骰子の眼

art

東京都 江東区

2011-06-15 10:50


「それはもう完全に現代美術マジック(笑)」Chim↑Pom グループ・インタビュー

『REAL TIMES』展が、盛況のうちに終了した無人島プロダクションでの開催に続き、6/20から大阪でスタート。
「それはもう完全に現代美術マジック(笑)」Chim↑Pom グループ・インタビュー
Chim↑Pom「LEVEL7feat.『明日の神話』」2011 © 2011 Chim↑Pom Photo : Kei Miyajima Courtesy of Mujin-to Production, Tokyo

Chim↑Pomが、2011年5月20日(金)から25日(水)まで、『REAL TIMES』展を開催した。会場となった東京・江東区の無人島プロダクションはその6日間と内覧会を含め、現代アートの展覧会としては異例とも言える、のべ約3500人を動員した。
発端は5月2日にメディアを駆け巡った、渋谷駅井の頭線改札手前の巨大壁画「明日の神話」(岡本太郎作)に、「別の絵が付け足されている」との報道。広島・長崎の原爆、アメリカの水爆実験で被曝した第五福竜丸をテーマにした作品の右下の空白部分に、福島第一原発の事故を連想させる絵が付け足されたのだ。渋谷署は軽犯罪法違反などの疑いで捜査を開始。憶測が憶測を呼びながら、それが誰の“行為”かが注目された。
続いて5月12日、youtubeに『REAL TIMES』展の予告編として一本の動画がアップされる。そこには「明日の神話」が収められ、「もしやChim↑Pomの仕業?」と噂が広がりきった5月18日、『REAL TIMES』展内覧会にて、それが確かにChim↑Pomによる“作品”だったことが公表された。

▼【予告】Chim↑Pom「REAL TIMES」


展覧会終了後、5月26日にChim↑PomはUSTREAMチャンネルDOMMUNEに出演。『REAL TIMES』展について、それが後に「当時の表現者は何をしたか」問われることへの解答であったことを、改めて語った。
作品そのものへの評価に加え、それを「行為の公表」、「ギャラリーでの展示」へと繋げた手法に賛否両論が治まりきらぬ中、webDICEは、メンバーから卯城竜太、林靖高、エリイの3氏に、有太マン氏によるインタビューを実施。311以降、アーティストとして原発事故に揺れる福島へ実際赴き、「時代と呼応すべき」文化の役割をまっとうした、紛れもない当事者に迫った。
否定的意見を持つ人も、それが芽生えたことで活性化された自らの思考を認識せざるを得ない。彼らは、2009年の広島での「ピカッ」騒動を含めたこれまでの活動と同じく、アートが持ち得る「議論を巻き起こす」機能を体現しただけだ。

日本はアートを「観る」「やる」土台がない(エリイ)

──一昨日のDOMMUNEを観させていただきました。もうそこで、主だったことほとんどを語られていた印象もあります。まず今回の一件は自分個人として、渋谷の「明日の神話」に付け足された作品を仕掛けたのがChim↑Pomだとわかり、正直、半分は残念な気持ちがありました。その理由はまず、それまでは「誰がやった?」と想像力を掻き立てられているのが楽しかったこと。そして、誰があれを仕掛けたかわかったことでおのずと、社会でこれだけのことがおこっている中で、結局、日本に「アート・シーン」というものがあるとして、その層の薄さを逆に感じたからでした。

エリイ:他に若手が出てきたのかもしれなかったのに。

林:期待感というか。

エリイ:でも、ウチラもけっこうニュー・フェイスなんですけどね(笑)。

──とはいえ、結成してもう6年。その間様々な話題を提供し続けてきて、ここで改めて、日本のアート・シーンみたいなものをどう捉えているのかと。

エリイ:アートってそう簡単にいっぱい出てくるものじゃなくて。もっと広い範囲の単位で出てくるもので、確かに私も、もっといっぱい若い人や作品がガンガン出てくる、いい世の中になった方がいいとは思っています。でも、ウチラがこうやって目立ってしまうということは、そんなにいい作品や作家が近い年数で輩出されないということもあると思っていて。

──それは特に日本の傾向として?

エリイ:日本はそれは顕著に現れると思いますね。アートを「観る」、「やる」っていう土台が元々ないから。

卯城:ああいう時に、グラフィティ・シーンとかも、むしろもっとあってもいいような気はして。そこで思うのは、アートにしろグラフィティにしろ、既存の商業ベースと関係なく、個人が社会に介入していくような表現が日本は基本的に弱い気がする。

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(左より)質問に答えるChim↑Pomの卯城竜太、林靖高、エリイ

──震災後に面白いと思った動きは?

卯城:宇川さんたちがDOMMUNEを福島につくったりとか。

*DOMMUNE FUKUSHIMA=音楽家の遠藤ミチロウ、大友良英、詩人の和合亮一各氏が代表となった「プロジェクトFUKUSHIMA! 」と宇川直宏氏によるUSTREAMチャンネル。 http://www.dommune.com/fukushima/

エリイ:枝野(笑)。彼は全然まともなことを言ってないのに、あまりにテレビに出続けることによって好感度がアップしたりとか、そういう日本が面白いなと。まあそれは、外国でも同じことがおこるのかもしれないですけど。

卯城:メルトダウンとか絶対わかってただろうしね。

エリイ:だってエリイだってメルトダウンしてるって知ってたもん(笑)。

──そもそもの、皆さんの原発に対するスタンスは?

エリイ:今回の作品に関して、「反対」とも「反対ではない」とも、意思表明はしてないんですよね。

──作品としてではなく、個人としては。

エリイ:私は自分たちでつくっておいて、人類の手の中でコントロール出来る代物ではないというのを今回の震災で気付いたので、断固反対です。新しくつくるなんていうのも、クレバーじゃないですね。

卯城:まず原発について、最初に気になったのは坪井(直)さんという被爆者団体(日本原水爆被害者団体協議会)の方で、真っ先にどう思ってるのか電話したんですよ。広島に行って聞いたりもしたんですけど、「そうだよな」と思ったのは、「平和利用だろうがなんだろうが、核そのものが嫌だ。でも使いこなせるか、ということもあるから、そこで自分の意見を通す気にはなれない。だから科学者がもっと頑張るべきだ」と。「一概に嫌だからダメとは言えない」と。

林:僕は「なんて時代になっちゃったの?!」放射能気にする生活なんて正直「面倒くせえ」ってのが本音です。その背景に「まさか感」というか、「21世紀に原発事故か」みたいな、そういう感想ですね。

──漫画『AKIRA』を彷彿とさせる側面もあった気がします。

卯城:『AKIRA』はみんな結構言ってますね。

林:20キロ圏内はそういう感覚ありましたね。人がいなくて、津波被害のところは復興のためにみなさんが前向きに働いてる「頑張ってる感」があるんだけど、20キロ圏内は人もいないし、異常ですね。

卯城:原発に関しては「もっといいものがあるんじゃないか」とか考えられるし、「闇雲にこんなことやっちゃって」というのはあるんだけど、でも、じゃあそれで「どうするんだ」って代替エネルギーのことまで話さないとダメだと思っていて。それで展覧会には、これが答えになるはずないけれど、「エロキテル」が構成的に必要でした。

*「エロキテル」=スポーツ新聞に「チンポム エロキテル」という言葉と電話番号を載せた三行広告を出稿し、その番号に電話がかかってくると発電するという作品。
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Chim↑Pom 性欲電気変換装置「エロキテル」 実用機『キボウ』2011 Photo : Kei Miyajima © 2011 Chim↑Pom Courtesy of Mujin-to Production, Tokyo

何かしら「残すためのこと」を考えてる(林)

──DOMMUNEを観て、正直、皆さんはもっとふざけているのかとも思っていたんですが、すごく真面目で真っ当な印象でした。それは元々ですか?

エリイ:元々ですね。

──または、やはり今回は扱っているネタが核とか放射能だからなのか。

エリイ:そういうのは全然ないです。今回のネタだからああいう感じにしたとかいうことはないし、そもそもDOMMUNEが真面目だったとも思っていないです。それよりもウチラの元々の人間性とかスタンスだと思います。

──Chim↑Pomの活動の方向性は、6人でスムースに一致するんですか?

卯城:それなりに毎回色々あったり、スッと一致したり。

エリイ:ギュッとしたり、ジュンとしたり(笑)。

──同時に、明確に「アートをやっている」という意識が強いということも感じました。その時、それならばなぜ「明日の神話」に付け足した作品、「LEVEL 7」を売らないのかと。

*「LEVEL 7 feat. 明日の神話」=『REAL TIMES』展では、渋谷駅の岡本太郎「明日の神話」に追加された絵、そしてその追加を行う作業の様子が動画作品として展示された。

エリイ:あれは宇川さんが「売らない」みたいなこと言っちゃって、それはしくじったんですけど、普段は作品は売ってるんですよね。

卯城:いやでも、確かにあの展覧会では売ってなくて、今回は入場料はもらって、売り方を決めてないんです。

エリイ:いや、売るよ。売る。

林:渋谷の「明日の神話」につけた作品を売るかはわからないですが、ギャラリーに展示した原画を売る可能性はあります。

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Chim↑Pom「LEVEL7feat.『明日の神話』」2011 © 2011 Chim↑Pom Courtesy of Mujin-to Production, Tokyo

──あれをいくらで売って、その売上げをどう使うかまで仕掛けるかという風に想像もしました。

エリイ:だからあれは宇川さんがそう言っちゃって、「ちょっと待って」と言いたかったんだけど、隙間がなくて……。

──宇川さんは「売らないからこそ、あれはデモ」と。

卯城:でも基本的には、現場に貼った、今押収されてるやつが戻ってくるなら、寄贈したいと思ってますけどね。

林:それは岡本太郎記念館に。そうすれば、これはオレらがアートをやってる理由にも繋がると思うけど、もし美術館にあれが入ったり、誰かコレクターが買ってくれれば、あれを50年後くらいまで保存してもらえたりするじゃないですか。それはアートのいいところだと思うので、何かしら「残すためのこと」を考えてる感じです。

──著書(『なぜ広島の空をピカッとさせてはいけないのか』[2009年])を読む限り、皆さんは今も貧乏というか、電気を止められていたり、借金抱えていたり?

林:昨日携帯止められて……まあ、裕福ではないですね。

エリイ:お金は全然ないですね。なぜならChim↑Pomで作品が売れたとしても、すぐに次の制作費にまわすので。6人いるから6等分すると全然入らないし、ほぼ無償。

卯城:基本的にはみんな副業してます。

──それは言ってみれば、日本のアート・シーンの現状?

エリイ:いや、食べれてる人もいるんじゃない? くだらない絵を描いて、みたいな人も全然いるし。

卯城:(笑)。

林:絶好調だね(笑)。

エリイ:でもそれもその人の持ってる力だと思うから。

──高額で作品が売買されている海外のシーンをどう捉えてますか?

エリイ:超羨ましい。

──そこに入っていきたい?

林:バイトしなくて済むし、とか、そういうレベルでは。

エリイ:私は作品が超高額で売られ、私たちが金持ちになりたいと思っているし、成功したい。

──でも、それができてない?

エリイ:そうですね。できてないというか、今は理想においつく途中。

卯城:でも、マーケットと表現の本質は別の問題だから、「アート」を業界的なものとしてピックアップされちゃうのは残念で。

エリイ:でもウチラの作品はサラリーマンの方でも、誰でも買える値段だし、みんながもっと購入して、関わってくれたら嬉しいなと思いますね。

卯城:よくアートの本質の話よりもマーケットの話に持ってかれちゃったりするんですが……。

──そういうことがよくある?

卯城:アートって一般の人からは、やっぱり「高く売られてるわけのわからないもの」みたいに思われがちで、でも、それは今の時代だけな気がしていて。資本主義が終ったとしてもアートはあるだろうし、その前からアートはあったし、今のアートのマーケットのシステムが変わっても表現のコアはブレないと思う。経済のシステムとかマーケットの理論じゃないところの本質があるわけで。それで、アートに限らずどんな表現にも言えるんですが、その中で人類が宝物に選ぶものってある程度の価値があって、それが今だと「お金」が、単位としてわかりやすいだけの話だと思うんですよ。

林:それこそバンクシーの映画(『イグジット・スルー・ザ・ギフトショップ』)とかは、いわゆるアート・バブルみたいなものに「ちょっと違うんじゃねえか」みたいな、新しいかたちを提示してるんじゃないかと思っていて。それをこんだけエンターテイメントにしてるっていうのは、普通に面白いです。今は、新しいことが生まれ始めてる時代なのではないかと思ってます。

卯城:バンクシーの場合、街もアート業界も遊び場にしてるじゃないですか。みんな妙に「アートっていうもの」に引っ張られちゃって、「もっと軽く向き合えばいいのに」ってところもあるんだけど、バンクシーはどこでも遊び場にできるというか、気にしてない。そこは重要だと思ってて、現代にはネットも他の色んな手法もあって、誰でもDIYでできるんだから、「もっと色んな場を遊び場にして楽しめばいいのに」って思うんですよ。

エリイ:やっぱ難しいんじゃないの?挑戦しようとする人がなかなかいないし、どうやっていいのかもわからなかったり。

卯城:わからない人にほどヤバい化学変化を期待しちゃうけど(笑)。

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Chim↑Pom展「REAL TIMES」会場風景 Photo : Kei Miyajima © 2011 Chim↑Pom Courtesy of Mujin-to Production, Tokyo

「いつ自分達の生き方が検証されるか」というのは、ずっと思っている(卯城)

──グラフィティのことはどう捉えてますか?

卯城:本質的に似てるところがあるというか、「個人が社会に介入する」というところで、まず勇気が問われる。日本だとデザインとか漫画とか、商業や業界ベースにのってやることはできるけど、リアルでオルタナティブな作家ってことになると、グラフィティやX-スポーツやパフォーマンスとか、アクティビストとか、公共物をステージにしてる人はそんなにいないと思う。ネットは別だけど。でも最近、世界中で、ただのバンダリズムじゃなくて、バンクシーやジャッカスやヤマカシみたいのがベースになった面白いアクションが増えてると思う。しかも経済的にも彼らの試みが成功し始めてるっていうのが、ここ10年くらいの特徴かと。

林: ヨーロッパやアメリカで迷惑行為としてすっかり一般常識になった。「ただの落書きじゃん」となってライター達も形式化した方法では意味が無くなってきた。それで新しい方法論を模索し始めたJRやゼウスなどには注目してました。

*フランスのストリート・アーティストJRのホームページ http://www.jr-art.net/

卯城:大事なことは、例えばロックとかの人たちは成功してお金持ちになったとしても、野暮なことは言われないじゃないですか。「マーケットの理論で語られない」というか、ローリング・ストーンズとか、どれだけセレブになってもローリング・ストーンズとして、それも含めて見てもらえるけれども、日本のアートの状況はそうじゃない。つまり、「この人、表現者として社会的に超大事じゃない?」ってなったら、普通は社会として、そういう人たちをちゃんと支えなきゃいけないと思うんですよ。でも、そもそも「社会にとって大事なこと」って、超2原論でしか語られないし、ビジネスライクをはみ出した人は仙人みたく生きるしかないような感じが通常化してる。そこに可能性があるのに。

──そこが日本における問題。

卯城:ウチラがもし辞めていたら、これは今回も思ったけど、じゃあいったいこんな時に、他に誰が何をやってたんだろう? 今後出てくるそういう人たちがちゃんと続けていけるためにも、ウチラの今回のやり方は超重要だと思う。

──アートの世界では、作品が高額で取引きされているから、じゃあそこで本質的な部分が守られているかというと、そうでもない側面がある気がします。ということは、マーケットがあるからといって、そのシーンが本当に健全なのか?という疑問はつきまとうのでは。

卯城:日本で一番相応しいのは、多くの人たちが、作家の生き方やコンセプトに高額じゃなくても少しずつお金を払えるようになることだと思う。そういう人たちに支えられながら、でもアートは一点ものが特徴でもあるし、そこは「欲しい」という人のために取り引きされる、というくらいは健全だと思います。でもそもそもアートの売買って、ただ「絵」を物質として売り買いするわけじゃないんですよ。作家は「絵」を媒体にして「心」を売ってるし、作品を媒体にして「志」を売ってるんです。だからまずは前提として、もっと観客の中で、「その志買った!」みたいな当事者意識が生まれないと、アートの純粋な流通は難しいと思う。

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Chim↑Pom展「REAL TIMES」会場風景 Photo : Kei Miyajima © 2011 Chim↑Pom Courtesy of Mujin-to Production, Tokyo

──DOMMUNEでは、アートの役割を、「新しい時代のために色んな自由を提示して、多くの見方を引き出すこと」と定義されていました。では、そもそもの創作のモチベーションはどこにありますか?

エリイ:「面白いことをしたかった」。ただその一言ですね。

卯城:それは総意(笑)。そこから「何が面白いのか」となるとそれはそれぞれあって、個人的には色んな考えを刺激するようなものじゃないと「面白くない」と思っちゃうし、リアルタイムで面白くないと、面白くないし。でも、だいたいみんな「こういうの面白くない?」って言った時に、何かわかるじゃないですか。6人もいて、6人が別のことを言ったとしても、「それ」が出てきた時には「面白い」ってなるから、そこには忠実に。

──「面白い」の定義は?

エリイ:心が「グッ」となる、みたいな。

卯城:「きた!」と思うよね。そのアイディアがきた時に。

エリイ:なんていうの、「もうそれ、超~ウケるじゃん!」みたいな。

卯城:想像ができるんですよ。それができた時に、どういう風にその作品が映るかとか、そういう時に「これはきた!」って想像力が膨らむ。「創ってみないとわかんねーなー」みたいなものは、結構アイディア段階で淘汰されちゃうんだけど。

林:その「面白い」価値感で、「普遍的なものに行き着きたい」のが一番面白いと思ってる6人だからアートをやってる、という感覚が強いですね。

──まだ行き着けていない?

エリイ:行き着けてると思いますよ。「普遍」っていうものはないんだけど、「その瞬間だけ面白いもの」というより、「残るものへのロマン」を私たちは感じていて。

卯城:単純に、消費期限の長さみたいなものがあるとしたら、例えば「モナリザ」は未だに列に並んで人が観たりして。それで考えると、美術はすごい長いと思ってたけど、今回の事故がおきて、『100,000年後の安全』って映画を観て、放射能のハンパなさにビビリました。「100,000年か」と思って。はっきり言ってアートどころじゃない。ラスコーの壁画が1万5000年前だから、せめてそこまでのことをどこまで考えるか。瞬発的にアイディアとかつくる時、良いところまでは考えてるのかもしれないけれど、100,000年の単位までは脳では整理できない。

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「REAL TIMES」開催中、無人島プロダクションには多くの人が詰めかけた。(撮影:有太マン)

──では、そこをもっと俯瞰するとして、私たちは地球の長い歴史の中に一瞬だけ生きることを許された存在であり、そこで、どんな爪痕を残したい?

エリイ:そこは「ロマン」としかいいようないんですよね。やっぱりロマンを感じちゃう。だって、ご飯食べて、寝て、普通に生活できるところを、なぜ美術をやってるかというと「ロマンチックだから」というのがあるよね。

林:でも、みんながロマンチストかと言うと……。

エリイ:え、ロマンじゃないの?

卯城:ロマンはあるよ。

林:もちろんね。

卯城:これは今回の展覧会でも言ってるけど、「いつ自分達の生き方が検証されるか」というのは、子供の頃からずっと思っていて。

エリイ:それがロマンなんだよ。

卯城:その時代その時代にみんな右往左往するんだけど、その割に歴史に一貫して何かの方向性があるとして、その方向性に自分が時代の中でどれだけ前向きに向かったかって、人は絶対検証されちゃうと思うんですよ。時代が進んで新しい価値観ができてきた時に、「あいつは古かった」とか、「あいつはヤバかった」とか、自分の人生が、死んだ後「人類の歴史の中でちゃんと芸術的な役割を果たせていたのか」とか。

エリイ:クオリティ高くいたいよね。

卯城:それにはまずは面白くなきゃいけないし。

エリイ:小学生の時から、朝登校する時「今日は友達に何て言って笑わそうかな」みたいなことを考えていて、「これ、みんなに言ったら超ウケる」って思いながら。

──今も変わってない。

エリイ:面白いことを提供したいっていう、エンターテイメント性が溢れて生まれちゃった(笑)。

卯城:でも、色んな「面白さ」、「楽しみ方」があるとして、それはお笑いを観る楽しみ方とか小説の読み方があるように、アート的な面白がり方もあるんだけど、日本では「アート」ってイメージが漠然と良すぎて神格化されていて、その「し方」や「見方」があること自体、許容されていない。一般的にはアートは「山下清シンドローム」。業界も「わかる人だけで良い」って感じだし。

エリイ:同時に、私たちの作品の振り幅はすごく広いと思っていて、今回の岡本太郎とかも、絵の知識があると「ああ、あの絵に更新したんだ」ってわかる。でも、そこで知識があるほど楽しめる反面、何もなくても楽しめる「エロキテル」もあったり、そういう幅広い部分も面白いはず。

──入口をたくさん用意している。

卯城:それで、例えば「面白さ」というところでは、今回の岡本太郎は「やったこと」自体が一番純粋な面白さだと思ってるんだけど、その記録を見せる時の編集作業って別なんだよね。例えば展示する時と映画にするときの出方って違うんですよ。同じ作品でも。それが色んな「面白さ」に通じてるんだけど。アウトプットする時のサービス精神はまた別。「やること」や、作品自体の面白さから先のサービス精神は、「また別の回路が働く」というか。

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Chim↑Pom「Without say GOOD BYE」2011 © 2011 Chim↑Pom Courtesy of Mujin-to Production, Tokyo

文化はもっと純粋に、人間の人生に影響を与えられる(卯城)

──「後々にどう評価されるか」とのことですが、例えばわかり易い例として、ヘンリー・ダーガーのように、とにかく籠り続けて描き続け、個人として抱えていた情念みたいなものを吐き出し続けた人もいます。

エリイ:残した作品を、亡くなった後に大家さんが発見したんですよね。

──仮にそこに「ピュアな創作」があるとして、これはその善し悪しではなく、「後の評価」を気にする時点で、「ピュア」と逆の意味で正しい言葉かわかりませんが、「汚れてしまう」ような。

エリイ:それも含めてピュアなんじゃないかな。

卯城:アートの枠の中での評価というよりも、人間として評価されるかどうかということ。それが、「人類が辿っていく大きな流れの中で、ちゃんとブレずに生きたか」ということであって。

エリイ:見せ方の問題だと思うんですよね。「私たちは何百年後にどう評価されているか」みたいなことを思って、考えることが好きというスタンスがそもそもあって、それに対して、ヘンリー・ダーガーみたいな人もいるだろうし。

卯城:そう、ゴッホがよかったよね。広島市現代美術館で芸術家の言葉が散りばめられた展覧会があって、みんなそこで結構難しいこと言ってるんだけど、ゴッホは「僕の絵がいつか、この絵を描いた絵の具代よりも価値があることをわかってくれると思う」みたいな(笑)。

林:謙虚過ぎ(笑)。

エリイ:でも彼は超イケイケで、絶対売れると思っていたし、必ず有名になると思っていたわけ。彼は後々売れることをわかってたと思うんだけど、そこは死んじゃったから死人に口無し。

──そこで、例えばピカソだとその対局というか、最高と同時に腹黒さも感じる、というか。

エリイ:私、結構そういうの好きなんですよね。特に「ピカソが超好き」ってわけじゃないんですが、そういう鼻で笑ってる感じは好き。

卯城:でも、「腹黒さ」の話になると、本質とそこの部分ってちょっと別で。音楽家だって、実際にプロモーションが上手いとしても、実際に曲を奏でたり歌ったりしてる時の瞬間は、モチベーションがピュアなわけですよ。それはたぶんアートも、「どうやってこの作品を残していくか」と考えることと、実際にアイディアが浮かんだ瞬間やそれをつくっていく過程のテンションとは、基本的にそれは別の話で、そこはさっきの「お金と本質」の話と似ている。

エリイ:あとはいくらピュアでやっても、作品の強度や才能がなければ、確実に出てこない。プロモーションでいくらお金をかけたって、出てこないものは出てこなくて、結局は魅力の問題なんですよね。

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Chim↑Pom展「REAL TIMES」会場風景 Photo : Kei Miyajima © 2011 Chim↑Pom Courtesy of Mujin-to Production, Tokyo

──具体的に「面白い人」を挙げてもらえますか?

卯城:僕はゴッホが子供の時、一番初めに「ピピッ」ときて。そこから『カムイ伝』に超アツくなっちゃって、白土三平先生。今のところあとは、近々のところで観てた山塚アイとか会田(誠)さんとかですね。

林:赤瀬川原平さんとかはアートやる前から好きでした。

エリイ:この2人は元々アート出じゃないから、音楽やったりノイズつくったりしてて。

林:でも、そんなに音楽好きじゃなかったんで、こんな感じになってるんですけど。あとは水木しげる。

エリイ:私、鬼太郎の絵本で日本語覚えたんです。それから私はアンディ・ウォーホルと、あとは斎藤道三。

卯城:でもゴッホもウォーホルも、何となく身近に感じられるけど、ダ・ヴィンチくらいになっちゃうと、オレの中で相当レベルが変わっちゃうというか。

エリイ:彼はすごいんだよ。きっと輪廻を300回以上過ごしてて、魂レベルが違う(笑)。

──それは、すごくリスペクトしている?

エリイ:私はダ・ヴィンチはとにかく超好きで。

卯城:「追いつけない」と思っちゃう、神みたいな感じだよね。

エリイ:それは死んじゃったからそう思うだけで、実際いたら「超ウケる、この人、面白い」って感じだって。

卯城:死んでからここまでの残り方も考えると「選ばれた」ってのもあるし、何かのグレードが高いよね。

エリイ:高い!彼もウケ狙いを超狙ってたから、それはミケランジェロもそう思うし、あの人たちはギャグ・センスが超高い。

林:そこまでいくと義経とか出てきちゃう話だね(笑)。

卯城:例えば、僕は『カムイ伝』とかボアダムズは、現代美術の文脈で見てるわけじゃなくて、でもそれをその文脈で見る見方があるのも知ってるけど、自分自身は文脈に関係なく彼らに人生を狂わされて、それは「ちょっとした影響を与える」って次元じゃないんですよ。そういうことはやっぱり文化にしかできなくて、もちろん災害とか戦争とか政治にもその力はあるかもしれないけれど、でも文化はもっと純粋に、人間の人生に影響を与えられると思っていて。

──「いいトラウマ」を与えられる。

卯城:なんだかんだ言ってそれは規模の違いじゃなくて、「人間の心をどれだけ狂わせられるか」、「『いいトラウマ』を与えられるか」ということは、一番面白くて強い。規模でいえば災害や戦争、政治の影響は大きいけど、人間個人の人生にとって、文化はそれと対峙するだけの巨大な力があるんですよ。文化が与える「いいトラウマ」的なものの方が、それは「何にとっていいか?」って話ではなくて、経済とかはもちろん大きいんだけど、唯一そういうものに純粋に対抗していけるものは「人間の心」だったりするから、そこの可能性が本当に強いと思う。

林:単純に、「アートがもうちょっとだけ流行ればいい」って話だったりもしちゃうんですけど。

卯城:結局みんな人生選ぶ時にお金にいくし、それは生きていくのが簡単になるしわかり易いけど、文化が与える人生の狂わせ方って、もっとカオスを心の中に生むじゃないですか。それはたぶん、可能性を「整える」ことに対して、「無限」にまで広げることなんですよ。僕はその心のカオスに、すごい可能性を感じちゃうというか。

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Chim↑Pom「REAL TIMES」© 2011 Chim↑Pom Courtesy of Mujin-to Production, Tokyo

──「LEVEL 7」は、バンクシーってすごい言われたと思うんですが。

エリイ:twitterにはありましたね。みんな何かに関連つけたがるし、「そこにしか行き着かない日本人」みたいな感じはありますよね。バンクシー好きですけどね。絵が上手いってのが、私はすごく好き。

卯城:ウチラの場合って、スタイルとしての表現行為はしていないから。「ピカッ」も、飛行機雲を使ったけど、そういうスタイルの人は別にいるし、それぞれの作品に対してどういう効果的な手法でやるかを考えるだけで。

林:観客の設定とか、そこで共感できるというか、それは岡本太郎にも言えるだろうけど、美術館でやったら美術館にくる人に特定されちゃうじゃないですか?そうじゃない、なるべく多くの人に見せようとしている設定が、バンクシーや岡本太郎とウチラの共通点かもしれないですけど。

卯城:ウチラの中で「LEVEL 7」はスピリッツ的にグラフィティはあったかもしれないけど、それよりも壁画を描いた気持ちの方が高いというか、たぶん同じパブリック・アートとして、グラフィティと壁画が混ざってたかもしれない。

林:「明日の神話」も、渋谷のど真ん中のあんなところにあるのって、本来はメキシコのホテル用に描いたのが、死んだ後にみんなで、「どこに置くべきか」って考えてあそこにあるわけで。

卯城:見てて思ったのは、みんなのバンクシーへの引き摺られ方の方が、若干滑稽に見えたというか。「youtubeだけで終った方がいいんじゃない?」、「展覧会はいらなかった」とか言う声を聞くと、それはバンクシーのスタイルを追ってるだけのコメントだろって。

エリイ:私たち真面目なんですよね。展覧会をしたいし、するべきだし、それが仕事だと思ってるから。

──ただ逆にバンクシー人気を実感したという。

エリイ:でもバンクシーなんか昔に出てきた時から良かったもんね。

林:バンクシーもその後にちゃんと美術館でやったり、美術館に引き摺り込む姿勢がある上での覆面だったり、グラフィティだったり。

卯城:DOMMUNEでの質問で、「行為ですか、記録ですか」って質問があったけど、当り前にギャラリー用に仕上げるものは仕上げるというか、ウチラでは「アイムボカン」(2007年)がいい例。「やったこと自体が面白い」ってところから、ギャラリーで展示する時は物とビデオの構成にして、ガンダーラ映画祭用にはドキュメンタリーの映画にしたり、そういうこと。特に今回は、「REAL TIMES」展の1作品と騒動としてはかなり違う。

*「アイムボカン」=カンボジアの地雷原に訪れ、地雷撤去活動を行う人々や地雷で手足を失った人々と一ヶ月暮らし、現地の人々の協力を得て作品を制作。それをチャリティーオークションにかけ得たお金で被害者にプレゼントを贈った。

エリイ:私、バンクシーがもしイケメンだったら「付き合ってもいいのに」って思うんだけど(笑)。

──遡れば、「スーパー☆ラット」(2008年)ではピカチュー、村上隆氏と一緒に、ダミアン・ハーストが連想された気もしました。だから、Chim↑Pomとしてもいつも現代アートは意識してるのかと。

*「スーパー☆ラット」=渋谷センター街でネズミを捕獲している様子を映した映像作品と、捕えたネズミをピカチュウそっくりに加工し剥製にして展示した作品。

エリイ:あれを見て、デュシャンの便器を思い出したって人がいましたね。

卯城:それはもう完全に現代美術マジック(笑)。確かに森美術館でターナー賞展があった時、動物愛護の人にダミアンの牛と並べて批判されたことはありました。でも、オレ個人の中では、マウリツィオ・カテランみたいな、ああいうわかりやすいジョークとも思ってたんだけど。

*マウリツィオ・カテラン=イタリア出身のアーティスト。リスや馬、ロバなど生身の動物や剥製や骨を用いたインスタレーションや、実在する人物をイメージした作品やパフォーマンスを行う。

エリイ:一度武蔵美に講演で行ったことがあって、その時の先生が「黒いネズミ=ブラックから色を抜いて、漂白したやつをイエローにした」という面白い解釈をしていて、「そういうのもあるんだ」って思った。

林:「スーパー☆ラット」は最初に反応してくれた人がダンスの評論家で、オレらが渋谷でネズミを獲ってる姿をダンス評論家目線で評価してくれたのは、思いもしなかったですね。

*木村覚氏『コレオグラフィとしての都市・東京』http://db.10plus1.jp/backnumber/article/articleid/763/

卯城:「ピカッ」の時に痛感したのは、自分たちの作品がコントロールできない感じになって、あちこちで話されたり、知らないところで評論がいっぱい出たり、それで行き着いたところが一つあって。それはやっぱり、「作品が作家から一人歩きしていく」っていうことと、それを作家はコントロール仕切れないってこと。でもそれは今後の作品のことを考えるとすごくいい話。それは作家は死んでいくけど、作品は残っていくし記録は繋がっていくから。そもそも作家と社会が交わって、産まれてきたのが作品だとして、その子どもを育てていくのは社会なんですよ。作品が親離れできるかどうか。だから作家のコントロールを離れて作品に色んな解釈が出ることは基本的にはとってもいいことで、むしろ見方を固定化しちゃう方がウチラにとっては危ういというか、つまらなくなってしまう。

──「LEVEL 7」は、岡本太郎作品に何かを付け加えたと考えると、当時、完成したての「太陽の塔」の前を裸で走った、ダダカンさんがいました。

*ダダカン=1920年生まれ。本名:糸井貫ニ。日本のハプニング・アーティストの先駆者。1970年大阪万博の際に、太陽の塔の下でストリーキングを行い逮捕されるなど全裸の過激なパフォーマンスで知られる。その破天荒な生き様は、竹熊健太郎氏の『篦棒な人々』(河出書房新社)に詳しい。

卯城:秋山祐徳太子さんが展覧会の最終日に毎日新聞の取材で来てくれて、その時にダダカンさんのことは言ってましたね。

*秋山祐徳太子=1935年生まれの現代美術家。65年岐阜アンデンパンダン・フェスティバルに自分自身を出品。以後、ポップ・ハプニング(行為芸術)と称した活動を展開。グリコのパッケージに模した衣装を着たパフォーマンス・ダリコや、75年、79年には政治のポップ・アート化を目指して東京都知事選に立候補したことをも話題を集めた。

エリイ:大喜びして、ウチラのことを「かわいい」って(笑)。

卯城:それで「オレは若干インテリで考えながらやっちゃうんだけど、ダダカンはバカなんだよ」って(笑)。

アートで「本来の人間はもっと自由なんだ」ということを伝えたい(卯城)

卯城:展覧会の見方と、「明日の神話」の騒動の時の見方って違うじゃないですか。展覧会に来た人で、「LEVEL 7」だけ観て帰る人はいなくて、他のものもしっかり観てくれて。嬉しい反応は、原発のすごい近いところから関東に避難してきた人が来てくれて、「気合い百連発」観て泣いちゃったりとか。

*「気合い百連発」=地震と津波、そして原発事故による被害を被った福島の瓦礫の山の中で、Chim↑Pomを含む被災地の若者たちが円陣を組み、“気合い”を入れている様子を撮影した作品。

エリイ:原発近郊の方たちは、あそこで撮影したのを喜んでくれてますね。

林:元々、震災が起きてから何をやろうとしたかというと、「『今』をテーマにした展覧会」をやろうというのがあっての岡本太郎だったりもするんで、やっぱり全体を観て欲しいという。

エリイ:だって、岡本太郎ありきでは全然なくて、他の作品も超いいでしょう。

卯城:「LEVEL 7」がなかったら、マジで「リアル・タイム」だけな感じになっちゃうんだけど、そこに岡本太郎があることで、今飛び散ってる放射能をちゃんと歴史的に見れるというか、その視点はあの展覧会の中で必要で。

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Chim↑Pom「気合い100連発」2011 © 2011 Chim↑Pom Courtesy of Mujin-to Production, Tokyo

──Chim↑Pomの今後の方向性としては、海外の大きいマーケットにうって出たいのか、国内のシーンを構築したいのか。

エリイ:両方ですね。できてないところを底上げしたいし、もちろん外にもガンガンいきたいし。

──海外からの評価はどう感じていますか?

エリイ:いいかもしれないけど、まだまだ戦略が甘いから。

卯城:招待って感じで呼ばれるけど、基本的にそこにベースはないし。

エリイ:信条はイケイケ・ゴーゴーなんですよね。やるかやらないかで言えば、やった方がいいし、とにかくイケイケ。

卯城:バンクシーの話にも繋がるんだけど、一昨年くらいから海外に呼ばれるようになったんだけど、海外に行くと「こんな人いるんだ」って人に巡り会えるじゃないですか。何となくChim↑Pomみたいのって、youtubeとか見てる限り人類的にもっといっぱいいる気がしてたんだけど、日本には作家としてはウチラくらいしかいないし、でも海外に行くと、かなりそういう人たちが生まれてきていて。

林:どの国行っても、「お前らみたいな、こんなグループいるぞ」とか。

卯城:でもそれって、バンクシーとかゼウスとかのコンセプチュアルなグラフィティだったり、もっとジャッカスにインスパイアされた感じもいるし、ロシアにいる「ボイナ」ってグループとかは「ロシアのChim↑Pom」みたいな感じで日本に紹介されたり、中国、トルコ、ブラジルにもいるし、それはたぶん「リアルな時代」になってきてるから。まさにリアル・タイムスなんです。

*バンクシーはロシアのボイナに対し寄付を提供するなど、活動を支援している。
http://www.bbc.co.uk/news/world-europe-11982984
http://www.bbc.co.uk/news/world-europe-12645902

──世界中で同時多発的に。

林:実は。

卯城:なので、世界の話をする時は、市場の話よりも興味があるのはむしろそこ。そういう流れがもうできてきていて、たぶんもはやイギリスではダミアンよりバンクシーの方が人気があるし、あちこちでそういうリアルな人たちの流れが大きくなってきてるというか、僕は実はそこに興味があって。

林:日本にだけ仲間がいない。

卯城:でも、中国とかのそいつらもたぶんそう思ってたりして。だけど、そういう人たちはやってることがわかりやすく面白いから、ジェフ・クーンズとか村上さんとか美術のマーケットの感じとかよりも、純粋に一般に面白いのが好きな人たちにリアルに届いちゃうアートなんですよ。

──それだから、自分たちのやっていることに手応え、未来を感じている?

卯城:とはいえ、そこでウチラは絵も描くし、立体も創るし、スタイルがないから、そこに回収される感じでもないと思っている。

──この調子でChim↑Pomの活動が、どんどん社会とリンクしながら影響力を増していくと、もっと進んだところで、メンバー6人での行動の足並みが合わないということも発生しないんでしょうか?

卯城:ちょっとしたところで合わない部分は前からあるけど、やっぱりみんな「面白いもの好き」で。

エリイ:ウチラは奇跡的なミラクルな6人が集まっていると思っていて、「なかなかこうもこんな6人が集まらないな」というのを、一緒にいる時間が長いほど思うんです。目指すビジョンも、結構同じところが見えていて、それはもしかしてこれからズレるかもしれないけれど、そんなことは「神のみぞ知る」という。

卯城:「音楽性の違い」みたいなバンドがあって、それは「音楽好き」が高じてそうなるんだけど、「面白いもの好き」ってことになると、絵で「この色がたまらない」とか、音楽で「このリズムが」とかがツボではない。オレとか林って、高校で同級生だった時に勘違いして「音楽だ」って思ったんだけど……。

林:「音フェチ」ではなかった。

卯城:音楽とかパンクは入ってきて、「ボアダムズとか超面白いね」ってやってたけど、そこから宇川さんを知り会田さんを知り……、「あれ、これ『面白いのが好きなだけ』なんじゃないか」みたいな。だからスタイルとかフェチはなんでもよくて、要は「面白いものが好きかどうか」という一致点が、たぶん全員にあるんですよ。

エリイ:「面白い」って、日本語に当てはまらない「ファニー」みたいな?(笑)。ファニーだし、超スウィートだし、「So Cool」よりも、ファニーで超スウィートな……。

卯城:グレート?

エリイ:いや、もっとファニーって感じで……。

──英語は?

エリイ:全然できない(笑)。

──そして、それを全部受け止めてくれるのがアートだった?

卯城:表現のスタイルとか手法じゃなく、なんでもありのベースの中で面白いものというか。

──アートでも受け止め切れない、物足りなさは感じない?

エリイ:ないですね。だからこそ「現代美術作家」になったんだもん。全方位でいけるから。地球上に興味津々で、すべてのことに興味が湧いてしまうこの性格をどうするかっていったら、現代美術しかなかった。

卯城:「受け止めてくれる」のは、アートにはすごい歴史があるから、そういう人たちが受け止めてくれてる気はする。しかも平気で更新もできるところで、新しいことを「ポーン」とやっても、それもまた受け止めてくれるし。やっぱり、音楽ではそうもいかないじゃないですか?

──過去、音楽に相当な挫折感が?

卯城:ありますね(笑)。思い出したくもないような。

林:バレたね(笑)。

卯城:でもそれは漫画でもファッションでも、結構ルールがガチガチだったりするんだけど、アートの場合は、本当にたぶん、自由な表現だと思うんです。だからこの「自由な表現」にもっとみんなが気付いてくれると「本来の人間はもっと自由なんだ」ってことがわかると思うんですよ。

──今は自由じゃない?

エリイ:いや、今も超自由でしょう。

卯城:というか、自分の中に何か限界をつくっちゃったり、何かやろうとする時にまず「型」を決めちゃうとか、フォーマットから入っちゃったりとか、自主規制とか、空気とか、そういう、今だけじゃなくて、そもそも人間が陥りやすい「ポイント」ってありますよね。これが「不自由」か「活かせるか」ってことかもしれないけど、アートって本来はもっと自分本位で、「それでいいんだよ」って言ってくれるためのものなはずなんですよね。だから、それにもっとみんな興味を持ってくれると、「何でもいいんだよ」ってことが広まるんじゃないかと。

エリイ:人を殺すとか、誰かを傷つけるのはよくないし、もちろん一線は必要なんだけど。

──その一線を引くのは誰の役割なんですか?

卯城:さっきのダダカンさんの話に繋がるけど、現代に素っ裸で走っても「面白い」って言われる前に、許容されないというか。

エリイ:その微妙なラインは、センスだと思うんですよね。

卯城:その線引きは6人で喋ってるとできてきますね。それで、Chim↑Pomとしては「超、今」な感じで歴史に踏み込んだり、解明しちゃうとかってところで、ウチラは一番切れ味が鋭いんじゃないかと思うんだけど。

林:「俯瞰してる」みたいなところはありますね。

卯城:俯瞰してるところと、今自分達の真正面で「なんとかやらなきゃ」っていう切羽詰まった感じは、常に両方があって。それも6人で話してるからだと思うんですよ。そうすると誰かが退いて見てたり、突っ走っちゃうところもあるし、その両方ですね。

(インタビュー・文:有太マン)



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Chim↑Pom プロフィール

2005年、エリイ、卯城竜太、林靖高、水野俊紀、岡田将孝、稲岡求で結成したアート集団。「生と死」をテーマにした作品や、現代社会に全力で介入した社会的メッセージの強い作品で評価を得、国際展への参加や今年開催された「アジア・アート・アワード」で日本代表に選ばれるなど、海外からの注目も高い。2010年3月には初の作品集「Chim↑Pom」(河出書房新社)が刊行された。
公式HP




有太マン プロフィール

有るがままに太い男で有太マン。
思い返せば、2000年にNYの美大を卒業し、01年帰国直後におこった911に突き動かされ、 NY現地アーティストたちの作品を集めて紹介する活動で定着したライター業が、現在の本業。
この311は日本、世界をどこに導くか。僕らが、どこへ導けるか。




大阪/Chim↑Pom展「REAL TIMES」
2011年6月20日(月)~27日(月)

会場:スタンダードブックストア心斎橋 カフェ
アクセス:大阪市営地下鉄 御堂筋線『心斎橋駅』7番出口徒歩5分
大阪市営地下鉄 御堂筋線『難波駅』24番または25番出口徒歩5分
月~土11:00~22:30 日11:00~22:00
期間中無休

▼【大阪】Chim↑Pom「REAL TIMES」2011/6/20-27【心斎橋】


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