骰子の眼

cinema

2010-10-08 09:00


フランソワ・オゾン監督、カトリーヌ・ドヌーブ主演『しあわせの雨傘』「フェミニストの視点を持った映画、女性が自分の居場所を見つける物語」

真骨頂となる諧謔と風刺に満ちた新作を、フランス在住のコントリビューター佐藤久理子さんがレポート
フランソワ・オゾン監督、カトリーヌ・ドヌーブ主演『しあわせの雨傘』「フェミニストの視点を持った映画、女性が自分の居場所を見つける物語」
(c)Mandarin Cinema 2010

今年のヴェネチア映画祭のコンぺティションで人気が高かったにも拘らず無冠に終わった作品が、三池崇史の『十三人の刺客』とフランソワ・オゾンの『しあわせの雨傘』(原題POTICHE)だ。この連載では一応フランスものを紹介することになっているので、今回はコメディとして会場を沸かせた後者のフランス映画を取り上げたい。
とかくシリアスなアート・フィルムが評価されやすい映画祭では、明るく笑えるコメディは評価されにくいと言われている。だが、『8人の女たち』や『ホームドラマ』のオゾン監督だけに、ただ楽しいだけのコメディでないことは想像がつくだろう。実際『しあわせの雨傘』はこれまでにも増してメッセージ性や社会性が覗く、ピリリとスパイスの効いた作品になっている。
題材は70年代を舞台にした、フランスで人気の高い大衆劇の戯曲。地方都市を舞台に、そこで雨傘の工場を経営する横柄な企業主ロベール・ピュジョル(ファブリス・ルキーニ)とその家族、従業員たちをめぐって生まれるドラマを描く。企業主と組合の対立が増し、ついに従業員たちはストライキを起し、ロベールを人質に取って立てこもる。緊急事態にロベールの代理を務めるのは、彼が日頃見下してきた“お飾り的(=POTICHE)な”美しい妻スザンヌ(カトリーヌ・ドヌーブ)。ところがスザンヌは意外にも辣腕を発揮し、従業員をまとめて経営を立て直す。職場環境を改善し、傘のデザインにも現代性を取り入れ、経営は以前にも増して好調に(この過程のテンポのいい語り口とポップなヴィジュアル感はこの監督の十八番)。だがそこに、解放後もショックで病に倒れていたロベールが復帰すると……。
そこからはオゾンが独自に書き足した第三幕が展開する。最後の最後までひねりが効いていて、ラストはここまで行くか、というオチ。

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(c)Mandarin Cinema 2010

ところで70年代のフランスといえば、まだまだ共産党の威力が強く、支配者側であるブルジョワジーと労働者の対立、ストライキなどは日常茶飯事だったという(ストは現代のフランスでもよくあるが)。オゾンはこうした時代設定や雰囲気を生かすことで、現代とのギャップを笑いに転化する。だがその一方で、登場人物のセリフのなかに現在のフランスの政治家の暴言・迷言を織り交ぜ、単純にノスタルジーや寓話に陥らない現代社会への目配せをしてみせる。たとえば威圧的なロベールが従業員を喝破する「働けば働くほど金が儲かるのだ」というセリフは、かのサルコジ大統領の言葉。他にも大統領がパリの見本市を訪問した際に、一般市民に向かって言い放ちスキャンダルになった、「どけ、この馬鹿者」(ロベールはこれを息子に向かって言い放つ)や、現社会党員のロラン・ファビウスがセゴレーヌ・ロワイヤルを揶揄した「誰が子供の面倒を見るんだ」といった言葉が引用されている。これらはいかんせん字幕として他国語に訳されてしまうと引用とわかりにくいかもしれないが、フランス人にとってはたまらなく皮肉に満ちた笑いをもたらすだろう。なんせそれぞれがぴったりとマッチしたシチュエーションで用いられているのだから。

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(c)Mandarin Cinema 2010

専制的な夫と従順な妻というブルジョワ家庭の構図を風刺し、最終的には女性の解放、自由な生き方を謳い上げているところもこの監督らしい。ヴェネチアの記者会見で彼はこの映画をはっきりと、「フェミニストの視点を持ったもの。これは女性が自分の居場所を見つける物語で、現代にも通じる普遍的なテーマ」と語っていた。女性観客ならとくに前半、言葉の暴力を浴びせられ続けるスザンヌに共感し、彼女の解放を祝福せずにはいられないはずだ。
もうひとつ、往年の映画ファンにとって楽しみなのはドヌーブと脇役で登場するジェラール・ドパルデューの共演だろう。かつて互いに惹かれ合っていた仲という設定のメランコリックな場面(スロー・ダンス付!)に、『終電車』などふたりの共演作を彷彿として、感慨深いものがあるに違いない。
フランソワ・オゾンといえば、一作ごとに趣の異なる新しいものをもたらしてくれる監督というイメージがあるが、そんな彼も今年で43歳。立派にフランス映画界を牽引するベテランになったと、本作を観て実感させられた。まあ、ヴェネチアの審査員長を務めたタランティーノの趣味ではなかったということなのだろう。

(文:佐藤久理子)


『しあわせの雨傘』
2011年正月第2弾 TOHOシネマズ シャンテ、新宿ピカデリー他全国順次公開

監督:フランソワ・オゾン
主演:カトリーヌ・ドヌーヴ、ジェラール・ドパルデュー、ファブリス・ルキーニ、カリン・ヴィアール、ジュディット・ゴドレーシュ、ジェレミー・レニエ他
配給:ギャガ
原題:POTICHE
103分/フランス語/カラー/35mm/2010年/フランス

第23回 東京国際映画祭にて上映が決定
10月24日(日)18:40
会場:TOHOシネマズ 六本木ヒルズ Screen5
東京国際映画祭公式サイト

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