校舎の裏(?)で取材に答える桑原茂一氏
1988年に創刊、日本初のクラブ・カルチャー情報誌としてスタート以後、日本を代表するフリーペーパーとして人気を博す『DICTIONARY』。その『DICTIONARY』を発行する株式会社クラブキングが、渋谷区神南に『ディクショナリー倶楽部』を設立、同時に働く大人のための学校『dictionary ART SCHOOL』を開校した。
これまで世田谷区下馬にあったクラブキングの新たなオフィスでもあるこの『ディクショナリー倶楽部』は、渋谷と原宿の間に位置する。豊かな緑に囲まれた敷地と、もとは東京都水道局出張所の建物だったという校舎は、東京都の持ち物を管理している半官半民の会社から20ヵ月間の期間限定で借りることになったのだという。ボランティアスタッフとともに手作りで完成された真っ白い屋内には、教室のほか、お風呂場を改造したというギャラリー「Gallery Bath Room」もあり、現在タム君=ウィスット・ポンニミットの展覧会が開催されている。7月22日に開校式を迎え20ヵ月にわたり行われる『dictionary ART SCHOOL』は、校長として茂木健一郎、リリー・フランキーを迎え、様々なクリエイターを迎え講義やイベントが催される予定だ。
150坪の広々としたスペースは、喧噪にぽっかりと浮かんだオアシスのようだが、期間限定の賃貸である以上大きな設備投資はできず、高い家賃に対する売上げもたてなければならないという問題がある。しかし代表の桑原茂一氏は「利益が出るかということよりも、こういう仕事を長くやってきた集大成として、背水の陣でこういう場がやりたかった」と、このART SCHOOLへのなみなみならぬ思いを語った。
自分たちが持っている知恵をみんなで共有しよう
──こんなすてきな場所をどこで見つけたんですか?
dictionaryを22年間やっていたことに対する神様からの贈り物じゃないかって思うようにしているんだけれど(笑)。ともかく今回のART SCHOOLのようなことは、15、6年前から何度もやってるんです。かつて『A』という建築雑誌をやっていて東京R不動産などもてがけている馬場正尊くんと一緒にやったのは、渋谷の多目的ホールを借りて土日でアフタースクール。彼が段ボールでカフェを作って、来た連中がいろいろ落書きしていく過程を楽しもうというものだったんです。そこでは土日ごとに本屋や図書館もやったし、トークショーもライブもやり、たいへんでしたけど、アートスクールのようなしつらえをどうやってみんなで作るかと、いろんな冒険をしたり、あらゆることが実験的だった。
場所は桑沢デザイン研究所近く、入り口から校舎を臨む
──そうしたスクールのコンセプトはクラブキングの理念にも繋がっているんですね。
僕らの世代はカウンターカルチャーの世代で、アメリカの『ローリングストーン』誌の日本語版をやったのが最初なので、そういう流れをずっと汲んでいるんですよ。でもローリングストーンとしては3年くらいやって、敗退せざるをえなくなって、その思いをもとに、クラブ・カルチャーというのがちょうど始まっていた頃でもあったので、1988年くらいから積極的にクラブシーンと繋がりを持つようになっていって、クラブキングという会社を作ったんです。
水道局の建物をリノベーションした教室
もともとはテレビでスネークマンショーみたいなことをやってくれないかという奇特な方がいて、ただ、そのときは自分はコメディそのものというよりも、クラブ・カルチャーを日本に浸透させたいということを考えていたので。そういう動きから、クラブキングという名のテレビ番組をはじめて、予定では同時に宇田川町に150坪くらいのクラブをやる予定だったんですけれど、いろんな問題があって結局それはだめになっちゃった。それでクラブチッタで定期的にウェアハウスパーティーをやるようになったんです。その影響からGOLDができ、お立ち台ブームになりっていうことで、我々は狼煙係ですかね、そういうことがだんだん蓄積されていくなかで、自分たちが持っている知恵をみんなで共有しようという考えになった。以前やったアフタースクールもそうだし、今回もそうです。茂木さんたちといろいろやるようになって、ずいぶん発見が多くて、自分自身がこうやって学ぶことを楽しむということは、誰だって同じような気持ちは持っていると思っているんだけれど、それを僕たちが今までやってきた歴史の延長線上にあるものにしたいというのがある。突然スクエアなものにしたくないし。昨年は『CLUB DICTIONARY』というのをやって、働いている人たちが月に1回くらいは会おうよ、というかたちで同じような気持ちではじめたんですけれど、どうしても場所を借りると、東京って場所が高くて、場所代をリクープするために人を呼ぶことを先に考えなきゃいけないみたいなことになると、どうしても出しものが中心になってしまうんです。ほんとうは何もなくて、ただ人が集まればいいと思ってやっているんだけれど、リリー・フランキーとみうらじゅんがやれば満杯になるみたいなことになっちゃうじゃないですか。そうすると目的が本末転倒になってしまうのでね。
教室の窓からは渋谷とは思えないほどの緑が広がっている
ただ収穫は『ART PICNIC』というかたちで、たまたま総勢40名くらいのアーティストとグンゼのプロデュースをやらせてもらったんですよね。グンゼさんが新しい試みをするというときに、単純にできあがって消費して終わりみたいな姿勢を持ってもらうことはお互いによくありませんよと、グラフィックデザインということに対してほんとうに真剣におやりになるのであれば、アートの分野の人たちからもリスペクトされる企業になってほしいので、ムーブメントとしてのバックアップをできませんか、ということでやることにしたんです。そこからみんなが、こういうところからオルタナティブなアートマーケットが生まれる可能性がでてきたよねということで、すごく成功しました。
網戸にはセミが!
他人の価値観で動いているうちは自由じゃない
──そうした流れがあっての今回のART SCHOOLなんですね。
話が飛躍するようですけれど、日本は長い間誰かが決めた価値観に追従するような流れできていて、やっぱり他人の価値観で動いているうちは自由じゃないんじゃないの?っていうことをあらためて思って。〈利他性の経済学〉という話もありますけれど、そのあたりをここではしっかりと打ち出していこうと思っています。つまり、僕らはもともと音楽が好きでやっていて、音楽がどんどんフリーになっていくなかで、じゃあ音楽を作る人とオーディエンスはどういう関係がいいんだろうかということを考えるんです。
これはほんとの意味はちょっと違うらしいんですけれど、時代劇を観ると「お代は見てのお帰り」って呼び込んでるじゃないですか、あれじゃないかなと。ともかく観てもらって、自分がどう思ったか、その自分の価値を帰りに払うと。ここでやる人たち全員がそう思ってくれるかというのは、時間がかかると思うんですけれど、それもこの場所からの姿勢としてやりたいことなんです。
「支援金用ドリンク」の売り場
ヒロシ(藤原)と話をしていると、かれもずっと反逆者で、反抗的な態度で生きていた人だから、よりそういうことを理解してくれたのかもしれない。ファッションで成功して、DJでも成功し、ここ最近はアートのこともやり、いまは特に自分でギターを弾いて歌う、シンプルなフォークをやっているんです。〈藤原ヒロシというカルチャー〉という1冊の本が出ているくらい人気者なんですけれども、彼のなかではそれぞれ別々なもので、だからフォークをやるときは「あの藤原ヒロシ」と呼ばれたくないんですよ。誰にも知られていない、ただギターを弾いて歌っている男というところで勝負したい。そういうところとこの場所の気持ちが合ったのか、例えば彼のライブをやって、今日観た自分たちの感想を、価値を支払っていく、そういう音楽の伝え方も試していきたい。
お風呂場の雰囲気がそのまま残されたギャラリー「Gallery Bath Room」ではウィスット・ポンニミット展を開催中
あとは施設全体のイベントとして僕らがいろんなことをやるから、施設の運営費としての入場料はとるけど、その日の内容が楽しかったら、それに対しても帰りにドネーションしてってくれと。あなたがどういう気持ちで今日1日過ごしたかということを、自分の価値として捉えてくれと。その個人の思いで、この施設を運営するし、フリーペーパーのdictionaryの制作費にもあてるから、そういうことを、はっきりと言っていこうと思っているんです。
もしここで音楽を聴いて、別に俺金払う気ないからと帰っちゃったとしても、それはかまわないんだけど、繰り返してると、その人はたぶんリスペクトされないと思うんです。音楽に対して無感動だっていうことですし、興味がないということですから。お金があるないというだけじゃないから、たぶんパーソナリティとして周りの人間たちからリスペクトされなくなっていく。そういう立場に一回立ってみるというんですかね。今までは、決められたルールをそのまま受け入れることがまずあって、そこからどう自由を得ようかという方法論だったと思うんですけれど、今はそうじゃない方法論の場もあるべきで。ここで実験場としてやってみて、人の気持ちがどういう風に推移するかも見てみたいし。もう一度自由に生きることの意味を問い直す。
──実際にここで運営されるイベントは、ひとつひとつ入場料金の設定などは話し合いながら企画されるんですか?
いろんなイベントをやるごとに、主催者と話し合っていきますけれど、どんなイベントでも運営費がかかりますから、ぎりぎりのところはなんとかしなければいけないけれど。だから、なかのソフトのことです。音楽だったりトークだったりパフォーマンスでも、それに対する対価というのは自分で決めろということをやっていきたいと思います。自分ってほんとはなにを知ってるんだろう、自分で価値を決める訓練をしてきただろうか、これからの時代を生きるうえで、自分の総合力をあげないと、なかなか幸せになれないよ、ということに気づいてくれたらいいだろうと。
クラブキングのTシャツが展示されているスペース
──逆に言うと、いまの日本はそうじゃないと思うから?
それはそうですね、CDがいい例じゃないですか。2,500円でクラシックのオーケストラも買えるし、卓でつくったハウスも買えるわけで、ともに2,500円ということは、よくよく考えてみれば、ソフトに値段は誰もつけてないということで、流通費でしょ。売る方の都合がいいということで値段が同じになっていますよね。制作費も違うのに、ほんとはおかしいじゃないですか。これはヒロシの考えと同感なんですが、そのオーケストラの価値をどこで計るのかというときに、もしかしたらこのCDは10,000円で、この弾き語りは500円でもいいんじゃないかって。本来食べ物だってみんなそうなってるのに、なぜ音楽だけそうなっていなかったのか。そういうところももう一回考え直してみないと。つまり音楽が限りなくゼロになっていった経緯というのは、そういうこともにも原因はあるんじゃないのって。
校庭にも物販スペースが用意されている
──『ディクショナリー倶楽部』のスタート後、開催されるイベントについてはどんな展開や運営を考えていますか?
基本はART SCHOOLだから。校長の茂木健一郎さんも日本中でいろんな講演をされていますけれど、いろんな思いがいっぱいあると思うんです。その歯がゆい思いみたいなものを繋げてくれる人たちを育てていきたい。金沢21世紀美術館の館長の秋元(雄史)さんも「希望の美術」というテーマでやられますけれど、いろんな分野の方が、ここでしか出来ないことを考えてくださるんじゃないでしょうか。今のやり方ではこれはもうまずいから、別のやり方をしましょうという人たちも、静かにいろんなところにいる。その人たちにとっては、ここは未来や現状への代案を議論する場所だし、お互いが情報交換し合う場所だし、そうなれば、みんなが必要とする場所になるよ、という実験でもあるわけだから。いろんな人たちが来て、ここで学ぶことで、今度は、ここ以外のどこかに、それぞれが作り始めてくれればいいわけですよね。東京R2不動産の人たちもよく言っているけれど、ともかく自分たちが経験したことも、それで日本の行政の難しいことも教えるから、それでみんなが知恵を出しあって場所を作っていきましょうと。目的がはっきりしている場所を作れば、箱もの行政のようなものとは全然関係なく、どんどんソフトは循環していくし、芳醇なものになっていくんじゃないかな。
開校式には多くの参加者が詰めかけた
──ドネーションについても、桑原さんとクラブキングの考えが、これから浸透していくだろうという期待はありますか?
うちは株式会社ですが、こういうことをやってもいいじゃない、正しい資本主義というのは今の日本にはないと思うから、企業の責任として寄付しましょうといいながら、一方では安い商品を売ろうと土地に枯葉剤を使って二毛作、三毛作にしてコストを落とす、そういう企業っていっぱいある。そうするとそこで働いている人たちは病気になるし、荒れ果てた土地は未来永劫草木も生えない土地になる。未来を先に自分たちの利益の犠牲にしている訳ですよね。それを資本主義の論理でもうけている人たちはいっぱいいるけれど、そういう企業を今の日本は誰も叩かない。もうけてるところは叩かない、そういう社会なんですよ。勝者に甘く、弱者には痛い、僕らはできるだけ正直に現実を見て、伝えるから、その姿勢をみんなが応援してくれたらうれしいなと、 根拠のない自信ならあるんですけれど(笑)。
(取材・文:駒井憲嗣)
桑原茂一 プロフィール
http://www.clubking.com/
日本のクラブ・カルチャー黎明期より活躍する、音楽プロデューサー・編集者・選曲家。1987年にクラブキングを設立。1988年に創刊したフリーペーパー『dictionary』の編集・発行、テレビ、ラジオの番組制作・プロデュース、イベント企画運営、Tシャツ、グッズなどの制作など多岐にわたる活動を続ける。
dictionary ART SCHOOL 今後の予定
近田春夫「丸テーブルセッション」
2010年8月2日(月)
出演:近田春夫 安齋肇 桑原茂一
ゲスト:安齋肇
開場18:00/開演20:00
前売1,500円/当日2,000円 *ドリンク別
2010年9月6日(月)
出演:近田春夫 桑原茂一
開場18:00/開演20:00
前売¥1,500/当日¥2,000 *ドリンク別
「人生はバラエティだ!~平成のシャボン玉ホリデー!」
2010年8月17日(火)
開場18:00/開演19:30
出演:茂木健一郎、ヒロ杉山、萱野稔人、北澤"momo"寿志、桑原茂一、ほか
スペシャルトーク「20代女性と40代男性の恋愛論と世代論」ほか
前売3,000円/当日3,500円 *ドリンク別
ウィスット・ポンニミット(タム君)特別展示
ディクショナリー倶楽部 ART SCHOOL内「Gallery Bath Room」
開催中