骰子の眼

cinema

東京都 中野区

2010-05-19 14:35


[CINEMA] 「人生の孤独を見据えた深みのある人間描写が、観る者に深い感動をもたらしてくれる」『春との旅』クロスレビュー

頑固な老漁師を演じる仲代達也の演技もさることながら、孫娘・春を演じる徳永えりさんの感情のこもった演技は秀逸。
[CINEMA] 「人生の孤独を見据えた深みのある人間描写が、観る者に深い感動をもたらしてくれる」『春との旅』クロスレビュー
(c)2010『春との旅』フィルムパートナーズ/ラテルナ/モンキータウンプロダクション

これまで『パッシング』『愛の予感』『ワカラナイ』といった先鋭的な映像と演出、語り口を持つ作品で海外からの評価も高い小林政広監督が、オーソドックスかつ重厚な家族の絆に取り組んだのがこの『春との旅』だ。そのタイトルにふさわしく、観客は仲代達矢演じる祖父の忠男と孫の春を演じる徳永えりとその道行きをともにすることとなる。自分の夢だったニシン漁を成功させるためにわがままの限りを尽くしてきたが、老いを迎えた自らの体を預ける場所を探すために姉兄弟を訪ねてまわる忠男。そして職を失い途方に暮れながらもひとりよがりなその祖父に献身する春が、折に触れ反発し合いながらも、世知辛い世間を肌で感じることにより次第に心を開いていく過程をじっくりと描写していく。北海道と東北を舞台に極めて日本的な風景が続くなかで、この2人の主人公が織りなすやりとりにはヌーヴェルヴァーグに影響を受けた監督らしい軽妙さがポイントとなっている。

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(c)2010『春との旅』フィルムパートナーズ/ラテルナ/モンキータウンプロダクション

既に老人ホーム行きが決まっている兄夫婦や、不況により苦境を呈する不動産業を続ける弟夫婦といった設定には、小林監督ならではの辛辣な社会への眼差しが含まれている。路頭に迷う仙台の街角で駄々っ子のように崩れ落ちる忠男の姿、そしてそれまでじっと愛する祖父の後を歩き続けてきた春が堪忍袋の緒が切れるシーンなど、ふたりの不器用なコミュニケーションと肉体の動きを捉えるカメラは、ピリリとした緊張感が満ちている。その張り詰めた空気は、今は亡き母の元を去った春の父親との再会の場面まで高められていく。小林監督はこのシーンを、ひいてはこの映画を9.11以後の世界へ向けて書いたと語っている。人は過ちを犯した他人を許すことができるのか……。この映画は、まず手探りでも無様をさらしてでも、まず自ら心を解き放つことからしか人を許すこと、そして他人と心を通わせることはできないということを真摯に伝える。最後に、小林監督の特徴とも言える食べるというよりむさぼる/かき込むシーンの説得力たるや。『パッシング』のコンビニのおでんや『ワカラナイ』のメロンパンのように、ふたりがラストに蕎麦をたぐりながら春の母親の思い出を語り合うシーンは胸を打つ。


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(c)2010『春との旅』フィルムパートナーズ/ラテルナ/モンキータウンプロダクション



映画 『春との旅』

5月22日(土)新宿バルト9丸の内TOEI②ほか全国ロードショー
キャスト:仲代達矢、徳永えり、大滝秀治、菅井きん、小林薫、田中裕子、淡島千景、柄本明、美保純、戸田菜穂、香川照之 ほか
原作・脚本・監督:小林政広
製作:『春との旅』フィルムパートナーズ
制作:ラテルナ/モンキータウンプロダクション
配給:ティ・ジョイ、アスミック・エース
カラー/134分/ビスタサイズ/35mm/DTSステレオ
公式サイト

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