骰子の眼

cinema

東京都 千代田区

2011-06-24 17:00


[CINEMA]ある男の3つの旅の物語──『BIUTIFUL ビューティフル』クロスレビュー

イニャリトゥ監督が19歳の時に観て衝撃を受けた黒澤明監督『生きる』へのオマージュ作品
[CINEMA]ある男の3つの旅の物語──『BIUTIFUL ビューティフル』クロスレビュー
(C)2009 MENAGE ATROZ S. de R.L. de C.V., MOD PRODUCCIONES, S.L. and IKIRU FILMS S.L.

『バベル』以来、4年ぶりとなるイニャリトゥ監督の最新作。余命2カ月と宣告された男が、残された時間を他人のために使おうと懸命に生きる……あらすじだけを聞くとお決まりの話かと思いきや、そこは何層にも重なるプロットがトレードマークのイニャリトゥ作品。とうてい1つの解釈では終わらない物語となっている。ただし複数の街・複数の主人公が交錯している前3作(『アモーレス・ペロス』(1991)、『21グラム』(2003)、『バベル』(2008))と比べ、本作の時間軸は直線的で、バルセロナを舞台に一人の男の心理描写に焦点が当てられている。監督は「音楽的に言うと『バベル』がオペラならば『BIUTIFUL ビューティフル』は鎮魂歌」と語っている。メキシコ人のイニャリトゥ監督が捉えたバルセロナは、1990年代以降に多くの移民が住むようになった折衷的な街であり、われわれ日本人にはなじみのないバルセロナの影の面が描かれている。そのざらついた空気感を映し出したのは、イニャリトゥ全作品でタッグを組み、アン・リーの『ブロークバック・マウンテン』(2005)やペドロ・アルモドバルの『抱擁のかけら』(2009)なども手がけている撮影監督ロドリゴ・プリエトだ。

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(C)2009 MENAGE ATROZ S. de R.L. de C.V., MOD PRODUCCIONES, S.L. and IKIRU FILMS S.L.

ハビエル・バルデム演じる主人公ウスバルが、ほぼ全てのシーンに登場する。ウスバルは、不法移民に仕事を斡旋するチンピラながらも彼らを法律から守ろうとし、粗野で単純でありながら霊的能力を持つ。こうした矛盾ゆえに、残されたわずかな日々は心安らかになるどころか、あわただしく苦悩に満ちた時間との闘いになる。監督とバルデムは、ウスバルについて、3つの別々の旅をしている人物という設定で入念に話し合ったという。すなわち、体は外界で生活の糧を模索し、心は家族を求め、魂は不在の父親を捜しているのである。それぞれの旅路が相反し、死の間際にも絶えざる葛藤を生む。ウスバルという役に全身全霊をかけて命を吹き込んだバルデムは、本作でカンヌ映画祭最優秀男優賞を受賞した。容赦なき現実を前にしても、ウスバルの深遠な瞳の奥で瞬く希望に、観る者は心を揺さぶられずにはいられない。



映画『BIUTIFUL ビューティフル』
6月25日(土)、TOHOシネマズ シャンテヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国ロードショー

バルセロナの片隅で生きるウスバル(ハビエル・バルデム)は、妻と別れ2人の幼い子供たちと暮らしていた。日々の糧を得るために、あらゆる仕事を請けおい、時には非合法な仕事をも厭わずに働いた。しかしある日、ウスバルは自分が末期癌に侵されていることを知る。彼に残された時間は2ケ月。家族に打ち明けることもできず、死への恐怖と闘いながらも、愛する子供たちのために残された時間を生きることを決意する。終わりを知ったものだけが見せる、力強く美しい人間の姿とは。

監督・脚本・製作:アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ
出演:ハビエル・バルデム、マリセル・アルバレス、エドゥアルド・フェルナンデス
配給:ファントム・フィルム
148分/スペイン・メキシコ合作/スペイン語/ビスタサイズ/ PG-12

映画公式サイト

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