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2009年11月の東京フィルメックスで、最優秀作品賞と観客賞を同時受賞という群を抜く支持も納得。映画のワンシーンそのままに、横っ面をはたかれるような衝撃を覚える作品だ。今作が初監督作品であるヤン・イクチュンは、実体験に基づいたという物語で、家族という枠組みが亡きものとなった現代社会で人と人の絆を再びたぐりよせようと粉骨砕身する。
監督自ら演じるやさぐれた男サンフンは、目的を果たすためなら殴る蹴るも辞さない取り立て稼業で子分を取り仕切っている。稼いだ金にさえ執着しないサンフンの好戦的な態度の奥にある、わずかばかりの情は、キム・コッピ分する強気な女子高生ヨニとの出会いにより、少しずつ変化を遂げていく。一方ヨニもまた、粗暴な弟ヨンジェと、ベトナム戦争後の精神的な傷跡を抱え、妻が死んだことさえ現実のものと感じることのできないる父をけなげに支えている。そしてどこまでも男勝りな性格の奥に、サンフンといる時間のかけがえのなさをじんわりと実感し始める。
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不器用だけれども次第に心を通わせていくふたりを、ヤン・イクチュンはフラッシュバックを挟み丁寧に描いていく、孤独を抱えたふたりが、心が通わせる過程をじっくり積み上げていく監督の語り口は確かなもの。容赦ない暴力を加える債権業者たちの破壊が有む焦燥や、自宅の台所で料理をするヨニにヨンジェがからむシーンをワンカットで撮りきるシーンのテンションといったパワフルな場面に隠れてしまいがちだが、サンフンが甥のヒョンインに投げかけるなんとも言えぬ優しい眼差し、そして夜の漢江でサンフンとヨニふたりが思わず涙ぐむシーンの哀感なども忘れられない。終盤、映画の冒頭と同じく、思いがけない暴力により突然サンフンの運命は変わらざるを得なくなる。ラストシーンのヨニの怒りと悲しみ矛先を亡くしたような表情に象徴される、安易なハッピーエンドにしなかった余韻の持たせ方に脱帽。表現せずにはいられない衝動をかかえた、ひとりの映画監督の執念こそがこの作品を完成させた。
『息もできない』
3月20日(土)よりシネマライズ他、全国順次ロードショー
監督:ヤン・イクチュン
脚本:ヤン・イクチュン
編集:イ・ヨンジュン、ヤン・イクチュン
撮影:ユン・チョンホ
美術:ホン・ジ
録音:ヤン・ヒョンチョル
製作:ヤン・イクチュン
音楽:インビジブル・フィッシュ
出演:ヤン・イクチュン、キム・コッピ、イ・ファン、チョン・マンシク、ユン・スンフン、キム・ヒス、パク・チョンスン
2008年/韓国映画/130分/1:1.85/ドルビーSR
提供:スターサンズ
配給:ビターズ・エンド、スターサンズ