『レイキャヴィク・ホエール・ウォッチング・マサカー』より
6月4日(土)公開のアイスランド産スラッシャー・ムービー『レイキャヴィク・ホエール・ウォッチング・マサカー』。本作の脚本を担当したのは、ビョークとの長年のコラボレーショでも知られ、詩人・小説家としても欧米で高く評価されているシオン・シガードソン。ホラー映画マニアだという才気煥発な彼に、製作の舞台裏を聞いた。
──あなたは小説家、作詞家、脚本家などさまざな顔をお持ちですね。
はい。でも割合としては小説の執筆が一番多いです。
──作詞家としては、ラース・フォントリア監督の『ダンサー・イン・ザ・ダーク』(2000年)でビョークが歌った「I've Seen It All」(※ラース・フォントリア、ビョークと共に2001年アカデミー賞歌曲賞にノミネート)が有名ですね。他のビョークの歌も作詞しているのですか。
ええ。「バチェラレット」、「イゾベル」、「Joga」、「オーシャニア」(※2004年夏季アテネオリンピック公式テーマソング)などの歌詞を提供しています。
──独自の世界があるビョークに歌詞を提供するのは難しいのでは。
僕らは10代の頃からの知り合いで、当時から一緒に音楽や文学やビジュアルアートを作っていたんです。いわば同じバックグラウンドを共有しているわけです。だから、自分に近い参照軸を持った彼女と組むのは、とてもやりやすいことなのです。
シオン・シガードソン
──『レイキャヴィク・ホエール・ウォッチング・マサカー』は、最初にタイトルありきだったとお聞きしました。
そうです。先に良い題名から始めるのは、映画製作でよく用いられる方法ですから(笑)。最初に20ページほどの詳細なトリートメント(※主要場面の構成やカメラ位置などの概略をまとめたもの)を作りました。殺しの正確な描写までは書いていませんが、基本的なアイデアはそれに入っていて、その後で僕が会話や描写を加えふくらませて脚本に仕上げたのです。
──『悪魔のいけにえ』からインスパイアされた部分が大きいのですか。
そうですね。仕事を失い路頭に迷った一家がいるという大筋は一緒です。『悪魔のいけにえ』では屠殺場を営んでいた家族でしたが、『RWWM』では捕鯨業の家族で、脚本とはそんなふうに書くものです(笑)。殺される側の人間たちをおびきよせるには、この場合、ホエール・ウォッチング船に乗せるのが手っ取り早いだろうと。それから『RWWM』では大っぴらには描いていませんが、食人一家という点も一緒です。あの不具の弟が観光客に売っているのは、人骨で作った小さい鯨です。直接的には説明していないですけど、そういう設定にしています。
──撮影されたのは2008年ですが、脚本はいつの時点で書かれたのですか。
2004年には書き終えていました。捕鯨が再開されてしまって、映画自体ご破算にしようと思いましたよ(笑)。それは冗談ですが、筋書きは変えずにいくことに決めました。
──アイスランドでは1987年から20年間、商業捕鯨は一切禁止だったということですが、ホエール・ウォッチング・ビジネスも台頭してくるのですよね。
はい。港に行くと、こっちにはホエール・ウォッチング船があって、あっちには捕鯨船があるという状況で。つまり、氷原を前にして矛盾が生じたのです。そして、それは現実に起きている問題という意味で、シナリオには有効でした。アイスランド社会のリアルな矛盾なわけですから。誰もが一方では成長産業のホエール・ウォッチングを誇らしく思っている。しかしもう一方で捕鯨の民としての伝統は守りたい、外国からとやかく言われたくない、と思っている。そういうパラドックスがアイスランド人の中に実際にあるわけです。僕にとって映画にリアルな事象を入れることは重要なのです。この映画では、殺す側がエイリアンとか突然変異した生物とかではなく、現実的な不安を抱いている人間です。彼らの怒りには正当な理由があるのです。破産した彼らにはあの船しかない。父親も失った兄弟は、あの船で育ったのです。
『レイキャヴィク・ホエール・ウォッチング・マサカー』より
──アイスランド人は捕鯨とホエール・ウォッチングとどちらの支持が多いのですか。
両方です。これはアイスランド人の国民性で、すべて欲しがるのです。ケーキを食べたいけど所有もしたい、だから2つ欲しいという(笑)貪欲さがあります。この映画は、どちら側かのプロパガンダではなく、ニヒルな目線で中立の立場をとっています。だから観光客も厄介者に描いているのです。われわれは映画を観ているとき、自分が好きになれる登場人物を無意識に探そうとしますよね。でも、登場人物が自分勝手なので、観客心理としては複雑になるのです。だから、この映画のレビュー記事を読んでいると、「いったい、どのキャラクターを支持すればいいのか」とよく書いてあります。たとえば、「エンドウについていこう」と思っても、次のシーンで彼女がとんでもなく利己的な行動をする。登場人物の中では船長はまともな人間だけれど、もちろん死にます。映画が始まって30分ぐらいで、あのイカれたフランス人に殺されてしまう。観光客が取り残される必要があったので、物語上、最初に船長を殺したのです(笑)。僕にとってこの物語は、ひとつずつ展開を追っていくという技巧的な面で、書くのが非常におもしろかったです。この手のスラッシャー映画では、起こらなければならない展開がはっきりしているわけです。観客も虐殺が起こるのを期待しながら観ていますから、虐殺シーンまでたどり着かなければならない。
──黒人の観光客も善人ですよね。
彼は映画に欠かせないアクション・ヒーローで、采配を振るって人を救い、あわやキスシーンか思いきや、自分はゲイだと告げる(笑)。しかも物語の後半近くになって。観客は「エッ?!」となりますよね。この映画は何もかもねじれているというメッセージの一つです。
──エンドウを生存させることは最初から決めていたのですか。
はい。アネットとエンドウを比べた場合、アネットは傷つきながら常に品行方正でいようとして海上で息絶える。彼女はナイーブ過ぎて、死んでもしかたがないと思えてしまうキャラです。エンドウは小さくて弱々しく見えますが、彼女は突如として、最下層から抜け出す可能性を見つけます。とても興味深い人物なので、彼女は物語の最後まで見とどけたいと思いました。エンドウは同時にアンチヒーローでもあります。あの夫婦からは気の毒な扱いをされるし、彼女はこれまでの人生ずっと使われる立場にいたのかもしれない。だから今こそ自分が人を使う機会だと思った。この映画は、善人は生き残り悪人は死ぬみたいなメッセージを伝えたいのではなく、ブラックユーモアですから。生き延びるためならどんなチャンスも逃さないというネガティブな話です。アイスランド史上、最もネガティブな映画です(笑)。
『レイキャヴィク・ホエール・ウォッチング・マサカー』撮影風景
──アイスランド初のホラー映画なのですよね。
幽霊の映画は20年くらい前に1本あった気がしますが、ホラー映画はこれが初です。血飛沫が上がったりするスプラッターの特殊効果も、アイスランド映画では初めての試みでした。
──アイスランドでの観客の反応はいかがでしたか。
好き嫌い両方に分かれました。アイスランドにはエクスプロイテーション映画の伝統がないので、多くの人が受け止め方に困惑したのだと思います。冒頭のクラブのシーンからして、アイスランド人にとっては居心地悪かったでしょう。これまで、フレンドリーでナイスな国民だと、アイスランド人は自負してきましたから。ただ、この映画は金融破綻の前に撮影したので、われわれは予見していたのです。今やアイスランド人は世界の悪者になってしまった(笑)。それから、いつも真面目な小説を書いている僕が脚本なので、観客は深みのあるアーティスティックな物語を期待したという面もありますね。ただ、若者の多くは好意的に受け取ってくれたと思います。
──パート2も構想されているとか。
やりたいと思っています。生き残った遠藤が再び登場するかもしれない(笑)。次は『アマゾン・ホエール・ウォッチング・マサカー』にしてもいいですね。この間、息子とアマゾンに生息するカワイルカという鯨のドキュメンタリーを観たのですが、アマゾンでもそのカワイルカを見に行くホエール・ウォッチング・ビジネスがあるらしいのです。何年か前に[本作プロデューサーの]イングヴァールが、あの船を金色に塗って巨大なディスコにする計画をしていたことがありました。だから、大まかなストーリーとしては、ブラジルに住んでいる4番目の弟がアイスランドに戻ってきて、母親と兄たちを埋葬する。そして、あの船でアマゾン川のデルタ流域まで行き、船をディスコに変える。船上ではアガサ・クリティ的な殺人事件が起こる。「そして誰もいなくなった」も、9人の殺人場面をぜんぶ見せたらスラッシャー映画になりますから。アルゼンチンの秘密警察とか、リッチなロックスターとか、面倒な登場人物をいろいろ新たに登場させて。アマゾンでは船から逃げても、ジャングルの方がもっと地獄です。ピラニアやワニ、ヘビとか人間より危険な生物に襲われる危険がある。生き残るには、船にとどまって人を殺すしかない。
エンドウ役の裕木奈江さんと
シオン・シガードソン プロフィール
1962年レイキャヴィク生まれ。10代の頃からアイスランドのアートシーンに関わり、これまでに13冊の詩集と7冊の小説のほか、戯曲、絵本などを出版。小説は23ヶ国語に翻訳され、文学賞の受賞経験も多数。
『レイキャヴィク・ホエール・ウォッチング・マサカー』
6月4日(土)より銀座シネパトス、新宿K's cinemaほか全国順次公開
ホエール・ウォッチングのため、世界中から観光客の集まるアイスランド、レイキャヴィク。あるよく晴れた日、6組の乗客を乗せていつものように観光船は出航した。しかし不慮の事故で突如船長を失った観光船は、帰港する術をなくしてしまう。そこへやってきた家族経営の捕鯨船が、取り残された観光客たちに救いの手を差し伸べるのだが、それが恐怖のシナリオの始まりであった……。
監督:ジュリアス・ケンプ
脚本:シオン・シガードソン(『ダンサー・イン・ザ・ダーク』サウンドトラック作詞家)
プロデューサー:イングヴァール・ソルダソン、ジュリアス・ケンプ
音楽:ヒルマー・ウーン・ヒルマソン
出演:ピーラ・ヴィターラ、裕木奈江、テレンス・アンダーソン、ミランダ・ヘネシー、ガンナー・ハンセン、他
2009年/アイスランド/90分/英語
配給:アップリンク
公式HP
公式twitter
▼『レイキャヴィク・ホエール・ウォッチング・マサカー』予告編
【関連記事】
・アメリカで"俳優"という仕事をすること。裕木奈江+渡辺広+デイヴ・ボイル監督が語る、インディー映画制作奮闘記(2011-02-10)
・連載:裕木奈江のレイキャヴィク・フィルム・メイキング・ジャーニー