撮影:新津保建秀
しかしここ1年の渋谷慶一郎の精力的な活動はどうだろう。2009年にリリースされたピアノ・アルバム『for maria』とそのコンサート・ツアー、そして2010年1月に発表された渋谷慶一郎+相対性理論名義の『アワーミュージック』、さらに渋谷AXで開催された発売記念ライブを大成功に収める。その後も、タブラ奏者U-zhaanやサックス奏者田中邦和との競演から、国立国際美術館で開催された荒川修作初期作品展で公演が行われた『死なないための葬送曲』、そしてフロア対応のライブ・パフォーマンスまで、ジャンルの境界を越えて旺盛な音楽的好奇心を発信し続けている。現在ototoyよりDSD配信により清水靖晃とのコラボレーションによる新作を配信中の彼に、旺盛なクリエイティビティについて話を聞いた。
肯定的な空気が続いている
──ここ最近はNIKEのインスタレーションやクラブ仕様のライブなど、CD作品とは違った渋谷さんの表現が楽しめる期間だったと思います。その発端とも言えるAXのライブは渋谷さんにとってどんな感慨がありましたか?『アワーミュージック』の世界観や挑戦した技法の集大成というような気持ちもありましたか?
いや、達成感というよりも自由だなーという感じでしたね。
──自由、というと?
あそこに流れていた肯定的な空気は今っぽいなと思ったのです。実際音楽的に自由ということもあったんだけどサウンドアートとかポップスとかそういう枠組み感が無効化していく感じがありましたね。それは僕にとってはすごくヘルシーです。
──確かにオーディエンスの層はほんとうに幅広かったですね。
こっちからは見えないのですが(笑)。若い子も熟女もいたと聞いています。
──そうです、割と年齢の高い方がいらっしゃったのが印象的でした。
あのぎゅうぎゅう詰めの中に?
──そうですね、ライブハウスに通っているような若いオーディエンスと、そういう方がごちゃごちゃになっていて、それがとても、痛快な感じがしました。
まあ、だから音楽不況とか言われてますけど、僕自身全くそういう感じはしないんですよね。やりようはむしろ増えているんじゃないでしょうか。ずっと続いているやり方を守ろうとするから苦しいだけで。
──ほんとうにそういう意味でも健康的というのはおっしゃる通りだと思います。その渋谷さんの肯定感というのは、現在も持続されているのでしょうか?
続いていますね。で、やりたいことというののアイディアの振れ幅が大きくなっている気がします。僕はもともと仕事で手抜きとか流したりというのはしないほうなのですが、そのままが望まれていることが多いというのもあるので相乗効果だなと思いますが……。
──渋谷さんのリスナーの方は「手加減をしない」渋谷さんが好きなんだと思います。振れ幅というのは具体的には?
し、しかし今日も昼間インタビューが一件あって(笑)、インタビューでも手抜きをしないというのはどういうことなんだろうと考えていたのですが同じことを話すべきなのか違うことを話すべきなのかというのは、なかなか面白いですね(笑)。なるべく違うことを話そうとしているんだけど、結論が変わってきたら頭おかしいヤツですよね、両方読んだ人にとっては(笑)。手加減の話だと、10年前はそういう手加減がうまいことが美徳とされていたんです。職人的、とか言って。それはまったくもって無意味になりましたね、現在では。
──プロの方がそうした手癖でこなしてしまう、というのがもう通用しないということでしょうか。
そういう解象度が低い表現、情報にみんな飽きているということです。その人のtwitter読んだほうが面白いくらいでしょ、手抜きの仕事を聴かされるくらいなら。
──作品とその人のtwitterでの本音との温度が違ったりすると、リスナーの方はすぐ気づくと思います。
あと営業用のtwitterとかサムイですね(笑)。
──私たちインディペンデントなメディアも気をつけます。
いや、でもウェブマガジンだから。音楽とかアートの規模感というのがみんな分らなかったけど、かなり縮小した結果、好きな人が好きなことを経済的な折り合いもつけてやる、というシンプルなかたちに定着したのはいわゆるインディペンデント、というのとは違うと思うんですね。
──渋谷さんはいま、そのやりたいことの振れ幅のダイナミズムというのを、作品やライブにしっかり反映させたいという気持ちが?
いや、そういう気持ちとかなんとかの前にやらなくちゃいけないことがどんどん押し迫ってくるので(笑)。それを一生懸命やっつけ続けているところです。どれもやりたいことだし、まあそういう時期なんでしょう。ただ忙しいと余計なことを考える暇がないので関係ない作品同士が自分の中では時系列的に繋がっていって驚くことがあります。
──それはつい最近に感じられた感覚ですか?
ですね。例えば持田香織さんのプロデュースをやったのですがビートであえてTR-808を使ったんですね、自分が持っている。で、それで色々やっているときにリズムプログラムしているときにこのプログラムして段々リズムが組み上がっていく様子が面白いなと思って、それを今週の金曜日にWOMBでやるラップトップソロのライブでやろうと決めたり。
──おぉそれは聴いてみたいです。先ほどお話しのあった枠組みの無効ですね。TR-808を使おうと思われたのは?
まあ気分なんですが、持田さんのソロはELTとは違って全体的にアコースティックなんですね。で、ピアノと歌とかローズと歌というのもありなんですが、ちょっとひねりたかったというのもあるし、まあTR-808みたいなビンテージ楽器を最高解像度のDSDで録るというのが面白いと思ったんですね。
──その感覚はとても渋谷さんの作品らしいですね。
すごく僕っぽいのですがpopです。持田さんにも「おっしゃれー」と言われました(笑)。
──早く聴いてみたいですね、でもその持田さんとの作業が、ソロ作品のしかもクラブ仕様のセットに反映されるというのもおもしろいですね。
それが全く意図的でもコンセプチャルでもなくて繋がる、というのが忙しいことの良さでしょうか(笑)。意図とかコンセプトよりも僕は無意識とか何も考えないで決めるというのを優先したいんですね。そのほうが自分も人も裏切れる。
──例えばNHK-FMのプログラムなども、その一貫でしょうか?
いや、あれは明らかにやったほうがいいでしょう(笑)。NHKはすごく大胆で柔軟で自由度が高いと思いました。面白いと思います。
──髙嶋政宏さんを起用するNHKのセンスにしびれました。
すごい面白いかたでしたね、高嶋さんは。ヘッドフォンで「filmachine phonics」とか聴いたときなど目うるませて興奮されました(笑)。あとすごく音楽詳しいですね。
──プログレ好きとして音楽ファンの間では知られていますよね。
そうそう。だからここ数年のエレクトロニカとかにもすぐ反応してましたよ。
──では渋谷さんの独自の視点であらためて電子音楽を探究できる番組になっているんですね。
そう、すごく偏ったものになっています。そのほうがいいと思って。僕は音楽を作るために音楽を聴いているわけで、そういう視点からの電子音楽の進化史みたいなのがあってもいいと思うんですね。だから一般的には重要とか有名な曲も省いているのもあるしそんなに知られてないけど面白いからかけたのもある。面白かったのはCD-JでDJというかCDかけながらトークも収録したのですが、左のCDJでシュトックハウゼンのstudiesという初期の電子音楽かけて、右でmicrostoriaの1stかけたりしたんだけど、フェーダー左右に動かしてもどっちがどっちか分らない(笑)。50年以上の時差があるのに。
──すごい邂逅ですね。
すごい似てるんですよ。そういうのはいくつかやりましたね。
──それはいわゆる時系列で追うような評論家の方の考えるエレクトロニカ論とは明かに違ってきますね。
そうそう。で、僕はそういうのは出来ないからねーナントカ論みたいなのは。で、トークもかぶってるんですよ、曲に。じゃあ次の曲「ギーーーーッ」とかいうのじゃ放送できないし、かといって内容で妥協もしたくなかったので、かけながら話しているのがいいんじゃないかということで。
──(ラジオの)DJというのは今回が初めてですか?
出たことは何回もあるけど、ホストというか今回の場合は「冠番組」だから(笑)。題名に名前ついているし、全然違いますね。それは初めてです。
──ラジオのパーソナリティーというのは、また作曲活動やピアノの演奏とは違う回路を使う感じですか?
いや、回路はないから(笑)。僕の場合はどれも素なんですよね。実際どうかは自分でも分らないけど、どれも極めて素に近い。
──なるほど。twitter上でもいつでもそうですよね。
すいません(笑)。
──いえ、それは、繰り返しになってしまいますけれど、渋谷さんの音楽の手加減のなさと繋がっていると思います。
まあ、不器用な男なんです的な帰着と思ってもらえれば幸いです(笑)。ただ、この番組は三夜連続放送でしかも三夜目はスペシャルライブということで公開収録までしているわけで、かなり気合い入れてやりました。つまり、スタッフの方たちの真剣さに応えたいと思ったんですね、マジで。公開収録のライブはここ最近の僕のライブではベストの内容です。楽しみにしててください。『for maria』にローリーアンダーソンのstrange angelsっていう曲の詩をmacのテキストスピーチで読ませたものを解体して被せたりしました。
──80年代のローリー・アンダーソンの作品ですか?
89年ですね。
──それは公開収録を前提にしたアイディアだったのですか?
いや、前日にevala君とリハしてて急に思いついて、その場で作りました(笑)。
──その瞬発力はすごいですね。
僕はそのパターンすごく多いです。周りはそれこそ大変ですが(笑)。
──そうですよね、テキストスピーチだったとしても、準備が大変だったのでは……。
いやevala君に活躍してもらって、その場でババババッと。
──evalaさんといえば、僕先日のクラスターのときにライヴを拝見しまして。
はいはい。クラスターよりも良かったですね(笑)。
──ほんとうに!
でも、それは当然だと思いますけど。あれでやはりクラスター、ベテランの貫禄は違うなとか言ってたらジジイの音楽評論家と同じですよね(笑)。
──渋谷さんがevalaさんの才能を高く評価されてるのが、納得できました。
僕は身内でも良くなかったら良くないと言うし、そもそもそういう人とは一緒にやらないし(笑)。evala君のライブにしても、彼のベストとは言えなかったと思うんです。
──そうですか。
とはいえあの日では一番良かったし、フロアとリスニングの中間を狙うという意味では成功してたと思います。
──そうですね、あのすし詰めのフロアからも、すごく新しいことにトライされているというのが伝わってきました。
フロアは新しいことや繊細なことやるには色々難しいのです。少し前の僕がまさにそうだったんだけど、ピアノのコンサートもあるのでそのバランスの中でやることが見えてきたということがある。evala君は多分その難しさにいま直面しつつも上手く乗り切り続けている、という気はしますね。だから、もう少ししたらまた変わると思います。
──なるほど、とても頼もしいですね。
ま、面白いのは僕たちは二人ではこういう話は一切しないので、これを読んで、そう思っているのかとか思われるわけですが(笑)。
──渋谷さんもライブに関してはここ数ヶ月はU-zhaanさん、田中邦和さんとちょっと意外に感じられるコラボがある一方でwombでのライブもあって。
NHKの公開収録もあって(笑)、全部違うことやってるから大変です。真剣に地方で同じことやって回したいと思いますよ。
──でもきっと途中で飽きてしまうのでは?
いや、でもライブは結果的に毎回内容は変わってくるので大丈夫です。
同時代性も含めてフィットして、しかもクオリティが高い音楽
──『for maria』以降、ほんとうにいろんなアイディアが湧いてきているんですね。
自分でもすごいペースで仕事をしていると思っています。でもこれは止まると不安になるからなんですよ。音楽を作っていると、いろんなことが忘れられるからなるべくその状態でいたいんです。これだけ忙しくしているのは逆の意味で危ないんですけれど、とにかく止まると死んでしまう気がするから、前に走り続けている感じですね。僕は行けるところまで行くんだっていう覚悟はできているから、自ずと決まってくるんです。戦略を自分で考えなくても、止まっていなければ「次はこれ」って違う景色が見えてきて、それに反応すればいいだけだから。だから自分でコンセプトを立てたり、「次はこういう風になったらいいんじゃないか」と考える季節は過ぎたかな。そういう余裕はないんです。
──大きな話題を呼んだ相対性理論とのアルバム『アワーミュージック』は、聴き心地として極めてポップな作品ですが、こうした仕上がりは予想されていたのでしょうか?
僕の楽曲はポップスなんですよ。それを先入観で解らない人が多いから、いつか見てろよ、とずっと思っていたんです(笑)。『for maria』の「our music」はあのアルバムで最後にできた曲なんですけれど、CDができあがってマスタリングが完了して、タイトルがきまらないとジャケットが入稿できないといわれて、ゴダールのタイトルをつけたときに、すごくしっくりきたものがあった。それはその曲に対してしっくりきたのと同時に、『for maria』は亡くなったマリアのために作った作品で、ある種ベクトルは過去に向いているんだけれど、そこから前に向ける感じがあった。僕にとっては特殊な曲で、解りやすいし覚えやすい。結
局、音楽家って〈僕にとっては〉っていうところでしかなにもできない。その時に、この濃密なアルバムを──それは作るプロセスも濃密だったし、聴き返してみても濃密だった──それを軸になにか発展できないだろうかと思ったんです。
その時に、自分がピアノを弾いてる写真がジャケットでピアノのアルバムを出すなんて、マリアに「こんなの出してもてようと思ってるんでしょ」って言われる気がして。マリアはエクスペリメンタルなものが好きだから、『for maria』からできるだけ短いスパンで、それをズタズタに解体してインスタレーションのようにしないと、彼女に対して格好がつかないと思ったんです。それは解体の方向です。
他方で、つまりインスタレーションとは逆のベクトルで、ポップ・ミュージック化つまり歌とドラム、ベース、ギターを入れたいと思ってやったのが相対性理論とのアルバムです。ドラムとベースが入るということは、固定したBPMがあるということでしょ。僕はピアノソロはクリックなしで弾くから、ドラムとベースが入ることで、より構造が強固になるんです。その時に相対性理論とやるのは面白いなと思って、みらいレコードに、アルバムなのかライブなのかわからないけれど一緒に何かやりませんかと相談したんです。彼らにレコメンドを書いてもらうために音源は渡していたので、『for maria』はすごい気にいっていると。特に「our music」はやくしまるさんがすごく気に入っているとのことなので、じゃあなにかやりましょうと。
渋谷慶一郎の2009年作『ATAK015 for maria』
──あらためてお聞きしたいのですが、相対性理論のコラボレーションは渋谷さ んにとってどんな刺激がありましたか?
彼らはグランジ以降の身体性への回帰みたいなものから、完全に断絶している。それは音色志向ということで、音色を聴かせるためにメロディやコード、歌詞の語呂合わせがあるという。あと音楽をよく知っているんです。彼らはもともとATAKを聴いていたから、ミニマル・ミュージックもノイズも知っているし、そうした知識がある上でやっているから、一聴、やっている音楽は違いますけれど、共通言語はあるんです。あとはやっぱり、僕は自分がすごく人間としては幼稚だから(笑)若い人と気が合うんですよ。歳が違うから変にどっちがイニシアチブを取るとかいうことなく役割分担できる。同時代性も含めてフィットして、しかも音楽としてのクオリティを高く、というのを探るというのは、雲を掴むような話だけれど、やっぱりそこに集中したいから。そういう意味では、僕より10歳くらい若い人たちとやるというのはすごくいいんですよね。で、それは彼らの感覚で「それは違う」とか言ってるから、それを取り入れて自分が変わっていくのは、すごく快感があります。
撮影:新津保建秀
脳内再生よりハイファイなものはない
──ここまでポップスとしてきちんと構築されている作品になるという自信も あったんですね。
サウンド・アーティストが作る実験的な歌ものというのは僕は一枚も聴かないし(笑)、必要ない音楽ですよね。これは批判じゃなくて、必要な音楽ってすごく限られていると思うんです。だってクラシックとか1,000円でCDが買えたり、ジャズやボサノヴァも名盤と呼ばれるものは1,000円で買える。だからちょっとやってみましたというようなものというのは、多くの人に対して必要ない。
──制作での音質の面でのこだわりは?
僕のイメージとして、高音質がイメージがあって、MP3とか着信音とか着うたとかそういうものに対して否定的だという風に思われやすいんだけど、そんなことは全然ないです。いくら高音質に作っても、結局再生側の問題だし「この音楽はラジカセで聴くのがいちばんいい」というのもあるし。
──それは意外です。
もっと言うと、なにかの音楽が耳について一日離れない、っていうことあるじゃないですか。脳内再生しているわけですよね。脳内再生よりもハイファイなものはないですよ(笑)。それはある種のアディクトなんだけれど、アディクトして脳内再生してしまうようなものを作るというのは、僕は電子音楽のときもポップ・ミュージックにも意識してます。
相対性理論+渋谷慶一郎の『アワー ミュージック』
──相対性理論はそれを自然体でやっているということですね。
『アワーミュージック』に入っている楽曲は反復が多いし、それはわざと多いん ですよね。
──デレク・ジャーマンの映画からインスパイアされた「BLUE」制作のきっかけは?
実は10年前くらいに書いた曲なんです。詞もすべて当てはめてあって、自分で弾き語りをしたこともある。実は、やくしまるさんもデレク・ジャーマンの『BLUE』がすごい好きだったんです。「スカイライダーズ」と「アワーミュージック」はすぐ決まったんだけれど、ミニアルバムのようにするには1曲足りない。そういうときに、「BLUE」はもともと歌ものということもあって、ぜひやりたいという話になって。僕が弾き語りをしたのをデモで送って、制作したんです。
──アルバム全体についても伺いたいのですが。
僕としてはアレンジとか技法の面でここ2、30年くらいのポップ・ミュージックの技法を総動員しようみたいな意識はあって。例えば「スカイライダーズ」のある部分は、ピアノはハウスでギターはロックですよね(笑)。あのギターのリフは永井(聖一/相対性理論)くん曰く「荒井由実時代の松原正樹」らしいです(笑)。で、ビートは四つ打っていて、テクノとかハウスっぽくてベースはフュージョンとかファンクっぽい。ぐしゃっと重なっている。
──なるほど。
イントロも、サビ頭みたいな始まり方になっている。歌詞はついていないのは、♪ナナナで歌ってほしいというのは僕の指定で、カラオケとかでも頭からなかなか歌い出せない。だったら僕は歌詞はいらないと思うし、ポップスは歌詞に対する幻想が強いから、それをちょっと否定したいということもあった(笑)。
──カラオケまで意識されていたとは意外です(笑)。
で、裏腹に頭の歌詞が入るところも思いっきりギターとぶつかっていますよね。ギターの入りが歌をかき消すくらいというのもちょっとありえない(笑)。それから「スカイライダーズ」の♪ナナナというメロディに帰ってくるところに微妙にプロフェット5を重ねていたり(笑)。「アワーミュージック」の間奏は、僕のロマン派っぽいピアノに立体音響のサウンドファイルも重ねていたり。これは音がすごく動くから過敏な人だと倒れちゃいますよ。実際、スタジオでミックスしているときに「チリチリ」という音が動くから、やくしまるさんは床に倒れてたりしてました(笑)。そうした、僕が続けている立体音響まで入れきって、ポップ・ミュージックのフォーマットの中にいろんなものがぐしゃっと含まれているものを作りたかった。いろんなコンテクストや情報量をもう一回バラバラに検証できるようにしています。
──ポップスとしていい意味で軽く聴けると同時に、渋谷さんが実験を続けてきた技法が総動員された作品としてじっくり向き合うこともできるということですね。
ポップスも含めて、音楽を巡る状況をリサーチしたいという気持ちもあって。僕は元々ポップスのアレンジもプロデュースもやっていたし、メロディのある曲も作っていたんだけれど、ちょっとそこをふさいでいた時が長かったので、一回リセットしてそこをやりたいという気持ちもあります。
──メインストリームにいるアーティストのほうが過激なことをやっているということもあると思います。
それは一概には言えないけど、あり/なしの判断がすごく厳密になるのは事実です。音楽的な話になってしまうけれど、テンションを入れると一瞬かっこいい曲はできるんだけれど、印象に残らないものになりやすい。だから僕のほうからテンションを乗せないで三和音にしてくれ、ということはよく言うんです。それはとりあえず音楽的なテンションコードみたいな洗練よりも、覚えやすくて脳内再生するようなものを作ってアディクトの面白さとか影響の複雑さのほうが、興味があるということです。
『BLUE』を閉塞感から解放したい
──今後のパフォーマンスについても教えてください。ドイツでのHildurとのライブ、そしてくだんの原美術館のBLUE NIGHTが控えています。恵比寿映像祭での試みもありましたが、やはりBLUEを原美術館でやるというのは、渋谷さんにとって念願だったのでしょうか?
念願、ですか(笑)。原美術館はすごくいいロケーションだと思うんですよね。僕はあの映画はシネフィル的なカビ臭い閉塞感というか、そういうのから解放したほうがいいと思っていたので。野外というか、あの庭にグランドピアノがドンっとあってやくしまるさんが特別出演するというのは夢想的というか、いいですよね。なんか。現実離れしてて。
──そうですね、映画単体での上映もいいのですが。
単体上映がカビ臭いとか言ってるのではなくてね(笑)。なんか、あれを読み替えるようなライブというのは可能だと思ったんですよ。BLUEが元のテクストになっていてそこから派生物として音楽だったり即興だったり歌だったりがあるという。
──はい、渋谷さんの音楽とやくしまるさんの繊細さで、すごく開かれたものにな るような予感がします。
だからBLUEのイベント、としてエポックなものになると思います。BLUEのイベントというのがこの時期になって、しかも自分がやるなんて10年前は予想もしなかったけど。
──最初にできた当時渋谷さんの頭にあったイメージと比べると、どうですか?
忘れましたね、最初のイメージは(笑)。ただ『アワーミュージック』に入っているローズとやくしまるさんとやっている「BLUE」はすごく気に入ってます。で、今回の原美術館ではピアノでやるわけで、これはエレピでやるのとはまた違う感じになると思うんですよね。というか大分違う感じになるんじゃないかな。今気づいたんだけど(笑)。
──そうですね。屋外ですし、グランドピアノですから、重厚感というか、また変わってきそうですね。
うん。かなり違うと思う。あと屋外というのも影響あると思うな。
──野外でのライブは渋谷さんはお好きですか?
好きなんですが、ほとんど誘われないんです(笑)。フェスは一つ誘われているのがあるんだけどスケジュールがまだ微妙で、でも基本的には好きですよ。音の反射がなく遠くまで音が飛んでいくし。とか言ってる感じが野外っぽくないのかな(笑)。
──でもATAKのサウンドにある密室感が、野外というシチュエーションですとまた 違って聞こえそうで、もっと外で聴いてみたいという気がします。
池田亮司さんにも「ATAK NIGHTの野外ツアーやれば、音いいよー野外は」とか言われたな、そいえば(笑)。あ、でもまったく野外じゃないんですが実は今年、ATAK NIGHTやるかもしれないんですよ。まだ詳細は口滑らせられないんですが。ただやるとしたら今までとは全く違うかたちでやることになりそうです。他にも色々あるけど、どれも楽しんでます。
(インタビュー・文:駒井憲嗣)
渋谷慶一郎 プロフィール
音楽家。東京芸術大学作曲科卒業。2002年に電子音楽レーベルATAKを設立し、デザインやWEB、映像など精力的な活動を展開。2004年にリリースしたファースト・アルバム『ATAK000 keiichiro shibuya』は「電子音楽の歴史のすべてを統べる完璧な作品」と絶賛された。2010年には相対性理論とのコラボレーションによるミニアルバム『アワーミュージック』を発表し、リリースを記念した一夜限りのスペシャル・コンサートを東京SHIBUYA-AXにて行う。その後も故・荒川修作のドキュメンタリー映画『死なない子供たち』のサウンドトラックを手掛けるなど、多岐に渡る活動を続ける。
http://atak.jp/
リリース情報
清水靖晃+渋谷慶一郎『FELT』
サウンド・アンド・レコーディング・マガジンとの共同企画によるDSD配信
NHK-FM 夏期特集番組
「エレクトロニカの世界 ~ 渋谷慶一郎の電子音楽マトリックス」
2010年8月12日(木)、8月13日(金)、 8月14日(土)午前0:00~1:00放送
『BLANK MUSEUM』
2010年8月26日(木)、27日(金)、28日(土)、29日(日)原美術館