骰子の眼

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東京都 中央区

2010-02-09 00:35


「私たち生活者には水問題の未来を変える力がある」Waterscape野田岳仁氏からの提案

『ブルー・ゴールド 狙われた水の真実』公開記念特集、日本ならではの水と人のかかわりを再確認する。
「私たち生活者には水問題の未来を変える力がある」Waterscape野田岳仁氏からの提案
Waterscapeの公式ホームページより

現在ロードショー公開中の『ブルー・ゴールド 狙われた水の真実』に合わせて、身近な水の問題を様々な角度から考えていこうという連載。今回は世界のさまざまな水問題に対し、国内外の若者と連携しながら解決の道を探っていくNPO法人Waterscapeの代表・野田岳仁氏に話をうかがった。“水問題の未来を変える生活者の力”を提案し続けてきた氏の立場から、日本の水問題と私たちができることについて解説していただいた。

子どもたちの“伝える力”で水の未来を変える

Waterscapeの展開は多岐にわたるが、3つの柱に集約し活動を行っている。

柱の1つ目は政策提言活動で、これはモード・バーロウ(『ブルー・ゴールド』の原作『「水」戦争の世紀』著者)さんの考えともリンクするし、『ブルー・ゴールド』ともリンクするんですけれど、水をどう捉えるかというところ。世界的な動きとしては〈経済財〉という捉え方があるし、一方で我々としては〈水は公共財、共有財〉というところで議論しています。その世界的なコンセンサスをつくるところの受け皿としては国連しかないわけですから、国連がそういうことをやるべきだと思っているところは僕らもバーロウさんと同じ考えです。僕らは「世界青年水憲章」を提言して50ヵ国、5,000人くらいの人と節目ごとに議論しています。これのベースになっているのは、2003年の世界水フォーラムで提言した宣言文です。その後2005年の愛知万博でも、友人であり環境・平和活動家でもある南アフリカのマンデラ前大統領の孫であるセッツァ・ドラミニさんや、南アフリカ内務省副大臣を呼んでアフリカの水問題に何ができるかということを話し合い、ステイトメントについても議論しました。実際に国連の会議に参加して提言活動をしているんですが、〈水は人権〉であるということに、もう少し水を生活者の視点から考えて実践するということを加えています。これが我々のベースになっています。

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「ユース世界水フォーラム2005」


さらに社会貢献活動のサポート、野田氏が行う講演・ワークショップが挙げられる。

2つ目の企業の社会貢献活動をサポートしていく事業は、企業とコラボレーションで進めていく活動です。一緒にやっている企業には水の企業もあって、企業の立場から真剣に社会貢献活動をやろうという思いがあるので、我々と協働で子どもたちのワークショップをやったり、コンテンツをつくったり、水の問題を解りやすく楽しく伝える活動をしています。企業活動をチェックしていく一方で、これからの時代は企業と一緒に新しい価値をつくっていくようなアプローチも求められていると考えています。3つ目は僕自身が小学校から大学などの教育機関をまわって講演やワークショップをする活動です。たとえば、遊びながら学べるように、水の循環を学ぶための水のすごろくをやったり、かるたやカードゲームを通して水問題の解決策を考えてみたり、といった活動です。私たちは、子どもたちは潜在的に“伝える力”を持っているのではないかと考えているんですね。考えてみると、年上の人の話はなかなか素直に聞けないんですが、自分より若い人の話は素直に聞けるものです。特に、子どもの話だと親は素直に聞いてくれますよね。水のワークショップで学んだことを家族やお友達に伝えてくれることが、社会を変える第1歩につながっていくと思っています。

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Waterscapeが開発したカルタゲーム。遊びながら水問題と解決策について考えることができる。


ポジティブなメッセージを伝えていきたい

生活者の視点による水の問題を若い人たちと考えたいと活動を続けてきた野田氏が水問題に関心を持つきっかけとなったのは、なんと小学4年生の時。地元である岐阜県関市の自宅近くに流れていた長良川の支流がなぜこんなに汚いんだろうという素朴な疑問からスタートしたという。野田氏はWaterscapeについて「水を大切にしようというと、人の生活とを切り離して考えてしまいがちだけど、そうではなく、生活者の立場から水問題を考えて、できることを提案していくことが我々の特徴だと思う」と語る。

2003年には、世界の水問題を話し合う国際会議『第3回世界水フォーラム』が日本で開催されました。そこで私たちはそこで海外のいろいろな若い人とのネットワークを活かして、世界の政策決定者を直接呼んで、若い人たちと政策決定者とが対話する場をつくりたくて「ユース世界水フォーラム」という会議を行いました。各国大臣や国際機関の政策責任者、50ヵ国、1,500人の若者に参加してもらいました。今までの水政策では生活者の視点がかなり欠けていると感じていました。我々は当時は学生だったし専門性というのはかなわないけれど、生活者としてできることを軸にして考えたときに、多くの人が誰でもできることをみんなで一緒にやっていく、それはすごく小さいことなんだけれど、一番大きな力になるんじゃないかと思っていたので、「生活者として実践していることを教えて下さい」と質問を大臣たちにぶつけたんです。しかし、水問題の専門家でさえも、誰一人として答えられなかったんですね。世代や立場にかかわらず、すべての人に日々、生活があるわけです。それでも、水問題の解決につながる実践を日々できないでいる現実があるんです。私は、ここに可能性を見いだしたいと考えたわけです。

野田氏は積極的なフィールドワークをもとに、日本に伝承されてきた水を大切にする生活を見直すべきではないかと提案する。

たとえば、私がフィールドワークをする岐阜県の郡上八幡では現在も山水や湧き水を引き込んで自然の水を利用しているんですね。近所の人びとと共同で利用する水舟や洗い場はいつもきれいに保たれています。水神様がお祀りされていて、水への感謝と他者への思いやりの心が残っているから、水も汚れないんですよね。もう一つ大切なことは、社交場でもある水場に集う女性の笑い声が町全体の活気をつくり出していることです。こうした光景は各地で見られたんですが、上水道が導入されて消え去ってしまいました。その結果、身近な湧き水は汚染されて、清潔であったはずの水道の水源も汚染され、水道水を口にする人は少なくなりました。「洗い場があった時は楽しかった。洗い場まで行くのはしんどかったけれど、それがいい運動になっていた」と話してくれたおばあさんも今は足が弱って家に引きこもっていると言うんですね。

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岐阜県郡上八幡の伝統的水利用施設「水舟」


また、水の災害についても生活者の視点から同様の指摘ができるんですね。川沿いに住んでいるおばあちゃんに聞き取りをすると、ちょっと川の水かさが増えたら近くのお宮さんに逃げたものだった、と言うんです。水屋のようにもともと水が溢れるところは石垣で高くしていたり、昔の人は知ってるんですが、新興住宅地のようになって外から人がやってきたり、川も行政が工事してくれて堤防がつくられていくことで忘れ去られてしまう。けれどいざ堤防が壊れたときにそれを知っているか知らないかで変わってくる。そこに暮らす生活者の知恵は、実は本当に実行力のある政策を考える上で大切になってくるんですね。昨年4月に訪問したアフリカのマリ共和国でも現地の生活者のニーズにマッチしていない水道化の現場に出会っています。水道は便利な一方で水使用量を増加させる傾向にあるんです。日本でもそうですから、ましてや水資源の乏しい海外において高コストな水道化は優れた政策とは言えなくなっていますよね。これからの水政策のヒントは生活者の生活の知恵にありそうですよね。それは、海外の水問題の解決策にも応用できるはずです。

やみくもに節水をよびかけるのではなく、節水することがどのように私たちの生活にフィードバックするのかを野田氏は解りやすく解説してくれる。

まず、水を使うことは汚れを流していくことですから、家庭からの排水量を減らすことは、川の水質にとってプラスです。それに、日本のほとんどの川はダムなどによって流れがせき止められていて、川は本来の流れを失っているんです。利水だけでなく、治水機能もあるんですが、流れのない川は景観的にもマイナスで、水量と水温が安定せず生物にとってもすみにくい環境になっています。つまり、節水をすることで川に安定的に流す量を増やすことができるんですね。このことで、川がよい景観を生んだり、生物が増えるというプラスの効果があります。魚が増えれば私たちの遊び場も増える。そういうところまで伝えていきたい。今の子供は川で遊んだこともなかったりするから、節水を通してそういうコミュニケーションをしていきたいんです。水がすごく貴重で、枯渇しそうだから節水するという危機感をあおっていくということも必要なのですが、僕らの活動のスタンスはポジティブなメッセージを伝えていきたいということで、節水することでこんな楽しい未来が待っているんだから一緒に節水をしませんか、という伝え方をしたいんです。

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Waterscape代表の野田岳仁氏


川を積極的に利用していくことが保全に繋がる

川を利用すると川は汚くなるというイメージがあるんですけれど、川を積極的に利用すると人々の意識が川に向いていくんですね。そうすると、川には監視の目が入ることになるんです。だから、川を汚しにくくなる。その目は次第に、愛着の目に変わっていきますよ。掃除をしてみたり、コイを飼ってみたり。実は、川を積極的に利用していくことが保全にもなり、川はきれいになるということなんですね。これは、川をきれいに変える私たちの生活者の力なんです。

ユース世界フォーラムのような世界各国の若者と大臣や政治家を繋ぐ機会を設けると同時に、日本の土壌に根ざした水問題の解決法を日々探っているWaterscape。かつて私たちが持っていた生活の知恵を活用すること、そして水に対して常に意識を持つことが、水をきれいにし、おいしい水のある生活を守ることができるのだ。

『ブルー・ゴールド』でも言っていたように「ひとりひとりが水の番人になる」というのは大事なことです。海外でもいろんな水の危機があるけれど、そうしたグローバルなことを頭に入れながら身近な水の番人になることで、身近な水辺であるとか、毎日の生活の中で水のことを考えていくことが大切。節水はもちろんのこと、大量の水によって育てられる食べものを残さず食べることも節水につながりますよね。雨水を貯めることは、洪水を軽減させることにつながるし、夏には打ち水に使えたり、家庭菜園の水やりや災害用水源としても有効なんですね。そして、お話ししてきたような水の知恵を活用したり、水辺を積極的に利用していくこと。これらのことは、一人ではなかなか続かないので、家族や友達とやるのがいいんです。つまり、毎日1人の友達に声をかけていく。誘われた人も毎日1人に伝えていく。これを続けていくとたったの28日で日本中に伝えることができるんですね。1ヵ月あれば、みんなが水の番人になる。つまり、私たちは誰もが生活者として水の未来を変える大きな力を持っているんだ、ということを伝えたかったのです。

(インタビュー・文:駒井憲嗣)

野田岳仁(のだ たけひと) プロフィール

NPO法人Waterscape代表
1981年岐阜県関市生まれ。清流長良川の水で育ち、10歳より水環境問題に関心を持つ。99年大学入学時に国際青年環境NGOを設立。02年大学を休学し、政府系機関「第3回世界水フォーラム事務局」チーフを兼任。オランダ皇太子ら世界のリーダーと50ヵ国1,500人の若者を集めた「ユース世界水フォーラム」の最高責任者を務め、第6回日本水大賞国際貢献賞受賞。最近は、国内外の水辺を歩き生活者の視点から水問題の解決策を研究し、国連や社会への政策提言活動、企業の社会貢献活動のサポート、子どもたちへのワークショップなどを通じて、水と人のかかわりを次代につむぐ試みを続けている。早稲田大学大学院修了。


『ブルー・ゴールド 狙われた水の真実』

渋谷アップリンクヒューマントラストシネマ有楽町
ほか、全国順次公開中


撮影・製作・監督・編集:サム・ボッゾ
エグゼクティブ・プロデューサー:マーク・アクバー、サイ・リトビノフ
出演:マルコム・マクダウェル、モード・バーロウ、トニー・クラーク、ウエノア・ホータ、ヴァンダナ・シヴァ、オスカー・オリベラ、ミハル・クラフチーク、ライアン・ヘリルジャク、バージニア・セシェティ、ロバート・グレノン、ヘレン・サラキノス
2008年/アメリカ/90分/ビデオ/カラー/1:1.66/ステレオ/英語、スペイン語、スロバキア語、フランス語
配給:アップリンク
公式サイト

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