骰子の眼

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2011-05-01 02:50


アジアン・カルチャー探索ぶらり旅【第2回】:大量消費都市・香港でアート・カルチャーを発信する場所

コントリビューター山本佳奈子さんが香港のおすすめカルチャー・スポットを紹介。
アジアン・カルチャー探索ぶらり旅【第2回】:大量消費都市・香港でアート・カルチャーを発信する場所
香港と言えば!の頭上に突き出た看板。

香港の彌敦道を走るバス車内から。香港と言えば…、私は即「攻殻機動隊」を思い出したのですが、皆さんはいかがでしょう。

3/16から4/2までは香港に滞在していた。恥ずかしながら、上海-香港の便が国際線となることにいまさら気づいた。中華人民共和国と、香港特別行政区と、中華民国は、「中国」の2文字で済ましがちだが、まったく違う。中国大陸では見れないfacebookやtwitterがここ香港では見れるし、街中で「ジャスミン革命!」「アイ・ウェイウェイに自由を!」と言っても連行されないのが香港。そして旅行者には一番大事な、ビザなし滞在期間が違う。中国大陸には14日間しか滞在できないのに、香港には90日間も滞在できる!だからと言って香港到着を楽しみにしていたわけでもなく、アジアの中では物価が高いのでちょっと乗り気ではなかったのだ。
香港到着の次の日、さっそく気になっていた香港のレコード屋「White Noise Records」に行ってみた。マネージャーに「香港の現代音楽、実験音楽、エレクトロなどでおすすめのアーティストのCDはどれ?」と聞いてみると、相当困った顔をされ、「香港は、そういうのないよ。」と言われた。インターネットで調べていた感触では、香港には東京並みのアートシーンがあるんじゃないかと思っていたのに。私はがっかりし、1週間程度で香港を出てバンコクへ行こうかと考えていた。それが、いろいろな偶然により情熱を持った香港人たちに出会い、彼らと会話し意思を共有・理解していくことによって、香港での日々が素晴らしいものとなった。予定を変更して18日間滞在した。18日間の滞在を通して、レコード屋のマネージャーに言われたように、確かに香港にシーンはないと感じた。だが、出会えた人たちは、日本と同じくあらゆる人・モノの個性がなくなっていく香港で、その状況と向き合って戦っている人たちだった。今回の連載は1都市1回で考えていたのだけれど、香港はとても1回におさまりそうにないので2回にわけて書く。今回は黒川良一氏のオーディオ・ヴィジュアルコンサートの様子と、私が選ぶ香港オススメカルチャースポットを。次回は香港で出会った人との会話を中心に紹介したい。

2011年3月17・18日の2日間行なわれた「FLOW」というイベントに映像・音響アーティストの黒川良一さんが出演していた。場所は地下鉄MTR樂富駅近くの香港兆基創意書院(HKICC Lee Shau Kee School of Creativity)という学校内のMULTI-MEDIA THEATRE。
http://www.creativehk.edu.hk/new/index_en.html

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マルチメディア・シアターの前の広場、開場前の様子。ぞくぞくと人が集まってくる。

チケットは180香港ドル。約1,800円。20pmとフライヤーに書いてあったので、19:45ぐらいに到着した。少しするとかなりの人数が集まってきた。盛況している。集まっている世代は、20代前半から30代ぐらい。仕事帰りか、スーツを着ている人もいる。一人で来ている人もまあまあ多い。開場し並んでいた列が進む。誘導のスタッフも5、6人いて、席には中央から詰めるように誘導される。ほぼ中央、後方の席に座る。約300席ぐらいの客席がほぼ埋まっている。隣の女の子2人に少し話しかけてみると、特に黒川さんを知っていたわけではないけれど普段から芸術関係のイベントはチェックしていて今日のイベントを知ったとのこと。これだけ人が集まっているからには一般の人にもアートに関心があるのかと思ったが、彼女たちいわく「私たちは芸大卒だしアートに興味があるけど、一般の人はアートについてあんまり興味を持っていないし知らないよ」とのこと。ということは、アート好きに対しての充分なプロモーション・告知がなされているということか。私が日本から来たこと言うと、彼女たちはすぐに「家族や友人は大丈夫?」と心配してくれた。ありがたい。

最初は地元香港のNerve+npoolの公演。こちらも素晴らしかったので、世界のどこかでもし彼らの作品を見る機会があればぜひ。舞台転換のために一度観客全員が外に出され、10分ほどしてまた入場。そしてすぐに黒川さんのコンサートが始まった。今回のオーディオ・ヴィジュアルコンサートは3面スクリーンに映し出される「Rheo」。

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Still from "Rheo" (C) RYOICHI KUROKAWA

以下は私の所感。有機的で無機質。自然の風景とデジタルな線描が見事に調和している。言葉で表現できないとは、このこと。美しさと迫力、息を飲む繊細さに圧巻。香港のアートファン達も、この音と映像の斬新な美しさに驚いているように見えた。事実、後日出会った香港の若いアーティストも3月17日の黒川さんのコンサートを体験して「これほどにまで映像と音が融合した作品に初めて出会った。衝撃を受けた」と絶賛していた。原始的な自然風景が象徴的に映し出されていたが、最後にスクリーンに映し出された映像は、人間が作った人口の街のビルの風景だった。自然も人工もアナログもデジタルもすべてが並列化しているように思えた。その映像は間もなく消え、終演。最後に映し出された「pray for Japan」の文字。とても美しくて、涙が出そうになった。このような素晴らしいアーティストと同じ日本に生まれた事を誇りに思った瞬間だった。ひと呼吸置いて、大きな拍手が起こった。

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Still from "Rheo" (C) RYOICHI KUROKAWA
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Still from "Rheo" (C) RYOICHI KUROKAWA

そして、公演終了後の撤収作業中に、ヨーロッパ、アジア、そして全世界でインスタレーションをされている黒川さんにアジアのアートの状況について少し聞いてみた。




──お疲れさまでした。素晴らしいコンサートでした。少しアジアのアートについて聞かせてもらえますか。

実は香港にはシーンないみたいですね。中国(大陸)や台湾にもコンサートやインスタレーションで行ってるんですけど、そこで香港の話になると『香港はまだまだだよ』ってよく各地のオーガナイザーが言っています。

──そう、そうみたいですね。私も香港のレコード屋のマネージャーにそう聞いてがっかりしていたところです。シーンがないといえども、今日ほぼ満席ですよね。すごい。会場の設備のクオリティも素晴らしいですし。芸術にもしっかり投資されているように感じます。

そうですね。昨日も同じぐらいの客入りでほぼ満席でした。香港にはシーンはないようですが、これだけお客さんが入ったのはやっぱりオーガナイザーが頑張ってくれたんだと思います。設備に関しても、お願いしていた機材はすべて用意してくれましたし。この会場もファンデーションがしっかりしているみたいです。

──台湾のほうがもっとメディアアートや最先端アートのシーンがあるということを噂に聞いています。やっぱり台湾のほうがお客さんからの反響とかは大きいですか?

香港はまだお客さんがこういったアートに慣れていない印象です。台湾のほうがこういうアーティストも多いんで、お客さんも慣れています。

──昨年のアルスエレクトロニカでのゴールデンニカ賞受賞後はどうですか?アジアに限らず全体として活動しやすくなりましたか?

いや、そう思うでしょ?それがそんなことないんです。有名でわかりやすい賞ですけど。まあ、こんなもんかと思って…。むしろ、あれから敬遠されてオファーが減った気もします(笑)。

──ではもっといろんな所で黒川さんのアートが体験できるように宣伝します(笑)。

ぜひお願いします!

──ちなみに、いろいろな国で活動されている黒川さんにぜひお伺いしたいのですが、アジアでアートを体験するのにおすすめの国や具体的な場所はありますか?

台湾も面白いですけど、シンガポールも面白いですよ。僕はまだ出演してないんですけど、2008年にはISEAというエレクトロニックアートのフェスティバルがシンガポールで開催されました(ISEA2008)。あと台湾でのおすすめは、95年頃から交流のある台湾人キュレーターが立ち上げたアート施設です。
台北當代藝術中心 - Taipei Contemporary Art Center( http://www.tcac.tw/
現代美術館で働いていた、まだ30代半ばの女性なんですが、独立して仲間たちと小さな美術館をオープンしました。台湾に行ったらぜひ行ってみてください。今日はバンコクからわざわざ見に来てくれたオーガナイザーもいますし、これからのアジアのアートシーンに期待ですね。




今回の素晴らしい企画は、香港のキュレーターOrlean Laiさんによるものだった。彼女は以前にも高木正勝氏や明和電機を香港へ招致している。
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黒川良一 プロフィール

視覚と聴覚を操り、新しい共感覚的体験を導く作品を制作するアーティスト。テートモダン、ソナー、トランスメディアーレなど著名な美術館やフェスティバルに招聘され、インスタレーションやコンサート作品を国際的に発表している。2010年アルスエレクトロニカでデジタルミュージック/サウンドアート部門でゴールデンニカ受賞。
http://www.ryoichikurokawa.com




ただ、前述の通り、香港ではこういった質の高いイベントが日常茶飯事に体験できるわけではない。そこで、私が選ぶ香港の“数少ない”オススメカルチャースポットを紹介しておこう。現時点では、これらを押さえておけば、アンダーグラウンドな音楽、質の高い映像アート、メディアアート、現代アート、映画、本・雑誌……そのあたりの情報を得ることができる。次回に具体的に紹介するが、香港はまさに個性を奪われた大量生産・大量消費都市。若者は一様にiPhoneを持ち歩き、若者に限らずみんなテレビが大好きで、広東ポップをカラオケで歌い、芸能人のゴシップが一番の話題。映画館はシネコンばかり。がっかりしながらも発掘した以下の名スポット!この狭い香港でインディペンデントにアート・カルチャーを発信しているスペースなんてごくわずかなのだ。そもそもそういうスペースやイベントが少ないので、香港のクリエイターたちが集まりやすいという利点もあるのだが。
webDICE読者の皆様、以下は自信を持っておすすめします。香港へ旅する機会がありましたらぜひお立ち寄りください!

・問答無用!アジアのアンダーグラウンド音楽はここで探せ!
White Noise Records( http://www.whitenoiserecords.org/

香港でただひとつのアングラミュージックストア。マネージャーのGary氏は日本の実験音楽からアイドルまでなんでも知ってます。彼と3時間半にわたり屋台で飲みながら話した会話は次回に紹介する予定。ポストロック、ノイズ、現代音楽、その他ジャンルに関わらずとにかく面白い音楽を。具体名を出せば、toe、大友良英、ボアダムス、J.A.シーザー、さらにはなぜか「さわやか3組」コンピレーションまで(もちろん日本以外のアーティスト、特にヨーロッパ・中国大陸ものもたくさんある)。

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実は最初なかなか見つけられずに迷った。でもビルの名前を確認してやっと見つけた。この入り口とビル名が目印。看板等は出ていない。
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狭い店内だが充分。昔、神戸の元町にもこれぐらいのサイズのレコード屋がたくさんあったな、と懐かしくなった。

・香港のクリエイター、若手アーティスト、香港カルチャーの傾向はここでチェック!本・DVD・映画関連グッズ・CDショップとカフェ
KUBRICK( http://www.kubrick.com.hk/

観塘にもあるようだが、私がよく行ったのは油麻地のKUBRICK。北京のMOMAや杭州にも店舗があるようだ。油麻地の店舗では、Broadway Cinemateque(百老匯電影中心ーブロードウェイというシネコン系グループの映画館─ http://bc.cinema.com.hk/en/main.jsp )の建物内にある。音楽・映画関係のショップと、カフェ・本のショップに分かれている。目の前はマンションで、学校帰りの子供が遊んでいたり、買い物帰りのお母さんたちが立ち話をしていたり、おじいちゃんが散歩していたり、のどかな風景。そんな風景を眺めながらカフェでポットティーを飲んでいると時間があっという間に過ぎる。コーヒーはフェアトレード、日曜日にはカフェ奥のスペースで朗読会、また、本のみならず若手アーティストの雑貨類も販売していて、発信することを重要視している店だと感じた。

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こちらは本・カフェの外観。
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DVD&CDショップ。DVDは超有名作品からマイナーなドキュメンタリーまで。CDもジャズからエレクトロまで様々。
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これが一番驚き。日本で公開された映画のフライヤーがここで販売されてます!一枚10~30香港ドル(約100~300円)くらい。UPLINKの『スプリング・フィーバー』も『未来の食卓』も発見。日本じゃ、タダなのに……。

・香港唯一(本当です)のライブハウス。
Hidden Agenda( http://hiddenagendahk.com/

定期的にライブがあるわけではなく、ライブのあるときだけ開いている。香港に来る機会があればぜひwebでイベントをチェックしてみてください。海外からも多数アーティストが来ている。ほとんどの人がここへ行くのに迷うらしい。私はそう聞いていたので地図をしっかり予習しておき無事たどり着いた。ビル名と通りの名前はちゃんと控えておいた方がいい。迷って人に聞こうにも工場街なので夜は人が少ない。

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Hidden Agendaは6F。この恐怖のリフトに乗る。階段の方が怖いのでリフトに乗りましょう。
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ここで行なわれた北京のバンドHedgehogのライブ。ちなみにこのバンドものすごくかっこ良かった!

・社会問題と向き合う気鋭のギャラリー
活化廳 - wooferten( http://wooferten.blogspot.com/

ウーファーテンは、映画『ANPO』が香港国際映画祭で上映されたときにfacebookを通じて知り合ったアーティストに紹介してもらったギャラリー。そのアーティスト、エリックは音楽制作をしておりError Wrong名義で活動している。先ほどのHidden Agendaにもインドネシアの音響系アーティストが出演した時にサポートとして出演していた。そして、このギャラリーで働く女の子、ヤンとも仲良くなり、香港滞在中にはエリックとヤンと3人で延々と「日本と香港の社会・アートの違い」を話した。このギャラリーのボスもヤンも英語を話すので、ある程度英語が大丈夫ならいろいろ説明してもらえる。天安門、今回のジャスミン騒動、香港内での問題など、いろいろ風刺にしていて面白い。さらには奥でせっせと竹と色紙で大看板「花牌(ファーハイ)」を作っている師匠がいて、この師匠はいまでは数少ない花牌の技術者なんだそう。盂蘭節という香港のお盆に不可欠なものだそうだが、昔は新店オープンや中国歌劇の祝賀兼宣伝看板として全長10メートル以上もの花牌も作っていた。今では製作依頼も少なくなってしまったそうだが、思考をこらして手のひらサイズの気軽なお祝いミニ花牌も作っている。師匠の仕事風景や、香港の社会事情、アーティストたちの社会・政治との関わり方が見たければ、ここは情報がたくさん集まったギャラリーとなるだろう。

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ギャラリーの外にも絵やポスターが飾られるwooferten。通りに面した外に貼られた「茉莉花運動」のポスター。
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花牌の一部。この花牌は中国全土ではなくの南中国の文化らしい。師匠はこのギャラリーで作業し始めてから「戦義為公而=the fighting for public」というような政治運動のための花牌も作っている!面白い!

・香港でメディアアートを見るならここしかない!
HongKong Arts Centre( http://www.hkac.org.hk/

香港にはギャラリーは多数あるが、そのなかでもメディアアートを重点的にじっくり見れるギャラリーとなるとここだろう。東京NTTのICCを10分の1ぐらいの規模にしたようなギャラリー。ただ常設展があるわけではないので、前もって企画展のスケジュールは確認しておいたほうが良い。あと、毎月第3金曜に1Fのロビーでフリーライブをやっている。これも毎回出演者やジャンルが変わるが、海外からアーティストを招くこともあるので要チェック。

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ふらっと立ち寄ったときにちょうど見れたメディアアートの企画展にて。

以上、香港第1回目のルポでした。バンコクに滞在しながらこれを書いていて、涼しく過ごしやすかった香港が恋しくなった。

連載に載せられなかった情報はexciteブログに少しずつ載せています。
http://yyyyyyy.exblog.jp/




■山本佳奈子 プロフィール

http://www.yamamotokanako.net/
webDICEユーザーページ
http://www.facebook.com/profile.php?id=100000221122782
http://twitter.com/#!/yamamoto_kanako
webDICE キューバ紀行(2010.5.11~2010.8.16)

1983年兵庫生まれ、尼崎育ちの尼崎市在住。高校3年のときにひとりでジャマイカ・キングストンを訪れて以来、旅に魅力を感じるようになる。その後DJ活動、ライブハウス勤務などを経て、2010年、念願だったキューバ旅行を実現させる。
世界のすべての人々の最低水準の暮らしが保証されること、世界の富を独占する悪徳企業が民主の力によって潰されることを切に願っており、自ら一つのメディアとなって情報発信することにも挑戦している。


キーワード:

上海 / 黒川良一


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