているんです。

──言葉を考えていくときに、もっとも大切にしていることは?

引っかかりというのは、楽曲のテーマとして大事にしていて、歌詞全体としてはメロディに乗ったときに気持ちいいかとか、歌詞カードのかたちに落とし込んだときに、日本語として読んで気持ちいいかどうか、そういうことはすごい気にします。英語詞の曲は別ですが、文章として見たときに気持ちいい文章や美しい文章ってあると思うんです。

──それは古川さんがもともと持っていた資質ですか、それとも古川本舗として活動するようになってからの心境ですか。

昔から歌詞は大事にしていました。もともと中原中也が、日本語がきれいだなとずっと読んでいて、世界観も好きだったので。逆に、2曲目の「mugs feat.630」は日本語で普通に歌詞を書いているんですけれど、それをわざと英語っぽく歌って、それを耳コピしたものを書き起こし、それを歌うための歌詞として歌ってもらったんです。この曲を作ったのは、日本語の流れとか美しさを考えて作るのに飽きていた頃だったんです。もっと違う歌詞の捉え方ってできないのかなと。それで、音的に面白いからやってみた。そういうところでは最近は、あまり昔ほど歌詞にこだわりというのはなくなってきたかもしれない。
言葉の意味というところだけでなく、音として遊べるかどうかというところも気にしますね。ただそういう手法はボーカロイドに向いているんじゃないかなと思うんです。無機質になるところとか、もちろん情感をつけてボーカロイドに歌わせることも可能なんですけれど。それはたぶんこのアルバムの後の課題だなと思っています。

今回はとにかく人と一緒に作りたかった

──古川さんの楽曲の骨格は、情緒や切なさを感じるものが多いですが、それが無機質な声で歌われることによる作用というのがとても魅力としてあるんでないかと思うんです。

確かになんかハマるんですが、それは偶然の産物かもしれないです。狙ってやったという感覚はあまりないですね。同人盤でCDを出したときにそれは強く感じました。だから、今回のアルバムを制作するときに、同じことをもう一回やるより、今度は違うかたちで同人盤を一回聴いた人があらためて驚いてもらえるものとか、あるいはこれで初めて知った人が、ボーカロイド盤だったらどういうものになるだろうと興味を持ってもらうものにしたかったんです。

──今回のアルバムは、現在のニコ動出身のアーティストがこれまでのCDチャートを賑わせているなかで、さらにそのニコ動の音楽シーンと既存の音楽シーンの橋渡しとなるアルバムになるんじゃないでしょうか。これまでボーカロイドを駆使してきた楽曲をボーカリストたちに歌ってもらうというコンセプトはどのように生まれたのですか?

「歌ってみた」というのがニコ動であって、あれにはいろんな人がいて、今日このアルバムに参加してもらったボーカリストもそこで知った人たちが多いんです。2年くらい前に、「この人はすごく声がいい」「この人は歌がいい」と思った人たちに、自分のこの曲を歌ってもらったらどうなるんだろうというのは、企画としてやっていたんです。それで、アルバム制作の話をもらったときに、今回はとにかく人と一緒に作りたいと、BALOOMというレーベルに参加するということも含めてなんですけれど、同人になったらひとりで出来ることをやろう、レーベルに参加して、人と一緒にレーベルとして参加するんだったら、人と作ろうというのがキーワードで自分のなかではありました。
「歌ってみた」というのは、自分の歌を表現したいボーカリストの人がニコ動で自分の歌いたい楽曲を持ってくる受け入れ方なんですけれど、逆もあっても面白いんじゃないかと。そこで、この曲はこの人に歌ってもらいたい、というのがそれぞれあって選んでいきました。

──レコーディングしてみて、古川さんが好きだと感じるボーカリストってなにか共通点を感じたりしましたか。

何が似てるって言われると解らないんですけれど、自然と傾向が近しいところにあると思います。何が原因でそうなったんでしょうね。たぶんこういうタイプのボーカリストが好きということで、特に理由は言えないですけれど。

──さらに、ニコ動で表現しているボーカリストだけではなくて、カヒミ・カリイ、野宮真貴、拝郷メイコといったJ-POPシーンで活躍してきたアーティストをフィーチャーしています。

完全に自分の趣味を出したところでした。もともと「Alice」という楽曲に関してはVOCALOID MEIKOの声をやられている拝郷さんに、別のライブで歌ってくれたことがあって、それを僕は観に行っていて、「これはもうこの人しかいないだろう」と、ライブが終わってから物販のところにいって「お願いします!」とお願いしたんです。
「ピアノ・レッスン」については、1曲目と最後に入れているアレンジとぜんぜん違っているんですけれど、最後のアレンジは、2枚目の同人盤を出したときに、これまでと違う感じで入れてみようという話をしていて作ったのがもとなんです。このBaguettesEnsembleというのは、同人盤を出した後に知ったバンドなんですけれど、ボーカロイド楽曲をジャズアレンジしていて、この人たちに違う切り口の「ピアノ・レッスン」をやってもらいたいなと、オケを作ってもらいました。

元の「ピアノ・レッスン」は、ほんとうに今の初音ミクのバージョンを作ったときから、カヒミ・カリイさんのような声を欲しいというのがずっとあったんです。今回はその思いでウィスパー系の声が美しいボーカリストを探していたんですけれど、カヒミ・カリイっぽい人をずっと探しても意味がないんじゃないかと。それで、もしかして本人にお願いできないですか、とスタッフに豪速球を投げてもらったら、受けてもらえたという。
そんなかたちで、どの曲でも驚きを作るために、同人のときとは違うことをやりたいというのがありました。
野宮さんに関してはBaguettesEnsembleのアレンジを使って、とにかくおしゃれにしたいと。自分の知ってる日本のアーティストで、いかにハイセンスを体現してる人は野宮さんだろうと、それでムチャぶりを(笑)。そうしたらお話を聞いていただけて、冷や汗ダラダラでした。

──もともとイメージして作ったなら、相性がいいのはなおさらと。

フタを開けてみるまでは解らないところはありましたけれど、やっぱりわぁすごいなぁと思いました。「こうなったらどうなるんだろう」がほんとうにいい形で出てきた。
理想に近づいたというのとはまたちょっと違うかもしれないです。というのは、ボーカロイドで作った楽曲はそれで一回完成しているものだと思うんです。そこにどういう驚きを現すようにしようか、そこがけっこう大変な作業ではあったんです。でもそれが今回はすごいうまくはまったと思います。

──どちらが先ということでなく、違う完成度ということですね。

2回楽しめますみたいな(笑)。それはずっと考えながら作っていました。

──「ピアノ・レッスン」がまったく違うイメージのアレンジで収められているというのも、生バンドのジャジーなムードになっても、ボサノヴァっぽいタッチになっても、曲の良さが揺るがないというのは、古川さんの曲作りの骨格がしっかりしているからなんじゃないでしょうか。

最初の段階でがんばったおかげかも(笑)。

自分と戦うのは面白い

──歌入れのときはどんな苦労がありましたか?

それぞれのボーカリストの方が「こういう風に歌いたい」と返してくれるので、それも最大限に汲みました。それが人とやる意義だろうと思ったので、「こう歌ってもらいたい」というのがあったら、自分の分身としての初音ミクがいるわけなので。そこで作りこめばいい。だから今回はある程度渡してしまってもいいのかなと。面白かったですね。

──古川さんとして意外な仕上がりになった曲は?

4曲目「Good Morning EMMA Sympson feat.Madoka Ueno」と7曲目「三月は夜の底 feat.花近」は英語の楽曲なんですけれど、Madokaさんも花近さんもアメリカに住んでいるので、正しい英語で歌うとこうなるんだと。特にこの2曲は英語として通じるものにしたいと直してもらって、花近さんは日本語詞を渡して英語に直してもらったので、こういう解釈になるんだと、自分の歌詞を英語にしてそれを音に乗せたらこうなるんだ、というのは、リズム的なところ、言葉の詰め込み方も変わるので、すごく面白かった。

──今回のアルバムで、90年代からJ-POPを聴いてきたファンからすると「古川さんのような新しいクリエイターが出てきたんだ」という驚きを持って迎えられるんじゃないですか。

だといいですけどね、やっぱ怖いっす(笑)。いちファンとして参加してくれたことが嬉しいので。もとからのファンの方にちゃんと「これは良かったね」と言ってもらえたら。そこは歌ってもらう以上、ファンの方々は裏切りたくないというのがありました。

──BALOOMというレーベルのような動きは励みになりますか。

最初はレーベルというものの意義がいまいちよく解っていなかったんですけれど、人と一緒にアルバムを作ってみて、やっぱり面白かったんです。自分のプロダクツに関しても影響を受けるし、刺激をすごい受けます。

──これまではひとりでDTMで取り組んできたのが、ボーカリストとコラボレーションしてみて、またこの先に繋がる作品になったみたいですね。

新鮮です。ボーカロイドで作ると、何があってもボカロの責任にはならない、良くないクオリティの作品を作ってしまったらどうしたって僕が悪いですから(笑)。だからこれを経て、いま新しい曲を作るにあたって、ボーカロイドをあらためて作るとすごく面白い作品になるような気がします。いちばん楽しめてるのって俺じゃない、みたいな(笑)。次作るときはこれに負けたくないという気持ちになりますし。そうやって自分と戦うのは面白いです。

(インタビュー・文:駒井憲嗣)



古川本舗 プロフィール

VOCALOIDシーンでは珍しく、バンドサウンド・電子音を駆使したロック、エレクトロニカ、フォーク等、 扱うジャンルは多岐に渡るが、哀愁のある世界観をもつポストロック的な楽曲を投稿するクリエーター。 作曲からデザインまで幅広い分野を手がけ他のクリエイターやイラストレーターといった制作者サイドから 強いリスペクトを受けており、他のプロデューサーによる古川本舗作品のカバーやREMIXが多数存在。
古川本舗公式サイト
BALLOOM公式サイト




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