(C)2011映画『マイ・バック・ページ』製作委員会
全共闘、ベトナム反戦運動や安保闘争全盛の1969年から1972年を舞台に、新聞社で週刊誌編集記者である妻夫木聡演じる主人公と、松山ケンイチ扮する梅山という男が企てる銃奪取計画、そして駐屯地での自衛官殺害事件を描く映画『マイ・バック・ページ』。文芸・映画評論家の川本三郎が自らの体験を綴ったノンフィクションを原作に、先輩である熊切和嘉監督の『鬼畜大宴会』(1998年)のアンサーと言うべきテーマを映画化した山下敦弘監督と脚本の向井康介氏に、自分たちが産まれる前の出来事を作品にすることについて話を聞いた。
主人公が単なる孤立していくだけの話にしたくなかった(山下)
── 60年代後半から70年代前半にかけての安保闘争、全共闘運動がテーマになっていますが、この時代を描くことについて、自分がまだ生まれる前の時代を題材するということについて、どんな思いで取り組みはじめたのですか?
山下:原作に出てくるキーワードの『ファイブ・イージー・ピーセズ』や『真夜中のカーボーイ』とか、僕もそういう映画が好きだったので、正直学生運動というところよりも、自分が楽しめる部分としてサブカルチャーについての興味が最初にあったんです。そういったところで共感できるから、映画のなかでも出せるかなというのが入り口だったんですけれど、やっていくうちにだんだんそういうところがなくなってきて、という感じですね。結局、学生運動や自衛官殺害事件について取り上げなきゃいけないなと気付いてから、ちょっと腰が重くなってきたというか(笑)、どうやら大変だぞと思い始めたのが最初の段階でした。
山下敦弘監督
── 山下監督なりのアメリカン・ニューシネマを撮りたかったということですか。
山下:そうですね、川本(三郎)さんが女の子とふたりで『ファイブ・イージー・ピーセズ』を観に行ったというエピソードとかがあって、スクリーンのジャック・ニコルソンをふたりが観ているような絵を撮れるんだと漠然と思っていたら、権利の問題でポスターのみってなってしまったんです(笑)。銀座をデートしている雰囲気まで考えていましたけれど、銀座に見えるところもないし。向井とも言っていたんですが、鈴木いずみさんが出てくるエピソードとか、麿赤児さんが近所にいたりといった当時の阿佐ヶ谷の雰囲気とかは、僕も荻窪に住んでるのでいいなぁと思ったんです。けれど結局、今回映画には一切出てこなくなってしまいました。
向井:僕も映画は好きだったんですけれど、どっちかというとATGとかもう少しさかのぼって若松(孝二)さんといった日本映画が好きなのがあって、漠然とした憧れはあったんです。この当時の音楽も好きでした。そこを入り口にするしかないなと思っていたんですが、原作を読んでみたら、どんどんそういうところがなくなっていって、最終的には事件のことについて深く入っていかないといけなかった。こういったタイプの映画は時代を描かなきゃいけないみたいなところがあるんですけれど、時代よりも事件のほうにいきたいなと。自分たちにこの映画を描け、と言われてもきっと描けないだろうなという、そこの諦めというか開き直りはあったんですよね。
── 途中から転換があり、風俗を突き詰めるのではなくて、事件性をどう捉えていくかという方向に進んでいったんですね。
山下:薄々は僕も向井も事件を描かなきゃいけないと思っていたし、というよりも、最初沢田という主人公が挫折して、大手新聞社という組織で孤立していくというのはドラマチックだと思っていました。それで話を作っていけないかな、と思ったんです。だけど沢田だけを描いていって、単なる会社の中で孤立してくだけの話だと、やっぱり違うんだろうなと。そこで梅山という人物をもう少し描かないと、と思ってから、最低限の知識を入れないとなと思ったんです。特に向井はそうした文献をけっこう読んでいて、それを横で読ませてもらったりしつつ、なんとなく、この事件はなんだったんだろういうということを考えていきました。
それから、川本さん本人に会ったのも大きかったです。原作でもそうですけれど、あそこの逮捕のところが川本さんがすごい怨念がこもってるので。力強いんですけれど、ふたりで脚本を書いているときから、結局物語としては会社をクビになる経緯は書いてあるんですけれど、川本さんの怨念しかないと感じて、それを映画にしても面白くないぞと気づいたんです。それで、向井が川本さんに会ったときに、自衛官が死んだことについて少し触れたとき、川本さんがやっぱり言葉に詰まったんです。それを聞いたときに、これが映画の軸かなと思いまいした。
向井:それから川本さんは、懐かしそうにこのKという人の話をしていました。調べていくと、面白いんですよね。なぜ彼が惹かれていったのかが、川本さんとお会いしたときにちょっと解った気がしたんです。それが糸口だった気がします。
── 沢田と梅山の関係を丁寧に描いていくことで、自然と時代感は出てくれば、と思った?
向井:そうなればいいなぁという感じくらいでしたけどね。
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これは照れてる場合じゃないなと思った(向井)
── 松山ケンイチさんが演じている梅山が、その理由は明かされないけれど、なにかにとりつかれたように、ものすごい情熱を持って運動にのめりこんでいく仮定が描かれていきますが、彼がそのようにせきたてられていた理由はどこにあると思いますか?
山下:向井と脚本を書きながら言っていたのは、こういう人って時代やジャンルは違っても、いることはいるよなって。だから、人を巻き込むやつ、一見むちゃくちゃなんだけど信念だけはあるタイプはいるというのは思っていました。
向井:そういう人間の周りに集まる人たちは、もれなくボロボロになっていくんですね(笑)。僕らの周りにもひとりいたんですよ、よく引き合いに出していたやつがいたんです。
山下:みるみるうちにスタッフが減っていくんですよ(笑)。
向井:でも誰かぜったい一人残るんですよ。
山下:それこそ数年後戻ってきたり。あいつの魅力ってなんなんだろうと考えたりしましたよ。あと僕も向井も好きな70年代のロバート・デ・ニーロが『タクシードライバー』『レイジング・ブル』『キング・オブ・コメディ』でやったキャラクターとか、むちゃくちゃやってるんだけれど、映画として魅力的な人物っているよな、みたいなことを考えていたので、梅山のキャラクターについては、作っているときは比較的楽しんでいたんですけれどね。
── 梅山の人物造形は、今までの映画と違う面白さだったんでしょうか?
山下:逆に言うと、梅山は今までの延長、とまではいかないですけれど、今までの僕の作品のキャラクターに近い感じがするんです。けれど他のキャラクターは想像して書かなきゃいけない、作っていかなきゃいけないというところが難しかった。それこそ僕はサラリーマン経験もないですし、組織のなかで上から言われて孤立するとか、解らないですからね。もう一回『クライマーズ・ハイ』観ようかみたいな(笑)、それくらいでしたからね。
── 向井さんはこの『マイ・バック・ページ』が完成して、これまでの山下監督作品と比べて、新境地だと感じる部分は?
向井:それまでやってこなかったことしかしていない、ぐらいのことはあったので。だって、笑わすこともできないし、はぐろかすこともできない。いつも、わりと斜めから見た感じでいろんなことをやってましたけれど、今回はそれじゃだめだろうなというのは感じていました。最初は茶化すつもりだったんですよ。でもね、これは照れてる場合じゃないなと思ってからは、これまでとは違うものになるし、だからこそこの物語を選んだんだろうなというのはありました。
山下:向井は毎日現場に来ていたんですよ。だから、完成して「こういう映画だったんだ」ということでもないと思います。一緒に作っていったので、現場で、こうなるであろうというのは解っていたと思うし。それから、妻夫木くんが今回はこういう映画なんだと、ちゃんと理解していました。今まで山下と向井はこういうことをやってきたけど、今回は違うんだというのは、脚本と原作を読んで解っていたと思います。
向井:だから現場で、妻夫木くんと松山くんに、山下くんが演出をつけいるのをモニターの側で見ていると、自分たちの映画じゃないみたいな、不思議な感じがして楽しかったですね。
── 今までの山下監督の作品だと、ふたりの登場人物のちょっとした気まずい距離感もそのまま撮ってしまうようなところが特徴としてあったと思うんです。けれど今回の 『マイ・バック・ページ』はそうしたシニカルなところは自然となくなっていったんですね。
山下:そうなんですよ。脚本ではけっこう残っていたんですけれど、編集しているうちに、そういうところがきれいになくなっていったんです。そして、そのほうがしっくりきたんですよね。段階ごとに編集を見させてもらっても、やっぱり今回はそういう映画だったんだなって。
── 松山さんと妻夫木さんをはじめキャストとスタッフが、ひとつの殺人事件にフォーカスしていくことの重さに自覚的だったということなんですよね。
山下:僕は特にそうだったと思う。単純に、この当時生きていた沢田や梅山という人間は真剣だったんだろうな、というのがあって。その当事者たちの真剣さが伝わらないと、お客さんもぜったいついていけないくらい、自衛官殺害事件ってすごく難しい事件というか、人が一人死んでいる事件なんですけれど、ただその事柄だけを見せていくとぜんぜん伝わらないだろうなと。編集で、いつもどおりの僕らのやっているような雰囲気が少しでも出ると、急にこの事件自体が違った見え方になってしまう。だから編集で早々にそういうシーンは切りましたね。
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ラストの沢田のあの消化できない顔が必要だった(山下)
── 梅山という人物は突出した例だと思いますけれど、70年代の前半という時代は、一般の人も含めて政治に対して不信感を持っていたり、抗うパワーを今の時代より持っていたんじゃないかと、そうした空気をこの映画からも感じます。現在の社会とリンクする部分や、逆に客観的に見られた部分というのはありましたか。
向井:熱いとか盛り上がってた、というのも、戦後に生まれた人だったとしたら69年ならちょうど青春時代じゃないですか。それは自然と熱くなるでしょ、というのは思っていたんですよ。今の日本の状況は死にかけですけれど、その頃は、なんでも考えることができたし、どういう未来もこの人たちのなかでは描けたし、僕はやっぱり羨ましかったですよ。
山下:当事者の気持ちは解らないですけれど、それこそアメリカン・ニューシネマを観ても、若い人たちがパワーを持って、認められていた時代だった、それは映画でも音楽でもいろんなところで感じられると思うんです。もちろんそのなかに政治運動もあって、若いだけで、という言い方はあれですけれど、別に学生運動をしていなくても、パワーと楽しさがあったんだろうなと思います。
向井:やっていないことが無数にあるみたいな状況じゃないですか。今はなにもかもやってしまったし、明るい未来を想像できないし。
山下:こんな音楽があるんだ、とかこんな芝居ができるんだ、とか。それはもちろん今の時代にも繋がってる……。
向井:もちろんそう思ってやらないといけないんですけれどね。
山下:川本さんの原作を読んでもそれは感じたし、ラインプロデューサーの大里(俊博)さんは学生運動はしていなかったけれど当時をよく知っていたんですが、当時の新宿の話を聞くと、面白そうだと思いますけれど、そこに完全に乗っかれるか、100%憧れるかといったら、そうでもないこともあって。ただ、単純に共感できなくても、画面から真剣さが伝わるように我慢してもやんなきゃいけないというか。自分の温度差とは違う芝居や違うアクションをしなくてはいけないということは初めてだったので、大変でした。妻夫木くんを演出するときは、「ちょっと無理してるのか、俺」とまで思いました。妻夫木くんもそれをのみこんできちんとやってくれたと思いますけれど。
向井:違う筋肉を使ったね(笑)。
山下:編集をやっているときも、使命感、という感じでした。途中何回も「これ面白くないな」ってぜんぜん頭に入ってこないときがあったんです。今まで以上にそういう瞬間がありました。でもラストで、沢田がひとり居酒屋で泣いてしまうという、あそこに行き着くことだよな、と。そこまでをきちんと描いてあそこに行き着くかしかないなと思ったんです。
── あの男泣きのシーンは脚本に最初からあったんですか。
向井:そうですね、シナリオでもいちばん二転三転したところなんです。
山下:でも正直、泣く、というよりも、沢田の顔なんだよな。もし涙がでなくても、それはそれでよくて、要はあの消化できない顔というのが必要だったんですが、妻夫木くんがきっちりやってくれたので、こういうことなんだ、って終われたんです。
(インタビュー・文:駒井憲嗣)
山下敦弘 プロフィール
1976年、愛知県生まれ。高校在学中より自主映画制作を始め、95年、大阪芸術大学映像学科に入学、熊切和嘉監督と出会い『鬼畜大宴会』(1997年)にスタッフとして参加。その後同期の向井康介、近藤龍人と共に短編映画を制作する。初の長編『どんてん生活』(1999年)以後、『ばかのハコ船』(2002年)『リアリズムの宿』(2003年)等を経て、『リンダ リンダリンダ』(2005年)でロングランヒットを記録。『松ヶ根乱射事件』(2006年)に続き手がけた『天然コケッコー』(2007年)は、第32回報知映画賞監督賞、第62回毎日映画コンクール日本映画優秀賞をはじめ数々の賞に輝いた。
向井康介 プロフィール
1977年生まれ。大阪芸術大学在学中に熊切和嘉監督『鬼畜大宴会』の照明、編集助手を担当。その後山下敦弘監督との共作で数々の脚本を担当する。2007年、『松ヶ根乱射事件』で菊島隆三賞を受賞。
『マイ・バック・ページ』
5月28日(土)より 全国ロードショー
出演:妻夫木 聡 松山ケンイチ
忽那汐里、石橋杏奈、韓英恵/中村 蒼/長塚圭史、山内圭哉、古舘寛治、あがた森魚、三浦友和
監督:山下敦弘
脚本:向井康介
原作:川本三郎『マイ・バック・ページ』(平凡社刊)
音楽:ミト(fromクラムボン)、きだしゅんすけ
主題歌:「My Back Pages」 真心ブラザーズ+奥田民生(キューンレコード)
企画・制作プロダクション:WOWOW FILMS、マッチポイント
制作協力:ビターズエンド
配給:アスミック・エース
2011日本/カラー/141分/ヴィスタサイズ/ドルビーデジタル
公式サイト
公式ツイッター
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