1時間以上歩いてここまで近づいた氷土。朝日が凄まじく神聖、空気が清浄。地球に感謝。
6月4日(土)より公開となるアイスランド産スラッシャー・ムービー『レイキャヴィク・ホエール・ウォッチング・マサカー』。今回は、撮影オフの日に行ったヨークルスアゥルロゥン氷河湖(アイスランド南東)への小旅行の様子を、裕木奈江さんが写真とともに伝えてくれます。
Offの日に
撮影も半分以上は進んだ頃にやっと3日間の完全OFFがでたので、レンタカーを借りてアイスランドの南側へ行くことにした。永久氷土と瀧を見たかったのだった。相変わらず分厚い雲が重々しくかぶさっていたけれど、とりあえず走り始めた。
しかしレイキャビクから東南へ向けて2時間以上は走った頃、左前輪のタイヤがパンクしてしまった。脇に寄せて確認、間違いなくパンクだった。それまでタイヤ交換を一人でした事がなかったので、とりあえずレンタカーのオフィスに電話をかけるがお互いアクセントが強くてなかなからちがあかない。だいたいナビがないので、今どこかを説明できないのだ。地図を頼りに地名の見当をつけて読むのだけど、伝わらない。噴火で有名になったEyjafjallajokullの手前あたりなのだけれど、この地名はヨーロッパの各ニュースショーでも発音が文字から推測できなくて、アナウンサーが口ごもる様子がまたニュースになったくらいなので、当てずっぽうで発音できない。イタリアだったらローマ字読みをすればなんとかわかって貰えるのに、と落ち込んでいるうちに日が暮れてきてしまった。
暮れると言ってもかなり遅くまでは明るく、そして早くから明るくはなるので車で眠ることもできるな、と自分を励ます。
車内にさえ居れば虫さされや獣も気にしなくて良いし……といっても虫もなにも見かけないのだけど……何より危険で警戒しなくてはいけない生き物はやはり人間なので、ヘッドライトの範囲に入らない位置まで車を道からよけられればいいなと辺りをうかがっていると向こうから1台車がやってきた。
「どうしたの?」とカップルが出てきて聞くので、パンクしたので人を呼ぼうかどうしようか迷っている、というと、タイヤ替えればいいんじゃないかな、手伝うよ、と言ってくれた。そう、何より親切で助けになるのも、また人間。彼らは新婚旅行中だそうで、ゆったりと優しい空気が二人の間を行き交っている。スペアタイヤに履き替え、お礼を言ってさよならをした。ありがとう、どうかお幸せに!彼らは町へ、私はさらに自然の中へ。
アイスランドの夏の夜、少し見上げたくらいの高さのまま沈まない太陽。
しかしパンクで予定よりもかなり時間が経ってしまったため、予約していたホテルに着くまえに夜中になってしまった。街灯も月光もない暗闇をひたすら走っていると眠気が襲ってくる。雨も降り始め、運転し続ける事が困難になってきた。車を止め、部屋のキャンセルの電話を入れる。位置確認の為に標識のあるところまで走りまたとまるとHOTELの表示があった。道の右側は島の南側の海、左は山になっていて、その山のどこかにホテルがあるらしいのだけれど……と、とりあえずずるずるとローギアで山道を登ると幾つかのバンガローが見えてきた。車をとめ、オフィス、とある建物に入ると夜具姿の初老の女性が出てきた。今夜は相部屋ならある、というので、女性のみであることを確認して代金を払う。部屋には4つの、シングルベットより更に小さいベットが壁際に並んでいて、2人の女性が寝転んで話していた。一人はスペインから、一人はアイルランドから観光に来ているのだそう。自己紹介の後明日の予定を話すと、アイルランドからの女性が同じ方角へバスで行くというので乗せて行ってあげることにした。スペインからの子は風邪を引いてしまったので休むと言った。
氷土エリアにも夏の緑。純白と緑が折り重なる景観。物音も生き物の気配もない。自分しか生き物がいないから恐怖もない。まるで死ぬ前に死後の世界に来てしまったよう。
翌日朝食を終えて出発、目的地はヨークルスアゥルロゥン(Jokulsarlon)という氷河。間違いようもない一本しかない道を世間話をしながら運転していると、左前方の山並みにある氷土が朝日を受けて夢のように光り輝いているのがみえてきた。
「ねえ、すごいね」「すごい」「あそこに行ってみたくない?」「いいね」と意見が合ったので車で行けるところまで近づいてみるが途中から道が酷くなり、昨日のパンクでスペアを使ってしまっていることもあり駐車して歩くことにした。
ところが歩いても歩いても目的の氷土に近づいている気がしない。すぐそこに見えているのに、結局1時間以上も歩いてしまった。その間に、彼女がアイルランドのカフェで働いている事、旅が好きで、最近好きになった人は旅の間ルームシェアしていた好青年だっただけれど、相手は彼女が居る訳でもないのに自分に手を出してくれなかったこと、親の期待もあってそろそろ子供が欲しいし、結婚もしたいのだけど、ちょうど釣り合いの取れた相手が回りに居ない事、などを話してくれた。
やっとたどり着いた氷土は滑らかで、白い岩のようだった。触ってみたかったけれど、たどり着いた場所と氷土の間は崖になっていたのでそれ以上は進めなかった。
そのあとまた1時間かけて車に戻り、ヨークルスアゥルロゥンに到着。観光客が結構多く、カフェも賑わっている。黒い砂の海岸には3階たての家ほどの大きさもある氷がゴロゴロと海へ流れてゆき、うまく沖まで行けなかったカケラや流し戻されたものは海岸でじっと青く埋まっていた。
雄大でおおらかな自然のエネルギーに満たされた素晴らしい朝でした。
本当に、これだから人生はやめられない。
ヨークルスアゥルロゥン。黒くて軽い砂のビーチにはソーダ色の氷の固まりがごろごろ。
(写真・文:裕木奈江)
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■裕木奈江 Flickrページ
『レイキャヴィク・ホエール・ウォッチング・マサカー』
6月4日(土)より銀座シネパトス、新宿K's cinemaほか全国順次公開
監督:ジュリアス・ケンプ
脚本:シオン・シガードソン(『ダンサー・イン・ザ・ダーク』サウンドトラック作詞家)
プロデューサー:イングヴァール・ソルダソン、ジュリアス・ケンプ
音楽:ヒルマー・ウーン・ヒルマソン
出演:ピーラ・ヴィターラ、裕木奈江、テレンス・アンダーソン、ミランダ・ヘネシー、ガンナー・ハンセン、他
2009年/アイスランド/90分/英語
配給:アップリンク
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