映画『ソウル・パワー』より、ジェームス・ブラウン
日本における野外フェスティバルの先駆けとして開催を続け、今年で14回目を数える FUJI ROCK FESTIVALが目前に迫ってきた。webDICEは、豊かな自然のなかで、ジャンルを超えたアーティストたちとオーディエンスが集うこの祝祭空間を主催するスマッシュ代表日高正博氏に話を訊いた。映画『ソウル・パワー』で描かれる70年代ブラック・ミュージックを肌で感じてきたからこそ生まれたソウル・ミュージックに対する視点、そしてフジロックをオーガナイズするうえでの苦労など、長きに渡り人と音楽の結びつきを大切にしてきた日高氏ならではの強固なポリシーを感じられるインタビューとなった。
音楽に関しては一対一の関係
――現在の音楽業界は、CDが売れないと大手レコード会社は元気がない。片方で、ライブの時代だと言われていますが、日高さんはどう思いますか?
みんなポップ・ミュージックなんだよ。ポップ・ミュージックというのは、時代によって違うんだ。そのときの景気にもよる。ポップ・ミュージックはある時代の流れであって、時代に必要な音楽、99%はゴミなんだよ。ただその空間に溢れているだけ。ポップ・ミュージックは聞き流しながら好きになるというのは、それが10個あれば、景気の良いときは10個買っていたものが、景気が悪くなったら1個か2個しか買わなくなっちゃうわけよ。だけど、自分のこだわりを持っていたら、ポップだろうがロックだろうが歌謡曲だろうが民謡だろうが、自分がどうしても好きなものは景気が悪くても何とかしても買うんだよ。それが非常に数が少ない。
――それは本物があまりないということ?
本物、偽者はそのときはわからないものなんだよ。若い人たちの話をすれば、若いうちってわからないじゃない?いつもラジオで流れてきたとか、みんなが聴いているとかそういったものについ手が出てしまう。そのうちのほとんどがポップ・ミュージックなわけだよ。本当に自分が選んだかどうかはわからない。周りの雰囲気に流されて買ったりしているかもしれない。あとは、違うテクノロジーもあるわけじゃない?それは自分たちで作り出したようなものだよ。CDを焼いたりできるようになったけれど、CDを焼く機械を作ったのは誰か聞いてみなよ。全部レコードメーカーの親会社だよ。ソニー、コロンビア、EMI、ビクター。日本のレコード会社がこれだけ伸びたのは、親会社の力もある。ところがいつも親会社はハードウェアで、昔からラジオだのステレオだのを作ってきた。昔はコピーできなかったのが、だんだん変わってきて、テープが登場してラジカセでコピーできるようになってきたし、いまはダウンロードできるようになったよね。日本ではダウンロード人口はまだアメリカに比べ極端に少ないから、何がいちばん多いかというと友達に借りる、またはレンタルショップで借りる。
――そして、リッピングする。
そうしたハードメーカーの傘下のレコード会社が「いやあ、困りましたねぇ」と言うけれど、ちょっと待て、と俺は思うね。レコード会社の人たちを悪く言うのではなくて、ハードウェアがそういうふうになってきているのだから、ソフトウェアもそれにあわせて変わって、リスナーにとって音楽は非常に手に入れやすい存在になったというのがひとつある。もうひとつはポップ・ミュージックのほとんどは、あまりこだわりがない人がなんとなく買ってしまう。日本のポップ・ミュージックは、AさんもBさんもCさんもみんな酷いじゃない。中には素晴らしいアーティストもいるけどね。そういう音楽は、景気やその時代の経済といったものに背景がある。そこをレコード会社はなんとかしなくちゃいけないんじゃないか。だから、うちはそんなに困っちゃいないよね。ポップ・ミュージックやらないもん。ポップ・ミュージックというのは形態じゃない。音楽を聴いたときに何かを感じるかどうか。俺が鈍感なのかもしれないし、敏感すぎるのかもしれないし。またはただわがままなのかもしれないし。でもそれがいちばんかな。
――自分のところでアーティストを抱えようとか、レコード会社的なことをしようと考えたことはないんですか?
手伝いはするよ。でもマネージメントはもうできないんだ。30歳のときに決めたの。俺がマネージメントをするとしたら、24時間考えていなければいけないから。映画観ても、本を読んでも、すべてそのマネージメントしてるアーティストのことをね。
――そうすると数が限られますね。
この会社を作ってからはもうできないよ。俺は器用な方ではないからね、特に音楽に関しては一対一の関係だから。俺が相手を信用して、相手が俺を信用して。相手も20代のいちばん大事なときを俺に預けるわけだから、そんな無責任な覚悟じゃできない。音楽性を信じて、将来性を信じて、一緒になって本当に24時間をともにするくらいじゃないとできないと思って。
――スマッシュが動き始めていたから?
それもあるよね。それまではやってきていたから。今も自分を信頼してくれる人とか、俺が好きなミュージシャンは今でも手伝いはする。ビジネス関係だよね。イギリスで紹介したり、アメリカのレコード会社を紹介したり、向こうでツアーをやったりする。だからマネージメントという意味では、若い連中に対しては、気持ちはマネージメント。自分らが携わっている日本のアーティストがいっぱいいるから。
――特定のアーティストをやるというのは、もうないんですね。
俺はね。でも思う気持ちは同じだよ。直接マネージメントしないだけ。
SMASHの日高正博氏
『ソウル・パワー』は思い入れがある映画なんだ
──今年、『ソウル・パワー』はフジロックの富士映劇で上映されますが、日高さんにとって『ソウル・パワー』は特に思い入れがあると聞きました。
俺は基本的に音楽が大好きで、黒人音楽は特にブルースから始まって、60年代終わりにソウル、それからアメリカではファンキーに入っていって、ジェームス・ブラウンは10代の頃からのヒーローだった。『ソウル・トゥ・ソウル』(1971年)という映画があったじゃない。アイク・アンド・ティナ・ターナーが出ていたりしていて、あれを20代の頃映画館に観に行った世代なんだよ。『ソウル・トゥ・ソウル』はガーナが舞台で、『ソウル・パワー』はザイールが舞台で、同じアフリカでやっている。当時は『ワッツタックス』とか『ソウル・トゥ・ソウル』を観に行って、すごくびっくりしたのが、アメリカの音楽には詳しいが、アフリカの音楽には詳しくなかった。この差は何だろうって。
──差というのはアメリカとアフリカの?
アメリカで成功して帰ってきたアフリカン・アメリカンはルーツ回帰で来ているわけだよね。一方、奴隷時代から何十世紀も何世代も生きているアフリカ人たちがいて、音楽性や文化性の差がものすごく出ている。『ソウル・パワー』で描かれているザイール'74は、モハメド・アリとジョージ・フォアマンのボクシングの試合と連動してやっているよね。モハメド・アリも、最初はカシアス・クレイというアメリカでもらった名前だったけれど、イスラム教に改宗して、アリとしてアフリカに帰って行く。あの試合は俺もキンシャサでやったのをテレビで観た。すごく凡戦と言われて、アリは守って守って、最後にノック・アウトするんだけど、アリ自体はあまり評価されなかったんだ。『モハメド・アリ かけがえのない日々』を3、4年前に観たときに、モハメド・アリというボクサーを見直したんだ。〈蝶のように舞い、蜂のように刺す〉、そういうイメージで見られたのに、14ラウンド守って最後に勝つという『あしたのジョー』みたいな試合をしたから。『ソウル・パワー』は、そのときにアフリカに一緒に行った、70年代アメリカのショウビズが黒人で成り立っていた時代の人たちの映像なんだ。
俺は20代の頃、アフリカの歴史を学び始めたから、このドキュメンタリーとフェスティバルが俺の中で一緒になっている。フェスティバルとしては(フジロックとは)全然違うよ。これはまずお金ありきだもん。
──お金出す人が誰かは映画でははっきりわからないけど、当然スポンサーがついてますね。
ボクシングは世界で放映されるから。まずはそれがメインだよね。ドン・キングはお金を集めたって言ってるけど、彼なしでは成り立たなかった。ただ彼も当時プロモーターとしては若いからね。彼はビジネスありきだろうけど、あんなタフなアメリカとタフなアフリカとが出会うことはもうないだろう。ブラック・ミュージックのアーティストが出る映画は、映画館に全部観に行っていたけど、まさか、それからこれだけの時を経てこういう形でこの素材を観れるとは思わなかったね!そんなことなので、『ソウル・パワー』は思い入れがある映画なんだ。
昨年のフジロックより、アウトドア・シアター富士映劇そばに広がる河原。(C)宇宙大使☆スター
『ソウル・パワー』は単なる音楽だけじゃないカルチャーギャップを描いている
──『ソウル・パワー』が上映される富士映劇についてもあらためて教えてください。
フジロックは金曜と土曜だけ、ところ天国という河原の飲食店やバーなどがある場所でフジロックだから富士映劇という名前をつけて映画を上映しているんだよ。もう何年も前から。音楽関係の作品が多かったけれど、去年から寅さんシリーズもやっている。なぜかと言えば、オイラが好きだから。0:00とか23:30くらいから。『ソウル・パワー』は、そこでぜったい観て欲しいと思った。ここに登場するアーティストが活躍していた時代は、ジェームス・ブラウンが亡くなるだなんて思わなかったからね。一度フジロックに出て欲しかったなぁ。セリア・クルースも2003年に亡くなったよね。ミリアム・マケバもそうだし(2008年死去)。彼らに出てもらえなかったのが残念という気持ちもあるよね。だからジェームス・ブラウンやみんなを、お客さんに観てもらいたい、もとの思いはそこ。
――『ソウル・パワー』は、映画の半分以上、興行の話じゃないですか。スマッシュで活動をされてきてからあらためて観て、感慨深いものはありますか?見え方は違ってきますか?
ひたすら音楽だけだよね。むしろプロモーターの仕事というよりも、歴史的に、15~6世紀くらいからアメリカや南米諸国に連れて行かれたアフリカの人たちが、ショウビズの世界で成功した人たちが、自分たちの祖先の場所、アフリカに行って演奏する、そのこと自体が俺としてはすごいなと。
――ザイール'74でアフリカ、アメリカのミュージシャンが同じ舞台で交互に演奏するというのは画期的だったのでしょうか?
初めてだったんじゃないかな。ヨーロッパに行けばあったかもしれないけど。イギリス、フランス、スペインには、植民地化された国に育った人が、植民地にした国に行ってそこで生活していくというマルチカルチャーというのがある。だからヨーロッパでは、そういう人たちが演奏する場所があるんだけれども、アフリカでは初めてだよね。
――アーティストのラインナップとしても、プリミティブなアフリカのアーティストがいる一方で、スピナーズのようなショウアップされたアーティストもいて。
『ワッツタックス』もそうなんだけど、70年代の頭というのはそこまで大きなショウビズとしての成功を得たという時期だったと思うよ。ファンキーになっていって、だんだんダンス音楽として白人の音楽に接近していって……60年代まではまだ、アメリカの黒人の中における成功度の方が高かったから。結局70年代というのは、俺にとっては黒人音楽がものすごい面白い年代だなと思っていた。70年代終りから80年代のディスコブームになれば、はっきり言ってもうプリミティブなソウル・ミュージックやR&Bは終わったと思ってるからね。でもRAPに救われたね。
――ブラック・ミュージックの歴史を俯瞰した上でも、74年のこの映像というのは変化の途中という意味で貴重な記録ということですね。
そうだね。歴史的な時の流れだよね。ザイールが60年代に国家として独立していくとき、まだ傀儡政権のところに誰かがお金を出して。そこにモハメド・アリがいた、という。そこにアフリカから北米や中南米に移った人たちが帰ってきてすごいパフォーマンスをやった。なおかつ、地元の人たちとの交流も描かれているじゃない。少し皮膚の色も違っているし、一種のカルチャーギャップもあるだろう。そういうコントラストがすごく出ている。だから『ソウル・パワー』は単なる音楽だけじゃないんだよ。それが言いたかった。
映画『ソウル・パワー』より、ミリアム・マケバ
こんなの聞いたこともない、だけど良かったというのがフェスの醍醐味
――フジロックにはたくさんのアーティストが出演していますが、日本の音楽全体をどのように感じますか?
スマッシュという会社をつくってからも、フジロックでも同じだけれど自分が嫌なものはやらない。好きなものだけをやる。あとで後悔したくない。いくら売れているからと言って出てもらって、やっぱりあまり良い音楽じゃなかったな、というのは人に対しても失礼だし、自分に対しても嫌だよね。俺らは「売れりゃあ勝ち」だとは思っていないんだよ。何でも。俺はフジロックに出てもらっている、オイラが関わるアーティストというのは自分としては納得してやってもらっている。自分に納得している。あらゆるタイプの人たちがいるけれども。どこかに自分の音楽の個性を出しているアーティストだと思っている。
――全てのアーティストは、日高さんがどこかで聴いて、自分の中のフィルターを全部通しているのですか?
そりゃあ聴くよ。特に日本のアーティストに関しては。知らない人も多いし。ただ、うちのスタッフの、「こういうアーティストが出たいと言っています」というプランがあるわけよ。彼らが俺のところに持ってくるときは、自分で信じて持ってきている。「こういうアーティスト知っていますか?」と。俺も国内外で知らないアーティストもいるんだよ。ただ、持って来る人、紹介する人はわかってる。俺のところ持ってきて「ノー」とは言わないだろう、と。
――ノーというケースはないんですか?
あるよ。ダメだ!って(笑)
――その基準は?
それは説明できないって!単なるわがままだよ(笑)。でもそのケースはあんまりないね。1年に1個か2個くらい。
――ではスマッシュが手がける公演は、基本的には全て日高さんのフィルターを通して納得できるもののみ、ということですね?
フェスティバルじゃなくても、フジロックは一年のうちのある木金土日だけなわけで、それ以外の3百数十日は普通にコンサートをやっているわけよ。うちのスタッフが好きで納得したアーティスト、ということで固まっているよね。俺はそれを信じてる。彼らが自分の目で見て、ぜひ関わっていきたい、と。うちの場合は海外のアーティストが70%くらいで、あとの30%が国内のアーティストだけどね。長年一緒にいる人間だから、やっぱり彼らの目を信用しているし、耳を信用している。
――ザイール'74とフジロックで共通するところだと感じるのは、違う大陸からきた違う考えを持つアーティストが、同じステージで奇跡的にすばらしい空間を作るということだと思うんです。そうした気持ちは日高さんのなかにありますか?
みんな音楽好きだったらわかると思うんだけど、アーティストのステージをプランニングするっていうのは、昔だったら音楽カセットテープで自分の好きな曲集めるのと同じなんだよね。これ入れたら次はこれだろ、みたいなさ。ここで一発聴くヤツを騙して、全く違うのをぶち込んでやろう、とかね。自分でそれを、60分間聴きながら、酒飲みながらケラケラ笑って楽しめるっていうね、つまりそういう発想。それがプロデュースだと思うんだけど。その中に、例えばフジロックだったら、無名だけれど良い環境を作ればお客さんに観てもらえるだろう、とか。ちょっと歩いて通りかかったんだけど、フィールドオブヘブンって場所があるんだけど、そういうリラックスできる空間を作ってそこを通りかかって、別に観る気はなかったんだけど、こんな音楽知らなかった、でも素晴らしい。それがどこから来たアーティストだろうが関係なくて、自分で感じることだよね。
フェスティバルというのは、最初作り始めた頃は、お客さんは観たいアーティストだけで来ていたんだよ。これとこれとこれ、みたいに。今でもそういう人はいっぱいいるけれども、それは別に当たり前だし。でもそれだけじゃないっていうのを作り出すのが、俺たちの仕事。こんなの観たこともない、聞いたこともない、だけど良かった、とかね。だからそういうイメージだと思う。
ただザイール74とフジロックを比べるのはちょっと違うかなという気はするけどね。今だったら、このようなイベントがいっぱいあるわけだよ、アフリカでもどこでもね。でもあの当時はなかったから、プロデューサーはよくブッキングしたと思うよ。ミリアム・マケバやファニア・オールスターズまで。
――アメリカンショービジネスだけではないアーティストが出ていますよね。
そうそう。中南米のアーティストも出ているし、サルサのアーティストも出しているし、そこにスピナーズもいる。このとき彼らを観たアフリカの人たちは「あぁ」となったと思うよ。あのキラキラしたきれいなコスチュームというのは、アフリカから来ているんだからね。今南アフリカワールドカップやっているけど、いろいろなファッションの人がいて、派手といったら派手だけどそれはそれで輝いているじゃない?そういう意味で、『ソウル・パワー』のなかでいろんなアーティストを観ていても、違和感がないんだよね。
映画『ソウル・パワー』より、ザ・スピナーズ
3日間いて1つも観なかったというのが理想だよ
――フジロックはこういう音楽ファンに観てもらいたいというターゲットはあるのですか?
ないない。来た人たちに楽しんで欲しい、と。絶対、観たら楽しいよ、と。それしか言わない。というかそれしか思わないし。あとはね、俺が大好きなのは、お客さんが笑った顔なんだよ。観てて楽しい!っていう顔なんだよね。それしかイメージにないよ。あとは例えばこの『ソウル・パワー』を観て、若い人たちはほとんど観たことがないわけだから、俺だって観たことがなかった訳だから、「えーっ」と思うよね。その「えーっ」っていう顔、楽しんだ顔がやっぱり、絶対みんなハッピーになるよね、みたいなのが。きっとみんな踊り出すよ。酒飲みながらだし、晴れていたら上は星だらけだからね。
――フジロックの存在というのは、音楽の聴き方を変えたと思うんです。今までだったら目当てのアーティストを観るために行くというものから、空間そのものを楽しんだ方が絶対楽しいよ、と提案してくれたのがフジロックだと思います。それは、スタートした頃から狙いとしてありましたか?
あったよ、最初から。
――それは、海外のフェスを観たり体験して日高さんが肌で感じたこと?
それもあるけど、だいたいこういう性格なんでね、型どおりが大嫌いなんだよ、子供のときからとにかく。だから、自分でこういうイベントというものをやるとしたら、やはり自由に観てもらえて、今まで日本になかったものというか生活の中になかった空間を創り出したい。こういうイベントをやるときには、ステージを1個だけ作るのがいちばん簡単なんだよね。お金もかからないし、お客さんもどれを観て良いか困らなくて済む。最初から、山の中で、キャンプで、ステージは一年目から3つ作るとか、そうしてやっていったのはやっぱりお客さんに、もっと違う楽しみ方があるよって、もっと他に面白い音楽もあるよって教えたかったから。ただ、それは強制はしたくない。自分で選んで、楽しんでもらいたいというのが、最初からあった。俺がずっと冗談で言っているんだけれども、フジロックに何度も来ていて、3日間いて1つも観なかったというのが理想だよ。だって、あらゆるところから音楽が聴こえてくるわけだよ。天気がいい。会場のまんなからへんで、ビールでも飲みながらいたら、あちこちから音楽が聴こえてきて、結局どこにも行かなくて、その付近で遊んでいた、とかね。それもひとつの形だと思ってるんだよ。そういう空間になればいいなって。リラックスできて、いるだけで楽しい。
――さて、今年は当日、日高さんは会場のどこに?
自分の観たいものと仕事であちこち移動してるね。
(インタビュー:浅井隆 構成:駒井憲嗣、世木亜矢子)
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■日高正博 プロフィール
1949年、熊本県生まれ。1987年に設立した株式会社スマッシュ代表取締役として海外アーティストの招聘やイベントの制作を手がける。FUJI ROCK FESTIVALは1997年に富士天神山スキー場にてスタート以降、世界でも屈指のの野外フェスティバルとして開催を続けている。
FUJI ROCK FESTIVAL'10
2010年7月30日(金)31日(土)8月1日(日)
会場:新潟県 湯沢町 苗場スキー場
時間:9:00開場 11:00開演 23:00終演予定
出演:
7月30日
MUSE、THEM CROOKED VULTURES、!!!、BROKEN SOCIAL SCENE、THE XX、Char、サンハウス、MAGMA、DIRTY PROJECTORS、TAKKYU ISHINO and More7月31日
ROXY MUSIC、JOHN FOGERTY、MGMT、ONE DAY AS A LION、ザ・クロマニヨンズ、FLOGGING MOLLY、DEXPISTOLS & ROC TRAX CREW、BOYS NOIZE、DEREK TRUCKS & SUSAN TEDESCHI BAND、EGO-WRAPPIN' AND THE GOSSIP OF JAXX and More8月1日
MASSIVE ATTACK、ATOMS FOR PEACE、BOOM BOOM SATELLITES、VAMPIRE WEEKEND、BELLE AND SEBASTIAN、IAN BROWN、AIR、HOT CHIP、DIANE BIRCH、NARUYOSHI KIKUCHI DUB SEXTET and More入場券:3日通し券¥39,800(税込)、1日券¥16,800(税込)各日共限定10,000枚
小学生以下は保護者の同伴に限り入場無料
駐車券¥3,000(1日1台・税込)2名様より受付/駐車券のみの受付不可
イープラス
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映画『ソウル・パワー』
渋谷アップリンク・ファクトリーほか、全国順次公開中
監督:ジェフリー・レヴィ=ヒント
出演:モハメド・アリ、ジェームス・ブラウン、B.B.キング、ビル・ウィザース、ミリアム・マケバ、他
配給・宣伝:アップリンク
アメリカ / 93分 / 2008年 / カラー / ドルビーSRD / 英語、フランス語、他
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