骰子の眼

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東京都 ------

2011-04-13 23:20


ニコニコ動画からデビューを果たしたピアニスト、ピアニート公爵が語るクラシックとニコ動の親和性

amazon、オリコンチャートでもトップを記録。ニートなピアニストがニコ動での活動に託した可能性とは。
ニコニコ動画からデビューを果たしたピアニスト、ピアニート公爵が語るクラシックとニコ動の親和性

クラシックをベースにした優れたピアノ演奏と編曲の技術により、ニコニコ動画で高い再生回数を誇ったとある楽曲。それをアップした人物が、実はニートであることを告白したことからユーザーたちにピアニート公爵と名付けられ、ニコ動の人気者となった。そんな風変わりな経歴を持つピアニスト、ピアニート公爵の初となるアルバム『Singularity シンギュラリティ(特異点)』は、4月5日付オリコン・クラシックアルバム・デイリーチャートで1位を獲得し、amazonのクラシックチャートでも首位を記録している。ポップ・ミュージックのシーンではニコニコ動画初が新たなヒットの定石として定着している現在、クラシックのフィールドで活動していた彼がなぜニコニコ動画というプラットフォームに魅力を感じ、作品を発表することになったのかを聞いた。

ニコ動にものすごい熱気を感じたんです

──ウェブで自分の作品をアップすることになったきっかけからお聞きしたいのですが、ニコニコ動画の存在を知ったのはいつくらい?

できて直後くらい(2006年)から「ニコニコ動画というものができたらしい」という話はみかけていて、積極的に訪れるようになったのはたぶん2007年の春くらい、『ニコニコ動画(β)』として再オープンして少し経った頃だと思います。大学院を出た1年後でした。

──大学院を出てすぐ、プロの道で演奏活動をしようとか、海外に行こうといったプランがあったのですか?

具体的にどうというのはそれほど思い描いていたわけではなかったです。大学院を出て演奏活動で食っていくというのはクラシックの世界はほんとうに一握りの人にしか叶わないことなので、ありうるとしたら、とりあえず勉強を続けながら、そこそこの年齢に達したらどこかの大学の講師になって、みたいなこと、そういう道かなって漠然と思っていたんです。
同じ大学のピアノの人たちは、僕が大学院出たときに留学していたり、地元に帰って就職したり、そういう人が多かった。演奏で食べていこうとすると、伴奏の仕事がメインになるんですけど、僕はそこまでたくさん引き受ていたわけではなかったので、ツテもそれほど広がっていかず、院まで終わったけれど、どうしようかな……という感じでした。

──そこでニコ動を知って、音楽家として新しい表現の場ができるという期待があったのでしょうか?

そこまでは考えていなかったんですけれど、最初の「蒼い鳥」の編曲ができたときに、これをちゃんとピアノで演奏できたらと思ったんです。ちょうどゲームの『マリオ』のテーマをピアノで弾くというのが流行っていて、面白いと思った。それをアップした人もちゃんとクラシックを勉強していて、その後ゲーム編曲であちこち仕事をしている様子もあったので、僕もやってみようと思ったんです。

──ゲームの曲をピアノアレンジにするというのは、ご自身にとってチャレンジでもありましたか?

ニコ動を観はじめてからいちばんはまったのがアイドルマスター(シュミレーションゲームの人気作品で、プレイヤーがプロデューサーとなりアイドルを育成していくもの)の動画だったんです。そこでは、プロとしか思えない人たちが遊んでるなという感じがあって。みんなクオリティの高いものを上げていて。それも実際はプロでやっていく人やあるいはプロじゃなくてもすごい技術を持っていて、もてあましているような人たちが、時間をかけて金にもならないこと、しかも著作権的にもちょっとやばいことをやって遊んでいるというのは、おもしろい世界だなと、ものすごい熱気を感じたんです。
結局、それまで持ってなかったXbox360と一緒にソフトを買うくらいアイドルマスターというゲームを気にいったんです。曲を聴いていたら、アイドルマスター「蒼い鳥」のマスターバージョンというのが非常にクラシック然としたアレンジになっていて、こういうタイプの曲だったら自分の守備範囲だなという気がしたので、これは編曲したらこの曲を活かした演奏が自分にはできるだろうと思って。「蒼い鳥」の編曲は非常に原曲に忠実にできたので、これは元の曲を知っている人は少なくとも楽しんでいただけるだろうなと思いました。

──それまでのクラシックのフィールドとはぜんぜん違う音楽の場に出会って、可能性とともに新しいことができるんじゃないかという気持ちが?

そこまで深く考えていたというよりは、ただ楽しんでいたという方が強いかもしれないです。実際やってみて、楽譜に起こしたときに、これはしっかりしたものができたんじゃないかと感じたのですが、結局編曲ができてから実際に録るまでに時間がかかったんです。ちょうどその時期はちょっと仕事もあったのでかまけていて、曲を上げるのが年末になってしまったんです。だから最初はニコニコという表現の場がどうというよりは、アイドルマスターで盛り上がってる人たちの輪に加わりたい、そういう感覚でしたね。当時、週間アイドルマスターランキングというのが人気動画としてあがっていて、そのランキングに載るくらいいけばいいなと思っていて。ところが僕が動画を上げたときには演奏動画は集計対象外になっていて(笑)、ちょっと悲しかったです。でも幸いすごい話題になったので、年末特番みたいな動画では取りあげてもらえて。これでニコニコのアイドルマスターを楽しんでいる人たちにもリーチしたかなという感覚があって、嬉しかったですね。

──ここまで受け入れられるということは予想していましたか?

していなかったですね。アップする動画を録るにあたってすごいの録ってやろうという気持ちはなかったといえば嘘になるんですけど、ニコ動にあがっているいろんな「演奏してみた」を見ていたなかで、いかにもクラシック的な編曲でやってる人というのはあまり見かけなかった。なので珍しがってもらえるんじゃないかという期待はあったんです。演奏自体は、スタジオを借りて録りに行ったんですけれど、これじゃあちょっとクオリティがだめだなぁと思って、でもせっかく録ったからと上げてみたら、次の日大変なことになっていて。動悸が止まらない、どうしようみたいな(笑)。

──原曲のクラシックっぽさとピアニートさんが持っていたクラシックの素養が偶然合わさったというのも、人気が出た要因なんでしょうね。

相性がいいと思ったからこそやったということもありますね。クラシックの耳で「蒼い鳥」マスターバージョンを聴くと、間奏とかバロック風というか対位法的な書き方をしていて、ニヤニヤしちゃうんです。

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──ピアノアレンジにするときは、すべて譜面に起こすんですか?

そうですね、ピアニート公爵の作品として出すからには。ほんとうに単純なアレンジだったらそこまでしなくてもいいんですけれど。

──その「蒼い鳥」の反響から、どんどん自分の作品をアップしていこうと?

あまり積極的にはやってなかったですね。ただ何度も来てくれて、「新作も聴きたい」と言ってくださるコメントもあったので、次のを出すまでに、結局半年くらいかかったのかな。でも、ほんとうにコメントつけてくれるというのは心強くて、大きいことだなと思います。

──アルバムに関しても、クラシックビギナーにもすごく入り口として入りやすい楽しさが感じられたのですが、そうした目論見はもともとあったのですか?

今回のアルバムはそれがあるといいなと思っていて、自分でクラシックを紹介する立場になりたいという考え方はあまりしていなかったんですけれど、「ニコニコ大百科」に記事を書いてくださった方が「クラシックを紹介したという意味でも貢献があった」ということを書いてくださって、そういう風に評価してもらえた記事に触発されて、考えだしたという面もあるかもしれないですね。

──ニコ動の時報であったり、ショパンの曲と巨人の星のマッシュアップであったり、クラシックを聴いてみたくなる動機付けとしておもしろい選曲です。

僕は自分の演奏会にしてもかなり趣味に偏った選曲をしていたので、自分の好み、嗜好をそのまま出して演奏するという意味では、普段の活動とも共通性はあったのかもしれないです。もちろん、人から頼まれた仕事だとこの曲を弾いて下さいということがあるんですけど、幸い売れっ子の立場ではなかったですし。

──資料の解説にもありましたが、ピアニートという名前もユーザーからの声で命名されたり、ピアニートさんとニコ動のユーザーとの関係がクラシックの時代の貴族と音楽家の共存関係と似ているということがあって、非常に興味深かったんですけれど、ユーザーと一緒に作っているという感覚はありますか?

そうですね。名前をつけてもらって10万再生ごとに爵位をあげようとか、勝手にそういうことが生まれてくるというのはすごい面白くてありがたい話だなと思って。そういうところは楽しんでいましたね。

古い音楽も新しい音楽も平等に誰でも手に届く位置に残っていく

──CDのリリースと比べると、ニコ動で音楽を発表し続けることは、作品ができたらすぐにアップできるという自由度がある一方で、パッケージとしての魅力を伝えることができないといった制約もあると思うのですが、今回アルバムを作ってみて、あらためて感じたことはありますか?

廃れない曲をやりたいなという気持ちは常にあるので、そのとき流行っている曲とかで一緒に盛り上がろう、といったニコニコ動画という場に対する視点は十分ではないと自分で思うところはあって。でもニコニコ動画って、チャージマン研とか、たまに古いアニメがワッとブームになることがあるじゃないですか。そういう意味では、時代を超越した場とも言えるんじゃないか。瞬間的なブームもたくさんあるけれど、それだけじゃなくて、データとして残っていく分、古いものも新しいものも平等に誰でも手に届く位置に残っていくところは、クラシックの世界と親和性が高いんじゃないかという気がするんですよね。
クラシック音楽ってあまり新作は演奏されなくて、18世紀から20世紀前半までの曲ばかり弾いているという印象がみなさん非常に強いと思うし、実態としてもそういう面はあると思うんですけれど、それは結局なにかというと、みんな自分の好きな曲をやってるからそうなってしまうという部分がある。
そう考えると、そこまで表にでるかたちでのムーブメントになるかは解らないんですけれど、ニコニコ動画のふと古い動画が上がってくるのと同じかたちで、クラシックばかりで固められているんじゃなくて、同じような場所に引っ張り出されて、いいものはいいものとして、今までと違う尺度で受け入れられる素地ができたらいいなと思うんです。

──このアルバムの選曲もポップスとクラシックの楽曲が同じ土俵で鳴っているところは、今のニコ動をはじめとした音楽の楽しみ方というか、あるべき姿という感じがするんです。

初めてアルバムを作るというときに、こんな選曲でいこうというのはどのように考えていたのですか?

今回はニコニコ動画発で出すというので、ニコニコで人気になった曲は入れたいというのがあって、許諾が出るか心配だったんですが、デビュー作の「蒼い鳥」はぜったいに入れたかったんです。1曲クラシックもやりたいなということで、自分の好きな曲を入れたいということでベートーヴェンのピアノソナタ第32番を入れました。

──ジャケットも含めて、ばかばかしいことをものすごく一生懸命に高いクオリティでやるとさらに面白いものになるんだなというのを感じました。

ほんとうに全力で遊んでやったぞという感じはあります。そういうものをちゃんとバックアップして出していただけるというのは、嬉しいです。レコーディングも、スタッフとレコーディング・エンジニアと中心になって場所を決めて、クラシックのレコーディングに使われるホールで行いました。

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自主制作ではここまでのクオリティでは録れなかった

──ところで、インディペンデントで活動したり、自主制作でCDを制作したり、という道は考えなかったのですか?

ちょっと考えたこともあったんですけれど、あまり活動的な柄じゃなというのがいちばん大きいと思います(笑)。

──ではそこは、ドワンゴ・ミュージックと一緒に作っていこうという決意で?

それに今回はスタッフのレコーディングの方も経験豊富なベテランの方をそろえていただいて、おかげでサウンドのクオリティはすごくいいものを録っていただいたので、そういうところを含めて、自主でとか、請け負いますみたいなところで頼んでだと、なかなかこうはならないと思います。

──最後に、アルバム・タイトルの『シンギュラリティ』というのはどういう意味なのですか?

技術的特異点という、科学技術が進歩していった先に、コンピューターの知性が人間を越えていくことで、科学の発展が我々には予測できなくなる、という見解なんです。最近科学者の間でもてはやされている概念ですね。

──その言葉をタイトルにしたのはどんなとこから?

技術的特異点という言葉自体が、人間の未来とかなにか賑やかなものを目指しているワクワク感も含めて好きだったんです。このアルバムのタイトルとしては、「ここにしかないもの」というところの意味で使いました。だからクラシックの伝統として磨かれてきたものと、ニコニコ動画という新たに出てきたムーブメントが交差したときの交点にある、そういうとらえ方をしてもらえたらいいのかなと。さらに、ニコニコ動画からこうしてアーティストが出てくるという現象自体をうまく表させるんじゃないかと思ったんです。

(インタビュー・文:駒井憲嗣)



ピアニート公爵 プロフィール

東京藝術大学、同学院を修了。重厚で格式高いがために敬遠されがちだったクラシックピアノ演奏の世界を、アイドルマスターや巨人の星、ニコニコ動画時報といった身近な題材を扱うことでニコニコ動画ユーザーに入り込みやすいように紹介し、なおかつ高度な演奏によって感動をも与えたピアニスト。作者コメント欄で「僕(ニート)」と告白したことから、「彼は働く必要のない貴族なのだ」など様々な憶測を呼び、ピアノとニートを爵位を合体させた名前ピアニート公爵と呼ばれるようになった。2011年4月6日にデビュー・アルバム『Singularity シンギュラリティ(特異点)』をリリースした。




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