ビョルン・メルフスの展示風景。
東京・港区の国立新美術館で『アーティスト・ファイル2011―現代の作家たち』が開催されている。
『アーティスト・ファイル2011』展は、国立新美術館が現代のアーティストの新しい表現を紹介することを目的に2008年よりスタート。学芸スタッフの丹念なフィールド・ワークを通して、現代を象徴するラインナップとして選出。多様なメディアを通した多彩な形態、それぞれの問題意識に関しても多岐にわたるが、いずれも観客にリアリティを再考させる作家ばかりとなっている。とりわけ今回は近年のグローバリゼーションと決して無関係ではない現代アートを象徴するように、国境を越えて活動を続ける海外のアーティストを多くフィーチャーしていることを特徴とする。
鬼頭健吾の展示風景。
会場は、それぞれのアーティストごとに区切られており、アーティストの個性をじっくりと堪能することができるポイントとなっている。マイラー・テープとプラスチック製のストローを用いた2つの大規模なインスタレーションを発表するタラ・ドノヴァンや、大量のスカーフがはためく大がかりなインスタレーションに挑んだ鬼頭健吾、ユーモアとおどろおどろしさが混在した大がかりなビデオ・インスタレーションを出品するビョルン・メルフスなど、個の連なりが現代アートの充実を象徴するような構成となっている。現代美術の記録としての重要性と同時に、もっとシンプルにアートに触れ親しむことのできる展覧会としてもぜひ注目していただきたい。
なお、来る5月18日(水)は「国際博物館の日」につき、無料観覧できる。この機会に、次のアートシーンを担うアーティストたちの個性を感じてみてはいかがだろうか。
クリスティン・ベイカー
クリスティン・ベイカー《ワン・ピラミッド・ナイン・フェイス》2010年 アクリル/PVC
(c) Kristin Baker, Neil Wong Collection, Photo Farzod Owrang, Image courtesy The Suzanne Geiss Company
1975年、コネチカット州スタンフォード生まれ。ポリ塩化ビニール板やアクリル板などの硬質な支持体に、スキージー(ゴム製や樹脂製のへら)やナイフでアクリル絵具を大胆に塗りつける独自の手法で、カーレースや事故の瞬間などスピード感のある主題をダイナミックに描き、一躍注目を浴びる。具象と抽象、幾何学的な形態と有機的な形態、直線と曲線、静的なものと動的なものといった両義的な要素が絶妙なバランスのうちに凍結されたその画面は、大きなスケールと目の覚めるような鮮やかな色彩によって、観る者を圧倒する。
バードヘッド
バードヘッド《無題》2010年 ゼラチン・シルバー・プリント
1979年、中国・上海生まれのソン・タオと1980年、中国・上海生まれのジ・ウェイユィという上海美術工芸学校出身のふたりにより2004年に結成。中国を拠点に様々な展覧会に参加し、2007年には作品集「Birdhead 2006 Album」も発表した。1980年代の改革開放政策以降、近代都市へと急激な変貌を遂げた上海の日常生活を、簡易なカメラで撮影。都市が内包する混沌としたエネルギーとそこに暮らす若者たちの戸惑いや孤独をテーマに、中国の現状を素直に現している点が高く評価されている。
タラ・ドノヴァン
タラ・ドノヴァン《無題(マイラー・テープ)》2008年 金属化ポリエステルフィルム (c) Tara Donovan,
courtesy The Pace Gallery, Photo by Dennis Cowley, courtesy The Pace Gallery
1969年、アメリカ・ニューヨーク生まれ。プラスチック製のカップや楊枝、ガラス、タール紙など、身近な素材を大量に用いたインスタレーションや立体作品で知られる、アメリカで今もっとも注目される作家の一人。ひとつの素材をある法則にしたがって集積することにより、素材に秘められた特性が思いがけない形で露わになるとともに、多様な自然現象を想起させる作品は、崇高で詩的な美しさを放つ。
岩熊力也
岩熊力也《reverb(無頭のスフィンクス、逃げるウサギ、偽ウサギ)》2007年
アクリル/ポリエステル、木枠 高橋コレクション蔵 撮影:末正真礼生 写真提供:コバヤシ画廊
1969年、東京都生まれ。木枠に張られた透過性の高い薄いポリエステル布を支持体とする作風を特徴とする。光沢がある皮膜的なポリエステル布には、油彩やアクリル絵具、あるいはラテックスやポピーオイルなどの画材が浸透して、半透明の広がりを形成し、そのなかからおぼろげな形象が浮かび上がる。動物や樹木、そして近年では山水画を思わせる山岳風景などの、始源的なイメージを作品のモティーフに選ぶ。
鬼頭健吾
鬼頭健吾《無題》2010年 展示風景:「pig ment」展 ベルリンの廃屋にて 2010年
Courtesy of Gallery Koyanagi
1977年、愛知県生まれ。2000年以降、日本の現代美術に台頭してきた新世代を代表する作家の一人で、近年、海外にも活躍の幅を広げている。フラフープやチューブ、傘、扇風機、雑誌の切抜きなど、身近な素材を用い、インスタレーション、平面、立体と様々なメディアに及ぶ作品を発表。美術作品と分かちがたく結びついてきた精神性や物語性を排除し、日常の小さな愉悦が増殖し支配する、一種のパラレルワールドのような、きわめて表層的かつ中心を欠いた、無限の空間を生み出す。
松江泰治
松江泰治《ALTIPLANO 100676》2010年 ビデオ (c)TAIJI MATSUE Courtesy of TARO NASU
1963年、東京都生まれ。砂漠、山岳、丘陵、そして都市といった世界各地に拡がる様々な地球の表面を、独自の視点で切り取り写し出す。画面全体が均質かつ克明に写し出された俯瞰的な風景は、実在するものであるにもかかわらず、観者の遠近感やスケール感を麻痺させ、観者は現実の空間とは異なる、時間さえもがそこには存在しないかのような非日常的な世界へといざなう。
ビョルン・メルフス
ビョルン・メルフス《夜番 | ナイトウォッチ》2010年 ビデオ・インスタレーション (c) Bjørn Melhus
1966年、ドイツのキルヒハイム・ウンター・テック生まれ。現在ヨーロッパでもっとも注目すべき映像作家の一人として、世界中で活躍している。私たちの無意識に染み付いている音やイメージの記憶、とりわけ、大衆文化を担ってきたアメリカの娯楽番組やハリウッド映画を、制作の大きな着想源とする。本人が演じる映像作品は、独特のユーモアとともに、メディアと社会の関係、また、メディアが個人に及ぼす影響について再考を促す。
中井川由季
中井川由季《受け止めるために沈み込む》2009年 陶 撮影:林雅之
1960年、茨城県生まれ。筑波山中腹にアトリエをかまえ、自然からインスピレーションを受けた有機的で温かみのあるクレイ・オブジェを手がける。数ヶ月をかけ、紐づくりによって立ち上げられる作品は大型のものが多く、その存在感は現代美術におけるサイト・スペシフィックなインスタレーションの文脈にもつながる。作家活動の開始当初より、新進の女性陶芸家として注目をあつめ、その後も、彫刻家が自主運営するユニークな野外彫刻展、「雨引の里と彫刻」に毎年参加するなど、意欲的に活動を続けている。
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『アーティスト・ファイル2011―現代の作家たち』
2011年6月6日(月)まで開催中
毎週火曜日休館
開館時間:当面の開館時間は次のとおりとなります。
10:00~18:00(入館は17:30まで)
※金曜日の夜間開館は当面見合わせております。
※5月18日(水)は「国際博物館の日」のため観覧無料
会場:国立新美術館 企画展示室2E
東京都港区六本木7-22-2[地図を表示]
主催:国立新美術館
お問い合わせ:ハローダイヤル 03-5777-8600
特設ウェブサイト