カンヌのオープニング上映後、ステージに登場したスタッフ・ベンダ・ビリリ (写真:浅井隆)
ベルリン、ベネチアと並ぶ世界三大映画祭のひとつであり、世界の映画マーケットに強い影響力を持つカンヌ映画祭2010が5月23日まで開催されている。webDICEでは第一期コントリビューターの佐藤久理子さんによる現地カンヌからのオープングをレポートをお届けする。映画祭オープニングの話題をさらったのは映画『ソウル・パワー』でとらえられたキンシャサでのライブ『ザイール'74』を当時客席で見て音楽に目覚めたというスタッフ・ベンダ・ビリリが出演する映画だった。
毎年恒例のカンヌ映画祭が、5月12日に開幕した。今年はアイスランドの火山噴火や、季節外れの嵐が南仏のビーチを襲うなど、直前になって異例の事態が続いた。蓋を開けてみればお天気に恵まれたものの、荒れ模様だったのは自然環境だけではない。審査員メンバーに選ばれていたジャファール・パナヒ監督がイラン政府に拘束され、参加できなくなった一方、ベルルスコーニ政権を描いた招待作のイタリア映画、『Draquila-Italy Trembles』がイタリア政府からボイコットを受けたり、アルジェリアを舞台にしたフランス映画、『Outside of the law』がタカ派のフランスの議員から観る以前に批判を受けるなど、政治的な話題に彩られた。カンヌはこれまでも「表現の自由」を掲げ、中国政府と揉めたりしたことがあったが、今年は一層ポリティカルな側面がクローズアップされる形になった。
サビーナ・グザンティ監督作『Draquila-Italy Trembles』
ラシッド・ブシャール監督作『Outside of the law』
経済危機の影響もあってか、今年はハリウッド映画が極端に少ないのも大きな話題になった。不況を生き残るのは地道に低予算で作られた良質な作品ということだろうか。そのためレッド・カーペットを彩るスターたちの数も、例年に比べると控えめだ。
開幕を飾ったのは、リドリー・スコット監督の『ロビンフッド』。ラッセル・クロウがグラディエーター風ルックでロビンフッド伝説の誕生を演じ、ケイト・ブランシェット演じるマリアンヌとの成熟したロマンスと共に、この監督らしいワイルドな活力に満ちている。だがオープニングで軍配があがったのは、むしろパラレル・セクションの監督週間のほうだ。アフリカはコンゴ出身の身障者のバンド、スタッフ・ベンダ・ビリリの活動を5年間にわたって追い続けたフローラン・ドラテュライとルノー・バレの共同監督によるドキュメンタリーで、存在自体が奇跡のようなバンドとの奇跡的な出会いによってもたらされた珠玉の作品。なんとバンド・メンバーもカンヌ入りを果たし、パーティでパワフルな演奏を披露してカンヌの観客を魅了した。これまでも何度かコンサートを開いているフランスではすでに知られつつある彼らだが、逆境をものともしないそのファンキーな素顔を伝えるその作品、『Benda Bilili!』(『ベンダ・ビリリ!~もう一つのキンシャサの奇跡』)によって、世界中にファンができるのは間違いないだろう。
ある視点部門のオープニングを飾ったマノエル・デ・オリヴェイラ監督の『The Strange Case of Angelica』も、ジャン・ヴィゴへのオマージュをはじめ映画への愛にあふれた詩情豊かな作品だった。同部門では中盤に上映されるジャン=リュック・ゴダールの新作、『Film Socialisme』も注目を集めている。コンペティション勢は他に、北野武、アレハンドロ・G・イニャリトゥ、アッバス・キアロスタミ、ニキータ・ミハルコフ、ケン・ローチ、マイク・リーといった顔ぶれが並ぶ。とはいえイ・チャンドン、アピチャッポン・ウィーラセタクンあたりが案外ダークホースとして浮上してくるかもしれない。5月23日の授賞式をもって、栄えあるパルムドールが発表される。
マノエル・デ・オリヴェイラ監督作『The Strange Case of Angelica』
ジャン=リュック・ゴダール監督作『Film Socialisme』
*パラレル・セクション/カンヌ国際映画祭の正式部門は「コンペティション」と「ある視点」。同時開催されている「監督週間」「批評家週間」は、それぞれ映画祭事務局とは別の組織がセレクションしていて、パラレル・セクションと称されている。
(取材・文:佐藤久理子)
■映画『ベンダ・ビリリ!~もう一つのキンシャサの奇跡』は、9月シアターイメージフォーラムほか全国ロードショー。
『スタッフ・ベンダ・ビリリ ジャパンツアー』は、9月25日(土)より10月17日(日)まで開催。
佐藤久理子 プロフィール
パリ在住のフリージャーナリスト。『キネマ旬報』『CUT』『SPUR』など、映画誌、ファッション誌から分野に至るまで執筆を行っている。