イラストは映画祭の第一回目から担当してきたアナ・フアン
もはや毎秋恒例のイベントとなりつつある『ラテンビート映画祭』が今年も開催される。日本でまだ知られることの無い、良質で優れた数多くのラテン映画を紹介してきたこの映画祭も今年で第7回目を迎える。webDICEではこれから3回にわたってこの映画祭をフィーチャー。
まず登場して頂くのがこの映画祭のプロデューサーを第一回目から務めて来たのがスペイン出身のアルベルト・カレロ・ルゴ氏である。彼がこの映画祭に彼が関わるようになった経緯や、今年の映画祭の見所等について伺ってきた。
自分の映画祭を持ちたいというアイデアはずっと自分のなかにありました
───そもそも映画祭のプロデューサーを務められるようになった経緯というのは?
私はスペインの出身で、元々スペインの国営放送で働いていました。その後、東京藝術大学大学院へ留学したのですが、そもそもスペインにいた時から映画制作に関わっている友達がたくさんいましたので、彼らの作品を是非日本に紹介したいという想いを持っていたのです。そこで様々なアプローチをしてようやくある映画祭におけるスペイン映画のプログラミングを担当させて頂くことになりました。その後、政府から依頼を受けてスペインはバスク地方の映画祭を殆ど自分一人で手がけました。
『ラテンビート映画祭』プロデューサー、アルベルト・カレロ・ルゴ氏 写真:成田直茂
───ラテンビート映画祭を立ち上げる前からそういったキャリアをお持ちだったのですね。
ええ。でもそれらの映画祭は上映される作品のジャンルやテーマが非常に限られていましたので、もっと幅を広げたかったのです。だからその頃から自分のラテン映画祭を持ちたいというアイデアはずっと自分のなかにありました。
───このラテンビート映画祭は今年で7年目ということなんですが、2004年に開催された第一回目から一人で企画、プログラミングをされたのですか。
そうです。その時のノミネート作品である全18本をすべて自分でハンドリングしました。しかも開催中に行われるオフィシャルパーティーの企画や運営等、テーブルのアレンジ一つから私自身で担当したのです。第一回目のオープニング作品は、その年のカンヌのオープニング作品だったペドロ・アルモドバル監督の『バッド・エデュケーション』でしたから、開催第一回目から周りの反響も凄かったですね。
第一回目開催のフライヤー
───毎年ポスター、フライヤーが印象的です。
第一回から自分なりにファッショナブルで洗練された映画祭をやりたかったので、映画だけじゃなくて、毎年ポスターやフライヤー等にも気を使っています。最初からポスターのイラストをお願いしているのはスペイン人のアナ・フアンという女性で、彼女はアメリカの雑誌「The New Yoker」のカヴァーを飾ったこともある、本国でも人気のイラストレーターです。メインキャラクターは映画祭のトロフィーにもなっている、“ドニータ”です。映画を上映するには金額の面を始めとして、契約、翻訳、宣伝等々、やるべきことがたくさんがあります。私はそのトップなのですべてひとつずつ決めていかなければなりません。そしてこの映画祭は南米や様々な国とのやり取りも多いので、その分時差がそれぞれにあるので大変なのです。
メキシコ映画界の女神マリア・フェニックスからインスピレーションを得たというコケシ形トロフィー“ドニータ”
アルゼンチンの映画はストーリーラインが素晴らしい
───この映画祭の作品を選ぶ基準を教えてください。
私はただ自分が観てみて、「恥ずかしくない」作品を選んでいるだけです。基本的にあまり明るい作品は多くないかもしれません。コメディとかユーモアは翻訳するのが難しいですし、特に国のユーモアはそれぞれ固有なものですからね。例えば私はスペイン人ですので、ボリビアやペルーのそういった作品を観てもわからない部分があります。それを日本で見せてももっとわからないことも多いと思いますから。作品のテーマ自体は重いものも軽いものありますが、すべからく良い作品とということと、誰が見ても楽しめる作品を選んでいるつもりです。例えば今年でいえばカンニバル、つまり人を食べる話について描いたメキシコ映画の『猟奇的な家族』とかね(笑)。ラテンビート映画祭は私個人が企画したという意味でこの映画祭はインディペンデントなイメージかもしれません。でも私が第一回目からこの映画祭で紹介しているのは、それぞれ本国ではメジャーな作品ばかりなのです。アンダーグラウンドな映画も私個人は好きでよく観ますが、ここではまだ日本で知られていない各国のメジャーな作品をもっと紹介したいのです。
『猟奇的な家族』
───スペイン、メキシコ、アメリカ、ブラジル、アメリカ、ウルグアイ、チリ、アルゼンチン、コロンビア、キューバ、ペルー。10カ国以上の国の作品が出品されています。
だから作品のテイストも実に様々です。例えば先ほどお話したメキシコには元々グロテスクなもの、そういうユーモアの文化がもともとあるのです。そしてメキシコ映画の最近の傾向としていうと、ハリウッドに近くなってきたということも挙げられます。監督でいうとアレハンドロ=ゴンサレス・イニャリトゥ、ギレルモ・デル・トロ、アルフォンソ・キュアロンの3人がいますし、役者でもガエル・ガルシア・ベルナルとかディエゴ・ルナ等、彼らはすべてハリウッドでも人気があります。今回の映画祭でいうと10人の監督達が革命について描いたオムニバス作品『レボリューション』でガエル・ガルシア・ベルナル、ディエゴ・ルナは監督として参加しています。ディエゴ・ルナ初のドラマ作品『アベルの小さな世界』も上映されます。
『レボリューション』
───例えば最近のスペインの映画の傾向はどういう感じなのしょうか。
スペインでいいますと、やはりペドロ・アルモドバル監督が有名ですので、作品としては彼のテイストのラインがひとつありますね。パーティー、セックス、麻薬がテーマであったり、去年取りあげた『セックスとパーティーと嘘』という作品のアルフォンソ・アルパセテ監督等がそのラインと言えるかもしれません。今年はそういうテイストはあまりありませんが。ただアルモドバルの作品は好みが分かれるので、もちろんそれと反対のラインの作品もありますけどね。
───他に注目すべき国というのは。
現在のアルゼンチンの作品はとても強いと思います。今年ラテンビート映画祭で取り上げるアルゼンチンの作品は去年も取り上げたパブロ・トラペロ監督の『カランチョ』です。アルゼンチンの映画は総じてナラティヴでストーリーラインが素晴らしい。そして俳優の演技のレベルも高く、総合的に一番洗練されていると思います。今年のアカデミー外国語映画賞を獲った『瞳の奥の秘密』を観てもそれがわかりますね。
『カランチョ』
───キューバはいかがですか。
もちろんキューバの映画も人気がありますが、そもそも作品自体が創られることが少ないです。個人で創るのではなく、国の予算で作る場合が多いですし、日本人のテイストに合う作品が多くはない気がします。そういうなかで今年はキューバ音楽のドキュメンタリーを選びました。キューバ音楽は日本でも人気がありますから、これは必ず喜んでもらえると思いますよ。あとはコロンビアのドキュメンタリー映画『わが父の大罪』もおもしろいです。これはコロンビアで大ヒットしたドキュメンタリーで、コロンビアで知らない人はいない有名な麻薬王パブロ・エスコバルに、実の息子が彼の友達でもある今作の監督と共に迫った作品です。パブロ・エスコバルは80年代に政治家にまでなった有名なマフィアで、ジョニー・デップ主演の『ブロウ』にも彼の話が出ていましたね。
『わが父の大罪』
この映画祭でしか観る事が出来ない作品ばかり
───今回はオリバー・ストーン、コッポラという巨匠の作品もプログラムに加わっています。
オリバー・ストーンはベネズエラのチャベス大統領らを追ったドキュメンタリー『国境の南』で、コッポラの方はヴィンセント・ギャロ主演の『テトロ』ですね。『テトロ』には『天国の口、終わりの楽園』にも出演していたマリベル・ベルドゥや、アルモドバル監督の『ボルベール〈帰郷〉』にも出演していたカルメン・マウラが出演していて、舞台は全部アルゼンチンのブエノスアイレスでモノクロの美しい作品です。
『テトロ』
───例えばこの7年でラテン映画の認知度はあがったと思いますか。
どうでしょう。それほどは感じませんね。ラテン映画自体が知られていないことはないとは思いますが、例えばポップスの世界でのラテンブームは感じたことはあっても、もっと深い意味でのラテン文化のブームは私自身感じたことはありません。映画の話でいえば、もっと酷くなったかもしれない。開催当時の2004~2006年あたりは日本の配給会社ももっと作品を買っていましたが、最近は殆ど買っていません。だから素晴らしい作品は世界にたくさん存在するのに、劇場で公開されることは殆ど無い状況です。逆にお聞きしたいぐらいですよ。何故日本の若者達は映画館、特にミニシアターに足を運ばないのかと。いつでもどこの場所であっても、心から映画が好きな若者は存在するはずですよね。彼らはいったいどこにいってしまったのでしょう。
───結果的に今回のラテンビート映画祭だけでしか観ることの出来ない作品がたくさんあるということになります。
オリバー・ストーンもコッポラの作品もそうですが、今回上映される作品においても現時点で配給が決まっていない作品が多いのです。だから本当にこの映画祭でしか観る事が出来ない作品ばかりです。毎年この映画祭のプログラムには素晴らしいと自負していますが、今年は今まででも最も最強だと自信を持って言うことができますよ。
(インタビュー・中村 慎)
『国境の南』
第7回 ラテンビート映画祭
[東京]9月16日(木)〜9月23日(木・祝) 新宿バルト9
[京都]9月20日(月・祝)~10月3日(日) 駅ビルシネマ
[横浜]10月8日(金)~10月11日(月・祝) 横浜ブルク13
●東京・横浜
・当日券(1回券):一般1,700円/学生1,500円/小人、シニア、障害者手帳をお持ちの方1,000円
(前売券:一律1,500円)
・回数券(5枚綴り):6,000円(前売り券のみ)※枚数限定販売
●京都
・新作 当日券:一般1,800円/学生1,300円/シニア・小中高生1,000円(前売券:一律1,300円)
・旧作 当日券:一般1,200円/シニア1,000円/大学生800円/小中高生500円(前売券:一律1,000円)
・新作回数券(3枚綴り):4,200円(9月20日から劇場窓口にて販売)
※詳しくはこちらまで!!
第7回 ラテンビート映画祭上映全18作品(新作)
(※京都のみ旧作11本の上映あり。詳しい上映作品等についてはこちら)
・Paper Birds
監督:エミリオ・アラゴン出演:リュイ・オマル、カルメン・マチ、イマノル・アリアス
2010年/ドラマ/スペイン/115分
配給:アルシネテラン/2011年公開予定
※エミリオ・アラゴン監督、女優カルメン・マチ来日予定
・愛する人
監督:ロドリゴ・ガルシア(『彼女を見ればわかること』)出演:ナオミ・ワッツ(『21グラム』)、アネット・ベニング、ケリー・ワシントン
2009年/ドラマ/アメリカ・スペイン/125分
配給:ファントム・フィルム/2011年お正月第二弾公開
・レボリューション
監督:マリアナ・チェニリョ、フェルナンド・エインビッケ、アマ・エスカランテ、ガエル・ガルシア・ベルナル、ロドリゴ・ガルシア、ディエゴ・ルナ、ヘラルド・ナランホ、ロドリゴ・プラ、カルロス・レイガダス、パトリシア・リヘン出演:アドリアナ・バラーサ(『バベル』)、カルメン・コラル、ジャンニ・デルベス
2010年/オムニバス・ドラマ/メキシコ/105分
※マリアナ・チェニリョ監督、フェルナンド・エインビッケ監督、ディエゴ・ルナ監督、アマ・エスカランテ監督、パブロ・クルス(プロデューサー)来日予定
・アベルの小さな世界
監督:ディエゴ・ルナ出演:クリストファー・ルイス・エスパルサ、カリナ・ギディ、ホセ・マリア・ヤスピック
2010年/ドラマ/メキシコ/85分
※ディエゴ・ルナ監督来日予定
・フラメンコ×フラメンコ
監督:カルロス・サウラ(『フラメンコ』『タンゴ』『ドン・ジョヴァンニ』)出演:ホセ・メルセ、サラ・バラス、エバ・ラ・ジェルバブエナ、パコ・デ・ルシア
2010年/音楽ドキュメンタリー/スペイン/90分
・ルラ、ブラジルの息子
監督:ファビオ・バヘト、マルセロ・サンチアゴ出演:フイ・ヒカルド・ヂアス、グローリア・ピレス、ジュリアーナ・バローニ
2009年/ドラマ/ブラジル/128分
※エレナ・バヘト(プロデューサー)来日予定
・国境の南
監督:オリバー・ストーン(『プラトーン』)出演:ウーゴ・チャベス、ルラ・ダ・シルバ、エボ・モラレス
2009年/ドキュメンタリー/アメリカ/102分
・テトロ
監督:フランシス・フォード・コッポラ(『地獄の黙示録』)出演:ヴィンセント・ギャロ(『バッファロー’66』)、オールデン・エーレンライク、マリベル・ベルドゥ(『天国の口、終わりの楽園。』)
2009年/ドラマ/アメリカ・イタリア・スペイン・アルゼンチン/127分
・僕らのうちはどこ?-国境を目指す子供たち-
監督:レベッカ・カンミサ2009年/ドキュメンタリー/メキシコ・アメリカ/82分
2010年アカデミー賞ドキュメンタリー部門ノミネート
※レベッカ・カンミサ監督来日予定
・わが父の大罪 -麻薬王パブロ・エスコバル-
監督:ニコラス・エンテル2009年/ドキュメンタリー/コロンビア・アルゼンチン/94分
2010年サンダンス国際映画祭ワールドシネマドキュメンタリー部門審査員賞ノミネート、2010年マイアミ映画祭審査員賞・観客賞
※ニコラス・エンテル監督来日予定
・猟奇的な家族
監督:ホルヘ・ミッチェル・グラウ出演:アドリアン・アギーレ、ミリアム・バルデラス、フランシスコ・バレイロ
2010年/ホラー/メキシコ/90分
・キューバ音楽の歴史
総合監督:マヌエル・グティエレス・アラゴン、監督:パベル・ジロー、レベカ・チャベス出演:チューチョ・バルデス、オマーラ・ポルトゥオンド(『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ』)、ミリアム・ラモス
2009年/ドキュメンタリー/キューバ・スペイン/各52分
・大男の秘め事
監督:アドリアン・ビニエス出演:オラシオ・カマンドゥレ、レオノール・スバルカス
2009年/コメディ/ウルグアイ・アルゼンチン・ドイツ・オランダ/90分
2009年ベルリン映画祭銀熊賞・新人監督賞・アルフレッド・バウアー賞
・ファベーラ物語
監督:ヴァグネル・ノバイス、マナイラ・カルネイロ、ホドリゴ・フェーリャ、カカウ・アマラウ、ルシアーノ・ヴィヂガウ、カドゥ・バルセロス、ルシアナ・ベゼーラ出演:シウヴィオ・ギンダネ、チアーゴ・マルティンス、サミュエル・デ・アシス
2010年/オムニバス・ドラマ/ブラジル/100分
・命の相続人
監督:オスカール・サントス出演:エドゥアルド・ノリエガ(『オープン・ユア・アイズ』)、アンジー・セペダ、ベレン・ルエダ
2010年/ミステリー/スペイン/107分
・10月の奇跡
監督:ダニエル・ベガ、ディエゴ・ベガ出演:ブルーノ・オダール、ガブリエラ・ベラスケス、カルロス・ガッソルス
2010年/ドラマ/ペルー/93分
2010年カンヌ国際映画祭ある視点部門審査員賞
・家政婦ラケルの反乱
監督:セバスティアン・シルバ出演:カタリナ・サアベドラ、クラウディア・セレドン、マリアナ・ロヨラ
2009年/ドラマ/チリ・メキシコ/96分
2009年マイアミ国際映画祭最優秀脚本賞、2010年ゴールデングローブ賞外国語映画部門ノミネートほか
・カランチョ
監督:パブロ・トラペロ出演:リカルド・ダリン(『瞳の奥の秘密』)、マルティナ・グスマン、ダリオ・ヴァレンスエラ
2010年/ドラマ/アルゼンチン・チリ・フランス・韓国/107分
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