『GONZO~ならず者ジャーナリスト、ハンター・S・トンプソンのすべて~』のアレックス・ギブニー監督
これまでも『エンロン 巨大企業はいかにして崩壊したのか?』(2005年)で、アカデミードキュメンタリー長編賞候補となり、その後も日本未公開の『「闇」へ』で2007年のアカデミー賞ドキュメンタリー長編賞を獲得するなど、高い評価を得ているアレックス・ギブニー監督。ジャーナリスト、ハンター・S・トンプソンをモチーフに、彼が活躍した60年代から70年代にかけての政治と風俗とジャーナリズムの関係を描く『GONZO~ならず者ジャーナリスト、ハンター・S・トンプソンのすべて~』が2月19日(土)より公開となる。破天荒な生活を続けながら、自ら体験することを第一義にルポルタージュを続けたハンターの姿に、ギブニー監督が見いだそうとしたものはなにかを聞いた。
人の心の闇に惹かれる理由
──あなたは今までもドキュメンタリーをベースに、成功した人物の心の闇にフォーカスを当ててきました。この作品で描かれるハンター・トンプソンもまた誠実すぎるほどにのめり込むと同時に、破天荒な生活と名声におぼれていきました。なぜあなたはこうした人物像に惹かれ題材とするのでしょうか?
人の心の闇に惹かれるのは、犯罪や権力の行使に興味があるからです。ハンターに興味を持ったのは、彼がジャーナリストであり、権力の乱用を暴こうとしていたからです。彼のユーモラスな部分も好きでしたし、人間として当時のアメリカの性格を象徴していたのではないかと思います。大きな野心を抱くと同時に、激しい怒りを内包し暴力的でもあった。それがアメリカだったと思います。光と闇の両方を持ち合わせていた。極端な国だったとも言えますね。
『GONZO~ならず者ジャーナリスト、ハンター・S・トンプソンのすべて~』より (C)2008 HDNet Films, LLC
──「ゆがんだ世界(twisted universe)」に彼の生んだ表現が必要とされている、彼の言葉はアメリカを変えることができたはずだったという言葉が出てきます。これはあなたが今のアメリカの状況に無力感を感じているからであり、そして今の時代こそハンターの言葉が有効であると感じているということなのでしょうか?
そうですね、映画の最後に「今こそハンターの言葉を使うべきだ」と言う人がいます。彼らはハンターが自殺したことに対して、悲しみや怒りを感じたのだと思います。このような時代だからこそハンターの言葉が有効であるという意見には賛成です。人気の絶頂にある人が、権力の乱用に対してオープンに話すことを恐れなかった。しかし悲しいことに、ハンターの無謀な行動が彼自身に悪い影響として降りかかってきたことにより、彼は事を成し得ないまま終わってしまった。もはや彼がなりたかった人間ではなくなっていた。ある種のキャラクターになってしまったんだと思います。ドラッグやアルコール漬けになることで、風変わりでクレイジーなキャラクターを創り上げてしまった。そして人々が彼に求めるキャラクターではなくなっていった。
──ハンターの活躍のみならず、ジミー・カーターとボブ・ディランが親しかったなど、60~70年代のアメリカは政治とポップ・カルチャーがとても接近していた時代だと感じました。現代においてドキュメンタリーの社会への有効性や説得力について、どのように感じていますか?以前より影響力は強くなっていると感じますか?
ドキュメンタリーは、ある一定の地位を確立していると思います。そしてハンターのライティングに似ているところがあります。まず型にはまらないということ。自由だということは、予測不可能な形で人々に伝わるということです。ユーモアのセンスも入れられるし、控えめになる必要もない。ときに制作者の個人的な考え方を示すこともできる。そういった理由で、ドキュメンタリーは劇映画よりも挑発的になり得る。だからドキュメンタリーは強いインパクトを与えることのできるものだと思います。今というよりは、特にブッシュ政権の時代に力を持っていたんじゃないでしょうか。メインストリームのメディアが喜んでブッシュ政権の外交政策を取り上げるようになっていましたからね。例えば、対イラク政策を持ち上げるような傾向などです。そしてメディアは権力を持つ人々に対する批評としての役割を失った。だから当時ドキュメンタリーは、今日よりも大きなインパクトを持っていたと思います。政府が望んだものに沿わない声を発することができましたから。
『GONZO~ならず者ジャーナリスト、ハンター・S・トンプソンのすべて~』より (C)2008 HDNet Films, LLC
ある種の矛盾を受け入れる視点
──ゴンゾー・ジャーナリズムの核となる「体験を書くこと」が最高の喜びであるとハンターは語っていますが、その姿勢に影響を受けていますか?
ハンターほど私は作品に自分を投影しません。それはハンターのよいところでもあり、悪いところでもあったと思います。現在、ブロガーがインターネット上で普通にやっていることを、彼はかなり昔にやっていたということです。私自身は、もっとゆるやかに自分を作品に投影していると思います。『「闇」へ』では自分でナレーションをしましたし、父親も登場させました。父は長い間日本に住んでいたんですよ。しかし私はハンターほど自分を押し出しません。皆それぞれのやり方で自分を投影しているんだと思います。
メディアというものは、確かに意見を伝える機能があります。しかし、私が必ずしも賛成できない多くの意見とのバランスが取られます。有名な映画作家のマルセル・オフュルスは「常に自分の視点は持っているが、それを示すことが難しいんだ」と言っていました。ある種の矛盾を受け入れる、ということです。私の映画を観ると、私が何を考えているかは想像できるかと思います。しかし私の意見に強く反対する人たちの声を取り入れ、彼らに十分な時間を与えるようにしています。私はそれを恐れませんし、価値のあることだと思いますから。
──次回作はジュリアン・アサンジのドキュメンタリーとのニュースが報じられましたが、こちらはどんな内容になりそうでしょうか?
ユニバーサル・ピクチャーズと一緒にアサンジとウィキリークスについての映画を作ることになりました。まだ始めたばっかりなので、どんな内容になるかは自分でもまだわかりません。いい作品になるといいんだけど。
(インタビュー・文:駒井憲嗣、平井淳子)
▼『GONZO』予告編
映画『GONZO~ならず者ジャーナリスト、ハンター・S・トンプソンのすべて~』
2月19日(土)、シアターN、シネマート新宿にて公開
監督:アレックス・ギブニー
[『エンロン 巨大企業はいかにして崩壊したのか?』アカデミー賞候補(ドキュメンタリー長編賞)「闇へ」(未公開)アカデミー賞(ドキュメンタリー長編賞)獲得]
ナレーション:ジョニー・デップ
【インタビュー登場人物】
ジョージ・マクガヴァン(連邦上院議員、大統領選挙立候補者)、ジミー・カーター(アメリカ合衆国大統領[1976年~1980年])、フアン・トンプソン(トンプソンの息子[母親はサンディ・トンプソン]、ラルフ・ステッドマン(アーティスト/イラストレーター)、ソニー・バーガー(ヘルズエンジェルス、オークランド支部長[1965年])、ティモシー・クラウス(作家/ジャーナリスト)、トム・ウルフ(作家/ジャーナリスト)
2008年/アメリカ/カラー/119分/ヴィスタ/ドルビーデジタル
公式サイト