村山華子『カレイなる家族の食卓』(松山公演)より 撮影:senba
コンテンポラリー・ダンスと社会との接点を目的として活動しているNPO法人ジャパン・コンテンポラリーダンス・ネットワークが現在、ダンス作品の制作環境整備のためのプロジェクト『踊りにいくぜ!! II(セカンド)』を全国を縦断して行っている。ダンスインレジデンス(ダンス・カンパニーを一定期間ある土地に招聘し、その土地に滞在しながら作品制作を行わせる)による作品制作プログラムとして、新しい作品のアイデアを全国公募より3作品選出する『ダンスプロダクション・サポートプログラム』、そして松山、鳥取、八戸、福岡の各公演開催地で、地元の出演者を募って作品制作を行うアーティストを全国公募又は、推薦より各地1名ずつ選出する『リージョナルダンス・クリエイションプログラム』の双方を実施。3月4日、5日に伊丹、そして3月11日、12日に東京での公演を控え、今回はJCDNディレクターの水野立子さんに、このプロジェクトの意義、そして現段階でのてごたえについて聞いた。
ダンスインレジデンスで作品の密度が変わる
── 『踊りにいくぜ!! II』で試みられた全国でのダンスインレジデンスですが、普段の活動拠点とはことなる場所でのクリエーションや地域の人々との交流は、実際のそれぞれの作品にどのような成果が出ているとご覧になりますか?
まず、今回Aプログラム『ダンスプロダクション・サポートプログラム』で新作のアイデアを募集して通った人が皆、拠点が東京だったんです。カンパニーとしてずっと活動している人達ではなく、この作品のためにメンバーを集めたり、ユニットみたいなかたちで結成して応募してきた人達が大半でした。まだアーティストとして生活できるわけではなく、他の仕事やバイトをしていたりする状況なので、仕事が終わってから夜3時間とか、細切れの時間しか制作時間が取れないわけです。そういう状況で作品を創るというのはすごく難しいことだと、今回皆さんと接していて改めて思いました。単に時間と場所がないというだけではなく、見知らぬ地域に住むということは、自分の日常がパーンと変わるのですが、東京で生まれ育った人達は、東京以外の日本の各地に、いろいろな地域があるというリアリティを持てていないんですね。そういう彼らが、静かな環境で一日中リハーサルができて、食べ物も変わって、そのことだけに向き合う時間ができると、作品の密度が全然違ってくるんです。そういう意味ではとても成果が出ていると思います。
上本竜平/AAPA『終わりの予兆』(鳥取公演)より 撮影:中島伸二(鳥の劇場)
コンテンポラリー・ダンスに限らず、コミュニケーションをきちんとしないと良い作品は創れないですが、それが出来ていない人がまだ多いと思います。ダンスインレジデンスすると、メンバーの作品に対する考えとか、いろんなことが見えてくる。まだまだ薄い関係で作っていたなということがそれぞれわかってくる。そこで関係性が破綻するグループもあるし、そこから再生を始めるグループもあるし、いろんなドラマがありました。
上本竜平/AAPA ダンスインレジデンスの様子(会場:鳥の劇場)
創る楽しみ、そしてアーティストの活動を支援していくことで充実感を
── 例えば最近オープンしたKAATは、スタジオが劇場に併設することで、リハーサルと実際の公演の距離をできるだけ縮めたり、神奈川で生活しながら稽古をし、実際の公演も同じ地域で行うことができるようにすることで、リハーサル時間や場所の確保の苦労に対応しています。同じように、『今回の踊りにいくぜ!! II』のような活動が各地で可能になれば、全国の稽古場に苦労されているダンス・カンパニーにとって非常に励みになるのではないかと感じます。そうしたダンス・アーティストの活動支援という面では、どんな可能性を感じていらっしゃいますか?
全国の劇場や財団など受け入れる側が積極的なところが、だんだん増えてきています。つまり、ここで創って発信していきたい、という気持ちが強くなってきているのだと思います。そのことによって日本各地や世界に繋がっていくということが、ようやく理解され始めたんでしょう。経済破綻のせいもあって、国内外のコストの高い作品を1回性の公演のために呼んで終わりというよりも、創るという楽しみ、そしてアーティストの活動を支援していくことで、自分たちも充実感を得るという考えが広がってきていると思います。
たとえば今回の会場のうち、レジデンスはできないところもあるし、逆に開催は出来ないけれどもダンスインレジデンスは支援しますというところもありました。両方を受け入れてくれたところは少ないのですが、鳥取の鳥の劇場は、以前から積極的に“創り発信する”ことに取り組まれていて、今回も共催として、大きな協力をいただきました。劇場の中にレジデンス施設はないですが、町内の古民家を再生した一軒家にアーティストを住まわせてもらいました。今年オープンした八戸ポータルミュージーアム【はっち】も、滞在施設と劇場が一体化したもので、まさにこの『踊りにいくぜ!! II』のための施設でした(笑)。オープニングの大変さと共に、共催事業として取り組んでいただきました。和歌山県上富田文化会館というところは、村山華子さんの作品をダンスインレジデンスで支援していただきましたが、まだコンテンポラリー・ダンスが根付いてない土地なんです。1,000人のホールなんですが、公演をやっても30人くらいしか来ない。なので公演は打てないけれども、スタッフの人が1週間びっちりリハーサルについてくれたんです。
村山華子『カレイなる家族の食卓』(松山公演)より 撮影:senba
村山さんの作品は、小道具もとても多いし、映像を2面で使うので出すタイミングや衣装の着替えなど全体のつなぎは、劇場でなければリハーサルができない。そのようなテクニカルな面を、照明・音響・舞台の方が4~5人ついて下さって、朝から晩まで劇場でつめることが出来たんです。彼らはとても積極的で、巡回公演1箇所目の松山公演の初演に全員で観に来ていただきました。アーティスト一人で創るのではなく、地域や劇場の方たちと一緒に創るものですから、一回やると意義がわかるし、これが広まってく可能性は大きいと思います。毎回レジデンスをやった最後の日に、途中経過としてショーイングをやるんですよ。そこに町の人達が観に来てくれて、終わった後に感想を伺うんですが、「あそこの意味がわからない」とか具体的に言っていただけるんです。それを作家が受けて、次に向かって直していけるし、地域の人もアーティストの存在を知るし、この劇場はこういうこともやっているんだということもわかるし、敬遠しがちだったコンテンポラリー作品にも興味を持っていただける。完成されたものを持ってくると、なかなかそうした機会は持てないのですが、途中経過だからこそできるので、そういう意味では、良い流れになってきたなと思います。
村山華子『カレイなる家族の食卓』リハーサル風景 撮影:大橋翔
作品をつくるには、まず何を言いたいのか説明できなければならない
── それぞれのアーティストのコンセプト作りなど作家性の強化についてはいかがでしょうか?新作品のアイデアを公募して行われる『ダンスプロダクション・サポートプログラム』といった方法論は、演出家やダンサーのクリエーションにとって良い効果を与えているでしょうか?
作品の掘り下げが浅いと、初めて観る人でもそれがわかって指摘できるんです。そういうところを指摘されると、どういうふうに堀下げていかなければいけないか、よりわかってくる。今のコンテンポラリー・ダンスはデザイン的なダンスが多く、テクニックがあってある程度踊れると、つなぎあわせて構成だけでできてしまう。テーマやコンセプトが作品の中にないと、単にダンスを踊っているだけの作品になってしまう。今回、作家ということで公募したのはそこを踏まえて創ってもらうためです。
前納依里子『CANARY-”S”の様相』(松山公演)より 撮影:senba
主催者側のJCDNも途中で徹底的に口を出します。「こうした方がいいよ」ということではなく、やりたいことは何なのかを徹底的に聞きました。次に、それが作品に落とし込こまれてなければ、「ぜんぜん見えていないよ」と指摘します。地域のお客さんもショーイングでそれを言いますから。やりたいことが見えていないなら、どうすれば見えるようになるのかを考えなければいけない。また、「やりたいことがぜんぜん浅い」とも口を出します。その意味で今回は、ただ「つくりたいことをやってください」ではなく、「言いたいことを伝えてください」とハードルを高くしているのです。なぜ言語化できる必要があるかというと、一人で踊るわけではないので、最低限のこととして、チームのメンバーに説明し共有しなければならないですから。この10年のダンスには、何となくやってきてしまったという反省があると思うんです。作品をつくるには、まず何を言いたいのかがありきで、説明できなければならないという、当たり前の問題提起をしたつもりです。
前納依里子『CANARY-”S”の様相』 ショーイング後の意見交換(会場:鳥の劇場)
持続してやることの成果
── 地元の出演者を募り行った『リージョナルダンス・クリエイションプログラム』ですが、松山、鳥取、八戸公演は終了していますが、実際の各地の公演では、それぞれかなり地元色というか、その土地の持つ雰囲気のようなものが反映された作品となったのでしょうか?
八戸は、地元主催者の希望で一般の方々を対象にコミュニティダンス作品を制作することになっていましたので、アーティストの山田さんは、八戸の下見から多くのインスピレーションを得て、作品を制作されました。その他の地域では、その土地のテーマが強く出たものはなかったです。ただ、その土地の住民が出演者に加わっていて、鳥の劇場の場合、町に住んでいる人達が出るし、松山ではダンサーを10名くらい公募で選びました。福岡では3人のパフォーマーを選びました。だから土地ごとの作品性が強くあるわけではないんですが、東京や大阪のように浴びるほどの情報がない環境にあって、地元の人達は地に足をつけて生きているので、その中で作品を創るとなると、作家に明確なテーマやコンセプトがないと無反応で流されてしまいます。はっきりした作家性・作品性がないと彼らを動かすことができず作品として成り立たない。今回、『リージョナルダンス・クリエイションプログラム』の作家は、5人ともキャリアのある人達だったので、そのあたりは上手くクリエーションができていました。2010年の鳥の演劇祭で初演したんですが、この“とりっとダンス”という地元の方々で構成されたチームが今回で2年目なんですね、それがびっくりするほど表現者としてのレベルがアップしていてたんです。正直、Aプロの作品よりも観客の反応がよいということもあったり(笑)、そういう意味では、持続してやることの成果が驚くほどありました。
山田珠実『ウミネコステーション』(八戸公演)より はっちコミュニティダンサーズの上演
自由度があるがゆえに、きちんとした作品づくりを
── 今回の『踊りにいくぜ!! II』という企画全体が、作家、スタッフ、出演者そしてオーディエンスがそれぞれの立場でコンテンポラリー・ダンスの社会との接点、ひいてはアートと社会の関わりについて考える機会となっていると感じます。これから、コンテンポラリー・ダンスが社会になしえることや影響力について考えていらっしゃることがございましたら、お願いいたします。
悲しいかな、国内のコンテンポラリー・ダンスが社会に与える影響はまだまだ弱いと思います。弱いどころか存在すら危うい。けれども本当はとても可能性があるジャンルだと思っています。なぜなら、こうしなきゃいけないというテクニックも不要だし、「手法は自分で考えてくださいよ」という逆にハードルは上がっているけれど、自由度はあるわけだから。そうした多様な表現というのが今の社会の主潮だし、それで拡がりが出てきたはずだったんです。でも、ここ10年で確かに数が増えたけれど、一方で作品の中身が弱く、もう一度観に行きたいと思えるものが少なくなってしまった。開放したがゆえに、個人のブログのような作品が増えてしまった気がします。つまらなければ二度と観に行かないし、そのせいでお客さんは減ってしまったのだと思います。今回、そのことへの危機感から、きちんとした作品づくりを目指したのです。
タケヤアケミ『SOSに関する小作品集:パート1』より
本来はダンスの持つ可能性ってすごく広い。レベルの高いアーティストの作品もそうだし、一方ではコミュニティ・ダンスという子供から老人までダンスと接することで、教育の場やいろいろな場に入っていけるし、表現能力やコミュニケーション能力が身につくものとして義務教育に取り入れる国もたくさんあります。でも日本ではそういうところがまだ入り口なので、これからどんどん増やしていきたいということでJCDNでは取り組んでいます。この活動は、全国的に広がり始めています。
タケヤアケミ『SOSに関する小作品集:パート1』リハーサル
── 最後に、『踊りにいくぜ!! II』は、ウェブ、ブログ、ツイッター、そして実際の公演を組み合わせることで、それぞれの参加アーティストのブログで逐一確認することができたり、観客としても、普段観ている舞台がどのような過程でできあがるのか期待感を持って実際の鑑賞に臨むことができる企画になっています。こうした制作者側からの発信力は、今後コンテンポラリー・ダンスにどのような影響を与えていくでしょうか?
どれくらい注目されているかはわかりませんが、ブログでアーティストが日々の作品制作の様子を書いていったり、松山では参加するアーティストがどんどん発信していったり、宿題を与えられた課題を映像でアップしたり、稽古の感想を書いたりとか、今まではクローズドだったものが公にされることで、お客さんも入れるんですよね。作家のリハーサル室って鍵をかけて誰にも見せないみたいなところがありましたけど。それによってアーティストとお客さんというヒエラルキーがなくなり、アーティストの悩みや挫折を共有することで、距離が縮みますよね。私はそれはもう必要だと思います。現代社会は“過程”に興味を持って参加するように進化してきたと思うからです。ですから、今回の公開するという試みはおもしろかったなと思います。
(取材・文:駒井憲嗣)
踊りに行くぜ!! II(セカンド)伊丹
2011年3月4日(金)・5(土)アイホール
Aプログラム:ダンスプロダクション・サポートプログラム
『終わりの予兆』
作・演出・構成:上本竜平/AAPA
『カレイなる家族の食卓』
作・構成・演出:村山華子
Bプログラム:リージョナルダンス・クリエイションプログラム
『SOSに関する小作品集:パート1』
作・構成・演出・振付・出演:タケヤアケミ
伊丹地元作品:
『私たちは存在しない、ブルー』
作・中西ちさと(ウミ下着)
※5日(土)のみ終演後アーティスト・トークあり
開演:4日 19:00・5日 15:00(開場は開演の30分前)
料金:前売…一般3,000円/学生2,000円/一般ペア5,000円
当日…3,500円(一律)
予約・問合:アイホール
TEL:072-782-2000(火曜休館)
共催:アイホール
協力:NPO法人DANCE BOX
http://odori2.jcdn.org/project/tour/itami
踊りに行くぜ!! II(セカンド)東京
2011年3月11日(金)・12(土)アサヒ・アートスクエア
Aプログラム:ダンスプロダクション・サポートプログラム
『終わりの予兆』
作・演出・構成:上本竜平/AAPA
『CANARY-”S”の様相』
作・演出・構成・振付:前納依里子
『カレイなる家族の食卓』
作・構成・演出:村山華子
※12日(土)のみ終演後
アーティスト・トークあり
開演:11日 19:30・12日 15:00(開場は開演の30分前)
料金:前売…一般3,000円/学生2,000円/一般ペア 5,000円
当日…3,500円(一律)
予約・問合:JCDN事務局
TEL:075-361-4685
制作協力:CAN Inc.
http://odori2.jcdn.org/project/tour/tokyo
※詳細は公式サイトまで