骰子の眼

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埼玉県 さいたま市

2010-05-31 19:48


現代人と社会のあいだの摩擦を、美しい原始的エネルギーに昇華―拳をふりあげたくなる圧巻のダンス

ホフェッシュ・シェクター初来日公演『Political Mother ポリティカル・マザー』、6月25日~27日開催!ジャーナリストの岩城京子が解説
現代人と社会のあいだの摩擦を、美しい原始的エネルギーに昇華―拳をふりあげたくなる圧巻のダンス
『Political Mother』(c)Tom Medwell

6月25日(金)~27日(日)、彩の国さいたま芸術劇場でホフェッシュ・シェクターの日本初公演が開催される。シェクターは、イギリスで活躍するダンサー、振付家、作曲家だ。彼のカンパニーが拠点を構える英国ブライトンで5月20日から開催されている「ブライトン・フェスティバル」で世界初演を果たし好評を得た新作『Political Mother ポリティカル・マザー』を、日本で上演する。そんなホフェッシュ・シェクターについて、舞踊ジャーナリストの岩城京子が解説する。


“芸術家のレイヴ”ホフェッシュ・シェクター

ホフェッシュ・シェクター。このどこか推理小説の暗号文めいた名前を耳にしたのは、4年ほどまえ。ロンドン在住の友人に「凄いんだぜ、レイヴみたいな昂揚感のダンスを作るやつがいるんだ」と聞いたのがはじめだった。とはいえそのときこの奇怪な名はそのまま記憶の彼方に葬られることに。パーティー好きで陽気なナポリ人に「レイヴみたいで凄い」と薦められても、かなり失礼な話だが、いまひとつ芸術としてのクオリティに確証がもてない気がしたのだ。

だからしばらくしてのち、その国籍不明な振付家の名をサドラーズ・ウェルズの公式サイトで見つけたときにはびっくりした。ああ、あのレイヴ兄ちゃんだ。あの、有名なサドラーズ・ウェルズでやるんだ。とはいえ、おもしろいかどうかはまた別の話。ただなぜかこのときは私のなかの芸術探知機が無自覚に作動した。観に行ったほうがいい、気がする。そして結果を先に述べるなら、この判断は間違っていなかった。シェクターの出世作とされる『Uprising / In your rooms』のダブルビル公演は、内向性と暴力性のあいだで揺らぐ現代人の感情的複雑さを、詩的でいて原始的なエネルギーに昇華し、思わず拳を振りあげたくなる圧巻のダンスを完成させていた。友人に心のなかで詫びを入れつつ彼の言葉を借りて語るなら、それはまごうことなき「芸術家のレイヴ」だった。

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ホフェッシュ・シェクター(c)Carl Fox

キャリアのスタートはバットシェバ舞踊団で

現在ロンドン在住のシェクターは、イスラエル生まれの34歳。オハッド・ナハリン率いるバットシェバ舞踊団にダンサーとして参加してキャリアを開始すると同時に、バンドの打楽器奏者としても活躍の場を広げていく。のちパリに活動拠点を移し作曲活動を開始。そして02年にいざロンドンへ渡り、2年後に処女作『Fragments』を発表。これがまたたくまに玄人筋の注目を集め、その年ポーランドで開催されたセルジュ・ディアギレフ振付賞の最優秀賞に輝く。そしてさらに3年後に「七人の男たちによる野性的な哀歌」とも形容できる25分の小作『Uprising』を発表。振付、作曲、構成のすべてにおいてその才能の真性を証明してみせた。

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『Political Mother』(c)Tom Medwell

息を呑む対比のダイナミズムが表現された2作目

『Uprising』の幕開け5分はじつに劇的だ。サドラーズ・ウェルズの客電が突然の停電のように落ちると、観客は、軍事工場に放りこまれたかのような律動的機械音に包まれる。そして音と闇の向こうから7人の男性ダンサーたちが現れる。彼らは工場労働者のごときアグレッシブさで肩で風をきって前進し、舞台つらで横一列に整列、バレエのパッセのポーズで停止する。と、次の瞬間にはジャングルの野生動物のように上半身を脱力させ開放的に大胆に舞う。闇と光、静と動、緊張と弛緩、息を呑む対比のダイナミズムだ。そして観客は上演中、このシェクターの計算され尽くされた緩急のうねりに呑まれ、頭ではなく体全体をステージにさらわれることになる。

Uprising (c)Gabriele Zucca
『Uprising』(c)Gabriele Zucca

よりパーソナルで内省的な情緒をつむいだ3作目

この作品の成功を受けて、翌07年に発表したのが『In your rooms』。本作はロンドンにおける小中大のダンスの殿堂、ザ・プレイス(小)、サウスバンク・センター(中)、サドラーズ・ウェルズ(大)、が共同出資するという前代未聞の期待をかけられ制作された40分の作品。5人の女性ダンサー、6人の男性ダンサー、そして5人のライブ奏者(これら人数は劇場規模により可変)によって構成される本作は、前作『Uprising』と同じ高いエナジーレベルを保ちながらも、よりパーソナルで内省的な情緒をつむぐ。シェクターが現代人の社会的ストレスを内観するナレーションが踊りにかぶさり、怒り、不安、温もり、ユーモア、暴力、皮肉、孤独、といった都会人の分裂症気質が身体上に美しく現れては消えていく。その背後にはシェクター作曲による、血湧き肉躍る祭儀を盛りあげるがごとき打楽器と弦楽器の音律が響く。オブザーバー紙は本作を評し「おそらくミレニアム以後、英国内で作られた最重要ダンス作品」と最大級の賛辞を送った。

新作『Political Mother ポリティカル・マザー』

きたる日本公演では5月にイギリスで発表される、できたての新作『Political Mother ポリティカル・マザー』が上演される。おそらくこの若きアーティストの特徴である、職人的緻密さでデザインされた振付と、有無をいわさぬ原始的律動感は失われることなく、終演後には、ホフェッシュ・シェクターという不思議な名が観客の脳裏に刻みつけられているはずだ。

(文:岩城京子 出典:埼玉アーツシアター通信 26号)
Uprising (c)Andrew Lang 1
『Uprising』(c)Andrew Lang

■岩城京子 PROFILE

フリーランス・ジャーナリスト。77年、東京都出まれ。86年から91年までニューヨーク在住。94年から96年まで東京バレエ団選科に在籍。96年、慶応義塾大学環境情報学部(SFC)に入学。在学中より舞台コラム、取材文等を書きはじめる。99年、同大学同学部卒。契約編集スタッフとして出版社に勤務したのち、01年独立。現在主にダンス、シアター、カルチャートラベルを専門にしたフリー・ジャーナリストとして活動。国内、海外で取材をこなし年間200本以上の記事を執筆する。近年の主な海外取材対象者/パリ・オペラ座バレエ団、英国ロイヤルバレエ団、シュツットガルト・バレエ団、エドゥアール・ロック、ナチョ・デュアト、クリストファー・ウィールドン、アクラム・カーン、ロメオ・カステルッチなど。近年の主な海外取材場所/フランス、イギリス、ドイツ、イタリア、アイルランド、デンマーク、オーストラリア、アメリカ、韓国など。ウェブマガジンARTicleにて掲載記事を随時更新中。
公式サイト

■ホフェッシュ・シェクター PROFILE

ダンサー、振付家、作曲家。イスラエルを代表する世界的ダンス・カンパニー、バットシェバ舞踊団にてダンサーとして活躍。同時にドラムとパーカッションの訓練を始め、その後フランスのAgostiny College of Rhythmで学ぶ。ダンス、演劇、ボディ・パーカッションなどを融合した様々なプロジェクトに関わりながら自身の音楽的実験を展開。2002年、イギリスに移る。自ら振付、作曲を手がけた処女作『Fragments』(03年)で早くも注目を集め、04~06年、ロンドンの重要なダンス拠点、ザ・プレイスのアソシエイト・アーティストとなる。プレイスの委嘱で06年、『Uprising』を創作。7人の男性ダンサーによって踊られるこの作品は、ホフェッシュの代表作となる。そして翌年、『In your rooms』(07年)の成功により、一躍UKダンス・シーンの先導的地位を確立した。08年にカンパニーを結成。同年の英国ダンス批評家賞最優秀振付賞を受賞。現在、サドラーズ・ウェルズ劇場(ロンドン)アソシエイト・アーティスト。ブライトン・ドーム(ブライトン)にカンパニーの創作拠点を置く。
公式サイト


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ホフェッシュ・シェクター
『Political Mother ポリティカル・マザー』
6月20日(日)山口情報芸術センター
6月25日(金)~27日(日)彩の国さいたま芸術劇場

振付・音楽:ホフェッシュ・シェクター
出演:ホフェッシュ・シェクター・カンパニー(ダンサー10名 ミュージシャン8名)
時間:6月25日(金)開演19:30、26日(土)開演15:00、27日(日)開演15:00
※6月25日(金)の公演終了後にホフェッシュ・シェクターによるポストトークを開催
会場:彩の国さいたま芸術劇場[地図を表示]、山口情報芸術センター[地図を表示]
料金:
★彩の国さいたま芸術劇場
【一般】S席5,000円 A席3,000円 学生A席2,000円
【メンバーズ】S席4,500円 A席2,700円
★山口情報芸術センター
【一般】前売2,800円 当日 3,300円 25歳以下2,000円
【メンバーズ・特別割引】2,500円 ※特別割引はシニア(65歳以上)、障がい者及び同行の介護者1名が対象


※その他詳細は彩の国さいたま芸術劇場公式サイト山口情報芸術センター公式サイトから


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