今年のカンヌ映画祭パルムドールを獲得したアピチャッポン・ウィーラセタクン監督
12日間にわたって開催されたカンヌ映画祭が、5月23日のクロージング・セレモニーを持って終了した。今年のコンペティションの総合評価は例年に比べると低い、というのが批評家たちの共通の意見だが、傑出した作品がなかったわけではない。そのなかで最高賞のパルムドールに輝いたのは、ユニークさで群を抜いていたタイのアピチャッポン・ウィーラセタクン監督による『Uncle Boonmee who can recall his past lives』。幽霊の存在や輪廻転生を信じる監督が、そうしたテーマをミステリアスでユーモラスに描いた作品だ。パルムドールにしては意外な選択だが、審査員長がティム・バートンだけにこうしたサプライズがもたらされるのでは、という予想に沿う形となった。彼の作品を初めて観たというバートンは、「奇妙にも美しい夢のような作品」と、魅せられた理由を語った。
アピチャッポン・ウィーラセタクン監督のパルムドール受賞作『Uncle Boonmee who can recall his past lives』より。
審査員長ティム・バートンを中心とした今年のカンヌ映画祭審査員
グランプリに輝いたのはグザヴィエ・ボーヴォワ監督のフランス映画『Of God and men』。アルジェリアを舞台に、テロリストによって殺害された修道士たちの実話を題材にしたもの。撮影監督のキャロリーヌ・シャンプティエによる宗教画のように美しい映像が、尊厳と寛容性にあふれた修道士たちの姿を静かに感動的に描写する。
グランプリ受賞となったグザヴィエ・ボーヴォワ監督作『Of God and men』より。
男優・女優賞は、どちらかといえば下馬評通りだった。今回の映画祭ポスターのモデルにもなったジュリエット・ビノシュが、アッバス・キアロスタミの『Certified Copy』で女優賞を獲得(ただし作品自体への評価はいまひとつ)。一方男優賞はふたりで、アレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥの『Biutiful』に主演したハビエル・バルデムと、『Our Life』のイタリアの若手エリオ・ジェルマーノが分け合った。イニャリトゥの作品はこれまでのようにさまざまな自制が絡み合う複雑な構造ではないが、不幸に見舞われた主人公という設定は変わらず、彼らしい押しの強さがあふれる(それが好き嫌いを分けるタイプの)作品である。
女優賞に輝いたジュリエット・ビノシュが報道陣に笑顔を向ける
ハビエル・バルデム(右)と、エリオ・ジェルマーノ(左)実力派と若手が共に男優賞を受賞
総じて評価の高かったイ・チャンドンのリリカルな作品『Poetry』は、脚本賞を取るにとどまり、審査員賞には不安定な政情のなかで父と子が引き離されていく様子を描いたマハマト=サレー・ハルーンのチャド映画『A Screaming Man』が輝いた。受賞が期待されていた北野武の『アウトレイジ』は評価が分かれた。批判派には、これまでの北野特有のクセのある演出が影を潜めたことが逆に物足りなく感じられたようだ。
『アウトレイジ』が賛否両論を呼んだ北野武監督
もっともサプライズの声が高かったのは、実際のストリッパーたちを配役し、ツアーを続ける彼女たちとそのパトロンを描いて監督賞を受賞した、マチュー・アマルリック(主演も兼任)の『On Tour』だ。ジョン・ウォータース映画のディヴァインを彷彿させるようなパワフルなストリッパーたちの存在感は見もので、「女性の美しさに対する既成概念に疑問を投げかけるポリティカルな映画」と監督が言うのも頷けるが、先出のイ・チャンドンや手堅い演出で評価の高かったマイク・リーやケン・ローチがいたことを考えると、驚きは隠せない。これもティム・バートンらしいユニークなチョイスと言えるかもしれない。
マチュー・アマルリックが監督賞を受賞、ディレクターとしての手腕も発揮した。
全体的には若手の才能と、不器用でも作り手の個性を感じさせる作品に軍配のあがった年となった。
(取材・文・写真:佐藤久理子)
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