砂漠に立つモーリーさん。あと20キログラム痩せると最適な体重となるらしいが、ウイグル自治区を横断してなお、お腹ぽっこりは変わらなかった。むしろ丸の内のフィットネスクラブでピラティスに通った方が、近道かもしれない。
ブロードキャスターのモーリー・ロバートソンが2007年3月に回ったウイグルの模様を綴る"ウイグル旅行記"。旅の後半にモーリーさんが訪れたのは、シルクロードの要所としても知られるトルファン。観光で賑わう市内探訪を通して、日本における西洋文化の取り入れ方や故郷を愛する心情と比較しながら、この連載で繰り返し問い続けてきたウイグル問題について再び考える。
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トルファンのバザール
昨年末の前回=Vol.7でハミを再訪したモーリーさん一行。一向はその後、トルファンへ向かった。トルファンは世界で一番地面の温度が暑くなるという噂を聞く。屋外でフライパンに生卵を置くと、目玉焼きになるとか。直射日光があまりにも強いので、登山用の顔にぐるっと巻きつけるサングラスでないと、平たいサングラスだと横から光が入ってきて目や頭が痛くなるほど。「僕はチベットの眼鏡を持って行ったので良かった」とモーリーさん。
トルファンはまだバザールという文化が残っている。工業製品についてはことごとく中国に頼っているが、地元の農産物やそれを加工した食品などを自分たちで生産して売っている。バザールで売られているのは、食べ物が中心。ときどきスカーフのような衣類もお土産として売られている。おそらく海外で作られているのであろうモスクの形をしたアラーム時計を発見。メッカが描かれたカレンダーやポスターなど、お祈りの際に使用される“アザーン”は、中東経由で流通しているそう。同じムスリムの工業国で作られた製品も輸入され、バザールで売られている。
ウイグルのポップス
CDショップではパキスタンの映画を観ることができる。ウイグル人たちのほとんどはパスポートがもらえないため、事実上中国の中に閉じ込められてしまうが、商人は行ったり来たりするので、南アジアやイスラム圏のメディアが結構入ってくるようだ。ローカルなウイグルのポップスが色々な店から聞こえてくるが、これらの楽曲は一概にチープなサウンドで成り立っていることが、聞いていてわかる。カラオケレストランで使う楽器をそのまま録音スタジオに持ち込み、次々とプリセットを呼び出して演奏したようなイメージだ。だからアレンジは稚拙なものとなり、独特のウイグルサウンドを形成する余裕がなさそう。また、ジャマイカ人がレゲエを生み出す過程で行ったように、西洋の楽器や音階を自分たちの独特なものとして消化吸収するというステップがウイグルポップスからは、まだ感じられない。民族楽器は伝統をしっかりと守っていて上手いが、それを外来のポップスと融合させ、かつ中国政府の圧政に抵抗する姿勢を暗に盛り込むことがウイグルの「レゲエ」を産むのではないか、と期待している。現在の限られた制作環境では、全てのエネルギーと表現力を歌に集中させるしかない。しかし様々なハンデがあるにもかかわらず、歌唱力があまりにも強烈なため、十分にイケる。ウイグルポップスの将来への期待をこめつつ、コピーとして売られていたVCDを、たくさん買って帰った」とモーリーさん。
ウイグル世界のあちこちで見かける、山盛りの食材。砂漠は降雨量が少ないために植物が生えていないという先入観があるが、なかなかどうして、いろいろな作物が採れている。
太陽光が強いことに関係して、干し葡萄などドライフルーツの産業が強い。干し葡萄だけでなくて杏子など、強い日差しで育つ果樹園が盛んだ。ムスリムだからお酒は飲まないが、地元では葡萄がとれるからワインもある。また、ざくろの産地でもあり、圧搾機でしぼったざくろの生ジュースが、たとえようもなく美味だ。イランにも同じようなジュースがあるらしいが、おそらく地域ごとに味が異なるので、この忘れられないうまさはウイグルでしか味わえない。
バザールの一角で髭剃りを体験
バザールでは、鳩肉の入ったラーメンが売られていた。「鳩肉は、きっと日本人が鯖を食べるぐらいの気持ちで食べているんじゃないかと思います。一応鳩肉って書いてありますが、中に何が入っているかは食べてみないとちょっとわからない」とモーリーさん。その後、モーリーさんは髭剃りを体験。ウイグル人はもともと遊牧民だったこともあって、刃物と火を使うのが上手いと言われている。そのスキルは文化として強く残っている。ただ清潔さの基準が日本人のスタンダードとは大いにかけ離れており、一言で言うと汚い店内なので、ご注意。
ウイグル・ダイエットの中心に羊肉がある。塩分を含んだ土壌で育てた羊の肉は、焼いただけですでに「下味」がついている、とも言われる。テンダーロインから腎臓まで、絶妙な味だ。
ラグメン作りに初挑戦
そして一行は再度ウルムチへ。ガイドに頼みこんで民家に連れて行ってもらい、ラグメン作りに初挑戦。毎日ウイグル料理しか食べないようにしてた一行。ウイグルの料理は沖縄料理と同じように“好きになると止まらなくなる”味だ。ウイグル問題がどうこじれても、料理のおいしさは変わらない。漢族もウイグル料理をマニアックに好むため、何が何でも残る料理だと言われている。
“ポロ”というリゾットやパエリアのような、サフランライスに羊肉や人参などが入っている美味しい料理がある。何か祝い事があるとき、鉄鍋いっぱいの山盛りで作る。お赤飯のような料理だ。屋台でも見かけることがあり、モーリーさんは毎日食べていたそう。ウイグル料理は、まず食材が手に入らないから日本で作るのは難しい。日本国内でムスリムの畜産農家をやっている人が北海道にいるらしく、日本在住のムスリムはそこで注文・卸しているようだ。上野にも“ハラル”と書かれた、ムスリムが食べても良い肉が売られているお店があるので、そのようなお店で食材を注文して買うことができる。
シルクロードを渡って日本にたどり着いた麺類に関する起源説はさまざまにある。だがウイグルの麺を食べると、日本人の味覚や感性にきわめて近い。「あなた方がわが日本の文化のご先祖でしたか!」と短絡してしまいたくなる。
トルファン市ではセレモニーが開催されていた。政治家によるものなのでもちろん中国側だが、そういうときに一種の宣伝も兼ねて、ウイグル人ミュージシャンが呼ばれることがある。多少の報酬を得て演奏するらしいが、このように公式の行事でウイグル音楽が使われることは多々ある。民族の調和を印象付けるというパフォーマンスで、しらじらしい面もある。ただこれらの行事の「おかげ」で、古い楽器を演奏する習慣があちらこちらで残っているのも事実。古楽器や伝統的な楽器よりブラスバンドの演奏がメインとなる日本での公式の場とは、雰囲気が違う。日本では明治維新以降、西洋化・近代化を印象付けるというメッセージも込めて伝統楽器を棄てていった流れがあるが、微妙な政治バランスの上で、ウイグルの伝統音楽は違った運命をたどっている。
ウイグル問題から見えてくること
「日本には、ラジオ体操や、運動会で並び・行進する機会などがありますよね。それらは全て、19世紀のヨーロッパから仕入れた軍事教練・西洋式の規律です。そんな中での、日本古来の独特な節回しがある音楽というのは、ヨーロッパの文化であるブラスバンドとは並行し得ない。それがかろうじて残っているウイグルと比べると、日本のあり方を考えるきっかけになります。日本文化が、開国以降、富国強兵を経て戦争も経て、西洋化・近代化した中でそのような、過去と繋がっている音階、楽器という“記憶”を忘却してしまって良いものなのか。町並みにも通じる話ですが、自分達がモデルにしたヨーロッパの国々が、効率を優先させた結果、二度の世界大戦の後にEUに統合されている。例えばオランダでは、観光という目的も兼ねて、絶対に町並みを変えさせない。例えインフラが近代化しても、昔の佇まいは残すべしという条例があり、高層ビルを建設しないなどとしているわけです。日本では京都ではやっていますが、それ以外の町ではほとんどやっていないこと。自分たちの郷土に対する愛着がすごく薄い。自分たちの文化破壊というのを考えるきっかけになります。
ウイグル事情に通じれば通じるほど、中国側の当局が発行する地図の一つひとつにさまざまな意味を読み込むようになる。「民族の調和」「中国の領土」「政治的な意図で区切られた省や自治区」「軍区」など。地図を見ただけで緊張感を味わえるのは、旅の成果かもしれない。
ウイグル人やチベット人が住んでいるエリアと、漢族が住んでいる都市部のフートン。清朝から続いた町並みを、効率優先でドカーンと壊して強制摂取して立ち退かせる。暴力的にやるから派手ですが、日本社会だと、皆が何となく愛着を持たず、効率を優先させて自民党と土建業者が儲かる方に流れ、そこからおこぼれが貰えればいいや……という風潮に通じます。そういう意味で日本人は沖縄の状態と同じであると思います。基地が嫌だと言いながら、基地からお金を貰っている。飴玉を貰った結果差し出したものの代償はあまりにも大きいということが、ウイグルを見ていて分かります。日本の在るがままの状況や問題を強く考えさせてくれる、フォーカスをあててくれるのがウイグル問題。これは決して他人事な、エキゾチックなシルクロードの向こう側にある世界ではなく、もうシルクロードは自分の玄関口まで伸びて繋がっているんだということを、この映像をきっかけに知ってもらいたい」とモーリーさんは、ウイグルと比較した日本の在り方を語った。
2009年は「モーリー大学」を数十回に渡り開講したモーリー・ロバートソン氏。その講演の中で行った、より国際情勢を身近に感じるためのセミナーシリーズを書籍化すべく、現在執筆活動中だ。書籍では、民主主義という少数民族の文化が日本人にとって何を意味するのか? という問答を自覚できるような議論が進められる。チベット、ウイグルの問題から自分たちが何を学べるのかという当事者意識についても触れることになる。その他の近況は「i-morley」をチェック!
※この旅は、2007年3月に実施されたものです。「ウイグル旅行記」は次回Vol.7が最終回となります。
(インタビュー・文・構成:世木亜矢子)
モーリー・ロバートソン氏プロフィール
「i-morley」の創始者、ミュージシャン、ラジオDJ、ジャーナリスト、作家。1991年以来、J-WAVE(81.3FM)などでラジオ・パーソナリティーとして活躍し、伝説的な深夜番組「Across The View」を司会。自由気ままに語り継ぐポッドキャスト「i-morley」はかつての深夜ラジオに心酔した人から初めて耳にするティーンエイジャーまで、広くリスナーの心をつかみ、75万人を越えるオーディエンスを獲得するに至る。2007年には、チベット・ラサでの取材を写真や映像でレポートする企画「チベトロニカ」の総指揮を務める。
【関連記事】
■ウイグル旅行記
これまでの連載はこちら
http://www.webdice.jp/dice/series/18/
■チベットを知る
全連載はこちら
http://www.webdice.jp/dice/series/11/
『ウイグルからきた少年』
DVD発売中!
監督・脚本・編集:佐野伸寿
出演:ラスール・ウルミリャロフ、カエサル・ドイセハノフ、アナスタシア・ビルツォーバ、ダルジャン・オミルバエフ他
2008年/日本・ロシア・カザフスタン/65分
配給:アップリンク
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