骰子の眼

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東京都 品川区

2010-10-23 16:50


「僕は人間を撮りたい」ハービー・山口が語る、40年経っても変わらないもの、そしてカメラマンとしての原点となった1枚の写真

キヤノンギャラリーSにて開催中、写真展『1970年、二十歳の憧憬』とともに行われた講演会レポート
「僕は人間を撮りたい」ハービー・山口が語る、40年経っても変わらないもの、そしてカメラマンとしての原点となった1枚の写真
『1970年、二十歳の憧憬』より、ハービー氏が現在のスタイルを志すきっかけとなったカット。(c)ハービー・山口

写真家ハービー・山口の写真展『1970年、二十歳の憧憬』が東京・品川のキヤノンギャラリーSにて開催。1969年から1973年にかけて、当時二十歳前後であった山口氏が撮影し、「人間を撮りたい」という氏の写真のスタイルを決定づけた未発表のモノクロ写真で構成。これに伴いハービー・山口氏による講演会がキヤノンホールSにて開催された。講演では、この写真展のために作られたシンガー・ソングライター入日茜さんのオリジナル曲がスライドとともに披露されたほか、当時のエピソードや、その後単身ロンドンに渡り写真家としての修業を行った際の交友録、そして写真家を目指す若い世代へのメッセージなどが語られた。

自分のやりたいことに正直に生きていく

「今回ギャラリーで展示してある写真は、40年前、1970年代の写真です。人々を撮っているということで、作風がぜんぜん変わってない。それはできれば二十歳にして既に悟っていたんだと信じたい(笑)。テーマによって作風が変わる写真家も画家も映画監督もいらっしゃるでしょうし、まったく変わらないアーティストもいる。時流に乗ってないと不安だというのもあるのかもしれませんが、僕は自分のスタイルを崩さないというのがポリシーでした。 この前写真学科に通う学生と話ししていたら、最近は受賞した作風をまねして卒業制作を作っている人が8割いるというんですよ。スタイルだけを追って、自分の心はどこかで蓋をしてしまっている。それじゃあ本末転倒じゃないですか。僕の場合はストレートな、ぜんぜん前衛でもなんでもない、その人にすっと寄ってスナップするという方法で撮っている」

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(c)ハービー・山口

「初心というものは、若い頃に『僕は人の写真を撮りたい』と思う、そのいちばん濁りのない純真な心の発露ではないかと思います。お金儲けのためにこういう方向に行こうとか、流行りのためにこういう風に行こうと、考えるとどんどん純真さを失っていってしまう。その結果、何十年か経った後、50歳60歳になったときにふと振り返って、自分はほんとうに撮りたいものを撮れて生きてきたんだろうか、それとも、時代に翻弄されていたんだろうか、という答えが出てくるんです。今日いらっしゃった方にはアマチュアで写真を撮っておられる方も多いと思いますが、プロでもアマチュアでも、自分の撮りたいもの、自分のやりたいことに正直に最後まで生きていくというのがいちばんの人生のいい過ごし方だと思っています。でもそれがまた難しいんですよね。家庭の事情とかいろいろな障害があって、なかなかそうはいかない。
例えば人生90年を、春、青葉がはえて、秋になり紅葉し、冬になり散っていく、その葉っぱの一年に例えるなら、人類という大きな樹の幹があって、我々ひとりひとりは葉っぱのひとつひとつなんです。葉っぱが生え変わろうが幹は何百年、何千年と生きている、それが人類なんです。その一年という寿命で精一杯のことをして、未来の樹に繋げていく。生きている一生を、次の人間にバトンタッチするように、一生懸命生きていく。これが人生なのではないでしょうか。現代は、人間が自由な権利を主張するがゆえに社会がばらばらになって、価値観が多様化しすぎている。そのなかに人間としてすべて共通の価値観というのがどこかにあっていいんじゃないか。そして、幹を守るという、人類の未来のために我々ひとりひとり生きてるんだという気持ちを持つことが必要なんだと思います。最近NHKでハーバード大学の(マイケル・)サンドル教授が、共通善ということを言っていたのを見ました。あまり縛ってしまうと社会主義や独裁主義になってしまうから、自由を守る権利というのはあるんだけれど、心の底辺でどこか人間として世界全体の幸せを祈る心を持つべきではないかということを、サンドル教授は学生に語っていました」

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(c)ハービー・山口
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(c)ハービー・山口

日本人に希薄になった連帯感

「70年代を振り返りますと、僕は確固たる政治的なものがあって、どちらの派について、というのはなくて、おろおろしていた学生でした。石を投げるとか、他の学生が国家への反発とか戦争反対を叫ぶなか、『でも暴力とかいいのかな』と感じている、ちゅうぶらりんな、恥ずかしながらいわゆるノンポリだったんです。でもなんかしなきゃいけないと、写真を撮ることでなにかを感じるかなと思っていました。
学生運動の写真を撮るときも、デモ隊からつかず離れずいたんですけれど、カメラマンから被写体に近づかないと撮れないので、あまり近づくと検挙される、そのへんの感覚が難しい。新聞社のカメラマンはちゃんと腕章をしているけれど、我々学生はなんの身分の証明もないので、警官に捕まってしまう。結局4年間撮りましたけれど、戦争反対は解るんですけれど、どういう方法論がいちばんいいのか解らずじまいで。解ってる人がいたのかいなかったのか、そのへん中途半端に終わってしまったのですが、でも言えるのは、全員でやっていこうという機運はいまよりずいぶん意識としてはあって、連帯感という言葉が大学生のなかで多く使われていた。いまはそういうことはなくて、サッカーのワールドカップで勝つと六本木の交差点で騒ぐ、そうところで日本人としてのアイデンティティを感じるくらいで、他にないのがそれが寂しいと思います」

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(c)ハービー・山口

スナップ写真を撮る心得

「スナップ写真をたくさん撮ってきて、昔は個人情報保護法とかそういった感覚はなくて、ガキどもは自由に撮れてたし、親も自分の子供を撮られるのを喜んでいた。いまはそれが逆で、『なんで撮ってるんですか』みたいなことから問われてしまって、『知らないおじさんと話しちゃだめよ』とか、他人との感覚が冷たくなってますよね。僕の子供が小学校に入ったときも、運動会でカメラを持ってくる場合は事前に申し込んでおかないといけない。他人がカメラ持っていって撮るのを防いでいるというんです。カメラマンにとってこれは、街でスナップを撮るときは非常に不都合なんです。なので、僕が見ず知らずの人に声をかけるときは、身分を明かして『すいません、カメラマンなんですけれど、いまとてもおふたりいい雰囲気なんで撮らせていただけませんか?』と、ぜんぶばらしてしまうと、意外と喜んでくれる。隠し撮りみたいにしているといちばん良くないんですよね。
ついこの間広尾を歩いていたら、後ろから女子高生が急に4、5人歩いてきた。あっ撮りたいなと思っても、変なおじさんと言われるんじゃないかって、勇気がいるじゃないですか。でもおもむろに振り向いて『きみたちさ、すごく明るくていいんだけれど、ちょっとそのまま自然にして、写真撮らせてくれる?僕プロなんだけれど、いい写真撮れたら作品に使いたいんだ』って言ったら、喜んで撮らせてくれた。はっきりと大きな声で、自分のことをさらけ出しちゃったほうが相手も気持ちいい。だから堂々と撮ってしまって、そこから逃げないことが、スナップするコツです」

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(c)ハービー・山口
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(c)ハービー・山口

写真家としての人生をきらせてくれた写真

「今回の展示は、40年前に撮ったネガが泉屋のクッキーの缶に入れられていたのを発見したことがきっかけでした。1969年に大学生のときに沖縄にいったときの写真も含まれていました。その当時は日本に返還前で、渡航証明書のような書類を作って、お金をドルに替えて現地に入ると、車が右側通行なんです。そこに基地があってサトウキビ畑があった。普天間の問題は今いろいろと言われてるけれど、この写真展のなかには、40年間経っても変わらない基地問題がある。そうした解決しない問題もあれば、カメラマンの僕に無邪気に笑ってくれる子供の表情のような、人を信じる心、人を大切にする心を我々は40年で知らず知らずのうちに失ってしまったのではないかと思います」

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(c)ハービー・山口

「僕が人々の写真を撮るようになったのは、ひとつの理由があります。風景とか動物は一切撮らないんです。興味がないというか、それは風景写真家にまかせておけばいい。僕は人間を撮りたい。しかも人の心をポッとあたたかくする写真を撮りたいと常々思っていました。僕は生まれて3か月くらいから15、6歳まで、腰椎カリエスという病気にかかり、記憶のある最初からコルセットをずっとはめてたんです。中学になったら取り外せるようになったけれど、子供の頃は、はいはいして歩けるようになっても、腰が痛いので立ち上がることができない。記憶をさかのぼると、幼稚園は全く行けずに、小学校でも仲間はずれにされて、夢も希望もない少年時代をずっと過ごしていました。
中学2年で写真部に入ったときに、写真で人の心が優しくなったら、僕みたいな落ちこぼれな人間も一生を送れるんじゃないか、そういう社会を変えたいという気持ちがすごく起こってたんです。それで人間の写真を撮って、かつ、人間っていいよね、人間ってこんないい表情するのかっていう写真を撮りたかった」

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10月2日、品川キヤノンホールSで講演会を行ったハービー・山口
「今回見つかったネガケースのひとつに〈1970年1月25日池上本門寺〉と書いてありました。それは、バレーボールをやってる少女ふたりを見かけて、ひとりに『すいません、ちょっと写真を』 と言って、カメラを向けたんです。そのうちにボールがある瞬間当たりそうになったときに、その子が『あ、当たっちゃう!』とすごい優しい目で僕を見た。そのときこんなに美しい目があるのかと、同級生も先生もみんな冷たい目でずっと僕のことを見ていたのに、と感動したんです。この目を、僕は一生、いろんな国を旅して撮っていこうと心に誓った。僕の写真のテーマを見つけた日なんです。それが今回の写真展のメインカットになっています。僕の写真家としての人生をきらせてくれた写真です」

(取材・文:駒井憲嗣)

【関連記事】
ハービー・山口:過去から現在までの作品約240点展示『ポートレイツ・オブ・ホープ』(2009.6.18)


■ハービー・山口 プロフィール

1950年、東京生まれ。中学2年生の時写真部に入る。高校、大学と写真部で過ごし、片時もカメラを放さなかった。1973年、ロンドンに行き10 年を過ごす。ロンドンでは、劇団に入り役者として100回の舞台を踏む。折からのパンクムーブメントを体験し、街の人々にカメラを向ける一方、無名時代のボーイ・ジョージと同居するなどしながら、ミュージシャンの写真を撮る様になる。1980年代中頃に帰国し、日本のミュージシャンの写真を撮るかたわら、若者から老人たちの素顔に迫ったポートレイトが高く評価されるようになった。写真以外にも、エッセイ執筆、ラジオのパーソナリティーなどもこなし、幅広い人気を集めている。個展、写真集多数。
公式サイト


ハービー・山口 写真展『1970年、二十歳の憧憬
11月2日(火)まで開催

キヤノンギャラリーS(東京都港区港南2-16-6 キヤノンSタワー1F)
10:00~17:30 日・祝日休館 入場無料
公式サイト


DVD『代官山17番地』

写真:ハービー山口
出演:福山雅治
日本/2001年/90分/モノクロ/ドルビーステレオ
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3,990円(税込)
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