写真:コスガデスガ
フィリップ・ドゥクフレに見出されパリデビューし、
プレルジョカージュ、ティエレ、シェルカウイ、プラテル等、
世界に轟く数々の振付家達にその才能を認められ、
ヨーロッパダンスシーンのなかで輝かしいキャリアを更新し続ける
ダンサー伊藤郁女(いとうかおり)。
9月3日(金)〜5日(日) 彩の国さいたま芸術劇場で
『Island of No Memories―記憶のない島』を公演する彼女に
今回の作品について、そして今後の活動について、話を聞いてきた。
フィリップ・ドゥクフレの『IRIS』でパリデビュー
───普段はパリにお住まいという事なのですが、いつ頃からヨーロッパで活動をされているのでしょうか。
もう7年になります。もともと5才からクラシックバレエを習っていたのですが、18才の時に振り付けをしたいと思い、STスポットの「ラボ20」にソロの作品を出し、賞を頂きました。その後、アメリカのメイン州で行われている「ベイツ・ダンス・フェスティヴァル」に参加しました。そこでモダンダンスの重要さを痛感して、ニューヨークの州立大学であるサニーパーチェスでベーシックな技術を学び、その後はアルビンエイリースクールに留学して黒人のダンステクニックを学んで。向こうは16才ぐらいでも凄いダンサーがいますし、みんな本当に死ぬ気でやっているので、日本のクラスとは全然レベルが違いました。そして日本に戻ってきてフィリップ・ドゥクフレの日本での新作『IRIS』のオーディションに受かり、作品に出演する事になったのです。
『Island of No Memories―記憶のない島』
───フィリップ・ドゥクフレの『IRIS』でパリデビューされてからヨーロッパに拠点を移されたのですね。
そうですね。日本では、横浜の「バニョレ」や、「ソロ×デュオ」のコンペティションで賞を頂き、同時にドゥクフレとの公演を続けていたのですが、『IRIS』を振付家のアンジュラン・プレルジョカージュが観に来ていて、彼のカンパニーのオーディションを受けて契約をもらって。その後ジェイムズ・ティエレ(チャップリンの孫)の作品に参加して。これは日本ではあまり知られていませんが、フランスでモリエールの賞も獲った凄い作品で、舞台に300本ものロープの束が吊るしてあって、ロープだけで合わせて1トンになるんですが、舞台装置がとても壮大な作品で。フランスに「テアトル・ド・ラ・ヴィル」というコンテンポラリーダンスの公演では一番有名な劇場があって、そこの近くに出演者や関係者がよく宿泊するホテルがあるのです。ある時、私もそこに泊まっていたのですが、そのホテルが火事になって。「みんな外に出てください」と言われて、外に出てみたら、同じホテルに居た振付家のシディ・ラルビ・シェルカウイがたまたまいて。「じゃあ、飲みに行こうか」ということになり、それがきっかけで彼と作品を創る事になりました。不思議な縁ですよね。その後、ベルギー出身の振付・演出家アラン・プラテルの作品に参加させて頂いて。
何かを忘れるということは、解放感に繋がる部分があると思う
──今回の『Island of No Memories-記憶のない島』はフランスの振り付けコンクールである「(ル)コネッセンス」で賞を獲られたということですね。
そうです。コンクール自体は昨年の11月に行われて、13カ所の劇場がそれぞれカンパニーを一つずつ紹介するシステム。つまり推薦されないと出場することができない。そのコンクールで1位になりました。コンクールの時は20分の形式で公演したのですが、今回はリニューアル版としてキャストを変えて、30分にして公演します。来年はそれを1時間にしてツアーをする予定です。
『Island of No Memories―記憶のない島』
───今回のタイトルは『The Story of Forgetting(『忘却のものがたり』Stefan Merrill Block著)という本からインスパイアされているということですが。
このお話の中にイジドラという島が出てくるのですが、この島の人達は記憶が無いので、同じ人に何回も恋に落ちたり、様々なことを繰り返しても初めての経験として感じることができるのです。その辺から着想を得ていて、例えば今回山崎広太さんが演じるサラリーマンは、最初は物事をちゃんときっちりやる人だったのが、徐々にそれを忘れていって解放されていくという設定なんです。例えば俳優やダンサーは記憶という事に対して特に意識が強い職業ですが、何かを覚えるときには何かを忘れなければいけません。一週間に違う2本の作品に関わっていたら、各々の作品によって台詞や振り付けの記憶の入れ替えが必ず行われているはずです。そういうふうに何かを忘れるということは、解放感に繋がる部分もあるのではないかと思うんです。お酒を飲んで酔っぱらっているサラリーマンだって何かを忘れたいわけですよね。そういう部分を作品で表現できればなと思って。
──今回共演されるお二人はどのように決められたのでしょうか?
この作品は元々私がプラハでやっているワークショップのカンパニーから依頼を受けて創ったものです。ミルカさんはその時からこの作品に出演していて、作品自体をよく知っているという経緯もありました。彼女はまだ23才と若くて、身体を反ると頭とお尻がくっついてしまうくらいに軟らかい。そこまで身体が効くダンサーはそうそう見つかりません。山崎広太さんとは付き合いが長いのですが、男性のダンサーでここまでセクシーで女性的な踊りをする人はいませんね。肩が綺麗で腕が長く、西洋的な身体をしている割には、少し舞踏が入っているから踊りが彼独自のスタイルになっている。しかも顔が愛らしく、味があるので、疲れたサラリーマン役にピッタリかなと(笑)。ダンスというのはテキストや台詞が無いので、登場人物が同じ年代だとストーリーとして見せる時に難しいのです。関係性を示すためには年代が違うほうがいい。
『Island of No Memories―記憶のない島』
映像とダンスを自分の中でどう合わせて行くか
──数々の演出家や芸術家の方々とお仕事をされていますよね。
そうですね。ただもう人のために働くのはいいかな、と。そういうものは随分やったので。今後は自分の名前がちゃんと平等に出るものしか選ばないようにしようと思っています。コークリエイター(共同創作者)として振り付けもやるしコンセプトも一緒に創るという仕事ですね。そこまでいくとダンサーに戻ってそれだけをやっていくというのは、全然つまらなくなります。
──となると、これからのキャリアの展開もまだまだ未知といえそうですね。
実はあのミハイル・バリシニコフ(※)から一緒にデュオを創りたいと言われていて。彼は先述したチャップリンの孫の作品を観ていたらしくて、「いいね」と声をかけて頂いて。先日彼の作品を観たのですが、やっぱり凄いですよ。63歳なのに全然そうは見えない。彼こそはまさしくダンサーです。他にもいろいろな方からお仕事のオファーを頂くのですが、例えば「オオカミ少女」の演劇の話もあります。シナリオを書いたフランス人が私に会って影響されてストーリーを書いたらしくて(笑)。あとは、ドニー・ポダリデスというコメディフランセーズの俳優さんとのデュオ作品『ジキルとハイド』のハイド役に出演し、振り付けも行います。
※世界最高のクラシック・ダンサーと謳われたソ連出身のバレエダンサー、振付家、俳優。
写真:コスガデスガ
──ご自身で映画も撮られているとのことですが。
フィリップ・ドゥクフレの日本でのビデオワークショップとダンスワークショップの両方を受けていて、その頃からビデオダンスのようなものはやっていましたし、作品を創る時、映画に影響を受ける事が多くて。今は日本のイメージがヨーロッパではどういうふうに捉えられているか、その違いに追ったドキュメンタリーを創っています。今後は映像とダンスの両面を自分のなかでどう合わせて行くかというのがテーマですね。ツアー中にオフのダンサーたちを巻き込んで映画を撮ることも多いし、ヨーロッパは電車に乗る時間が長いから移動中に絵を描いたり、コラムみたいなものを書いたり。だんだん日本語を忘れて来て困っていますが(笑)。
(インタビュー:世木亜矢子 構成・文:中村 慎)dancetoday 2010
9月3日(金)〜5日(日) 彩の国さいたま芸術劇場 小ホール
開演:3日(金)19:30、4日(土)5日(日)開演15:00
料金:【一般】3,500円 【メンバーズ】3,150円
Island of No Memories―記憶のない島
振付・演出:伊藤郁女出演:伊藤郁女 ミルカ・プロケソバ 山崎広太
「」の中
振付・演出:KENTARO!!出演:康本雅子 KENTARO!!
※詳細は彩の国さいたま芸術劇場公式サイトへ
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演出・振付:フィリップ・ドゥクフレ
出演:クリストフ・ワクスマン、オリヴィエ・シモラ、他
2004年/フランス/117分/カラー/ステレオ
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