吉田アミ(左)と時代屋店長・中村賢治
■「マン語り-MANGATARI-」がはじまるまで
2010年2月21日、「マン語り-MANGATARI-」なるイベントが荻窪ベルベットサンにて行われた。記念すべき第一回は講談社『モーニング』にて、25年わたって長期連載中のうえやまとち先生の「クッキングパパ」について、私・吉田アミと中村賢治(※1)が、その魅力を語りまくった。この機会に「クッキングパパ」とは何かを紹介しておかねば!というわけで、今回の『マンガ漂流者』は特別編として、イベントレポート&「クッキングパパ」を緊急特集します!
※1)中村賢治。1983年生まれ。本と中古CD&ゲームなどのお店「時代屋」の店長。網羅的に大量のマンガを読み込む毎日。また、サックス奏者として、2005年から本格的に活動を開始し、フリージャズバンドReal BlueやEli、N.K.G、fleder mouseなどで活躍している。「BLACK&GOLD」主宰。
満を持してスタートした「マン語り-MANGATARI-」。これは、とにかくマンガが好きで好きで好きでしょうがない人が、どこがどう面白いのかを語る姿は面白いに違いない!という単純な発想から企画したもの。マンガに限らずだが、他人が好きなことを熱弁している姿というのは滑稽で、過剰であればあるほど面白い。バカになれ!とはよく言ったもので、まずは自らバカになってみよう!というのが、このイベントの面白さ。
昨年、佐々木敦さんの私塾「ブレインズ」でも、マンガについての講義を持っていましたが、今回はじめた「マン語り」では、難しい話は一切、抜きにして、読者視線でマンガを面白がろうというのが狙い。「マンガおっもちろーい!」とDNAレベルにダイレクトに訴えかける内容を心がけている。なので、入場料も格安!おまけもつくし、終わった後はマンガ喫茶ならぬマンガバーとして、マンガを読みまくれる!という楽しい空間に。第1回はテーマが「クッキングパパ」ということもあってか、予想以上のアットホームさに!ベルベットサンからはコーヒー焼酎がふるまわれ、参加者からもたくさんのお土産をちょうだいしました。中にはクッパパ料理に「田舎パイ」にチャレンジしたツワモノも!いただいた差し入れは、みんなでおいしくいただきました。いろんな意味で、見たことも聞いたこともないタイプのイベントでした。というか、ここ東京!?福岡ちゃうの!?みたいな。はじめて会った人が「クッキングパパ」という作品を通して、語りあうというある意味、読者の理想郷のような世界でした。
「クッキングパパ」がずらり
さて、トークの相方・中村くんですが、彼は1983年生まれです。当然、萌えカルチャーを通過しているわけですが、そんな若い人にも「クッキングパパ」が受け入れられるのか?という問題がまず、ありました。そもそも、イベントの内容を決めた時点では、中村くんはまだ「クッキングパパ」を『モーニング』誌上でしか読んでおらず、1巻から通読した経験がないとのこと。これはしめた!と思ったわけです。むしろ、萌えカルチャーを通過し、キャラクターを見たらどういう役割か当てはめながら物語を読む癖がついている人だからこそ、そのお約束に当てはまらない「クッキングパパ」をかえって新鮮なものとして、面白がれるはず。さまざまなキャラクターが織り成す人間ドラマが売りの「クッキングパパ」は、適度な裏切りと新たな萌えの宝庫でもあるのです。期待どおり中村くんの考察からは、私が発見できなかった「現在の基準で作品を評価する」という姿勢が貫かれており、話しながらも新たな発見がありました。さらに、適任だと思ったのは、中村くんが「クッキングパパ」のお膝元・鹿児島出身だったというところ。九州の郷土批評(そんな言葉はないが)という切り口も冴えてまくってました。そもそも中村くんは、マンガ批評家ではありません。普段、お店でお客さんが好きなマンガをセレクトしているので、マンガの面白さをお客さんが興味を持つように一言で伝えるのがうまい。その人にぴったりのマンガをおすすめするマンガソムリエとしての能力が高い。そんな人が「クッキングパパ」の面白さをどう読み解くのか、私も興味があったのです。
というわけで、そんな二人が最初にうえやまとち先生の「クッキングパパ」をテーマに選んだのは必然といえるでしょう。「クッキングパパ」には、語る価値があるのにもかかわらず、あまり語られていない。ならば我々で語ろうじゃないか!という心意気です。単行本は100巻を越し、25年にもわたって長期連載されているいわずと知れた人気作。1992年にはアニメ化もされ、100巻が発売された2008年には、はじめて実写ドラマ化もされたほど。にも関わらず多くの人が「クッキングパパ」に抱いているイメージとは、「アゴが気になる感じのパパが料理をするマンガ」くらいです。もちろん、その解釈は間違っていない。間違ってはいないのだが、それだけではないのが「クッキングパパ」、ひいては長期連載マンガの魅力でもあるのです。
「クッキングパパ」100巻(講談社)
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■「クッキングパパ」って、一体……。
さて、この「クッキングパパ」ですが、読みたい!と思っても、全巻読むのがなかなか大変。なにせ100巻越えですからねー。トークでも触れましたが、長期連載のマンガの単行本は、途中の巻の版数が少ないことが多く、あとになって手に入れるのが大変だったりします。ただし、「クッキングパパ」などのいわゆる料理マンガは、マンガ喫茶や食べ物屋に置いてあるケースも少なくはないので、飛び飛びであれば読むことはできる。特に「クッキングパパ」は、コンビニ廉価版、文庫版、総集編はては、レシピ集などさまざまなかたちで発売されているため、読むチャンスは多いはず。もちろん、飛ばし読みでも「クッキングッパパ」は、じゅうぶん面白い。面白いのだけど、それだけではもったいないマンガでもある。なぜなら、「クッキングパパ」は、「サザエさん」となどとは違い、登場人物が成長していくからなのです。また、全巻とおして読まないと、気がつかない伏線も多く、長編マンガならではの遊びがふんだんに詰まっているのです。
私がやたらと「クッキングパパ」を評価する理由は、実はそこなのです。基本的に「クッキングパパ」は、1話完結のお話ですから、物語の設定を知らなくても身構えることなく読むことができる。その一方で、熟読している人しか分からないネタが隠れているのです。新規ファンに常に間口を広げつつ、長年のファンに対するサービスも忘れないという憎い演出!例えば、6巻に82ページに出てきたコキール皿。主人公のクッキングパパこと荒岩とその部下であるOL夢子を結ぶキーアイテムとして、38巻で再びこの皿が出てくるのです。これは、いっき読みしてみないとなかなか気がつかないところ。イベントでは、うえやまとち先生が張り巡らした伏線や小ネタにいちいち突っ込みを入れまくったのでした。話すことではじめて気がつく部分もたくさんありました。
■「クッキングパパ」が生まれるまで
1985年より『モーニング』(当時は『COMICモーニング』)にて連載されている「クッキングパパ」。そのプロトタイプとなる作品が秋田書店の「週刊少年チャンピオン」で掲載されていたのです。その名も「クッキングボス」。中学生のパパが主人公のお話で、キャラ設定もほぼ同じで、初期の「クッキングパパ」のムードがすでに確立されていることが分かります。その後、1984年に講談社のマンガ賞「コミックオープン」に現在と同タイトルの「クッキングパパ」で入賞します。現在の「クッキングパパ」や「クッキングボス」では、主人公は荒岩ですが、この受賞作の「クッキングパパ」では、主人公の名前は土田で職業は画家。現在の「クッキングパパ」の主人公・荒岩とは風貌も性格も違います。どちらかといえば、うえやまとち先生の自画像に近い絵柄になっています。
「クッキングボスうえやまとち初期作品集」(講談社)
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タナカカツキさんの回でも取り上げましたが、80年代半ばといえばバブルまっさかり。サラリーマンが元気な時期で、彼らをターゲットとする青年誌も盛り上がり、いろんな雑誌が創刊されたり増刊を出したりしていました。隔週から、現在のように週刊へ切り替わったのもこの時期。青年誌はこれまで、あまり顕在化していなかった層をターゲットにしたので、雑誌のカラーがはっきりしておらず、ごった煮。後にタナカカツキさんにお伺いしたところ「何でも受け入れてくれそうなムード」だったとおっしゃっていたのが印象的でした。
今でこそ、超がつくメジャーなうえやまとち先生ですが、かつては『COM』(虫プロ商事)への投稿経験もあり、根っこは、アヴァンギャルドな人柄。「クッキングボスうえやまとち初期作品集」には、かかしが主人公の「かかしとすずめ」、なぜか男子が生まれなくなった世界でただ一人生まれた男しんじが女性に発情されまくる「しんじロンリーウェイ」など、実験的な表現がなされている作品も収録されています。これらの作品を一度読んでから「クッキングパパ」を読むと、うえやまとち先生の前衛精神(イカれた部分ともいう。いい意味で)に気づかされることでしょう。お手元に「クッキングパパ」の29巻をお持ちの方は、ぜひともその表紙をじっくり見直してみましょう。ほんとにすごいでしょう?いろんな意味で。
そう、「クッキングパパ」の「面白さ」とは、読者次第でいかようにも受け取ることができるところなのです。子どもが読めば子どもなりの楽しさを、大人が読めば大人なりの楽しさを。赤ちゃんから老人まで、登場するキャラクターの数だけドラマがあり、それぞれいろんな問題を抱えて生きている。まるで現実のまる写しのように。それでいて、現実とはまるで違う他人を慮る優しさに満ちている。「美味しんぼ」をはじめとする料理マンガのほとんどは、対決ものであることが多いのですが、「クッキングパパ」は人間ドラマが物語の主軸。何かを否定して究極を求めるという考えではなく、あるものを肯定して多様性を認める物語なのです。五臓六腑に染み渡る滋味溢れるあたたかいスープのように、疲れたあなたにぜひとも処方したいマンガ、それが「クッキングパパ」なのです。
「クッキングパパ」108巻(講談社)
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■「クッキングパパ」イベント後編開催決定!
イベントではさらに詳しく、ページをめくりながら面白さを紹介しました。しかし、「クッキングパパ」の魅力を1回で語ろうとするのは無謀でした。そこで、語りきれなかった部分は、後編で語ることに決定しました!第一回を見逃した方はぜひとも足をお運びください。詳しい日取りは、未定ですが決まり次第、こちらの連載でもお知らせしようと思います。なんとなく気に留めて置いてくださいね。
次回のイベントでは、前回紹介できなかった50巻以降の展開を中心に語ります。知っている人にも知らない人にも楽しめるイベントを目指して、「マン語り」は続けていきますので興味を持った方は気軽に遊びに来てください0。いろんな人とマンガについて語るのはこんなにも面白い!そんな発見のある場になればと思ってます。一人で読んでいてはわからない、新たなマンガの楽しさを語る会。そんなイベントがあったって、いい。「マンガ漂流者」で取り上げた視点はまた違った視点で、イベントを企画していけたらな、と思ってます。みなさま気軽に遊びにきてくださいねーっ!! マンガって楽しいんですよーっ!!
(文:吉田アミ)
【関連記事】
■『マンガ漂流者(ドリフター)』
これまでの連載はこちら
http://www.webdice.jp/dice/series/15/
■吉田アミPROFILE
音楽・文筆・前衛家。1990年頃より音楽活動を開始。2003年にセルフプロデュースのよるソロアルバム「虎鶫」をリリース。同年、アルスエレクトロニカ デジタル・ミュージック部門「astrotwin+cosmos」で2003年度、グランプリにあたるゴールデンニカを受賞。文筆家としても活躍し、カルチャー誌や文芸誌を中心に小説、レビューや論考を発表している。著書に自身の体験をつづったノンフィクション作品「サマースプリング」(太田出版)、小説「雪ちゃんの言うことは絶対。」(講談社)がある。2009年4月にアーストワイルより、中村としまると共作したCDアルバム「蕎麦と薔薇」をリリース。また、「ユリイカ」(青土社)、「野性時代」(角川書店)、「週刊ビジスタニュース」(ソフトバンク クリエイティブ)などにマンガ批評、コラムを発表するほか、ロクニシコージ「こぐまレンサ」(講談社)やタナカカツキ「逆光の頃」の復刻に携わっている。現在、佐々木敦の主宰する私塾「ブレインズ」にて、マンガをテーマに講師を務めている。
・ブログ「日日ノ日キ」