映画『ブルー・ゴールド 狙われた水の真実』公開を記念して、渋谷アップリンク・ファクトリーにて水問題の調査・研究に長く取り組むアジア太平洋資料センター理事の佐久間智子氏と、バーチャル・ウォーター研究の第一人者である東京大学教授の沖大幹氏によるトークショーが行われた。
映画の上映後に行われたこの日の講演は、日本での水の安全に関する意識の高さを象徴するように、バーチャル・ウォーターという概念について、そして水の権利についてお二方が持論を展開し、終盤には参加者との質疑応答も活発に交わされた。
640億立方メートルの水を輸入している日本
沖大幹(以下、沖):日本が輸入している主要な食料として小麦や大豆とうもろこし、大麦といったものがあります。輸入するのではなく、もしそれを日本で作ったとしたとしたらどのくらい水が必要だったのでしょうか。実は、とうもろこしや小麦だとだいたい2,000倍くらい、1キログラムの穀物に2立方メートルの水が必要だと推計されます。
さらに、牛肉の場合では、1キログラムの肉にその約20,000倍、20立方メートルくらいの水が必要な計算になります。そうした値を用いて推計すると、2000年の段階で640億立方メートルくらいの水を輸入しているのと同じくらいになるという計算になるんです。映画の中で先進国の人々は水問題なんてまったく考えなくなっているだろうという話がありましたが、実は海外の水に非常に依存しているのです。京都で2003年に開催された第3回世界水フォーラムの時にもこのような話が出ていました。
佐久間智子氏(左)、沖大幹氏(右)
こうした研究をふまえ、沖氏は「日本がこれだけ海外の水に依存していると、ちょっとした循環が変化しただけで日本にくる食糧生産に影響が出て、不作だと値段がすぐ上がることになります。2008年の春頃にいろんな食べ物の値段が上がりましたけど、あれはまさに食物を海外に依存している日本の実態が端的に現れたものだと思っています」と、各国の水問題が世界一の食糧輸入国である日本の経済や私たちの生活に影響を与えていることを示唆した。
また佐久間氏は、今作がアメリカで作られた北米の国から観た世界と視点である上で、農業用水が世界で私達が消費している淡水消費の7割を占めているという現状では、『ブルー・ゴールド』で提示された解決策では充分ではないと語る。
佐久間智子(以下、佐久間):アメリカは世界一のバーチャル・ウォーター輸出国なんです。つまり世界一の農業輸出国なわけで、もっと自分たちの水が大事ならばこれだけ外に水をバーチャル・ウォーターとして出している現実というのをもっと見るべきだと私は思います。アメリカの消費されている水の3分の1は、農業のバーチャル・ウォーターで出ていっているといわれているぐらいなんです。その最大の受け手であるのが日本で、日本の牛の餌に使われているとうもろこしの99%はアメリカから来ています。
例えばアメリカの水が枯渇してしまえば、日本の牛や豚や鳥が全部死んでしまうというすごく密接な関係にある。別に肉を輸入しなくても、国産でもですよ。そのような関係が深い中で、アメリカがこれだけバーチャル・ウォーターを輸出し続けて、アメリカの最大のオガララ帯水層は、あと20年か30年で枯渇してしまうかもしれない。そうしたところに私たちの生活が乗っかっているという危うさが、もう少しこの映画から見えてくると良かったので、こうした補足をしたいなと思いました。
私たちの食生活をどう考えるかが、水を守ることにも繋がる
こうした複合的な水問題に対し、沖氏、佐久間氏はこの日のトークショーで次のように提言した。
佐久間:特に私たちにとって大きいのは、食べ物の問題だと思う。食物の6割を輸入している中で半分近くがアメリカで、アメリカ・カナダ・オーストラリアの3ヵ国ではバーチャル・ウォーターの7割を占めている。そうした国々で水が無くなりつつある中で、私たちの食生活をどう考えるかという問題がある。世界中の肉食拡大と、私たちの日本食との関係で言うと、日本では過去50年くらいの間にお肉にしても油脂にしても消費が4倍から5倍に増えているんです。もちろん乳製品もそうです。
そうした中で、本当にそういう食生活をしなきゃいけないのか。アメリカではそうした食に対する意識が問い直されています。特に私たちは海に囲まれた国に住んでいて魚も食べ、大豆文化もある──大豆もほとんど輸入になってしまっていますが。そうした食べ方については、アジアひいては世界の農業を変えていくことから水問題を考えていく、一つのキーワードになっていると思います。私たちは水を意識しながらどのように食生活をもう一回考え直せるか。これは、別に健康に悪い方向に行くわけでもなく、かえって飽食の今の時代には、健康にいい方向に向かうという気がします。このようなことが水問題をグローバルに考えたときに一番大きいと思います。
さらに佐久間氏は、水の権利についても「水道水の所有権、あるいは水道局や水道会社の運営権をどうやって民主的なものにしていくのか、これは公営でも民主的じゃない場合もあるので、そういったものを民主的にする、情報を得る。そしてまずは関心を持つことが課題だと思います。それは私たちがこれからどうアプローチできるかにかかっていると思います」と語った。
当日は約1時間に渡って水をキーワードに対話と議論が繰り広げられた。
そして沖氏は、水循環の研究者の立場からとして、そのような研究が私たちの意識を高めることに繋がるとする。
沖:世界を見ると水の問題は社会の貧富の差や、あるいはインフラがきちんと整備されてないことが大きな原因で、その解決自体には水循環の科学的研究は直接は役には立たないかもしれない。しかし、例えば地下水ってどのくらい地表面から水が染み込むのか、地域地域で推計する手法、観測する手法が発展すれば、『この地域の地下水は、このぐらいの量なら持続的に使えますよ』ということを示していけるのではないかと思います。社会として水分野にきちんと投資をしたり、水マネジメントの仕組みを整備する以外にも科学技術が多少貢献できることがまだあるのではないか、ということを今日思いました。
映画『ブルー・ゴールド 狙われた水の真実』公開をきっかけに、様々な水に対する議論が活発すること、そして私たち日本人がより貴重な水について考えることがこれから行われるのではないかということを実感できる、貴重なトークショーとなった。
(2010年1月24日、渋谷アップリンク・ファクトリーにて)
佐久間智子 プロフィール
アジア太平洋資料センター理事。1996年~2001年、市民フォーラム2001事務局長。現在、女子栄養大学非常勤講師、明治学院大学国際平和研究所研究員などを務めており、経済のグローバル化の社会・開発影響に関する調査・研究および発言を行っている。著書に『穀物をめぐる大きな矛盾(仮題)』(筑波書房、近刊)、共著書に、『どうなっているの?日本と世界の水事情』(アットワークス、2007年)、『非戦』(坂本龍一監修、幻冬舎、2002年)など、訳書に、『ウォーター・ビジネス』(モード・バーロウ著、作品社、2008年)、『世界の水道民営化の実態』(トランスナショナル研究所編、作品社、 2007年)、『世界の<水>が支配される!』(国際調査ジャーナリストナリスト協会著、作品社、2004年)などがある。
沖大幹 プロフィール
東京大学 生産技術研究所人間社会系部門教授。博士(工学、東京大学)、気象予報士。2006年より現職。アメリカ航空宇宙局NASAゴッダード研究所、内閣府総合科学技術会議事務局にも勤務。専門は地球水循環システム。土木学会環境賞(平成17年)、日本水大賞奨励賞(平成16年)ほか表彰多数。2006年8月には米国科学雑誌「Science」誌にレビュー論文『地球規模の水循環と世界の水資源』を発表。監訳に『水の世界地図』(丸善出版、 2006年)などがある。
公式HP
『ブルー・ゴールド 狙われた水の真実』
渋谷アップリンクほか、全国順次公開中
撮影・製作・監督・編集:サム・ボッゾ
エグゼクティブ・プロデューサー:マーク・アクバー、サイ・リトビノフ
出演:マルコム・マクダウェル、モード・バーロウ、トニー・クラーク、ウエノア・ホータ、ヴァンダナ・シヴァ、オスカー・オリベラ、ミハル・クラフチーク、ライアン・ヘリルジャク、バージニア・セシェティ、ロバート・グレノン、ヘレン・サラキノス
2008年/アメリカ/90分/ビデオ/カラー/1:1.66/ステレオ/英語、スペイン語、スロバキア語、フランス語
配給:アップリンク
公式サイト
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