飄々とした語り口で注目を集める今泉力哉監督
注目の若手監督によるインディーズ作品をDVD化して全国の映画ファンにお届けしようという「アップリンク・ニューディレクターズ・シリーズ」。これまでに4人の監督による7作品をリリース。その一人、石井裕也監督は今年『川の底からこんにちは』で大きな注目を集め、またすでに傑作との呼び声も高い新作『婚前特急』の公開を来春に控える前田弘二監督も同シリーズから2作品をリリースしている。そんな「アップリンク・ニューディレクターズ・シリーズ」の第8弾は、これまた将来映画界を大いに騒がせそうな実力派新人、今泉力哉監督による短編作品集『最低』だ。
全部の作品が好きといえる監督はいないですね
今泉力哉監督の映画を見て、おそらく誰もが感じるのはその風通しの良さだろう。いわゆる芸術映画風の難解さやシネフィル的な韜晦とは無縁の一見非常に分かりやすい作風は、それゆえ誰にも似ておらず強烈なオリジナリティを感じさせる。そんな今泉監督の映画がどこから生まれたのかインタビューしてみた。
中学校の頃は国語・数学・理科・社会みたいな勉強の方が得意な子で、図工や美術の成績は1とかだったから、高校のとき芸術系の大学に行くって言ったら皆に失笑されたくらい。“何で?”って友達は笑ってましたね。でも映画をやりたいってのはずっとあって。
ちっちゃい頃から祖父ちゃんが映画館に連れてってくれて、映画をよく見てたってのが大きいです。地方(福島県)なんで二本立てとかがよくあって。最初にそういう映画でめちゃめちゃ面白かったのが『ホーム・アローン』。筆箱とかポスターとかそういう映画グッズを初めて持ったのが『ホーム・アローン』で。『ホーム・アローン』とたしか『シザーハンズ』が二本立てでやってて。それが一番印象に残ってますね。小学校3、4年の頃かな。
『最低』より
映画はよく見ていたというものの、決してマニアにはならなかったという今泉監督。
中学、高校の頃レンタルビデオは見まくったりしてたけど。でも、未だになんですけど、そういう映画好きな人が見てそうな“ヌーヴェルヴァーグ”がどうたらみたいなのはあんま見てなくて最近になって、エリック・ロメールの映画をそれまで一切見たことなかったのに、友達から“好きなんでしょ?”とか“意識してんじゃないの”とか言われて初めて見て。自然な感じというか、あまりお芝居をしてなくて話の内容も無くてみたいな部分ではたしかに近いと思われるかもしれないなと。でも似てるどころか全然真逆だと思った。『緑の光線』って作品です。“見たら絶対好きだよ”って言われて。実際見たら“何でこれが?”とは思ったけど、でも面白かった。カット割についてなんかは全然自分とは違うことをしてて。
生っぽく撮る方法っていっぱいあるんです。ロメールの他の作品を見てないので全部がそうではないと思うんですけど、『緑の光線』はあんまカットを割らないし、会話しててもしゃべってる一人だけをずっと撮ってても保つって分かってるから。カメラがうるさくならない程度にパンを使ったり、今あんまり使わないズームで寄ってったりというのも平気でしてて。でも見ててそんなに気にならない。あと、無駄にアップにしたりしないから、結構登場人物の見た目が似てたりして誰が誰だか分かんなくなったりしてもそっちのことはどうでもいいっていうか。そこが面白いなと思った。
『微温』より
今泉監督の映画がシネフィル的な嫌味を感じさせないのは、実際にその手の作品をあまり見てこなかったといのがやはり大きいようだが、そこにはあえての部分もあると言う。
映画館でバイトしてた時にヤバいなって思ったことがあって。“この監督の映画なら全部面白い”みたいに言っちゃう人とか“この役者が出てる映画は全部面白い”みたいなことを言っちゃう人っていっぱいいると思うんだけど、俺はその感覚は危ないと思ってて。好きな監督の作品でも“今回はちょっと微妙だったね”みたいなことを言えるようでありたいと思ってて。そういう意味では全部の作品が好きというような監督はいないですね。
それでもあえて好きな監督について尋ねてみると、山下敦弘監督の名前が挙がった。
日本の監督だったら山下さんの影響はすごく大きくて。激しい葛藤とかじゃなくて、ちょっとした気まずい感じとかで作るドラマに憧れて、そっちの方が自分としては笑えるなと。笑いは相当重要です。結局コメディがやりたいってのがずっとあって。山下さんの映画もコメディだと思って見てますね。ドラマの部分はあるにしても。一番好きなのは『どんてん生活』。あれも話はシリアスかもしれないけどやっぱりコメディだと思うし。コメディって言っちゃうとそういう本当に笑わせるとかギャグっぽい感じに思われちゃうかもしれないけど、そういうものじゃない笑える映画っていうのがすごい好きで。
〈たま〉の生き方に憧れました
今泉監督のオリジナリティの元を探ってゆくと、「自然さ」「笑い」「構成の面白さ」などのキーワードが浮かびあがってくる。このうち今泉監督が意識的に挑戦し続けている「自然さ」についてはDVDの特典映像として収録されたインタビューに詳しいので、興味がある方はそちらも見て頂きたい。不自然な作劇術を否定する監督に、例えばマンガ原作などの映画化に興味はないのか聞いてみた。
全部オリジナルでやっていきたいと言うことではないです。そう言えば“うわ、これめっちゃ映画にできる。しかも自分がやりたいことに近いことができる”と思った本があって。それで、あるプロデューサーの方と企画の話をしてる時に“是非やりたい小説があるんです。絲山秋子さんの『ばかもの』っていう小説なんですけど”って言ったら、もう映画化が決まってたという。『デス・ノート』の金子修介監督で、しかもすでに撮り終わっていたという。何の情報も入って無かった。“遅っ!”て。
『足手』より
すでに劇場デビューが決まっている今泉監督。劇場用初監督作品は何とドキュメンタリーだ。このスタンスの自由さもいかにも監督らしい。伝説のバンド「たま」の元メンバーを追った音楽ドキュメンタリー『たまの映画』は2010年12月25日(土)よりテアトル新宿にレイトショー公開される。
渋谷の映画館でバイトしてた時の仲間がプロデューサーをしてて、その子が話を持ってきてくれた。最初はやっぱり、取材対象が有名な方で自分は無名だから、売名行為みたいなことになるんじゃないかなんて思ってたんですけど。でも誰かに“ドキュメンタリーって、出てくるのが誰かっていうのは注目するしその人に興味がある人は見るけど、監督名なんてよっぽど有名な監督じゃないと興味ないよ”って言われて、あ、そうだよなって。自分も海外の音楽ドキュメンタリーとか見てて、監督名とか一つも覚えてない。じゃあいいかなと。もちろん出演者たちに興味があったのは大きいです。最近のライブ見させてもらって、めちゃくちゃ面白い人たちだなって。その生き方に憧れました。
「自主映画は難しそう」とか「インディーズ映画って内輪受けの分かる人だけにしか分からないようなものでしょ」と思っている方にこそ、今泉監督の映画を見て頂きたい。数々の映画祭での受賞暦は伊達ではないことがお分かりになるだろう。DVDを手にとっていただいた方に、監督からのメッセージは以下の通り。
人が死んだりするわけでもないし、すっげえドラマがあるわけでもないのに、それなのにもしこのDVDを面白いと思ってもらえたら、それは何でなんだろうって見た人に考えてもらいた……いや、そんなこと別に考えて欲しくねえか。何だろ。えーと、映画は娯楽だっていう感覚が自分の中にはあるので、お菓子とか食ったりお酒とか飲みながら見てもらえたら一番いいかな。
11月2日(火)にはDVDの発売を記念してトークショーが開催される。監督とゲストによるトークや新作の予告編上映の他、一般から作品人気投票を行い、得票の多い作品を上映する。投票はツイッター(uplink_ndsもしくは_necoze_)まで作品名と、できればその理由も書いて呟いて頂きたい。
候補作品
『此の糸』(2005年/36分)
『そらごと』(2006年/10分)
『crisper』(2007年/10分)
『微温』(2007年/44分)
『SON OF THE FACTORY』(2008年/18分)
『灰とシーツ』(2008年/10分)
『最低』(2009年/34分)
『ざっぱ』(2009年/16分)
『cataitsutsu』(2009年/3分)
『体温』(2010年/25分)
『足手』(2010年/18分)
(取材・文:上原拓冶)
■今泉力哉 プロフィール
1981年生まれ。福島県郡山市出身。名古屋市立大学芸術工学部在学中より映画制作を開始。 卒業後、大阪の吉本NSCに通い、1年間の芸人生活を経て上京。東京の映画学校・ニューシネマワークショップに通い、映画制作を再開。 渋谷の映画館で3年間のアルバイト生活を経て、現在、監督や俳優の養成学校・ENBUゼミナールに勤務。 その傍ら、山下敦弘監督(『天然コケッコー』)のワークショップのアシスタントなどをしながら、自主映画を制作しつづける。 脚本の緻密な構成、アドリブを多用したリアルな台詞や芝居、また女性陣の美しさ、が今泉作品の特徴である。2008年『微温(ぬるま)』が水戸短編映像祭でグランプリ受賞。2009年『最低』がTAMA NEW WAVEグランプリ受賞。自身初の長編映画となるバンド〈たま〉の現在の活動を追った音楽ドキュメンタリー『たまの映画』が12月25日(土)よりテアトル新宿にてロードショー。映画制作団体『コジカケーキフィルムズ』代表。
今泉力哉DVD発売記念上映会
2010年11月2日(火)
19:30開場/20:00開始
会場:アップリンク・ファクトリー(東京都渋谷区宇田川町37-18トツネビル1F) [地図を表示]
渋谷東急本店右側道200m右側
料金:1,000円(1ドリンク付)
ゲスト:今泉力哉(『最低』監督)、今泉関係者他
上映作品:リクエストの多かった作品を上映する他、新作の予告編など
※会場のみでDVD『最低』の先行発売あり(監督のサインをもらえるチャンス!)
DVD『最低』
2010年11月5日(金)発売
ULD-572
3,990円(税込)
UPLINK
脚本・監督:今泉力哉
出演:芹澤興人、天正彩、川上望美、小宮一葉、kia、新井秀幸、小竹原晋、井上悠、笈川理紗子、大野裕佳子、関口崇則、川崎麻里子、青柳文子
撮影:村松英治、岩永洋
録音:宋晋瑞
2007年~2010年/日本/収録時間:96分+特典/カラー/スタンダード/日本語/ステレオ/片面一層
【収録作品】
『最低』
・第10回TAMA NEW WAVE グランプリ
・第6回成城大学映画研究部主催映画祭「TAKE∞」グランプリ
・ふかやインディーズフィルムフェスティバル2009優秀賞
・第2回下北沢映画祭準グランプリ
『微温』
・第12回水戸短編映像祭グランプリ
・第4回成城大学映画研究部主催映画祭「TAKE∞」グランプリ
・第5回シネアストオーガニゼーション大阪エキシビジョン(CO2)オープンコンペ部門入選
・映画芸術主催「映芸シネマテークvol.4」招待上映
『足手』
・DVD用撮り下ろし新作
<特典映像> 今泉力哉監督インタビュー
アップリンク・ニューディレクターズ・シリーズHP
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