映画『鉄男 THE BULLET MAN』より、アンソニーの妻・ゆり子を演じる桃生亜希子
5月22日(土)から公開となる塚本晋也監督の最新作『鉄男 THE BULLET MAN』は、これまでの『鉄男』『鉄男II/BODY HAMMER』にあった金属の質感への限りない執着をベースに、リメイクや続編ではない、新しい鉄男像を出現させている。エリック・ボシック、そして桃生亜希子という気鋭の俳優陣を迎え、破天荒な実験精神が存分に発揮されながら、孤独を抱えた都市でサバイブする主人公の葛藤をハリウッドで企画開発されたことも納得のエンターテイメント性で彩っている。今回のインタビューでは、監督の本音を聞きたく12の質問に答えてもらった。
Q1
実は、もっと早く『鉄男 THE BULLET MAN』を作りたかった。
『鉄男 THE BULLET MAN』は、『鉄男II/BODY HAMMER』の後、93年くらいにハリウッドのプロデューサーの方に『鉄男AMERICA』を作らないか、と言われたのが最初で、(クエンティン・)タランティーノさんからもそういうお話をいただいたり、ずっと模索していたんです。どんな話にしようかといったときに、最初はアメリカ映画として作るのならば同じストーリーでもいいか、空飛ばしたり、アクションでかくして、と思っていたんですけれど、タラさんのお話を聞いていると、日本でやる1億円くらいのバジェットか、もっと低いかもしれないというけっこう現実的な金額だったりして、いろいろやりたいことができなさそうだと。その後もたくさんお話をいただいたんですけれど、みなさん共通して言うのは「主役の人を有名な俳優にして」ということでした。
最初アメリカに行ったときには、ジョニー・デップとかティム・ロスを主演に、と僕の方からも言ったりしていましたが、映画の予算が小さいことが分かっても、まだそういうことを言うので。そうすると、有名な俳優を起用したときの映画の造りってだいたい想像がつくんです。僕としては特別なことを言っているつもりもなく、『ドーン・オブ・ザ・デッド』のような、出演者が有名じゃなくても映画自体が面白い作品や、あるいはもっと理想的なことを言うなら『マッドマックス』だって『ロッキー』だって、最初はシルベスター・スタローンは有名じゃないけど映画としては素晴らし作品があったじゃないですか。それらは例がすごすぎますが、僕の映画はぐちゃぐちゃと時間をかけて造ることでやっと少しずつ良くなるわけです。だけれど、そういうのは通らない。なので、じゃあ自分でやろうというところに行き着くまで時間がかかってしまった。あとは、自分としてはどちらにしてもシンプルな映画にしたかったのですが、鉄男』と『鉄男II/BODY HAMMER』の鉄男伝統は踏まえながらの新しいストーリーが中々見つからなくて。今はそれが見つかったつもりになっています。
映画『鉄男 THE BULLET MAN』について語る塚本晋也監督
Q2
実は、ビジュアル・ショックという面では『アバター』に負けたと思っている。
『アバター』は、最初に顔とか絵のデザインがあまり好きじゃなかったりしたんですけれど、スタッフに「あまりにすごいから観たほうがいい」と言われて観にいきました。「おもしれーっ!」と思って。映画が生まれたときって、絵が動くからおもしれーって興味でお客さんが喜んだのが想像できますが、それと同じような新しい産業って感じがして楽しめた。世界に奥行きがあって、いい体験をさせてもらった。そんな時代に俺の映画はこんなアナログでいいのかって、頭を抱えたんですが(笑)、でもやるっきゃない!って最後まで踏ん張ったんです。『アバター』を観てビジュアル・ショックを受けたけれど、「鉄男 THE BULLET MAN」が完成したときに観客の視点で試写を観たときは、「アナログだけど体感!」と(笑)、「『アバター』に負けちゃいないよ!」と自分で思いました。
Q3
実は、自分に子供ができて、映画においての表現が丸くなってきたと感じている。
『鉄男II/BODY HAMMER』のときは子供がポーンと吹っ飛ばされたりする表現があって、今度もそういうシーンはあるんですけれど、確かにそういう意味では意識は違って。今回の最初に子供が死んでしまうシーンは、一回ヴェネチアで上映した後に、徹底的に作り直しているんです。最初の上映では、車に轢かれるときに子供の声を入れるなんて考えられなくて「ドーン!」という音だけだったんです。でも解りづらいという声を聞いたので、作り直したときに「ギャー!」という悲鳴を入れた。そうすることで、自分も「酷い!」という気持ちになる。そうした起点を、しっかり描いたことで主人公の感情移入がもっとできるようになりました。
テレビで戦争が起こっていたり子供が犠牲になっていたりしているのを観ると情緒が不安定になるんですけれど、その思いも今度の映画に入っているんです。別の企画で、戦争の映画を作りたくて戦争の体験をしている人にインタビューをしているんです。ちょうど『バレット・バレエ』あたりの頃から、戦争について描くことに興味を持っていたんですが、今度の映画では自分として意識的にそのことを触れたことはなかったんです。よくよくあとで考えると、たぶん『鉄男』『鉄男II/BODY HAMMER』はバーチャル・リアリティといって、夢と現実の意識がない仮想現実の世界で、肉体がテクノロジーに支配されるというようなことを言いながら作ってました。今はそこからさらに20年経って、戦争が終わって60年経ってしまっているので、戦争の語り部みたいな人がもういなくなってしまった。僕は実をいうとあまりテレビを観ないし、夜中の討論番組も観ないんですけれど、ちょっとテレビをつけて人々の発言を聞いていると、戦争を体験している人がいなくなるのを手ぐすね引いて待っている人達がいるという感じがしたんです。また戦争が始まってしまうような方向に行きかねない怖さを覚えました。それで結局、戦争に行くのは自分たちや、その子供たちの世代ですから、それはいやだ!っていう思いはあります。
たぶん丸くなったというのは、以前は世界を吹っ飛ばしてなんぼという、パンクな感じだったんですけれど、今度はその吹っ飛ばす一発の暴力をやるのか、やらないのか、やりたいけれど、やっていいのか、やったら何が起こる?というのを考えているところが違うんだと思います。
映画『鉄男 THE BULLET MAN』より
Q4
実は、今回『鉄男 THE BULLET MAN』のなかに起きている出来事全てに意味をつけすぎた。
最初の成り立ちがハリウッド映画を念頭に置いて作っているので、少し合理的でなければいけないと。鉄男が合理的というのもかなり矛盾するんですけれど(笑)。
ハリウッド映画でプロデューサーの人が言ってきた合理的というのは、「もし体から弾丸を出すんだったら、弾丸を食べなきゃだめ」っていうようなことで。それは合理的かもしれないけれど、ただのロボット。だから自分にとっては納得いかない。僕はやっぱりビフテキを食って出てくるのは金属の弾丸である、というのがいいわけです。それを納得してもらえないと、話の成り立ちができないので、困ったなと思っていて。結局自分としては、アメリカ映画なので合理的にしないといけないと思いながらも、自分の納得いく合理的でないとならない。お父さんは人間で、お母さんはアンドロイドという設定も、人間性とテクノロジーの合体を表した端的なシンボル、ということになりますし、『ブレードランナー』という80年代の金字塔では、ハリソン・フォードの主人公のデッカードとレイチェルというアンドロイドが逃避行しますけれど、80年代に逃避行したふたりが結婚してできた子供がアンソニー、というオマージュ的な気持ちがあるんです。だから途中傭兵が入ってきますけれど、その悪役たちがデッカードなんです。映画で『ブレードランナー』をアンソニーに送れ!って言いたいくらいだったんです。そんなこんなで、僕としてはそんな風に意味をつけながらやっているので、整合は取れているんです。ただ最初にできたものは、説明のポイントを誤って、すごい説明的なのにまだ解らないという状態になっていたので、その説明を全部排除して、ほんとうに必要な台詞ってなんだろうというのを、海外の配給の人にも意見をたくさん言ってもらって、徹底的に修正しました。
Q5
実は、監督・脚本・編集全部ほぼ自分でこなすのは、自分以外のことを信じることができないからだ。
8mm映画ではそういうふうにやらざるをえないわけです。そのときに、撮影・監督・脚本・主演それぞれの表現ぜんぶが面白くて、それをやりたくなっちゃったということ。あとは、僕監督としてえらそうにできるほどのリーダーシップとしてのキャラクターがないので、人に頼むことができないことにある時に気づいたんです(笑)。人に頼むときにすごいストレスがあるので、だったら自分でやっちゃったほうがいいわけで。だからスタッフはほんとうに自分の映画が好きな人だと頼めるんですけれど、プロの人で僕の映画が好きじゃないけどスケジュールが空いてるから来てるっていう人には頼めない。イヤだって言われますし、僕の頼むことは普通面倒くさいだろうし。
Q6
実は、アスミックの谷島プロデューサーは鉄男のことを本当は解っていない。
実は『鉄男』を作ったときに、谷島さんは学生で、シネックといういろんな学校とネットワークを作って、映画をみんなで応援していく組織のボスだったんです。『鉄男』というまったくお金のない映画を、その組織を使って既に宣伝配給を手伝ってくれていた。むしろ『鉄男』のことを理解してくれたところから始まったので、20年ぶりに『鉄男 THE BULLET MAN』を作ったときに、谷島さんがプロデューサーというのは、とてもいい巡り合わせだと思っています。
映画『鉄男 THE BULLET MAN』より、アンソニー役の主演・エリック・ボシック
Q7
実は、自分が出演するのは、自分よりいい俳優が世界にはいないから。
自分が出演するのは、これは自分がぜったい出演する、と最初からぜったい決めてる役です。例えば『鉄男』は、自分が演じることを前提にしていて、役のために運動を準備をしているときにアイディアが浮かぶんです。運動して体から脳に伝わるアイディアというのはぜんぜん違って。僕としては、運動しないで頭だけで考えた方のアイディアもいいはず、という期待があるんですけれど、今まで一生懸命20年も作ってきた結果、お客さんはやっぱり僕程度のちっぽけな脳で考えたものより、もうちょっと体から発するなにかの方を喜んでくれるのかなという気持ちがあります。その代わり、『ヴィタール』のような、最初から自分を必要としない映画というのもやっぱりありますが、ある年齢までにやらないとということから、自分が演じる映画のほうがちょっと先に集まってしまっていますね。自分がでない映画のアイデアもいっぱいあります。
Q8
実は、『鉄男 THE BULLET MAN』のテーマは、ワールド・トレード・センターで同時多発攻撃があった後の、自分なりの回答だ。
ほんとうのことを言うと、今度トライベッカ映画祭に行くので、皆さんがそれを関連づけてくれるし、僕も関係づけないこともないんですけれど、ちょっと意味合いが違って。最初これを『鉄男AMERICA』として作ったときは、ニューヨークの都市の話だったんです。『セブン』や『ファイトクラブ』的な暗い世界の延長として、ニューヨークで、あるビジネスマンが都市を壊すという話でした。現実感が希薄なゆえに街を壊しかねないというテーマなのに、今現実にニューヨークのビルが倒れてしまった場所でそれをやるというのは、テーマも違うしあまりにトゥーマッチだし。であればニューヨークに行けない代わりに、ホームグラウンドの東京で撮ろうと思った。ギャスパー(・ノエ)が東京を舞台にしたり、ソフィア・コッポラが舞台にするように、東京はサブカルチャー的なものも含めたある魅力的な都市なので、アメリカ人のプロデューサーになった気分で、東京のおもしろさという観点で、アメリカ人の主人公を東京に置いた『鉄男』にしてみようと思った。例えばアメリカ人が『呪怨』の日本人の幽霊に触れるように、アメリカ人が日本の土壌で生まれた鉄の感じに侵されていく話にすると、僕の気分にもぴったりしてくるし。
さらに言うならば、アンソニーのテーマである「戦うのか、戦わないのか」「復讐するのか、しないのか」ということでは、仕返しをしてしまうと、肝心な人以外も被害を被ってしまうようなパワーをアンソニーは持っている。そういうふうに簡単に復讐してしまっていいのか?ということで言えば、ワールド・トレード・センターのこととも関係してくると思います。
Q9
実は、東京を舞台にしたギャスパー・ノエの『エンター・ザ・ボイド』に『鉄男 THE BULLET MAN』には勝った。
ギャスパーはいつも、ギャスパーのなかでどの映画がいちばんいいとか悪いと言えない、ある連環したものなので、どの作品もいつも同じように素晴らしいです。
映画『鉄男 THE BULLET MAN』より
Q10
実は、鉄男は実は鉄を愛しているのか、それとも憎んでいるのか自分でもよく解らない。
そんな風にきれいに割り切れると葛藤がないのかもしれない。鉄を憎み最後にふっとばすことができたら、ハリウッド映画の典型的な感じですよね。けれど、いつも僕の映画は侵されて気持ちよくなって、合体して次の世界に行ったりする。愛憎こそがドラマでありテーマだと思ってます。
Q11
実は、『鉄男 THE BULLET MAN』は『鉄男』を越えていない。
やっぱり最初に作った映画のある種の強さみたいなものがあるので、越えるところというよりも、あの映画のようなものではないと思うんです。『鉄男』と『鉄男 THE BULLET MAN』は「似ている」と言ってくださる人も、「ぜったい負けるの必至なのに、ちょうどタメくらいにはなった」と言ってださる方もいる(笑)。進化した、と言ってくださる人もいる。最初の「鉄男」はチンチンがドリルでまわっちゃったりして伸びやかですから、ぼくは今回の「鉄男」もありがたい評価をいただいていると思います。
Q12
実は、「大金を準備したので3Dで『鉄男4』をやりましょう」、と言われたら3Dに挑戦してみたい。
『悪夢探偵』のときの、現実生活はすごく平面的なんだけれど、夢に入るととても立体的な3Dになる、という話はすごく乗れたので、アメイジング・パーク的な感じがして好きなんですけれど、『鉄男』全編で3Dというと今はまだスッとは考えられないですね。すごく具体的なことで言うと、3Dそのものはいいと思うんですけれど、カットが細かいのが技術的に大変らしいんです。そうした物理的なことで、カットの長い『鉄男』ってどういうのだろうなって。あるいは鉄の兆候が現れると3D感が出てきて、そういうのがいいかもしれないですね。それに比例して3Dの深さも深くなって、最後に大爆発のときは3Dの極限になる。それはいいかもしれないですね。ギャスパーは3Dでポルノ映画を作るらしいんですけれど、肉体の丸みを3Dで出すのは難しいらしいんです。でも、そもそものテーマで作りたい映画がすぐ見つかっていないのに、技術のほうが先行だと、さらに大変そうだというのがあるので、どちらかというと普遍的な興味があるエロの3Dだったら大丈夫かな(笑)。
(インタビュー:浅井隆 構成:駒井憲嗣)
塚本晋也 プロフィール
1960年1月1日、東京・渋谷生まれ。14歳で初めて8ミリカメラを手にする。高校時代から本格的に絵画を学び、意欲的に8ミリ映画製作を続けると同時に、演劇にも魅了される。日本大学芸術学部美術学科在学中は、自ら劇団を主宰。同校卒業後、CF制作会社に入社し、ディレクターとして4年間つとめ、退社後、85年「海獣シアター」を結成し、3本の芝居を興行する。86年『普通サイズの怪人』で映画制作を再開、87年『電柱小僧の冒険』でPFFグランプリ受賞。89年『鉄男』で衝撃的デビューと同時に世界的成功をおさめる。以降もコンスタントに作品を作り続け、監督7作目にあたる『六月の蛇』で02年ヴェネチア国際映画祭審査員特別大賞を受賞。製作、監督、脚本、撮影、照明、美術、編集などほとんどすべてに関与して作りあげるスタイルから生まれる独自の映像は、国内、海外の映画ファン、批評家、文化人のみならず、いつの時代も観る者の心をわしづかみにする。北野武監督作『HANA-BI』がグランプリを受賞した97年にはヴェネチア国際映画祭で審査員をつとめ、05年にも2度目の審査員としてヴェネチア国際映画祭に参加している。また俳優としても活躍し、監督作のほとんどに出演するほか、竹中直人、山本政志、利重剛、三池崇史、大谷健太郎らの作品にも出演。『とらばいゆ』『クロエ』『溺れる人』『殺し屋1』で02年毎日映画コンクールほか男優助演賞を受賞している。
映画『鉄男 THE BULLET MAN』
5月22日(土)シネマライズ他全国ロードショー
出演:エリック・ボシック、桃生亜希子、中村優子、ステファン・サラザン、塚本晋也
プロデューサー:川原伸一、谷島正之
脚本:塚本晋也、黒木久勝
音楽:石川忠
製作:TETSUO THE BULLET MAN GROUP 2009(海獣シアター、アスミック・エース エンタテインメント、Yahoo! JAPAN)
助成:文化芸術振興費補助金/制作プロダクション:海獣シアター
配給:アスミック・エース
2009年/日本/71分/全篇英語/日本語字幕/カラー/ヨーロピアン・ヴィスタサイズ/ドルビーデジタル
公式サイト