骰子の眼

stage

神奈川県 横浜市

2011-01-24 15:28


日本で最も新しい劇場“神奈川芸術劇場”の初代芸術監督・宮本亜門インタビュー:こけら落とし作品は自身の演出による『金閣寺』

厳選シアター情報誌「Choice!」との連動企画"Artist Choice!"。「Choice!」本誌にはインタビューの他にもさまざまな映画・演劇の情報が満載ですので、是非あわせてご覧ください。

今回は、今月オープンしたばかりのKAAT(神奈川芸術劇場)の初代芸術監督に就任。そして、こけら落とし作品となる『金閣寺』では演出手掛ける宮本亜門氏インタビューをお届けします。『金閣寺』は2011年1月29日(土)より上演。

webDICEの連載・Artist Choice!のバックナンバーはこちらで読むことができます。




「一緒に考えよう」と言い続ける

表現について考える時、いつも問題になるのは「数と質のバランス」だ。多くの人から支持されることは重要だが、それだけが判断材料であるはずがない。質が高いことは大前提だが、それを証明するには遠い未来を含めた時間が必要だ。

劇場の芸術監督とは、この問題の回答を常にシビアに求められる職種を指す。劇場によって、人によって、その定義はまちまちだが、心ある芸術監督なら、すぐに正解が出ないことを承知で、ひとりと大勢、深さと広さをカバーする奇跡の観劇体験を、どの作品でも実現しようともがく。

宮本亜門が、日本で最も新しい劇場、神奈川芸術劇場(愛称、KAAT/カート)の初代芸術監督に就任した。1月11日のオープンに向けて昨年から就任したが、前任のいない、また、自身もまったく未経験の職域で、こけら落とし作品『金閣寺』の演出と並行してその作業を進めるのは、間違いなくストレスフルな日々だったと思う。ところが現れた本人は、いつもの人懐こい明るさを保ったままだった。

「就任の反響は予想以上です。特に演劇関係の人に会うと、ほとんどの場合、"大変でしょ?"と聞かれます。こっちがひとことも言っていないうちから"大変でしょ?"(笑)。しかも僕が"ええ、そうなんです"と答えるのを期待しているような空気なんですね。で、僕が"まぁ、いろいろあります"と言うと、それを大変だという意味に受け取って、うれしそうな顔になる。でも、その人達を裏切ってしまって悪いけど、やってみてわかってきたんです。意外と僕、こういうことが嫌いじゃない(笑)」

笑顔で言う「こういうこと」が示す範囲は、とてつもなく広い。

「制作に関することがメインではありますけど、営業担当の人とも話すし、劇場の誰に対しても"何かあったらすぐに言って。みんなで話し合おう、一緒に考えようよ"と言い続けてます。仕事の量と比べたら職員の数が少なくて気の毒なんだけど、それでも"一緒に考えよう"と言うんです。だからむしろ僕が"また来た"って顔をされるんだけど(笑)、それでもいい。でもさすがにこの前、"駐車場の利用が少ないんですけど、どうしたらいいでしょう?"と相談された時は、ふっとめまいがしましたけどね。そうか、僕は駐車場の車の台数のことまで考えなきゃいけないんだ、と思って(笑)」

もちろん、それは自分の管轄外だと言うことはできるし、そうしたとしても誰にもとがめられない。でもここでコミュニケーションを断たないのが、宮本だ。

「真剣に考えましたよ。"じゃあ、多く利用されてるのは何曜日?"と聞いて、打てる手立ては何だろうと」

出演俳優を超える本数の取材、本業である演出プランの詰め、照明家や美術家などスタッフとの打ち合わせ、先々に予定されている作品の打ち合わせ……。多忙を極めながらここまでコミットする理由は、おそらくふたつある。ひとつは、演劇への感謝。

 

「劇場の目の前で生まれ育った(生家は、新橋演舞場前の喫茶店だった)こともあるけど、芝居によって何度も救われてきたということが、どうしても根源にあるんです。高校時代は今で言う引きこもりだったし、その前もうまく周囲とコミュニケーションが取れない時期が長かった。そのたびに、いろんな形で演劇に助けてもらって、間違いなく今の僕がいるんですね」

KAAT_外観
KAAT(神奈川芸術劇場)の外観

街の中へ出かけていく劇場へ

演劇によって動く自分を改めて自覚したのは、芸術監督就任の挨拶文を書く段になって。

「実を言うと、挨拶らしい型にはまった言葉が何も思い浮かばなかったんです。(他の劇場の芸術監督である)蜷川幸雄さんや野田秀樹さんや串田和美さん達の所信表明の文章を読ませてもらって、それぞれに、なるほど、そういう決意があって引き受けられたのかと感動しました。でも、じゃあ自分はとなると、どう考えても出てこない。その時に気付いたんです。自分は0から1を生み出すのではなく、曲でもせりふでもいいから、とにかく演劇の断片が何かひとつあって、そこから創作意欲が湧いてスタートする人間なんだということが」

挨拶文は、芸術監督というポジションに就く演劇人としてではなく、演劇とつながったひとりの人間として自分を問い直し、書き進めたという。結果的にそれは、KAATという劇場をどう人々とつなげるかという考えと合致していった。

「僕が演劇を支えにして生きてるみたいに、みんなは何を喜びとして生きているんだろう? それをいろんな形の演劇にして再現して共有できないだろうか。だとしたら、劇場に来てもらうだけでなく、劇場が街に出かけて行って芝居をデリバリーするとか、劇場にアートを飾ってそれをきっかけに来てもらってもいい。例えば喫茶店を開くとして、お客さんに喜んでもらう方法はメニューとか店構えとか、いろんなサービスが考えられますよね。今は間違いなく大きな時代の変わり目だから、そういった自由を存分に活用していいんじゃないのかと思ったんです」

演劇のフットワークを軽くし、触れ合う人を増やすことが、観劇体験者を増やすことになる。ひいては演劇ファンを増やすことになる。それが宮本の狙いだ。実際、KAATは神奈川県立の施設だが、横浜市などと協力してイベントを増やしたいと「あちこちの担当者に会いに行っては"一緒にやりましょう"とお願いして」いると言う。

そしてこの人のアクティブさのもうひとつの理由。それは、人と人を分けるさまざまなボーダーラインを嫌う精神だ。

「さっき、僕に"大変でしょ?"と聞く関係者の話をしましたけど、白状すると僕にも、最初は公共の劇場に対する偏見がありました。現場の意向は関係なく、上からのお達しで決められていくという噂も聞いていましたし。でも違ったんですよね。やっぱりお互いに目標とするのは、最高の作品をつくってお客さんに楽しんでもらいたいことですから、根本は同じだし、表現が違っていたら修正すればいいだけだし、出会って最初の頃は話が通じなくても当然ですよね。偏見はお互いさまだったんだな」

ボーダーラインをなくすと、表現者として大きなものが手に入れられる。

「僕はこれまで商業演劇の場で活動してきて、それなりにシビアに、動員とか、そのためのキャスティングとかを考えてきました。でもKAATでいろんな人と出会って話をする中で──それこそ駐車場の話も含めて──、今までよりもずっと広い視野で演劇のことが見えるようになりました。だから今は、これまでは触れることのできなかったものに手を伸ばせる、関係を持てなかった人たちとも協力して仕事ができる事が、楽しいんですよ」

※宮本氏による、芸術監督就任の挨拶文はこちら

KAAT_ホール
ホールの客席は最大約1,300席

KAATは楽しみ方が単色でない劇場に

人と人を隔てるボーダーラインに対して敏感なのは、宮本亜門の核にある資質だ。その気配は、この人が手がけてきた作品群から明らかに立ち昇ってくる。90年代の『香港ラプソディ』『月食』『マウイ』、2000年代の『キャンディード』や『ユーリンタウン』に『INTO THE WOODS』『太平洋序曲』、そして近年の『三文オペラ』や『亜門版ファンタスティックス』……。どれもミュージカルや音楽劇だが、それらは一般的なミュージカルや音楽劇のハイテンション&ストレートなイメージと違い、複層的な世界観を持つ。宮本が積極的に選ぶのは、悲劇と喜劇の共存、切れ味鋭いシニカルさ、社会問題、哲学的命題などを含んだ作品なのだ。それらがあぶり出すのは、差別や偏見や規制の愚かさ、弱者や敗者の権利だ。

宮本のその資質が通り一遍でないことは、こんなエピソードからもわかってもらえると思う。販売を託すことでホームレスの自立を支援する雑誌「ビッグイシュー」を、たまたま筆者が買った時のこと。購入した男性から「この号には宮本亜門さんって人が載ってるんだけど、知ってる?」と話しかけられた。知っていると答えると、その人はうれしそうに、自分とは以前から懇意で、時々電話がかかってくる仲で名刺も持っていると教えてくれた。

「それ、渋谷にいる人でしょう?いい人なんだけど、おしゃべりだから話が長いんだよね(笑)。僕にはホームレスにも知り合いがいるんです。というのは、ニューヨーク在住の日本人ホームレスの方が書いた文章を読む機会があって、それが本当に素晴らしくて。じゃあ僕が推薦文を書くという話から、その人と仲良くなったんです。で、ある時、彼に案内されてニューヨークを歩いたら、それまでとは全く違う風景が次々と見えてきたんです。"あの店、○時になると煙が上がるんですよ、なぜでしょう?"とか"あそこにいる女性、この前はすごく泣いてたんだけど、今日は幸せそうだからうれしいです"とか。そうやって歩くうち、人を通じて、いろんな人間の生き様を通して、街を見る僕の視点がどんどん変わってったんですよね。その時は僕自身がブロードウェイで演出してて、悩みを抱えてもいたけど、これこそがドラマだ、自分はやっぱり人間を知りたくてこの仕事をしてるんだ、ということがはっきりわかりました。もともとそれで演出家になったのに、劇場という空間の中だけで上手いとか下手とか、どうやったら受けるとか考えてたらダメだって気付かせてもらったんです」

相手に寄りそう柔らかな視線は、芸術監督として大切な要素のひとつかもしれない。

「そもそも僕がひと色の人間じゃないからでしょうけど、KAATもいろんな楽しみ方のできる劇場にしたいんです。単色が悪いわけじゃないんですよ。ひとりの芸術監督のカラーが強く打ち出されるのは、それはそれで素晴らしいことです。でも僕は、KAATでいろんな舞台を体験してほしいから、『金閣寺』とほぼ同時に、三好十郎『浮標』(長塚圭史演出)もやれば、チェルフィッチュの新作『ゾウガメのソニックライフ』も上演するし、芥川龍之介の作品をモチーフにした『Kappa/或小説』(三浦基演出)もやる。そして、たとえば劇場のロビーをギャラリーにしたいとも考えているんです。そうすれば、芝居を観に来てくれた人が絵や彫刻も観て帰れるじゃないですか。そのうち劇場自体が広場のようになって、人と人が出会えたり、いろんなことが生まれる場になったらいいと思うんです」

KAAT_アトリウム
高さ約30mの開放的な空間が広がる劇場へのエントランス

『金閣寺』は現代にこそ響く作品

『金閣寺』

相手の世界に自分が割り込むのでなく、相手の世界を受け入れ、それを通して新しい発見をし、次の交流を生む。それは当然、クリエイターとしての作品づくりに反映される。KAATのこけら落としとして上演される『金閣寺』は、三島由紀夫の代表作として名高く、過去に映画にも舞台にもなった。洗練された文体のみならず、人物配置も完璧で、誰に照準を絞っても読み解きが可能だが、宮本が最も見つめるのは、三島その人だという。

「この4~5ヵ月、三島のことしか頭にないです。『金閣寺』に関する本はもちろん、三島について書かれた本は徹底的に読みました。もう自分が自決するんじゃないかってくらい、気持ちをたどりましたね。彼はやっぱり『金閣寺』に、相当のことを託して書きこんでいます。主人公である溝口には、戦時中と戦後の日本を重ねていると思うんですが、金閣寺を心底愛した溝口が、なぜ金閣寺に火を点けたのか。金閣寺は何のシンボルなのか。そういうことを三島は非常に緻密に考えて書いている。それを全部"ここはこういう意味です"と舞台上で説明することには意味がありません。あえて舞台ならではの表現をふんだんに採り入れ、三島がこの作品に込めたものをできるだけ伝えたいですね」


原作そのものの魅力についてはこう語る。

「発表された当時も高く評価されたし、読んだ人は感動したと思いますけど、どこか"三島文学"というありがたい先入観でバイアスがかかっていた部分もあったんじゃないでしょうか。むしろ今の若い人達にとってのほうが生々しく感じられる内容だと思いますね。主人公の溝口は、ある人から見たらグダグダしているだけなんだけど、彼の中には常にたくさんのものが詰まっていて、いつも真剣勝負なんです。ただ、それが上手く外に向かって表現できない。僕自身、もともと溝口のような思春期を送ってきたところもあるから、彼のもがきや痛みには、強く惹かれます。だから僕にとって『金閣寺』は、ただ舞台として完成度の高いものをつくりたいというより、あの時の自分の抱えていたものと今もう一度向き合い直す体験なのかもしれません。何か生きる実感がほしいという溝口の思いは──彼は間違った行動に出てしまいましたけど──現代の若者に、より強く通じるんじゃないかと思っています」

そのため、溝口役の森田剛、柏木役の高岡蒼甫、鶴川役の大東俊介らとも、それぞれの役について、作品について、時間をかけてディスカッションしたという。また亜門版『金閣寺』で特筆すべきは、戯曲の場合はせりふ等の変更が厳しく制限されている三島作品にあって、『金閣寺』は元々が小説のため、大胆な構成が可能だということ。ホーメイ演奏家であり、現代アートの分野で注目を集める山川冬樹が出演し、パントマイムから発達させた独自の動きで活躍する小野寺修二が振付で参加するなど、演劇的なふくらみがいくつも仕掛けられている。

「どうしたって舞台でしか観られない『金閣寺』ですよ。僕自身、口で説明するのが難しいですもん(笑)。できれば、これまで劇場に足を運んだことのない人達にも観てほしいな。その人達がどんなふうに感じるか、とても知りたいです」

今までと変わらない明るさ、と最初に書いたのを、ここで訂正しなければならない。一流の勝負を続けてきた人だけが手にするタフな明るさが、そこにはあった。

 "Artist Choice!" 宮本亜門氏

取材:徳永京子 撮影:平田光二


亜門's ルーツ

実家が新橋演舞場の目の前の喫茶店、母は元SKDと、芸事が身近でした。
それと、趣味で仕舞を習っていて、ガンで亡くなる直前に舞台で舞った祖父の姿も、
確実に今の僕をつくっていると思います。

◇新橋演舞場前の喫茶店
茶房絵李花(Cafe Erica)。亜門氏が生まれる3 年前にオープン。亜門少年は、コーヒーを届ける母に付き添い頻繁に楽屋を出入りしていたらしい。現在も営業中。

◇SKD
松竹歌劇団[1928-1996]の略称。東京浅草・国際劇場を本拠地とし、「西の宝塚・東の松竹」と称されるなど日本を代表する少女歌劇団として一時代を築いた。主な出身者は、水の江瀧子、美空ひばり、加藤治子、草笛光子、倍賞千恵子、など錚々たる面々。

◇仕舞
能における略式上演形式のひとつ。曲の一部を囃子なし、面も装束もなしで、地謡のみを伴奏に紋付袴や裃を着て舞う。

宮本亜門(みやもと・あもん)プロフィール

1987年にオリジナルミュージカル『アイ・ガット・マーマン』で演出家デビュー。翌年、同作品で昭和63年度文化庁芸術祭賞を受賞。2004年にブロードウェイにて"太平洋序曲"を手がけ、2005年に同作はトニー賞4部門でノミネートされた。近年では米・サンタフェ・オペラで現代オペラ『TEA』、音楽劇『三文オペラ』、ミュージカル『ファンタスティックス』など幅広いジャンルで活躍。



公演情報

『金閣寺』

『金閣寺』

演出:宮本亜門
原作:三島由紀夫
出演:森田剛、高岡蒼甫、大東俊介、中越典子、瑳川哲朗 他
日程:2011年1月29日(土)~2月14日(月)
劇場:KAAT神奈川芸術劇場 ホール
料金:8,500円 他(前売券は売切)
上演時間:約180分予定
お問い合わせ先:チケットかながわ 045-662-8866
公式サイト






厳選シアター情報誌
「Choice! vol.17」2011年1-2月号

「Choice! vol.17」2011年1-2月号

厳選シアター情報誌「Choice!」は都内の劇場、映画館、カフェのほか、演劇公演で配られるチラシ束の"オビ"としても無料で配布されています。

毎号、演劇情報や映画情報を厳選して掲載。注目のアーティストをインタビューする連載"Artist Choice!"の他にも劇場・映画館周辺をご案内するお役立ちMAPやコラムなど、盛りだくさんでお届けします。
公式サイト




レビュー(0)


コメント(0)