『ポリティカル・マザー』(c)Ben Rudick
ブライアン・イーノが芸術監督を務める今年のイギリス、ブライトン・フェスティバルで世界発公演を行ったホフェッシュ・シェクターの『ポリティカル・マザー』。ドラム4人、ギター4人から叩き出されるリズムの渦の中でダンサーが舞うステージは、陶酔と覚醒の繰り返しを観客に強いてくる。日本公演は、6月20日(日)に山口情報芸術センターで、6月25日(金)~27日(日)に彩の国さいたま芸術劇場で上演される。イギリスで活躍するダンサー、振付家、作曲家であるホフェッシュ・シェクターについてレビューを寄せた舞踊ジャーナリストの岩城京子によるインタビューをお届け。
イスラエルで学んだ民族舞踊、打楽器、ピアノ、絵画
──今回が初の日本公演になります。あなたがどのようにしてダンスをはじめられのか、少し自己紹介をしていただけますか。
僕はまず子供のころに民族舞踊を習いはじめました。イスラエルでは民族舞踊がとても盛んなのです。老若男女、なにか祭儀があるたびに踊ります。と同時に、音楽も好きだったのでピアノも習いました。絵画も少しやったかな。でも最終的にはダンスを選んだ。ダンスがいちばん人と社交できて楽しかったんです。僕はとても内向的だったので、ダンスによって自分を表現する手立てが得られたのが嬉しかったんです。それでその後、エルサレム・アカデミー・オブ・ダンス・アンド・ミュージックで学び、また十代後半からはプロのダンサーとしてバットシェバ舞踊団で踊るようになりました。
『Uprising Image』(c)Ben Rudick
──その後、いちどダンスをやめて打楽器奏者を目指されますよね。
ええ。なぜかダンスだけでは僕のなかにある“創造欲”を満たすことができなかったんです。それで打楽器の先生をテルアビブで探しだし、その後2年、毎日5時間ドラムを叩きつづけました。でも今から考えると打楽器を習得したことは、現在の振付活動にとても役立っているように思います。というのも僕は基本的に、振付を考えるときにリズムから考えるんです。舞台役者が緩急や強弱などの言葉のリズムを決めてからセリフを言うのと同じように、僕もムーヴメントのリズムをまず考える。で、そこで打楽器を習っていた経験が役立つ。また振付と音楽の双方をクリエイトできるようになったことで、かなり純度の高い自分だけの世界観が作れるようになりました。だからようやく今、自分の創作欲が満たされているように思います。
ユニークな身体言語がどこから
──あなたの生み出すムーヴメントは非常にオリジナル。昆虫や動物を思わせる動作、民族舞踊を思わせる舞、肉体労働者のしぐさを思わせる群舞、あのユニークな身体言語はいったいどこから生まれてくるのでしょう?
すべては自分の内側から、自分の感情とコネクトすることから生まれてきます。だから創作にあたってはまず、毎回なるべく素直に自分の感情と向きあう。そして自分が表現したい、漠然とした“感覚”を掴む。それはまったく言語化できない感覚で、だからこそ僕はそれを身体言語に移し替えようと試みるわけです。そこから果たしてどんな動きが生まれてくるのか、自分でもわかりません。けれど「とりあえずやってみよう」と稽古場に入っていくわけです。また僕はダンサーたちにも、形より感情を大切にしてくれと伝えます。僕が伝えたい感情さえ適確に掴んでいてくれれば、少しぐらい腕が高かろうが低かろうがかまいません。
『In your rooms』(c)Dee Conway
──確かにあなたのカンパニーのダンサーたちは身体的な特徴がバラバラ。でも内側に、なにか同じ核のようなものを持ちあわせているように見えます。
僕はダンサーを選ぶとき、なんらかの“謙虚さ”がある人を選びます。あとは温もり、繊細さ、人間臭さ。これらは僕が作品で表現したいと思っている感覚なので、そもそもダンサーのなかにそれらの要素がなければ作品が成り立ちません。もちろん僕はダンサーの個性も大切にします。もし僕がレストランのマスターシェフだとしたら「パスタを作れ、デザートを作れ」と命令するようなことはしません。そうではなく、僕はみんなの意見を聞きながらいっしょに作っていきたい。それで最終的には、味つけは極力シンプルに。そのほうがよりダイナミックに空間と時間をアレンジして、観客を動かすことができるのです。
プライベートな感情を伝えたいと思ったのがはじまり
──新作『ポリティカル・マザー』は示唆的なタイトルです。なにか政治的なメッセージが含まれるのでしょうか。
僕はダンスで政治を語ろうと思ったことはありません。それでも「ホフェッシュ・シェクターの作品は政治的だ」という人は多い。たぶんそれは、僕がイスラエル出身だからそう思い込んでいるだけでしょう。僕はそんなに大それたことをダンスで語ろうとは思いませんよ。ロンドンの小さな部屋で小さな人生を送っていたときに、非常にプライベートな感情を伝えたいと思って創作をはじめただけですから。ただ今回の新作では、ひとつ新たな試みに出ます。複数のまったく異なる世界観を、舞台上で編集してつなぎあわせてみたいのです。だからより複雑でシュールな世界が生まれてくるでしょうね。どんな秩序が、あるいはどんな秩序だったカオスが生まれてくるのか……、僕自身も楽しみです。
(インタビュー・文:岩城京子 出典:埼玉アーツシアター通信 27号)
『Uprising』(c)Andrew Lang
■ホフェッシュ・シェクター PROFILE
ダンサー、振付家、作曲家。イスラエルを代表する世界的ダンス・カンパニー、バットシェバ舞踊団にてダンサーとして活躍。同時にドラムとパーカッションの訓練を始め、その後フランスのAgostiny College of Rhythmで学ぶ。ダンス、演劇、ボディ・パーカッションなどを融合した様々なプロジェクトに関わりながら自身の音楽的実験を展開。2002年、イギリスに移る。自ら振付、作曲を手がけた処女作『Fragments』(03年)で早くも注目を集め、04~06年、ロンドンの重要なダンス拠点、ザ・プレイスのアソシエイト・アーティストとなる。プレイスの委嘱で06年、『Uprising』を創作。7人の男性ダンサーによって踊られるこの作品は、ホフェッシュの代表作となる。そして翌年、『In your rooms』(07年)の成功により、一躍UKダンス・シーンの先導的地位を確立した。08年にカンパニーを結成。同年の英国ダンス批評家賞最優秀振付賞を受賞。現在、サドラーズ・ウェルズ劇場(ロンドン)アソシエイト・アーティスト。ブライトン・ドーム(ブライトン)にカンパニーの創作拠点を置く。
・公式サイト
ホフェッシュ・シェクター
『ポリティカル・マザー』
6月20日(日)山口情報芸術センター
6月25日(金)~27日(日)彩の国さいたま芸術劇場
振付・音楽:ホフェッシュ・シェクター
出演:ホフェッシュ・シェクター・カンパニー(ダンサー10名 ミュージシャン8名)
時間:6月25日(金)開演19:30、26日(土)開演15:00、27日(日)開演15:00
※6月25日(金)の公演終了後にホフェッシュ・シェクターによるポストトークを開催
会場:彩の国さいたま芸術劇場[地図を表示]、山口情報芸術センター[地図を表示]
料金:
★彩の国さいたま芸術劇場
【一般】S席5,000円 A席3,000円 学生A席2,000円
【メンバーズ】S席4,500円 A席2,700円
★山口情報芸術センター
【一般】前売2,800円 当日 3,300円 25歳以下2,000円
【メンバーズ・特別割引】2,500円 ※特別割引はシニア(65歳以上)、障がい者及び同行の介護者1名が対象
※その他詳細は彩の国さいたま芸術劇場公式サイト、山口情報芸術センター公式サイトから
【関連リンク】
・現代人と社会のあいだの摩擦を、美しい原始的エネルギーに昇華―拳をふりあげたくなる圧巻のダンス
(ホフェッシュ・シェクター作品レビュー)
http://www.webdice.jp/dice/detail/2465/