骰子の眼

cinema

東京都 千代田区

2010-03-20 17:35


[CINEMA]「大きな運命の歯車がきしむ普遍的な悲劇として、最高傑作」─『息もできない』クロスレビュー

主人公サンフンの血走っているがどこか寂しい表情に作品のテイストが滲み出ている
[CINEMA]「大きな運命の歯車がきしむ普遍的な悲劇として、最高傑作」─『息もできない』クロスレビュー
(C) 2008 MOLE FILM All Rights Reserved

2009年11月の東京フィルメックスで、最優秀作品賞と観客賞を同時受賞という群を抜く支持も納得。映画のワンシーンそのままに、横っ面をはたかれるような衝撃を覚える作品だ。今作が初監督作品であるヤン・イクチュンは、実体験に基づいたという物語で、家族という枠組みが亡きものとなった現代社会で人と人の絆を再びたぐりよせようと粉骨砕身する。
監督自ら演じるやさぐれた男サンフンは、目的を果たすためなら殴る蹴るも辞さない取り立て稼業で子分を取り仕切っている。稼いだ金にさえ執着しないサンフンの好戦的な態度の奥にある、わずかばかりの情は、キム・コッピ分する強気な女子高生ヨニとの出会いにより、少しずつ変化を遂げていく。一方ヨニもまた、粗暴な弟ヨンジェと、ベトナム戦争後の精神的な傷跡を抱え、妻が死んだことさえ現実のものと感じることのできないる父をけなげに支えている。そしてどこまでも男勝りな性格の奥に、サンフンといる時間のかけがえのなさをじんわりと実感し始める。

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(C) 2008 MOLE FILM All Rights Reserved

不器用だけれども次第に心を通わせていくふたりを、ヤン・イクチュンはフラッシュバックを挟み丁寧に描いていく、孤独を抱えたふたりが、心が通わせる過程をじっくり積み上げていく監督の語り口は確かなもの。容赦ない暴力を加える債権業者たちの破壊が有む焦燥や、自宅の台所で料理をするヨニにヨンジェがからむシーンをワンカットで撮りきるシーンのテンションといったパワフルな場面に隠れてしまいがちだが、サンフンが甥のヒョンインに投げかけるなんとも言えぬ優しい眼差し、そして夜の漢江でサンフンとヨニふたりが思わず涙ぐむシーンの哀感なども忘れられない。終盤、映画の冒頭と同じく、思いがけない暴力により突然サンフンの運命は変わらざるを得なくなる。ラストシーンのヨニの怒りと悲しみ矛先を亡くしたような表情に象徴される、安易なハッピーエンドにしなかった余韻の持たせ方に脱帽。表現せずにはいられない衝動をかかえた、ひとりの映画監督の執念こそがこの作品を完成させた。



『息もできない』
3月20日(土)よりシネマライズ他、全国順次ロードショー

監督:ヤン・イクチュン
脚本:ヤン・イクチュン
編集:イ・ヨンジュン、ヤン・イクチュン
撮影:ユン・チョンホ
美術:ホン・ジ
録音:ヤン・ヒョンチョル
製作:ヤン・イクチュン
音楽:インビジブル・フィッシュ
出演:ヤン・イクチュン、キム・コッピ、イ・ファン、チョン・マンシク、ユン・スンフン、キム・ヒス、パク・チョンスン
2008年/韓国映画/130分/1:1.85/ドルビーSR
提供:スターサンズ
配給:ビターズ・エンド、スターサンズ

公式サイト


レビュー(4)


  • に~まんさんのレビュー   2010-03-13 00:22

    始まらない。終わらない。[ネタバレあり]

    起承転結のある映画ではない。 中流日本人の私の生活では共感できる箇所が殆どないのだが、なぜか見てしまう。中流であるからこそのおせっかい心で不幸な人々の生活を覗き見したいのだろうか、と自問自答。この映画を見ても他人事としか思えないのでなにか解決策...  続きを読む

  • momotimuさんのレビュー   2010-03-13 16:55

    痛みと哀しみの傑作 「息もできない」

    韓国映画には毎年、心を揺さぶられる傑作がある。昨年は「チェイサー」、「母なる証明」がそれだ。今年は先日試写会で観た「息もできない」がそうだ。東京フィルメックスでグランプリと観客賞を受賞、世界各地でも絶賛の作品である。冒頭から始まる激しい殴打シーン、取...  続きを読む

  • とんとんさんのレビュー   2010-03-16 15:06

    息もできません!映画の中で、大きな運命の歯車が‥

    この間のフィルメックスでの授賞式で、監督から届いたビデオレターを見て、私、なんで見逃したんだろうか?残念だと痛感しました。喜び爆発の監督って、とってもおちゃめな人みたいで。 今回映画見れて本当に嬉しいです。 映画は、本当にずっと息もできま...  続きを読む

  • a0ta9000さんのレビュー   2010-03-18 02:08

    『息もできない』レヴュー

    冒頭、女を殴っている男を殴りその女を殴りタバコに火をつけた瞬間、主人公サンフンは殴られる。あるいは中盤、借金の取り立てにゆき、妻を殴る夫を殴りながら、サンフンが吐く言葉。「殴る人間はいつか自分が殴られることを知らない。」 拳が、包丁が、金槌が、...  続きを読む

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