骰子の眼

cinema

東京都 渋谷区

2010-09-24 22:24


[CINEMA]「聖なるものと邪悪のもののダブルバインドで考えさせるところに知らずに影響を受けた」谷崎テトラが語る『エル・トポ』
映画『エル・トポ』より

70年代ニューヨークでの公開以来、カルト映画として好事家の間で語り継がれ、日本にも熱狂的なファンを多く抱えるアレハンドロ・ホドロフスキー監督の『エル・トポ』。猥雑かつ実験的な映像センスと語り口を持つホドロフスキー監督の名を一躍知らしめた今作が、製作から40年そして生誕80周年を記念して2010年、デジタルリマスター版で復活を遂げる。公開を記念してこの作品をフェイバリットとして挙げる構成作家の谷崎テトラをトークゲストに迎えての試写会が渋谷アップリンク・ファクトリーで実施された。ティーンの頃に衝撃を受けて以来、知らずのうちに自らの作品にも影響を受けているとする谷崎氏が『エル・トポ』への愛情を語ってくれた。

アンダーグラウンド・ムービーの先駆としての『エル・トポ』

──テトラさんの『エル・トポ』との出会いからお話をお願いします。

「皆さんご覧になって、まず『いったいなんだこれは!?』という感じだと思います。ここで表現されていることの意味とか、いったい何を描きたいのかというのがクエスチョンマークというのがあって、僕もこれを18、19くらいの学生の頃に観てトラウマになるくらい大ショックを受けた。映画評論家の町山智浩さんも言っていますけれど、ショックを受けたり『なんだこれは!?』ということこそが大切で、僕は20年間ずっといろんなかたちでフラッシュバックしている映画なので、ここで「『これはこういう意味なんだ』という答え合わせみたいなことをつぶさに話さないほうがいいのかなと思っています。感じた衝撃をまずは味わっていただくということがいちばん。きれいでスピリチュアルなものと、邪悪なものが対比されている構造、それから見ているものの価値観そのものに問いかけるということが強烈な意図になっている。誰もが正しいと感じているストーリーラインを裏切り続けるということです」

──私たちが映画を観る前提として染みついているものを覆えされる感じはありますよね。

「価値観そのものにアタックを仕掛けてくるということ自体が重要だと思うんです。僕も後からいろいろ調べたことですが、まずこの映画が最初に上映された背景について説明すると、1970年代というすべての文化が過剰さを増していた時代、牧歌的なラブ・アンド・ピースのフラワー/ヒッピー・ムーブメントの時代が終わって、ヒッピーたちが抱いたいろんな幻想がひとつひとつ崩れていく。ジャニス・ジョップリンが死に、ジミ・ヘンドリクスが死んで、ドアーズのジム・モリソンが亡くなって、ジョン・レノンが言ったラブ・アンド・ピースの結果としてチャールズ・マンソンのようなカルトが生まれて、ピュアな若者を殺人集団に代えていくという、ネガティブがすべて出てきた時代が1970年代。音楽もプログレッシブ・ロックが出てきて、ハードロックからメタル、グラムロックとどんどん過剰になっていって。それはある種いろんな文化や情報が麻痺して、その過剰さを増していく時代だった。
アンダーグラウンド・ムービー、ミッドナイト・ムービーなんて言い方もされていますけれど、最初の上映はニューヨークのエルジン劇場でされていて、メキシコでホドロフスキーが作って、ユニバーサルのような映画会社に一生懸命この映画を配給してくれないかとプレゼンするんです。どの映画会社も「この映画はすごい!でも興行できない」ということで、エルジン劇場が深夜12時にこの『エル・トポ』を上映した。広告の予算もないから新聞の一行告知だけ。それを観た人たちの口コミによって、半年間のロングランとなった。エルジン劇場の様子を漏れ聞くと、まずそこに集まっている人たちが、マリファナの煙がもうもうというところで、普通のエンターテインメントの劇場映画として観るというよりも、ハードコアでエクスペリメンタルな体験ですね。地下クラブのようなところですさまじくエキセントリックなものを体験できる、ニューヨークのアーティストがいちばん集まっている場所です。たいがいのことは驚かないタフで自由な発想のニューヨーカーたちのなかでもいちばんヒップな人が集まっているなかで、さらにそれを驚かせようということでこの映画が上映された」

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映画『エル・トポ』より

「有名な話で、ジョン・レノンとオノ・ヨーコがふたりで観にきて『なんなんだこの映画!?』と驚いて、ふたりでもう一度観に来る。それで「この映画はすごい重要だ」と、この映画と次回作『ホーリー・マウンテン』の配給を自分でやると言った。その後『エル・トポ』はジョン・レノンの力によって一般の映画として興行されるけれど、ブーイングの嵐で、3日で打ち切りになってしまう、というのがこの映画の神話です。
ところが、ここからスタートするかたちでいわゆるミッドナイト・ムービーのシーンというのが生まれてくる。フリークスを扱ったものとかエキセントリックなもの、ジョン・ウォーターズの『ピンク・フラミンゴ』(1972年)に至るまでの様々な映画が出てくるんですけれど、でもやっぱりそのなかでもホドロフスキーのアプローチは異質なんです」

──品格がありますよね。

「そうなんですよ。この映画の僕がいちばん感じる魅力は、詩的で美しいことなんです。表面的にみるとグロテスクなシーンがあるので苦手という人もいるんですけれど、胸がキュンとなるような美しさがある。2作目の『ホーリー・マウンテン』には、拳銃で人が撃たれると胸から小鳥が飛び出してくるというシーンが出てくるように、詩人が詩のなかで行う表現を映像で描く。そこに僕は虜になりました」

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ホドロフスキーのある種の薄さ、不条理さに惹かれるという谷崎テトラ氏

ものすごく醒めたところから熱狂的に祈っている感じ

──谷崎さんは『エル・トポ』に20年くらいとらわれていて、いま放送作家などのお仕事のなかでどのように転化されていますか?

「大学のときにこれを観て、その後東京で作家活動をはじめるのですが、直接『エル・トポ』の影響と思っていなかったことでも、後から見るともろホドロフスキーの影響かなと思うところはあって。アートスクールに行っていたんですけれど、等身大のキリストの像を作って海岸に25本それを並べて燃やしたり(笑)。番組を作るときも30分間ずっと賛美歌を流し続けて、それと全然ちがう映像を出すということを、個人の表現として深夜番組で実験的にやってみたりするんですが、今見るとそれはホドロフスキーとまったく逆のもの、聖なるものと邪悪のものを同時に提示してそのダブルバインドのなかでなにかものを考えさせるということだった。といってもなにかシリアスになりすぎる瞬間に、ギャグに転じたり、崇高なものをくだらないと思わせる。宗教的な映画と見える反面、神不在の映画で、むしろ仏教的諦観にも近い。そう思いきや、次の瞬間に冗談なものになっていく。そうしたストーリーラインのなかで、ホドロフスキー自身による作曲で演奏している牧歌的なメロディが入ってくる。そんな魅力があるんです」

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映画『エル・トポ』より

──映像が激しい分、そのアンバランス感がありますよね。資料を見るとその頃ホドロフスキーは禅にはまっていたという記述もあって、そのあたりからくるんでしょうかね。

「日本人の禅と比べると、ずいぶん西洋風のヒッピー的な誤解された禅なんですけれど、ある種の無常観を描こうとしていますよね。そのところでまさにタイトルの『エル・トポ』は“もぐら”という意味ですけれど、光を求めて土を掘り進めていって、光を見た瞬間に死んでしまうという、ホドロフスキーもなにかを求め続けて、そしてこれだと思った瞬間に違うものになっていく感じ、三島由紀夫も同じことを言っているんですよね。ものすごく醒めたクールなところから熱狂的に祈っている、でも祈りの対象さえ不在かもしれないという、そこの不条理さというものに対しての思いが伝わってきて、ほんとうにおもしろいと思います」

──それと同時にテトラさんは「これは父親殺しのストーリーだ」と形容されていますけれど、旧約聖書に通じるようなところもあるのではないかとおっしゃられていましたが?

「アイコン自体はいろんなものを持ってきているんですが、ポストモダンというか記号的に使っていて、一見深そうに見えて浅いとも言える。なので聖書的な文脈から読み取ろうとすると、また違ってきてしまう。それはほんとうにキッチュなものを寄せ集めて提示するホドロフスキーのスタイルからきているということですね。僕も読み解こうとしてみたんですけれど、父と子のストーリーだと言った瞬間に違うものが映画の中で発見されるように、ずらしていくというところがあって、そこはある種の薄さがあるので、身構えずに味わうということがいいと思います。詩や絵画を見るように観てほしいですね」

──最後に、ここがもっともしびれたというシーンを教えてください。

「僕は一にも二にもオープニングですね。砂漠のなかでエル・トポが裸の子供とともにやってくる、無垢の子供がなにを象徴しているのかと思って観るんですが、強そうな父が実はすごく卑怯な男だということが見えてくる。聖人かと思いきやそうではない。7歳になって自分の母親の写真とテディベアを砂に埋める、そこから先のストーリーでその意味を探そうとするんだけれど、どんどんその最初の美しさから離れていきますよね。ラストシーンが答えになっていなくて、オープニングのシーンになにかがありそうな気がする。そこにあのメロディがくると切なくなってしまいますね」

(取材・文:駒井憲嗣)

『エル・トポ 製作40周年デジタルリマスター版』

9月25日(土)よりヒューマントラストシネマ渋谷にてロードショー
監督:アレハンドロ・ホドロフスキー(『ホーリー・マウンテン』)
出演:アレハンドロ・ホドロフスキー、ブロンティス・ホドロフスキー
1970年/アメリカ・メキシコ/123分/原題『EL TOPO』
配給:ロングライド+ハピネット
宣伝:テレザ

レビュー(3)


コメント(1)


  • 今野裕一   2011-03-02 02:19

    『夜想』フリークス&モンスター特集のとき、テトラさんに原稿をお願いするのであった。しまった!! 『エル・トポ』はショコタンも好きな映画、ナベプロに原稿依頼したら、初めはフリークスってなんですか? という感じだったので資料を送ったら、あんな気持ち悪い映画について書かせようとするなんて一体どういうこと(怒)とけんもほろろでした。さすが『エル・トポ』です。