骰子の眼

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2010-03-18 00:35


『マンガ漂流者(ドリフター)』33回 特集と未収録作の発売を記念して今回はやまだ紫を特集!

代表作「性悪猫」、「しんきらり」、「ゆらりうす色」から『現代詩手帖』での特集、未収録を含んだ詩画集「樹のうえで猫がみている」まで一気にレビューします!
『マンガ漂流者(ドリフター)』33回 特集と未収録作の発売を記念して今回はやまだ紫を特集!
左)「性悪猫」(小学館クリエイティブ発行/小学館発売)と「樹のうえで猫がみている」(思潮社)

05年5月に急逝したやまだ紫の刊行ラッシュが続いている。小学館からやまだ紫選集として「性悪猫」、「ゆらりうす色」、「しんきらり」3冊が発売。長らく手に入りづらい状態だった作品の復刊はうれしい。また、『現代詩手帖』(思潮社)3月号では、48ページにわたり「やまだ紫の世界」とした特集が組まれている。同じく思潮社からは、詩画集「樹のうえで猫がみている」が未収録作も含め発売された。

この連載でもやまだ紫を取り上げ、大きな反響がありました。

43ページにわたり徹底特集! 著作一覧・略年譜といった資料的価値の高いリストも

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『現代詩手帖』2010年3月号(思潮社)

批評でもマンガでもなく、詩の本がやまだ紫を特集する。やまだ紫らしくて、とてもいいなと思ったのだった。

夫で『ガロ』編集者でもあった白取千夏雄と詩人の井坂洋子の対談「言葉と、絵と、生活と」では、秀逸なやまだ紫の作家論としても読むことができる一方で、近しい人にしか知ることができない、やまだの一面を垣間見ることができる。やまだ紫が何を愛し、何を表現したかったのか。その作家性の強固さかに驚かされる。それゆえに早すぎる死を思い胸が痛くなる。

『現代詩手帖』2010年3月号(思潮社)

年代を追って、「私漫画」とは何か、『COM』(虫プロ商事)、岡田史子からの影響、私生活、詩と言葉について、小学館のビッグコミック賞入選、制作秘話などが語られている中で、特に目をひいたのは、作品に対する誠実さだ。言葉を磨いて、削ったり、足したりしながら小さな玉にするようにイメージしながら推敲を繰り返していたという、やまだ紫。彼女のネームの特徴である「心地よい読みやすさ」とは、読者に不快感を与えないように慎重に言葉を選び取ってきた結果だったのだ。そんなやまだのことを白取は、「へんな表現やわざと韻律を無視したり、実験しようとする態度はいいことだと思うんですけど、言葉に責任を取らないひとが多すぎる。そういうことは嫌う人でした。彼女は、どんなに昔の作品でも、その表現の意味を聞くとすべて答えられる」と語っている。少女マンガとは違う、成熟した大人の読み物を描いていたやまだだからこそ、女子ども騙しのような手抜きが許せなかったのかもしれない。『COM』でデビューし、『ガロ』で活躍していたやまだの作品に奇のてらいがなく、普遍性を帯びているのは、作品に対する真摯な姿勢の賜物だろう。

そのほかには、88年『ガロ』8月号(青林堂)に発表された井坂洋子原作の「番人」の第一話が再掲されているほか、著作一覧・略年譜といった資料的価値の高いリスト、齊藤慎爾、村上和彦、檜垣立哉、上野昴志、高取英、岬多可子、棚沢永子、山本ふみこ、こうの史代、三角みづ紀らによるコラムや批評が掲載されている。なお、私・吉田アミも「紫のうつくしい人」を寄稿している。こちらは当連載でも取り上げた内容をコンパクトにまとめつつ、新たな視点を加えたものだ。

掲載された中では、こうの史代の「ちいさな手の選んだ日々」が良かった。こうのが、やまだ紫の作品に出会い、「樹のうえで猫がみている」を詩集でもイラスト集でもなく「見た事ない漫画」として読んだことや、「ちいさな手」というこうのらしい表現で、マンガ家を選んだ自分と重ね合わせている。ちなみにこの連載でも29回に「この世界の片隅に」(双葉社)を取り上げ、こうの史代にとっての「描く手」に注目している。併せて読んでいただきたい。

書下ろしを含む32編を加え、やまだ紫唯一の詩画集が再び

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「樹のうえで猫がみている」(思潮社)

ひんやりとした磨き上げられたうつくしい言葉の珠が、なだらかで柔軟な線で描かれたイラストが混在する。何度も口の中で反芻し、眺めていたくなる。やまだ紫のマンガの特徴でもあるが、相手を追い詰めず、自分にうっとりしすぎない気持ちのよい距離と緊張感がある。

詩画集「樹のうえで猫が見ている」は、90年に筑摩書房より刊行された同名の詩画集に書下ろしを含む32編を加え復刻したもの。解説は白取千夏雄。特別付録として、『ラ・メール』90年1月号(思潮社~書肆水族館)に掲載されたやまだ紫×吉原幸子対談、「新編 性悪猫」(ちくま文庫)収録の佐野洋子の解説、『ガロ』93年2・3合併号「やまだ紫特集」より、つげ義春のコメントと井坂洋子の文章が収録された小冊子付き。

「樹のうえで猫がみている」(思潮社)

猫と人。境界線は何処にあるのだろう?

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「性悪猫」(小学館クリエイティブ発行/小学館発売)

やまだ紫の代表作としてあげられことの多い「性悪猫」。猫と人の感情が交錯し、誰の言葉なのか曖昧になる中で、言葉の強度が試される思考実験としても読み取れる。その一方で、リアルな猫描写は、猫を飼ったことのある人なら無条件降伏してしまいそうになる愛らしさがある。

「性悪猫」(小学館クリエイティブ発行/小学館発売)

当連載でも第5回で、この作品について取り上げ、「出口」における表現について述べているのでご参照のこと。『ガロ』1979年2・3月合併号~1980年2・3月合併号にて、連載していた表題シリーズを含め、『猫の手帖』(猫の手帖社)、『マンガ奇想天外』(奇想天外社)、『INOUI LADY』(資生堂)に掲載された作品や「猫ギャラリー」として、「性悪猫」連載前に描いたデッサン、素描が収録されている。解説は中野晴行(編集者、マンガ研究者)。

「主婦」という精神的にも肉体的にも成熟した女性たち

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「しんきらり」(小学館クリエイティブ発行/小学館発売)

夫と二人の娘と3人の暮らす主婦の話。日常の中に潜む寂しさや苛立ち、そして、小さな幸せ。

タイとバンコクに出張するのだという夫の嘘を見抜いた妻が怒りを上手に伝えたいと煩悶する。「外国へまで女を買いに行く人が私の夫だなんて恥ずかしい……/なんとかして下さい」と伝える「怒った」のような作品があるかと思えば、パートで働いた賃金を貯金し通帳を見せ「もっと褒めて!?」と少し誇らしげに言う「一過」など、家庭という世界で、どう折り合いをつけて相手を尊重していくべきなのか、ヒントが隠されている。子供に夫に決して相手を追い詰めない精神的に成熟した大人の女性ならではのたおやかさが気持ちよい。

なお、同作は『ガロ』(青林堂)1981年2・3合併号~1984年10月号掲載されたもの。巻末の解説は齊藤慎爾(俳人、編集者) 。

「しんきらり」(小学館クリエイティブ発行/小学館発売)

「不倫」という後ろ暗い恋をどうか責めないで

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「ゆらりうす色」(小学館クリエイティブ発行/小学館発売)

女性の心の吐露に価値があった時代に青年誌『コミックモーニング』(講談社・元『モーニング』)1983年12月号~1984年10月号にて、連載された表題作「ゆらりうす色」。不倫という後ろ暗い恋をするショートカットの女・笑美の物語。男の身勝手さ、女のずるさがどこかチャーミングに描かれている。

「ゆらりうす色」(小学館クリエイティブ発行/小学館発売)

『COMICばく』(日本文芸社)1986年春季号~1987年春季号にて連載された「Swcond Hand Love」もまた、不倫する女が男と別れるまでの過程を描いたもの。「好いてもいない人とだらだら続けるのは/セックスの確保なんだわ/自分があさましくて……」ドキリとするような本音が、決して下品になることなく、差し込まれる。かといって、ありがちな女性の自立をテーマにするわけでもないのは、この時代の背景を考えるとかえって斬新である。

そのほか、挿絵ギャラリーとして読売新聞夕刊に連載された三田誠広の小説「恋する家族」から一部、抜粋し掲載されている。解説は村上和彦(評論家)。


やまだ紫の復刻された作品を中心に紹介してきた今回。気になった作品はあっただろうか? ここで紹介した作品以外にも、優れた作品は多いので、ほかの作品も復刻してほしいなあーと淡い期待を抱いている。特に短編! 短編集が出てもいいんじゃないか、と思った。

人気のあるマンガは長期連載される傾向があるため、誰でも知っているビックタイトルばかりが注目を集めることになる。その結果、短編が評価されにくくなってしまう仕方ないことではある。しかし、長編には長編の、短編には短編の良さがあるのにも関わらず。同じような評価をしていてはもったいない。それには過去に短編の名手と呼ばれたマンガ家たちを再評価する必要があるのかもしれない。

(文:吉田アミ)

お知らせ!(1)

大谷能生×吉田アミ ライブ

批評家でもある「sim」のサックス奏者の大谷能生と、前衛の声の人でもある文筆家吉田アミとの非ジャズなエレクトロニカ。

■出演:大谷能生、吉田アミ
■日時:3月22日(月・祝) 19:30開演
■料金:2,700円
■場所:BOOZE&JAZZ LADY JANE(東京都世田谷区代沢5-31-14)

お知らせ!(2)

巻上公一、天鼓 プロデュース FESTIVAL NEO-VOICE #1 ヴォイスの挑戦

声の可能性にスポットをあてた3日間。いままでにない驚異のフェスティバル。ヴォイスパフォーマンスにはじまり、アルタイの喉歌、超歌謡まで豪華なキャストによるいのちの振動は強烈な経験!!

■出演:天鼓 さがゆき 蜂谷真紀 巻上公一 灰野敬二 吉田アミ
■日時:3月29日(月) 18:30開場 19:00開演
■料金:一般4,000円(前売り)4,500円(当日)、学生3,000円(前売り)3,500円(当日)
■場所:青山円形劇場(東京都渋谷区神宮前5-53-1)

お知らせ!(3)

吉田アミの≪おとのおと≫『エレクトロニカ を 聴き、語り、知る。』

音楽を聴く楽しさを 再発見せよ!ひとつのテーマを決めて、音楽を聴きながらあれこれおしゃべり。ここでしか聴けない 音楽との出会いを約束します。

■出演:安永哲郎、南波一海、吉田アミ、泉秀樹
■日時:4月3日(土) 16:40開場 17:00開演
■料金:一般2,000円(前売り)2,500円(当日)、学生1,500円(前売り)2,000円(当日)※1ドリンクつき
■場所:Sound Cafe dzumi(東京都武蔵野市御殿山1-2-3キヨノビル7F)
■予約方法:前日までにCafe dzumi店内でお申し込みいただくか、メールにて受け付けています。メールは、件名に「おとのおと第三回」、本文に「参加者氏名(フルネーム)、参加者数、電話番号」をご記入下さい。

お知らせ!(4)

『劇画家畜人ヤプー【復刻版】』刊行記念トークショー

丸尾末広に聞くマゾヒズムの世界。

■出演:丸尾末広、吉田アミ
■日時:4月22日(木) 20:15開場 20:30開演
■場所:ヴィレッジヴァンガード下北沢店(東京都世田谷区北沢2-10-15マルシェ下北沢)
※骰子の眼:[COMIC] クロスレビュー『劇画家畜人ヤプー【復刻版】』レビュアー募集記事はこちら


吉田アミPROFILE

音楽・文筆・前衛家。1990年頃より音楽活動を開始。2003年にセルフプロデュースによるソロアルバム「虎鶫」をリリース。同年、アルスエレクトロニカ デジタル・ミュージック部門「astrotwin+cosmos」で2003年度、グランプリにあたるゴールデンニカを受賞。文筆家としても活躍し、カルチャー誌や文芸誌を中心に小説、レビューや論考を発表している。著書に自身の体験をつづったノンフィクション作品「サマースプリング」(太田出版)、小説「雪ちゃんの言うことは絶対。」(講談社)がある。2009年4月にアーストワイルより、中村としまると共作したCDアルバム「蕎麦と薔薇」をリリース。また、「ユリイカ」(青土社)、「野性時代」(角川書店)、「週刊ビジスタニュース」(ソフトバンク クリエイティブ)などにマンガ批評、コラムを発表するほか、ロクニシコージ「こぐまレンサ」(講談社)やタナカカツキ「逆光の頃」の復刻に携わっている。現在、マンガ批評の本を準備中。
ブログ「日日ノ日キ」

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