骰子の眼

cinema

東京都 渋谷区

2010-04-29 22:58


「時代の虚無感や閉塞感を逆手にとって、少しでも前向きに捉えることが今やるべき事」石井裕也監督が新作『川の底からこんにちは』に込めた思い

ついに商業映画デビューを飾った俊英に、人間が立ち上がっていくパワーについて、そして発想の源についてインタビュー
「時代の虚無感や閉塞感を逆手にとって、少しでも前向きに捉えることが今やるべき事」石井裕也監督が新作『川の底からこんにちは』に込めた思い
映画『川の底からこんにちは』の石井裕也監督

国内外の映画祭で評価を獲得してきた石井裕也監督の新作『川の底からこんにちは』が公開となる。いまいちばん輝いている女優・満島ひかりを主演に迎え、自らを〈中の下〉と位置づけるOL・佐和子の奮闘を描く今作は、夢や希望を持つことが難しくなっている現代の世情を色濃く反映しながら、逡巡を繰り返して突き動かされるように行動する主人公の姿は、観る者にすがすがしさを与えてくれる筈だ。商業映画第一作となる今作を完成させた監督がざっくばらんに語ってくれた。

新しい窓から新しい風が入ってきた感じ

── まもなくロードショー公開となる『川の底からこんにちは』、そしてこの後には『君と歩こう』の公開も控えていますが、2010年は当初からこのようなハイペースな予定だったのですか?

『川の底からこんにちは』を撮ったのが去年の5月で、今年はまだ1本も撮ってないし、次の撮影は多分来年までやれないでしょうし、如実にペースダウンしているという感じで、それがちょっと心苦しいですね。本当ならもっとできるのに、というもどかしさは常に感じています。たまたま今回は公開時期が被っただけで、『君と歩こう』は一昨年の11月に撮ってるから、そんなに頑張っているという意識は僕の中にはないですね。

── 『川の底からこんにちは』は全体を漂う自虐的なユーモアや、生活の底辺の部分で情熱をくすぶらせている人物など、今までの石井監督のいろいろな要素がぎゅっと詰まった作品だと感じましたが、完成させてみて、監督の中ではどのような位置づけの作品だと感じていますか?

大きく違うのは、これまでは自主映画だったけれど、今回は自主映画じゃないということです。その違いは僕の中で明確にありました。自主映画時代は海外志向がかなり強かったんですが、今回は日本でより多くのお客さんに観てもらいたいというスタンスで作りました。ただ、作品の内容に関しては以前と比べて全く違うことをやっているという意識はありません。やり方は多少変わったと思いますが。

── 監督のなかでは、意気込みの面でも違うものだったということですね。

意気込みというかやり方というか、作品に対するアプローチですね。それは脚本の段階から違いましたね。

── 脚本のブラッシュアップの仕方が違った?

違いますよね。というのは、今までは僕が監督兼プロデューサーだったので、脚本は僕の世界の中だけで完結していたんです。でも今回はプロデューサーがいて、しかもその方が女性だったので、今までにない視点が加わりましたし客観性も増したと思います。新しい窓から新しい風が入ってきたような感じでした。

── セルフ・プロデュースでないことにより、ちょっと俯瞰して作品を観ることが可能になったし、それが必要だったと。そうした過程により、石井監督のキャラクター造形みたいなものも変わってきましたか?

人物造形に関してはほとんど違いはないですね。だけど、細かい表現の具合、程度に関してはプロデューサーと相談しながら、いい按排を取れるようにやったつもりです。だからと言って全てをマイルドにすればいいってもんでもないですし、そのあたりはかなり神経を使いました。

── 満島ひかりさんを起用した主人公である佐和子のキャラクターはどのように考えていったのですか?

もちろんああいうヒロイン像は脚本の段階から既にありました。その後、徐々にロケ地や役者の人が決まっていく中で、脚本もそれに寄り添っていくように、やりやすいように多少修正していきました。

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(C)PFFパートナーズ2010

満島さんは前に行く力強さがある

── 満島さんと実際お仕事されて、どんな印象がありましたか?

瞬間的にきらめく何かがあるな、とか、華みたいなものを持っている人だなという印象を受けました。前に行く力強さっていうのもあったんじゃないですかね。そういうものは、作品の中で上手く見せられたんじゃないかと思います。

── 画面からの佐和子のやみくもなまでの前向きなパワーが出ているのを感じました、石井さんご自身も撮影されている時にフラストレーションを発散したいという気持ちだったんですか?

フラストレーションを直情的に描こうとは思いませんでした。だってフラストレーションとか虚無感、閉塞感なんて誰もが当然のように持ってるじゃないですか。それはもうみんな分かってるし知ってるし、映画にするまでもなく、日常的に見慣れてるし。だから僕はもう一歩先に行って、そういう虚無感だったり、閉塞感だったりを逆手にとって、少しでも明るく、前向きに捉えようと思ったんです。一人の映画監督として僕が今やるべきことは、これだと思いました。

── そこに風穴を開けるには、このようなやけっぱちな力が必要だった?

開き直った人間の凄みですよね。無敵だと思います。

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(C)PFFパートナーズ2010

どん底に行っちゃったから、後は飛び上がるしかない

── 佐和子があの会社を建て直そうという原動力というのはどこから来たのでしょうか?

開き直りの原動力?シンプルな言葉で言うと、「逆ギレ」に近いです。強引な論理ですが、人間、どん底まで落ちちゃえば地に足が着くというか、逆に踏ん張りが効きますからね。だからそこから飛び上がれるんじゃないかって。

── それがタイトルに繋がっているんですか?

そうですね、まさに『川の底からこんにちは』ですよね(笑)。

── 物語のロケ地の設定が自然を含めのどかですよね?

のどかで温かいんですよね。情景だけ見てれば。その水辺っていうのがとても良かったと思います。

── ロケ地選びは苦労されたのですか?

茨城県の鹿島あたり、というイメージは最初からありました。撮影に使ったのは実際に営業している工場なんですけど、APの方が見つけてきました。撮影のお願いをしてみたら、快く貸してくれました。他のロケ地もその工場の周辺でどんどん決まっていきました。そういうことがたまに起こるんですって。「奇跡的」なことが。

── あの寂れたシジミの工場と様子というのはかなりリアリティがあるんですね。

いや、もちろん脚色はしています。実際にはあんな物々しい衛生服は着ていないし、とか。

── 細かい配役までキャラ立ちしていますが、バランスなどはどのように考えて?

うーん、当然パワーバランスみたいなものは気にしていましたよ。いろんな世代を描きたい、というのがひとつあって、だから主人公のお父さんと叔父が出てくるじゃないですか?同世代のオジサンが2人も出てくるのが、いいのか?悪いのか?という議論みたいなものも大分しましたし。かなり細かい部分まで、こういう役は要らないんじゃないかとか、プロデューサーと話をしましたね。

── そういう意味では、監督と同世代へ向けた印象のあるこれまでの作品より、上下にターゲットは広がっていると感じました。

そもそも僕が描きたかったのは「中途半端なひとりの人間が立ち上がっていく姿」でしたから。若い女の人を主人公にするということは、その後で決まりました。だから若い女性に特化せずに、「人間が立ち上がっていく姿」を描こうという意識はありました。主人公の生き様自体が普遍的だと思いますし、性別も問わず広い世代に見てもらいたいですね。

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(C)PFFパートナーズ2010

ラストシーンは理屈じゃない力強さを見てもらいたい

── ラストの川縁のシーンがとても印象深かったのですが、あのシーンの演出はどのような考えだったんですか?

わりと僕の演出は細かくて、特に「間」をすごく気にするんです。「そこはあと一拍詰めてください」といった具合で、リズムを気にするタイプです。そういうシーンをいくつも撮ってきた上で、あのラストシーンは「ただ本気を出してください」という演出でした。出演者全員の本気が見たい。本気で何かをしている様子を撮りたい、って。だから、間とかセリフとか、語尾とか、助詞の使い方とか気にせず、とにかく本気でお願いします、という演出。あそこはもう理屈じゃないですからね。人間の本気、パワーだけでいいんです。

── 新しい作品のインスピレーションというのは日常から?

入り口はいろんなところにありますね。いくつもあって、それは音楽や本かもしれないし、あとは旅行に行ったときの風景だったり。大きい入り口なら、入った瞬間に「あ、物になる」と確信することもあります。小さい入り口にいくつか入って、いろいろなエッセンスをかき集めて一つの作品にする場合もある。まぁいろいろですよ。とっつき方は全作違うと思います。だから、例えば4拍子の音楽が突然3拍子にテンポが変わったときに、「あぁこれだ!」って何かに気づくこともあるんですよ。感覚的っていうんですか、その心の奥底の感覚を刺激してくれるのは、僕の場合は音楽が多いです。

── ちなみに最近のお気に入りは?

僕は辺見庸さんが大好きで、かなりの影響を受けています。あとはベルクソンとか。『川の底からこんにちは』はどちらかというとビジュアルより文学的なアプローチの方が重要でしたからね。

── 音楽は?

ずっとジョン・レノンが好きです。脚本を書いているときに何を聴くかは、ものすごく大きく作用する。『剥き出しにっぽん』のときはレディオヘッドを聴いていて。そうすると、脚本でちょっと明るくなり過ぎると、「いやいやもっとトム・ヨーク的に」(笑)っていう無意識の自制が働くんです。『川の底からこんにちは』のときはなんだったかな……劇中で使う社歌が事前にあったので、それを聴きながら書いてました。それは結構でかいですよね、映画が音楽に引っ張られていくというのはあるんです。

(インタビュー・文:駒井憲嗣)

【関連リンク】

アップリンク・ニューディレクターズ・シリーズ公式HP・石井裕也監督ページ



石井裕也 プロフィール

1983年生まれ、埼玉県出身。大阪芸術大学の卒業制作として監督した『剥き出しにっぽん』で第24回そつせい祭グランプリ、ぴあフィルムフェスティバル(PFF)2007グランプリ&音楽賞(TOKYO FM賞)受賞。TAMAシネマフォーラム「ある視点部門」、横濱国際芸術祭2006、中之島映画祭入選。バンクーバー国際映画祭ドラゴン&タイガー・ヤングシネマ・アワード出品。2作目の長編映画『反逆次郎の恋』は京都国際学生映画祭2006、第8回TAMAシネマフォーラム、ゆうばり国際ファンタスティック映画祭2008に入選。短編映画では、『東京の空の雲はナタデココ』が第10回調布映画祭審査員賞。『ラヴ・ジャパン』が第1回CO2映画祭で審査員奨励賞。『蝉が泣く』が第9回調布映画祭、横濱国際芸術祭2005入選。『八年目の女二人』が、東京ネットムービーフェスティバルにて優秀作品賞受賞。また2007年、大阪市の映像文化振興事業として長編映画『ガール・スパークス』を制作。第3回シネアスト・オーガニゼーション大阪エキシビジョンでPanasonic技術賞とDoCoMo女優賞を受賞。同年に最新長編作『ばけもの模様』を完成させた。第37回ロッテルダム国際映画祭および第32回香港国際映画祭にて、上記の長編映画全4作品が特集上映され、『ばけもの模様』は香港国際映画祭アジアン・デジタル・アワードにノミネート。さらに香港で開催されるアジアン・フィルム・アワードにて、アジアで最も期待される若手映画監督に送られる第1回エドワード・ヤン賞を受賞。その後、受賞者を対象として行われる企画コンペにて今回の第19回PFFスカラシップを獲得。

『反逆次郎の恋』『ガール・スパークス』『ばけもの模様』は、アップリンク・ニューディレクターズ・シリーズよりDVDが発売中。


『川の底からこんにちは』

5月1日(土)より渋谷ユーロスペースほか全国順次公開
製作:矢内 廣、氏家夏彦、武内英人、北出継哉、千葉龍平、宇野康秀
監督・脚本:石井裕也
プロデューサー:天野真弓
撮影:沖村志宏
照明:鳥越正夫
録音:加藤大和
整音:越智美香
美術:尾関龍生
音楽:今村左悶 野村知秋
編集:髙橋幸一
スクリプター:西岡容子
助監督:近藤有希
アシスタントプロデューサー:和氣俊之
特別協賛:KODAK
助成:文化芸術振興費補助金
配給:ユーロスペース+ぴあ
出演:満島ひかり、遠藤 雅、相原綺羅、志賀廣太郎、岩松 了
2009年/35ミリ/112分/カラー/1.85ビスタ/モノラル
(C)PFFパートナーズ(ぴあ、TBS、TOKYO FM、IMAGICA、エイベックス・エンタテインメント、USEN)

公式サイト


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