骰子の眼

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東京都 ------

2010-11-13 17:55


フェスティバル/トーキョー10にて公演中:演出家、女優としても活動の場を広げる黒田育世インタビュー

振付家、ダンサーとしてだけではなく、演出家、女優としても活動の場を広げる黒田育世氏に話を聞いた
フェスティバル/トーキョー10にて公演中:演出家、女優としても活動の場を広げる黒田育世インタビュー

厳選シアター情報誌「Choice!」との連動インタビュー企画"Artist Choice!"。「Choice!」本誌にはインタビューの他にもさまざまな映画・演劇の情報が満載です。

今回は振付家、ダンサーとしてだけではなく、演出家、女優としても活動の場を広げており、現在開催中のフェスティバル/トーキョー10で『あかりのともるかがみのくず』を公演中の黒田育世氏インタビュー。

webDICEの連載・Artist Choice!のバックナンバーはこちらで読むことができます。




ダンスに"なる"

およそ現実には起こり得ないことを、平然と、ごく当たり前の事実のように言ったダンサーがいた。「フェスティバル/トーキョー09秋」記者発表の壇上にいた、黒田育世だ。

「踊って30分ぐらい経つと"もう立てない(踊れない)"と思うようになる。それでも踊り続けると"立てない"という言葉を思い浮かべることすらしなくなり、次の一瞬を乗りこえるためだけに体が勝手に舞い始める。運動の連続と次の一瞬という時間の境目が徐々に消えていき、体が人のあいだに、中に溶けだすようになる」

その感覚を「ダンスになる」とも言っていた。ダンスを"踊る"のでも、ダンスで"表す"のでもない。ダンスに"なる"のだ。飴屋法水が演出を手掛けたソロダンス公演『ソコバケツノソコ』で筆者は、まさに黒田の体が空間に溶け出す感覚を実体験した(と信じている)。今に壊れてしまうのではないかと思うほど消耗した状態で、黒田はなおも激しく踊り続ける。それは心を開いて、広く手を伸ばし、必死に世界を抱きしめようとしているかのよう。やがて劇場空間は踊る黒田と一体になって、ぐにゃりと弾力を持って歪み、観客を包み込んだ。私は背筋から後頭部にかけて奇妙な鈍いしびれを感じ、涙した。それはただの思い込みだと簡単には否定できない、非常に生々しい肌感覚だった。ダンスに"なった"のは踊っていた黒田だけではない。その場にいた観客を含む空間全てがダンス"だった"のだ。


降って来た絵をそのままに実現

全てをさらけ出して、限界を超えても踊り続ける、研ぎ澄まされた身体能力。誰の目も惹きつける美貌。傑出した演出力。黒田は天が二物も三物も与えたと言わざるを得ない稀有な逸材だ。だが本人に会ってみると、神がかりな雰囲気など一切まとわない、いたって朗らかで自然体の女性だった。

「6歳から20年間、老舗のバレエ団に在籍していました。厳しい面もあったけど、私は仕方なしに大目に見てもらえてたような生徒で(笑)。発表会でもアドリブをしちゃったり、おとなしくは踊っていなかったんです。」

コンテンポラリー・ダンスとの出会いは、ロンドンに1年間留学していた大学3年の時。初めてなのに"すでに知っている"感覚があり、バレエよりも馴染み深かったという。

「ダンスでも大学の単位が取れたので、座学はほとんど受講せずに踊っていました。実はバックパッカーになって放浪もしてたんですが(笑)。放浪して、とにかく色んなものを観て回りました。ダンスはもちろん、お芝居やコンサート、美術館も。取得単位はぎりっぎりでしたね」

長年熱中していたクラシック・バレエとは異なる文化・芸術をたっぷり吸収して帰国。バレエと並行してさまざまなダンスのワークショップに参加した後、コンテンポラリー・ダンス・カンパニー"伊藤キム+輝く未来"のメンバーになる。振付家・黒田育世の鮮烈なデビュー作『SIDE-B』が生まれるきっかけは、ある時、突然やってきた。

「キムさんがいない3カ月ほどのお休みの時期に、突然(頭の中に)バーッと絵が降って来たんです。真っ黒な衣裳の6人の女性がいる絵で、細部まであまりにも鮮明で。これは形にしないともったいないと思って、すぐに知り合いのダンサーを集めて、イメージそのままに実現しました」

『SIDE-B』は初振付作品でありながら数々の賞を受賞した。同じメンバーで作った2作目の『SHOKU』も好評で、国内外の多地域ツアーが次々と決まり、ツアー先からグループ名を尋ねられたのを機にBATIKを結成することに。

「楽しいし仲良しだし、このメンバーで続けたいなと思ったので、じゃあ一応カンパニーってことで…となって。カンパニーの名前をつける時は、身の周りの大切な人たちのことを思い浮かべました。そういえば親友の妹がBATIK(インドネシアのろうけつ染め)をやりたいって言ってたな、いい教室は見つかったかしら…あら、バティックってとてもいい名前…と。実は色々となし崩し的なんですよ(笑)」

飾らない晴れ晴れとした笑顔がまぶしい。隠すことなど何もないと言わんばかりに無邪気で、恐れを知らないやんちゃな子供のようだ。だがその微笑みは、起こること全てに身をゆだねる覚悟を決めた、成熟した大人ならではの心の静寂も湛えていた。


洋裁ではなく編み物のように

黒田は振付家、ダンサーとしてだけではなく、演出家としても抜きん出た才能を見せている。朝日舞台芸術賞など多くの賞を受賞した『花は流れて時は固まる』は、真っ青な空間で白い衣裳の女性ダンサーが命を貪るように踊り、剥き出しの生(=性)を残酷なまでに暴き出す大作だった。花びらの舞い散る水路や高くそびえる飛び降り台が、この上なく美しく、恐ろしい。舞台装置のミニチュアを頭に被った人物を登場させて、公演そのものを批評する視点を持ち込むなど、演劇的演出の意味でも鋭い示唆に富んでいた。振付、美術、照明、音響といった多くの要素を、どういうバランスで扱い、舵を取っているのだろうか。

「舞台のクリエーションは振付だけが特別なのではなく、それぞれが同じバランスなんだと思います。洋裁みたいに切り取った布と布とをミシンで縫ってくっ付けるのではなくて、編み物に近い気がするんですよね。振付、照明や音響、稽古期間などの全ての要素が1つひとつの細い繊維であり、それを微妙な力加減で編み込んで、色んな模様を作っていくような感覚です」

全ての素材が平等に出会い、混じわり合って、1つの舞台が編み上がっていく。創作の営み全体を見渡す広い視野と、1つひとつの細かい作業を見落とさない緻密さが、驚異的な完成度を支えているのだろう。

11月に発表する新作『あかりのともるかがみのくず』のテーマは"母"。母は肉体と切り離せない故郷であり、生きていることの根幹に常に直結している。誰にとっても身近で切実だからこそ、非常に難しい題材だと思う。母から生まれた子供であり、いつか母になるかもしれない黒田が想像し、舞台化する母とは何なのか。

「綿々とずっと続くもののひとつの大きなシンボルとしての"母"だったり、母の母の母の…とずーっと遡ってたどり着いたら"宇宙"だった、みたいな感じだったり。自分の母も祖母も、友達のお母さんも、会ったこともない先祖の、そのまた先祖の先祖のイメージも入ります。性別、年齢の差も関係なく。"お母さん"と言ったらすなわち、私が自分の中でずーっとイメージできる"全部"ってことかもしれない。"命のつながり全て"みたいなことだと思います」

振付には参加ダンサーのアイデアが反映されるという。

「今回はメンバーに宿題を出しています。『あなたにとって○○とは何ですか?』という問いに対して、みんなが歌や踊り、テキストで提出してくれて、それらを1個の有機体にしていきます。みんなが持ち寄ってくれた小さなシークエンスを、編み物のように編み込んでいくんです。今はまだ映画『風の谷のナウシカ』の巨神兵みたいに体がドロドロな状態なんですけど(笑)、ちょっとずつ二足歩行ができてくると思います」

哲学的ともいえるヴィジョンに聞き入っていると、急に人気アニメの話に飛んだ。物事の深淵、世界の高みを洞察する力と、人懐っこい自由奔放さがシームレスに共存している。話せば話すほど興味と親近感を抱かせる普段着の言葉も、黒田の魅力の一つだ。

黒田育世

演劇の振付と映画出演への挑戦

2002年のデビュー以来、国内外を問わずさまざまなダンサー、振付家と共同創作を行ってきた黒田だが、ここ数年で活動の場はダンス以外にも広がっている。彼女にとって初めての挑戦となった仕事で、最近注目を集めた2つの作品について詳しく訊いた。

まずは野田秀樹作・演出の演劇公演『ザ・キャラクター』の振付だ。物語の舞台は町の小さな書道教室。日本人であるはずの登場人物が、ギリシア神話の神々へとメタモルフォーゼ(変容)していく。序盤は活気のあるコミカルなシーンが続くが、やがて教室はある新興宗教団体のアジトとなり、冷えた狂気を帯びながら、実在した無差別殺人事件の内情を暴いていく。演じる役も物語そのものも次々と姿を変える、変容尽くしの野心作だった。

メインキャストとアンサンブルを含む数十名の出演者は、広い舞台を所狭しと駆け回り、横にも縦にも組み重なって、人体で構成される動く絵画になった。大人数の俳優が一瞬にして集まり、難易度の高いポーズでピタリと静止するさまは、得体の知れないグロテスクな怪物を見るようだ。

「"人がモノになる"という野田さんの指示を受けて、出演者がすごく小さな組み体操を見せてくれて、それをデザインしたという感じです。もちろん振付もするんですけど、私がやったのは出演者に対する質の統一というか、エッセンスの注入みたいなこと」

ダンスとは違って演劇にはセリフがある。しかも野田戯曲はその量が膨大で意味も複雑だ。さらには筋立てが幾層にも分かれ、重なっていく。ダンスを振りつける時とは異なる難しさがあったのではないか? 「稽古を進めていく中で、メタモルフォーゼしていくのは刺激的だなと思う反面、野田さんじゃなかったら(この試みを成立させるのは)無理なんじゃないかと感じていました。正確に伝えなきゃいけない事柄がものすごく多いんです。たとえば"なんとなく書道教室かもしれない"ということじゃ済まされなかったり。時制が飛ぶように入れ替わるのも、ちゃんと伝わった方が面白いですし。でも私がどんなに抽象的なことをしようとも、最終的には野田さんの構成・演出できちんと伝わるストーリーにしてくださる。野田さんという器に入れてしまえば、私が詳しい説明をする必要はない。そんな安心感があったから、すごく自由で、遊べて、楽しかった」

2つ目は映画『告白』への女優としての出演。原作は2009年本屋大賞を受賞した湊かなえのミステリー小説で、中島哲也の脚本・監督により映画も大ヒットを記録した。今年度の米国アカデミー賞外国語映画賞部門の、日本代表作品にも選ばれた話題作だ。黒田が演じたのは主要人物の母親で、本人いわく"すべての元凶""諸悪の根源"という重要な役どころだった。

「映像作品には振付で携わったことはありますし、映画として上映されたダンス・カンパニーの公演映像には出演していましたが、役者としては初めてで。中島監督から"中学生の母親役をやってください"と依頼された時、私はてっきり踊るものだと思っていたんです(笑)。でも脚本を読んだらちゃんとセリフがあって!演技なんて1回もやったことないですし、できませんと言ったんですが、監督に"そんなの全然大丈夫です"って言われて…。役作りといっても何をするのかも知らないし、できないし、そのまま撮影に突入して…。あーごめんなさい!」

恥ずかしそうに何度も謝るのは、自分からは特に"何もしなかったから"のようだ。だが実際は心に闇を抱える優秀な科学者を好演。結婚してごく普通の主婦になり、研究への執心や高い自尊心と、退屈な日常との板挟みに苦しんだ末、幼い息子を虐待してしまうという難役だった。落ち着きはらった態度から放たれる殺気は、背筋をぞくっとさせるほどの鋭さ。出番は多くはないが、重みのある確かな存在感で鮮やかな印象を残した。

「息子の顔をぶつシーンでは、実際に叩きました。監督が本気で叩いてくださいとおっしゃったので、本気で。言われたとおりにやっただけなんです。全部監督のおかげです。あのシーンの後、(私に)叩かれた男の子が3時間ぐらい泣きやまなくって…ずっと抱きしめてました。ごめんねーって言いながら」

本当に何も準備せずただ"叩いた"のだとすると、それは本質的に自然な演技であり、俳優が目指すものではないだろうか。その状態を引き出したのは中島監督の手腕によるものだろう。だが、黒田の実力があってこそである。


床で丸まった体は一番小さなダンス空間

前述の飴屋、野田、中島をはじめ、Noismの金森穣、黒田が笠井先生と呼ぶ笠井叡や、海外の有名振付家など、一緒に創作をしたアーティストに対して黒田は「生きてる内にこんな素晴らしい方に会えて、本当に良かった」とストレートに感謝の意を表す。他の振付家や演出家のもとで仕事をする際は、心を開いて身を任せ、出しゃばらずに、それぞれの現場で求められるベストを尽くすタイプのようだ。家の玄関の壁に貼ってあるという座右の銘は、「今日も一日 感謝の気持ちを忘れずに 大切に」。本物のアーティストは決して威張らないし、底抜けに謙虚なものだと納得する半面、核心が掴(つか)めていない気がしていた。自己を徹底的に俯瞰して毒や風刺を利かせ、観客を突き放すような過激な表現もいとわない彼女の作品と、このインタビューでの印象が、必ずしもぴったりとは重ならないからだ。そこで質問の矛先を、作品創作から普段の生活へと切り替えてみた。

「稽古は基本的に夕方4時から夜10時までの6時間。でも休憩ばっかりしてますよ(笑)。寝るのは朝の6時からお昼11時ぐらいまで」

朝6時に就寝?では稽古の後から深夜にかけては読書や映画鑑賞など、インプットの時間に充てているのだろうか。

「稽古から帰って来るのは夜11時ぐらい。それからご飯を食べてお風呂に入って、そして、このポーズです」

そう言うなりすっくと席を立ち、床に正座をして両手を額の前につけて、前方にかがみこんだ。背中を丸めて小さくなるポーズだ。

「両手をグーの形にして親指の方をおでこに当てて、頭の下にその両手を敷いた状態で、考えるんです。ちゃぶ台の真横に丸まって3時間ぐらい微動だにしないですね。深夜3時から5時ぐらいは一番いい時間。絶対にこのポーズ。ずっとコレです。私の人生、コレなんだと思います(笑)」

床に丸まったまま3時間以上、一体、何を?

「踊ってるんです。細胞が体の中でプチプチ、プチプチと。考えてるっていうより、体がずっと踊ってるんですよね。全身を一番小さなダンス空間にしたような感じ。思考の果てに煮詰まって疲れ切って、もうだめだ!って思ったら、寝ます。それが朝の6時ぐらい」

一気に謎が解けた。溜飲が下がるとはこのことだ。毎日の長時間にわたる深い、深いイメージ・トレーニングこそが、創造の源泉だったのだ。natural(ナチュラル)という英単語はよく"自然の"と和訳されるが、"生まれながらの、天性の"という意味もある。ありのままの状態そのものが非凡である黒田に、ぴったりの形容詞ではないだろうか。ナチュラルなダンサー・黒田育世の今後の野望を、未来予想図を教えて欲しい。

「自分からやりたいことなんて何もないんですよ。私、からっぽなんです。でも絵やメッセージが降りてきた時には、生きてる限り、それに全力で応えます」

さも当然のことのようにサラリと、真剣に答えてくれた。素直で柔軟、でも芯はゆるがない。いつでも未知の領域に飛びこむ勇気があり、努力を惜しまない。天賦の才能は、天真爛漫で無垢な器に与えられるべくして与えられた。


(取材:高野しのぶ 撮影:平田光二)


黒田育世's ルーツ

4歳ぐらいの頃、お友達のバレエの発表会で見たチュチュがどうしても着たくって。その後引っ越した家の近所にあった「谷桃子バレエ団」に通うようになりました。

◇チュチュ
バレエで使用する衣装。円形で丈の短い「クラッシック・チュチュ」、長いスカート状の「ロマンティック・チュチュ」の2種類がある。名称とは裏腹に、バレエ技法の複雑化に伴い「ロマンティック・チュチュ」を改良して作られたのが「クラッシック・チュチュ」である。

◇谷桃子バレエ団
小牧バレエ団を退団したバレリーナ・谷桃子らによって1949年に設立。日本人ならではのきめ細かな作品づくりにより、戦後のバレエブームを牽引する存在となる。昨年創立60周年を迎え、この秋2年間に及んだ記念公演6作品の上演を終えた。

黒田育世(くろだ いくよ)プロフィール

BATIK主宰、振付家、ダンサー。6歳よりクラシックバレエをはじめる。97年渡英、コンテンポラリーダンスを学ぶ。02年、「BATIK」を設立。代表作は『SIDE-B』(02年)、『花は流れて時は固まる』(04年)など。近年はBATIKでの活動の他、飴屋法水、笠井叡、野田秀樹などさまざまなアーティストとのクリエーションも話題に。今年公開された映画『告白』(中島哲也監督)では女優として初めてスクリーンに登場し、強烈なインパクトを与えた。




公演情報

フェスティバル/トーキョー10
『あかりのともるかがみのくず』

日程:2010年11月9日(火)~15(月)※11月12日(金)休演日
会場:にしすがも創造舎
構成・演出・振付:黒田育世
出演:大江麻美子、大迫英明、梶本はるか、黒田育世 ほか
主催・製作:フェスティバル/トーキョー
公式サイト


BATIK トライアル vol.10 『ペンダントイヴ-studio version-』

BATIK トライアル vol.10
『ペンダントイヴ-studio version-』

日程:2010年12月10日(金)~12日(日)
会場:森下スタジオ・Cスタジオ
構成・演出・振付:黒田育世
出演:BATIK
主催:BATIK
制作:ハイウッド
BATIK公式サイト

写真:(C) Yohta Kataoka




厳選シアター情報誌
「Choice! vol.16」2010年11-12月号

「Choice! vol.16」2010年11-12月号

厳選シアター情報誌「Choice!」は都内の劇場、映画館、カフェのほか、演劇公演で配られるチラシ束の"オビ"としても無料で配布されています。

毎号、演劇情報や映画情報を厳選して掲載。注目のアーティストをインタビューする連載"Artist Choice!"の他にも劇場・映画館周辺をご案内するお役立ちMAPやコラムなど、盛りだくさんでお届けします。
公式サイト




演劇ジャーナリスト・徳永京子による
今月のおすすめ舞台公演をご紹介

ステージ・チョイス! マームとジプシー『ハロースクール、バイバイ』


マームとジプシー『ハロースクール、バイバイ』

― 繊細さが強度を持つことは可能か?

若い世代の台頭を「怒れる若者たち」と呼んだ国や時代もあったけれど、新しい才能は基本的に、前世代の繊細さを更新(/変形)して枝葉を伸ばしていくものだ。特に、とりあえず平和で豊かなこの国では、若い表現の繊細さを否定するような蛮行は、よほど旧体質の人間だってしないだろう。でもそこには問題もあって、あまり大事にされると、繊細さは根腐れを起こして枯れてしまう。だから多くの才能は、生き残るために繊細さを卒業し、引き換えにマスに通じる強い表現や、座りのいいテーマを獲得して大人になっていく。

繊細さは強さと両立しないのか。たとえば「忘れていたあの微弱な自分だけの感情がなぜ今、演劇という形になって目の前で再現されているのだろう?」という、幻覚と紙一重の確信。そんな1対1の関係が客席中で多発すること、その確率が公演を重ねるごとに増すような奇跡は、ないものねだりなのだろうか。

― 多くの人の記憶の底にリーチする

という、長く持ち続けてきた疑問に、私はひとまず、マームとジプシーで保留をかけようと思う。結成は07年とキャリアは浅く、作・演出の藤田貴大は25歳、レギュラーメンバーも同様に若いが、彼らが粛々と、かつ果敢に取り組む演劇には、そう感じさせるものがある。最大の特徴は、ひとつのシーンを別の角度から繰り返す映像的な演出だが、精度を極めた結果、角度が変わるたびに物語の重層が切り拓かれ、デリケートな感覚が流れ出て、多くの人の記憶の底にリーチする。『ハロースクール、バイバイ』は中学の女子バレー部を舞台にした新作とのことだが、すでにスキルの高い演出と俳優達の演技は、さらに強靭かつ新鮮になっているはずだ。



作・演出:藤田貴大
出演:伊野香織、荻原綾、河野愛、木下有佳理、斎藤章子、成田亜佑美、緑川史絵、尾野島慎太朗、波佐谷聡

◇京都公演
2010年11月12日(金)~14日(日)
アトリエ劇研

◇東京公演
2010年11月24日(水)~28日(日)
シアターグリーンBASE THEATER

チケット料金:2,000円 他
当日券:あり
上演時間:約90分
お問い合わせ先:090-9137-8647(制作:はやし) 公式サイト




ステージ・チョイス! 『DRAMATHOLOGY/ドラマソロジー』


『DRAMATHOLOGY/ドラマソロジー』

― エルダー世代、個人史のドラマ

ますます注目度が増すフェスティバル/トーキョーの、今年の目玉と言っていいかもしれない。構成・演出の相模友士郎は、昨年、伊丹市の依頼で制作したこの作品が、フェスティバル・ディレクターの目に止まっていきなりの起用となった。伊丹市の70歳以上の一般住民が個人史をとつとつと語り、それがやがて大きな歴史へ、さらに私達ひとりひとりとつながっていく、唯一無二の演劇体験。

写真: (C)Takashi Horikawa


構成・演出:相模友士郎
出演:増田美佳、足立一子、足立みち子、飯田茂昭、相馬佐紀子、中川美代子、藤井君子、三木幸子
日程:2010年11月26日(金)~28日(日)
劇場:東京芸術劇場 小ホール1
チケット料金:3,000円 他
当日券:あり
上演時間:90分
お問い合わせ先:F/Tチケットセンター 03-5961-5209(12時~19時)
公式サイト




ステージ・チョイス! 現代能楽集V 『「春独丸」「俊寛さん」「愛の鼓動」』


現代能楽集V 『「春独丸」「俊寛さん」「愛の鼓動」』

― 割り切れない古典の世界をどう料理?

古典特有の、現代の理屈では計算しきれない不可思議な物語性。生活の動作とは切り離された様式。それらを今の演劇の中に採り入れる試みが、この現代能楽集シリーズ。第5弾は『俊寛』など3作を川村毅が翻案。演出に当たるのは、今、劇作家としても演出家としても乗っている倉持裕。ロジカルに見せて、理不尽なほど感情を高めることが得意な倉持は、古典との相性が意外といいかも。

撮影:阪野貴也


企画・監修:野村萬斎
作:川村毅
演出:倉持裕
出演:岡本健一、久世星佳、ベンガル、西田尚美、小須田康人、玉置孝匡、粕谷吉洋、麻生絵里子、高尾祥子
日程:2010年11月16日(火)~28日(日)
劇場:シアタートラム
チケット料金:5,500円 他
当日券:あり
お問い合わせ先:世田谷パブリックシアターチケットセンター 03-5432-1515
公式サイト


◇シネマラインナップ

『スプリング・フィーバー』
公開日:11月6日(土)~
上映館:シネマライズ

『クリスマス・ストーリー』
公開日:11月20日(土)~
上映館:恵比寿ガーデンシネマ

『海炭市叙景』
公開日:12月18日(土)~
上映館:ユーロスペース


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