沼正三の原作による日本人青年留学生の瀬部とドイツ人女性クララをめぐるSF小説を石ノ森章太郎が漫画化した『劇画家畜人ヤプー【復刻版】』が発売された。幻の書の復刊に際し、復刻の鑑ともいえる丁寧で愛情に満ちた装丁にまずうならされる。原作者である沼正三氏の『懺悔録 我は如何にしてマゾヒストとなりし乎』(2009年、ポット出版)と通底する重厚感に満ちた装幀(本文やカバーに使用されている紙の種類や使用されているフォントの情報まで記載されている)は、悪夢のような世界を徹底的に微に入り細に入り描写する今作の語り口にふさわしい。
『劇画家畜人ヤプー【復刻版】』より
さらに石ノ森章太郎と沼正三のプロフィールはもちろん、丸尾広末による『月の羊羹(メンストリアル・スイートゼリー)の作り方』なる、小説/漫画の双方のシーンを横断する想像力を刺激してやまない解説もうれしい。そして1971年12月に都市出版社からの最初の発行から、それぞれの収録内容の情報もふまえた年代を追っての刊行記録に至るまで。21世紀に打ち出される復刻版として心憎いばかりだ。石ノ森章太郎の代表作『009』にも通じるユーモラスなキャラクターの造形と、極めて整理されたコマ構成は、その対局とも言える破天荒なストーリーの異常さを増長しており、瀬部とクララに訪れる、現代社会への示唆に満ちた悪夢に新たな説得力を与えている。レビューでも触れられているように、未来から過去まで行き来しながら描かれる人種、差別、戦争といった問題は現代にこそ有効であり、読者はあらためてマゾヒスティックな人間と文明への痛棒に打ち震えることになるだろう。
『劇画家畜人ヤプー【復刻版】』より
石ノ森章太郎 プロフィール
1938年1月25日宮城県登米郡石森町(現・登米市中田町石森)生まれ。本名、小野寺章太郎。 1954年『二級天使』でデビューし、その後『サイボーグ009』『仮面ライダー』『佐武と市捕物控』など次々と作品を発表。従来のストーリー漫画にとどまらず、『HOTEL』『マンガ日本の歴史』など、マンガの可能性を開拓。1985年、石森章太郎から石ノ森章太郎と改名。1989年「萬画宣言」を行う。創作活動以外でもマンガジャパン代表世話人や、(社)日本漫画協会常務理事をはじめとする様々な役職を兼務。1998年1月28日逝去。享年60歳。没後もなお様々な分野において、その作品群は大きな影響を与え続けている。2008年角川書店刊『石ノ森章太郎萬画大全集』が「一人の著者が描いたコミックの出版作品数が世界で最も多い」として「ギネス世界記録」に認定された。
沼正三 プロフィール
1926年3月19日、福岡県福岡市生まれ。本名、天野哲夫。旧制福岡商業を卒業後、満州特殊鋼鉄株式会社に就職、帰国して海軍に入隊。復員後は、風俗誌にマゾヒズムをテーマにした原稿を投稿する傍ら、数々の職業を遍歴し、1967年、新潮社に入社。同社校閲部に勤務しながら、小説・エッセイを書き続ける。風俗誌「奇譚クラブ」の連載をまとめた『家畜人ヤプー』が戦後最大の奇書として話題となる。2008年11月30日逝去。享年82歳。
『劇画家畜人ヤプー【復刻版】』
作:石ノ森章太郎 原作:沼正三
A5判、288P
2200円+税
出版:ポット出版
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